昨年のゴジラをやっと観た。ハリウッドは核を舐めてるのか、とついみんな思ってしまうのは、「ダークナイト何とか」でもそうだったが、アメリカにとっての海外で爆発させりゃそれでいいのかよ、という結末ばかりだからである。
おもしろいのは、今回は、そこに仲良し夫婦怪獣に独身者ゴジラが立ち向かうという、なにか怨念を感じる設定が絡んでいることである。
最後、主人公の兵士は核を食べてくれる?怪獣の卵を吹っ飛ばした後、なんだかお疲れのようであり、怪獣をやっつけたゴジラと一緒でおねむのご様子。で、核爆弾の爆発解除という本来の任務を忘れ、むにゃむにゃとやっているうちに、沖で爆発した核の閃光でお目覚め。ついご飯ですよという奥さんの声が聞こえてきそうなのどかさにびっくり。ゴジラも一晩寝たら疲れもとれたらしく、海に帰る。
原発事故があっても街が廃墟になるだけだと思っている。核を処理するより、電気と通信がなくなることの方を恐れる。という欺瞞が感じられるのはもちろんのこと、その他にもなにやら、夫婦愛でいっぱい子ども作る人たちより、ゴジラみたいなお腹ぽっこり独身者が世界を救うと言いたげなのだ。やや譲って、世界を救うには妻がいない状況が必要だ――といった男の怨念が感じられるのである。というのは、……主人公の兵士は、日本の原発事故で妻を亡くした父親を持っていて、その父親が怪獣さわぎに巻き込まれて死んだので、その父親の無念を晴らす為になかなか妻のいるところに帰ろうとしないで勝手に軍隊に帯同するのである。途中で東洋系の子どもを助けたりするが、男の子。最後に、生きていた母親に駆け寄る息子を見つめる主人公。彼は昨日、母親怪獣がおなかを痛めて産み落とした卵を吹き飛ばした男。――明らかに、女性嫌悪かなにかが感じられる映画である。渡辺謙がやってる芹沢博士といういてもいなくてもかまわない男も、ちょっと横にいる女性科学者にまったく興味ないようで、どちらかというとゴジラが好きらしい……ゴジラが最後に首をもいで殺すのは、雌の方。雄に対してより酷い殺し方であった。……
「チャイナ・シンドローム」と昭和29年「ゴジラ」を合体させたような傑作を期待していたわたくしを、見事に失望させた今回のゴジラであった。
が、原発事故・津波・核・男女の問題などの問題を使いながら、見事にそれを隠蔽するそぶりの映画を大量に送り出すハリウッドは、そうやって隠蔽と問題の深刻さを逆に浮かび上がらせようとがんばっているのではあるまいか。確かに「ショアー」では商売にならんから、問題はそれでは本当に闇に葬られてしまう。それよりは、……。何もせず、過去のゼロ戦でうろうろしている日本は、それ以下であり、まだ第二次大戦が終わっていないのであった。何が戦後70年の歩みだよ……
ジュリエット・ピノシュに似たおばさんが出てたと思ったら、本人だった……