★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

ともにを消えよ憂き離れなむ

2025-02-07 23:08:44 | 文学


八月朔日ごろなるべし、君ひとり臥して寝も寝られぬままに、「母君、われを迎へたまへ。いとわびし」と言ひつつ、
    われにつゆあはれをかけば立ちかへりともにを消えよ憂き離れなむ
心慰めに、いとかひなし。


お迎えにクルのは親であり死者である。しかしポイントはともに死んでくれることである。そうなることで憂鬱から離れられる。ということは、死者でなくても「ともに」いてくれれば良いことになりそうである。本当に死にたがっている人はこういう感じではないかもしれない。姫の絶望の中には簡単に解決されそうな要素が混じっている。「ともに」は、死んだ親への感情であるとともに、感情の二重性をも示唆してしまっているかも知れない。

例えば、宴会などに、この「ともに」の重要性は現在可能なのであろうか。そもそも飲み会という言い方が良くない。てめえが飲んで楽しくするのが目的みたいな感じがする。ハラスメントの原因もそれであろう。元来こういう行事は全員が他人のためにするものであって、その目的自体ははそれ自体がきついんで、引き替えに美味いもんを摂取できるぐらいのものだ。時間をかけて、宴会にでてるやつのナルシシズムがひどくなっていたんだとおもうが、それで、なんでこんなのに付き合わなきゃならんのだ、と思う人間が増えた時点でもう存続が危うかった。いまや、気の利く奴が気の利かない奴の摂待をする場になりがちである。

だから、こういう場合もかかる場への全否定が行われがちであるが、その判断自体は非常に陳腐なことである。絶望しているつもりでその実顕れているのは、みずからの思考の形式性である。絶望的なもののなかに「ともに」の要素が入っているのに気がつかない認識の問題だ。そういえば、――例えば、加速主義だか更地から第二の青春とか言いたげなタイプは、なにゆえ崩壊過程がその実形成過程でもあって、崩壊すると見せかけて何かの形成が行われるかもしれない、というか、必ず行われているという面を見ないのか分からない。トランプや安倍によって崩壊だけが起こるわけがないではないか。

文学を矢鱈連れ出すべからず

2025-02-06 23:38:45 | 文学


かかるほどに、蔵人の少将の御方なる小帯刀とて、いとされたる者、このあこきに文通はして、年経て、いみじう思ひて住む。かたみに隔てなく物語しけるついでに、この若君の御事を語りて、北の方の御心のあやしうて、あはれにて住ませたてまつりたまふこと、さるは、御心ばへ、御かたちのおはしますやうなど語る。うち泣きつつ、「いかで思ふやうならむ人に盗ませたてまつらむ」と、明け暮れ「あたらもの」と言ひ思ふ。

落窪の姫がいかに素晴らしいか、すなわち必ず望通りのひとに盗ませたてまつる(連れ出させてさしあげたい)というあこぎであるが、――そういえば、木曽殿も、京都に闖入した後、「官軍悉く敗績し、法皇を取り奉り了んぬ。義仲の士卒等、歓喜限り無し。即ち法皇を五条東洞院の摂政亭に渡し奉り了んぬ」みたいな闘いをしたはずである。義仲は院を自分のようなプロレタリアートの世界に連れ出した。院やその他諸々の方々が激怒したことは言うまでもなし。

思うに、貴族的なものをやたら連れだしゃいいというものではない。

このまえ同僚の先生にいわれたが、わたくしは卒業論文中間発表会や口頭試問とかで機関銃のように楽しそうにしゃべるということである。内省するまでもなく、その通りである。わたくしはいろいろなことが楽しくてしょうがないのでやってるのである。めんどうなのはなんとか委員長とかだけである。わたくしは好事家以上に享楽的な貴族的文人である。

そういうわたくしからみれば、教育学や文学研究の「科学化」はさしあたり副作用が大きいことが、学生の卒業論文や様々な論文をみてて思われる。研究の手続きをとることに集中するあまり、そもそも対象をじっくりながめて観察することで生じる率直で精確な主観が削ぎ落とされ、結果、先行研究との「つまらない差異」だけがでてくることになりかねない。豊かで精確な主観には最初から未来が先取りされているから、手続きは超えるべき山脈ではない。つまりけっこう楽しい作業になるのだが、しかし、はじめから科学をやろうとするとそうでなくなるのだ。

いわゆるリテラシー能力みたいなものもそうで、真偽を検討する手続きに集中しようとすると逆にそのプロセスで生じた間違いを信じこみ、その問題=既成の枠組みを疑えなくなる。大事なのは、最初にどう見えたか、を検証でぶちこわすことではなく、最初の見え方の質なのである。一概に言えないことだけど、研究を始める前にその質に精確な楽しさがない場合は、何をやっても仕方がない。しかしこの楽しさは、対象に対するわかりやすさとか親しみやすさとかとは関係がない。初等教育などで、勉強への親しみやすさとかわかりやすさみたいなのを、勉強のモチベーションにすることによって、学生たちは妙な道に迷い込んでいる。

教育上の論文審査(口頭試問など)で必要なのは、ほんとは学生が何をいいたいのか読解することである。書いてあること、書かれていないことをそのまま受け取るのは、本質的に文章を読む行為として本来おかしい。過剰に学問化するとこういうこともおかしくなってしまう。学部の論文だからそのぐらいの読解をすべきだというわけではない。学問が人間の本質へ向かってのものではなく瑕疵の修正だとおもってしまうタイプの人間は、PDCAサイクルとかを平気で信じこむ頭の悪い社会に影響を受けすぎている。まったく冗談であるが、マルクス主義の「修正主義」とかがタチが悪かったのはそういうことなのである。

我々は、もはや放っておけば成り立つであろう以上のような常識を失った。しかし、教養主義の没落とか人文学の没落とか、そういう時代だか環境だかで変容しつづける群れの話をしても仕方がない。確かに、多くいないとレベルが下がったり本が出なくなったりというのはあるけど、ほんとにやる気のある感覚のよい楽しい方はその程度でやるべき事をやめたりはしない。

不幸とAI

2025-02-05 23:33:51 | 文学


つくづくと暇のあるままに物縫ふことを習ひければ、いとをかしげにひねり逢ひたまひければ、「いとよかめり。ことなるかほかたちなき人は、ものまめやかに習ひたるぞよき」とて、二人の婿の装束、いささかなる隙なく、かきあひ縫はせたまへば、しばしこそ物いそがしかりしか、夜も寝もねず縫はす。いささかおそき時は、「かばかりのことをだにものうげにしたまふは。何を役にせむとならむ」と、責めたまへば、うち嘆きて、「いかでなほ消えうせぬるわざもがな」と嘆く。
 三の君に御裳着せたてまつりたまひて、いたはりたまふこと限りなし。落窪の君、まして暇なく苦しきことまさる。若くめでたき人は、多くかやうのまめわざする人や少なかりけむ、あなづりやすくて、いとわびしければ、うち泣きて縫ふままに、
    世の中にいかであらじと思へどもかなはぬものは憂き身なりけり


顔がよくないひとは裁縫でもしてろと言われるひとが顔がよくなかったためしがなく、世の中実に理不尽に出来ている。「うち泣きて縫うままに」と言われては読者はもうこの人を助けようと思う。で、この次の場面で直ぐさま彼女を助ける女があらわれる。しかも彼女は「髪長くをかしげ」であって、いい姿である。で、彼女とすぐ結婚してしまう奴がいて、おそらくイケメソである。そろそろ読者は自らを省みて、

世の中にいかであらじと思へどもかなはぬものは憂き身なりけり

と思うであろう。あとは鬱憤を晴らすしかないわけだ。このあとの物語が継子いじめへの復讐譚であるにしては案外ドタバタであるのはよく知られている。人生、不幸が興奮を求める。

しかし、我々は不幸を知識で武装し、脳が一瞬幸福であると錯覚する。

授業でも話したんだが、どうしたらいいのか情報をいれながら勉強するとなぜか成長がゆっくりになってゆくことが多いのは、経験的に感じられる人間的常識なので、AIでむしろ仕事の進捗は遅れる場合も多いのも別に驚くべき事でない。我々が成長できるのは脳みそ含めた体の運動によってなんじゃないかなと思うのだ。

だいたいAIでXのプロフィールの要約なんかをやらせると、いっけん的確だが、――カントは理性を信じ平和を願いました――みたいな、科白がでてくる。客観というのはしばしばこういう愚につかない科白のことを言う。カントの書物をみるように、人間の主観は歪み不必要に長くなったりするが故に的確である。作文教育なんかで、我々のつくる文章の歪みやへたくそさの輝きに注目せず、その客観的=非人間的なお人形みたいな作文を愛でている限りAI登場以前からAIに負けているのである。

だいたい、勝ち負けみたいな観点で言うと、AIにいろいろな意味でまけたとて、いままでも様々な受験生に負けてきた私の出来の悪さに変化があるわけではない。我々は負け続けなければならぬ。それなのに、原爆やスマホをつくり、不自然に歪み長々と喜んでいる。教育でも何でもそうだが、われわれは道具の本来の使い方でない使い方に喜びを覚える。便利なものが出来たワーイという感情ですら、既にその喜びである疑いがある。

自分だけがエビデンスであるが、わたくしは九九を覚えるのが遅くクラスで最後から二番目ぐらいだった気がする。ウルトラマンの怪獣とか国語の教科書は丸暗記してたのに。しかし高校生になったら数学が一時期、一番点数を稼いでいた。国語の成績がほんとによくなったのは大学からではなかろうか。こういう現象から、我々の能力のAIと違った何らかの意味が見出せると思う。問題は英語で、いつも点数がそこそこ安定して変動がなかった。というわけでよくなりもしなかった。学級崩壊している教室での学習からはじまったのもよくなかったかもしれん。もはや、毎日英語の練習している細の姿を見て他者性を感じる。そういえば、高校の頃数学がおもしろかったのは、なんか急に散文的になった気がしたからだ。数学だって人によっては国語化することがある。

たかまつなのに雪が舞いました――闘争心

2025-02-04 23:58:50 | 文学


一月の末で、おとといはここでもかなりの雪が降った。きょうは朝から陰って剣のように尖った北風がひゅうひゅうと吹く。土地に馴れている堀部君は毛皮の帽子を眉深にかぶって、あつい外套の襟に顔をうずめて、十分に防寒の支度を整えていたのであるが、それでも総身の血が凍るように冷えて来た。おまけに途中で日が暮れかかって、灰のような細かい雪が突然に吹きおろして来たので、堀部君はいよいよ遣り切れなくなった。たずねる先は渾河と奉天との丁度まん中で、その土地でも有名な劉という資産家の宅であるが、そこまではまだ十七清里ほどあると聞かされて、堀部君はがっかりした。
 日は暮れかかる、雪は降って来る。これから満洲の田舎路を日本の里数で約三里も歩かせられては堪まらないと思ったので、堀部君は途中で供のシナ人に相談した。
「これから劉の家までは大変だ。どこかそこらに泊めてもらうことは出来まいか。」


――岡本綺堂「雪女」


今日のクライマックスは、演習の発表者の学生が「アドルム三〇〇錠」と言ったとき。田中英光ってまだストレイドックスに出てきてねえらしい。出てきたときは、コミュニスト的アドルム連射とか「あなたはほんとに僕のことが好きだったのでしょうか」としか言わない幽霊を口から出す最強のモンスターであろう。

しかし闘争心だの憎悪だのというものは、ある意味で人間の日常を、すがすがしくまた生き生きとさせるものですな。

――梅崎春生「ボロ家の春秋」


闘争心は梅崎よりも田中英光である。

今日は批評史の最後の授業で、内田・宮台・東・千葉を「批評の終わり」4人衆として賛美した。誠にありがとうございました(完)

彼らの特徴だって闘争心である。闘争心に邪心はない。むかしから、バンドをやったのは女の子にもてるため、教養を求めたのは女の子にもてるため、とかいう理由は本人が半分以上嘘ついている。だいたい闘争心溢れる御仁たちが照れてるに決まってるじゃないか。音楽や文章が好きだからやってただけでしょうが。ほんとにモテたいやつは、そんな回りくどいことしないでナンパに勤しむ。むかし、学生運動のセクトの旗を振りたがる奴はモテたいだけだった、みたいな言説があったけど、これもある程度はウソである。たしかに、オルグで女の子を使うのはあったであろうが。

わたくしはシラノの恋みたいな敗北を嫌う。むしろ恋文の代筆をしているうちに、その相手の男を寝取ってしまい、相手が本気になると積極的に腎虚に追い込む好色一代女のほうを好む。恋愛だって闘争心の一種である。

破壊と時間

2025-02-02 23:00:08 | 文学


オリヴィエは、精神上同民族たるべき人々から知られていないので、彼らを当てにすることができなかった。そして敵軍の掌中に陥ってるのを知った。多くは彼の思想に敵意をもってる文学者や、その命を奉じてる批評家などばかりだった。
 彼らとの最初の接触に、彼は血を絞らるる思いをした。老ブルックナーは、新聞雑誌の意地悪さにひどく苦しめられて、もう自作の一編をも演奏させたがらなかったが、それと同じくらいにオリヴィエは、批難にたいして敏感だった。彼は、昔の同僚たる大学の職員らからさえも、支持されなかった。彼らはその職務のおかげで、フランスの精神的伝統にたいするある程度の知覚をなおもっていて、オリヴィエを理解し得るはずだった。しかしそういうりっぱな人々も一般に、規律に撓められ、自分の仕事に心を奪われ、仕甲斐のない職業のためにたいていは多少とも苛辣になっていて、オリヴィエが自分らと異なったことをやりたがるのを許し得なかった。善良な官吏として彼らは、才能の優越が階級の優越と調和するときにしか、才能の優越を認めたがらない傾向をもっていた。


――ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」(豊島与志雄訳)


ときどき、戦前のブルックナーの第八番の録音を聞いていると、十歳頃、雑音七割ぐらいのFMから流れてきたこの曲の記憶がよみがえる。木造家屋、氷点下十度の木曽の夜にて、すでにわたくし、昼夜逆転の気味があった。昼間の小学生としての人生が逆に夢のようにおぼつかなくなった。80年代に入る頃である。

そういえば最近朝日新聞で連載されている柄谷行人の回想録で、彼の十代はなんか夢の中みたいで現実感がなかったみたいなこといってたから、――細にその話したら、「過去だからじゃない?」と言ってた。

柄谷にとっても私にとっても、80年代こそが夢のように儚かったはずだ。柄谷の場合、もともと夢のようなかんじを生きる人であるところに、儚い感じの時代相がぴったりきた。むかし歌人の永井陽子が『〔同時代〕としての女性歌人』とかなんとかいう本の座談会で、「結社というのはもう死語で」、といっていたが、結局死語にはならなかった。一般的にそういう例が多いのが我が国であるが、何かが行き過ぎる気がしていた80年代の方が特殊だったのである。

柄谷氏は、儚い時間に流れにたいし、歴史の見方を事象の起源の特定という方法で変えようとしたひとりである。これは、歴史的な見方と言うより、批評的であり、現在の時間を確かなものにする方法である。柿本真代さんの研究で知ったけど、巖谷小波の世代は二宮金次郎を知らなかったりするんだが、芥川龍之介の生になると偉人扱いになっている。わたくしも小学校に銅像があったから偉人だと思っていた。この前小学校にいったらまだあったが、――こんな見方によって時間を確かにしようとする習性が、我々以降のアカデミシャンに広まった。

最近出た『一九六八年と宗教』を原付の全力スピードみたいなかんじで読了したが、こういう書物も上の習性によって読めるからだ。これに対して、学生の卒論一つ読むのに何日もかかるのは、彼らがその習性を持っていないこともあるが、彼らは良くもわるくも、作品を読んでいるプロセスにあり、時間が普通に存在しているからだ。(学生の書く紋切り型みたいなところにこそ、何かが勝手に言い換えられてしまったものがあって、大いにヒントになることがある。対して、大きく独創的にみえるものに大きいウソが混じっている。)

平安朝文学の作品というのも、なにか時間の狂いを感じさせる。わたくし、「落窪物語」というのがずっと気になりつづけて三〇年であり、竹取宇津保にくらべて神秘性がないとむかし古典文学の教科書で習ったが、――なんか神秘とは呼べない神秘性みたいなものはある感触がある。「継子虐め譚」が普遍的だからではないのだ、なんというかこの作品は、躁鬱的な時間だと思うのである。

我々の時間の不思議に比べれば、既製品をこわすみたいなクリシェの時間を生きる者達は、まだ赤ん坊と言ったところだ。ルールを破壊し再創造するのではないのだ、彼らのやってることは物理的な破壊に近いのである。文学やっている人でも、自由に対して束縛とか強制みたいな図式でものを考えている人がいっぱいるけれども、自分がその都度何を壊したがっているのかの内省はいつの世も必要だと言わざるをえない。学校にそこそこなじんで勉強してきてしまったタイプが、生権力?やらなにやらを論じているのを見ると、――君が権力なんだがな、と言いたくなる。内省でも鏡でも何でもいいのでそういうのが必要だ。実際、勉強するというのは自分の前に鏡を置かない行為であり、時間が止まっている。受験勉強なんかは、やった→成果が出たという因果関係を優先して時間を止める行為なのである。失敗した者だけが、時間が動き出すのをみる。そのなかで、権力が何なのかがようやくみえるのだ。そこで死ねば時間がまたとまるけれども、それは我々の生が許さない。

とはいえ、わたくしも二〇代の頃は、時よ止まれ的な、破壊や死を望んでいたところがある。以前、わたしに、全共闘の時代に大学生やってたらどこかに突入して死んでるか、転向して懊悩して餓死してみたいな感じだったですよね、と言っていた若い研究者がいた。適当なこというやつだとおもったが、なんとなく最近はあたってるようなきがしてきた。確かに、――気質というのはあまりかわるものじゃないのだ。個性とはお互いに認め合うことですめばよいが、実際には本人にとって桎梏と化してゆくことが屡々で、我々は個性によって全員それぞれ狂っている。最近のテレビ業界の顛末を見ていても、潜在的に闘われているのは、「人柄対コンプラ」みたいなものであるが、そのことを熟考するいい機会になると思いきや、くるのは破滅だったりするのは、結局、我々が時間を恐れ破壊を好んでいるからだ。

狂いは、仕事の様相に顕れる。私の場合、依頼主の意向にあまりぴんときていない場合、だいたいの仕事というのは失敗する。逆に失敗しないひとはなにかはじめから失敗しないことそのものをめざしているのかもしれず、これがいろいろなものの進捗を遅らせているとしかおもえないが、わたくしは自分の性のこと考えるとそうとも言い切れないとは思っている。私の場合は、自発的に行った仕事とどこか強いられた仕事では大きな出来に違いがありどうしたもんかなと思う。おそらく、強いられたことに拠る憤懣がさまざまな憎悪を呼び、それが仕事の余分なところまでに影響して事態を遅らしているのである。そもそものその自発性だって、なんらかの反発によって起こっている要素はあるんだが、あまりに敵と直面しているような場合は自発的にならない。競争は敵との距離が近すぎて、憎悪によって自分の脚を自分で引っ張るきがする。おそらく、すぐ近くに競争相手がすわっているような、受験などの競争に、私がいまだに慣れていないからかもしれない。

あまりにも水野的な――転向の瓦礫

2025-02-01 18:50:19 | 思想


 歯舞諸島のユリ島付近でB29がソ連戦闘機に撃墜される事件が起きたのは十月七日のことだが、私が札幌について二日目の十七日には、歯舞諸島は日本領土であるという米国務省の対ソ抗議覚書が発表された。根室沖が「危険地帯」の発火点になるための外交辞令はととのった形である。二十日私は旭川にいた。その前の日だったろうか、米軍ジェット機が旭川付近のどこかしらで墜落して、それを捜索するための小型機が旧練兵場から一日中飛びまわっているのを私は見た。学芸大学の裏手のアイヌ部落のまんなかに立ってその飛行機を見ているときに、旭川には水野成夫氏の国策パルプの工場があるが、ストライキなどはけっしておこらないしくみになっているときいたとたんに私はおかしさがこみあげてきた。というのも国策パルプ、苫小牧製紙、東洋高圧、帝国製麻、日本製鋼、北海道電力といった優良株を、北海道に工場があるという理由で、絶対に買わない男がいるという話をとたんに思い浮べたからである。その男の名前もむろん私は聞いているのだが、旧財閥筋のさる大会社のれっきとした重役なのである。こんな重役が一人でも日本にいるかぎり水野氏はまだまだのしあがるだろう。ところでストライキは、そのとき全道、否全国にわたって炭労、電産二労組がゼネストに入っていたのである。炭労は十三、四日にわたる四十八時間ストについで、十七日から大手筋十六社二十四万人が一せいに無期限ストに突入した。

――服部之総「望郷」


水野成夫は、フジサンケイグループをつくった男として知られているが、そして、これも有名な話だが、れっきとしたフランス文学の実力ある飜訳者で元共産党員、赤旗初代編集長、で逮捕された後は獄中転向のありかたを方向付けた男、――というかんじで、弁証法というか塞翁が馬というか、裏切り者といおうか、ものすごい男であった。しかも、こういう男は案外一人ではない。けっこう戦後の復興期にはこのタイプのいろんな奴が活躍しているのであった。というか、戦後の人間たちは、戦前からの転向組という意味で、ほとんどが水野的である。あと、文藝春秋をつくった男・菊池寛も、言うまでもなく転向組と言ってよい。やつらがいなければ、アカハタもフジサンケイも文春もないわけで、結局諸悪の根源は文学なのではっ。そして、彼らとおおかたの日本人は似ている、ということは諸悪の根源は日本人なのではないだろうか(棒読み)

そういえば、昨日のニュースで、東京の普連土学園の校長先生がでていたが、これも由緒ある学校で、校歌は室生犀星の作である。犀星なんかは幼児的すぎて、裏切らない。

――昔書いたことなんだが、共産党の人たちに限らず、戦後の日本人が少々頑張り屋だったのは、転向者、戦前からの裏切り者だったからではなかろうか。裏切り者というのはまっすぐに頑張るのである。対して、転向や裏切りから出発しない人は、いずれ自分や周りから転向し裏切るまで堕落をやめない。そういえば、坂口安吾の堕落が何処に向かっているのか不明な「気合い」みたいにみえるのも、案外転向のモメントがないからではなかろうか。

わたくしも、音楽から転向して、音楽を裏切っている自覚のあるときだけ、活き活きしていた。転向後の道を自明としたときに堕落がはじまった。

今の日本も、過去の弁証法の煮崩れした瓦礫で出来ている。ベンヤミンならここから美的な星座でも思いつくであろうが、わたくしには少なくともまったく何も浮かんでこない。

星座でなく、造られているのは瓦礫に躓かないための教則本である。さんざ言われていることであるが、ミスをなくそうと思ってかように細かく指示を出すようなことを続けていると、常識で判断せえとかその場で何とかしろみたいなことが分からない、すべてを細かい指示で組織したがるおかしな人たちが台頭して威張るようになる。このことは職場の秩序を大いに乱す。これは、指示を文字通りに取ってしまう少数のひとの台頭と裏腹ではあるが、より厄介なことであって、――たいがいその細かさはその対象が非常に恣意的だからである。研究がよりシステマティックになってある問題の範疇のなかの差異化みたいになってゆくとそういう細かさだけがある研究者が台頭してゆくことになるのだが、――より大学の校務上の困難さが増している気がする。気恥ずかしいけど、問題が人間的でないことを批判する指導はこれから必要である。

あるひとは、繰り上がり当選みたいなことが続きゃそうなるよ、と言っていたが。。。