ここにまた高木大神の命以ちて、覚して白したまはく、「天つ神の御子を、これより奥つ方に、な入り幸さしめそ。荒ぶる神いと多となり、今、天より八咫烏を遣はさむ。かれ、その八咫烏引道きなむ。その立たむ後より幸行すべし」とまをしたまひき。かれ、その教へ覚しの随に、その八咫烏の後より幸行せば、吉野河の河尻に到りましし時、筌を作りて魚を取る人あり。ここに天つ神の御子、「汝は誰ぞ」と問ひたまへば、「僕は国つ神、名は贄持之子と謂ふ」と答へ白しき。こは阿陀の鵜養の祖なり。
八咫烏は有名であり、芥川龍之介の「桃太郎」でも鬼よりもすごい凶悪殺人鬼桃太郎を生み出すのに一役買っている。八咫烏の三本足は、古事記日本書紀よりもあとで付け加えられたイメージだときいたことがあるが、――まあ三本足でもいいことにして、イメージしてみると、左右に三本あれば昆虫みたいでかっここいいが、三本足というのは、羽が二枚なのにちょっとおかしいのだ。
論文の蛇足みたいなものが、非常にいらいらさせるように、――とくにわたくしのものなんかがそうであるが、なにか八咫烏にはいらいらさせる要素があるのではなかろうか。だから、こやつが出てくると、戦闘モードになってしまい、八咫烏に従っているつもりでやはり実践によって我々の生が生成される如き、猛進バカになりはてるのではなかろうか。これ以降、ニエモツとかイヒカとかイワオシワクとか、地元の神みたいなものが次々にしおらしく出てくるが、それもそのはずである、とにかく眼つきが完全におかしくなった西国のヤクザたちが、眼に入る者片っ端から斬り殺して進軍しているのだ。とりあえず生き残った者がしおらしいのは当たり前だ。
八咫烏は存在しない。つまり、実際にいたのは烏である。こいつらは、この前もわたくしの上で田螺を狙っていたのであるが、八咫烏(=烏)も屍体や田螺めがけて飛んでいったに違いない。
以前も引用したことがあるが、戦争の烏というものはこういうものだ。
烏はやがて、空から地平をめがけて、騒々しくとびおりて行った。そして、雪の中を執念くかきさがしていた。
その群は、昨日も集っていた。
そして、今日もいる。
三日たった。しかし、烏は、数と、騒々しさと、陰欝さとを増して来るばかりだった。
或る日、村の警衛に出ていた兵士は、露西亜の百姓が、銃のさきに背嚢を引っかけて、肩にかついで帰って来るのに出会した。銃も背嚢も日本のものだ。
「おい、待て! それゃ、どっから、かっぱらって来たんだ?」
「あっちだよ。」髯もじゃの百姓は、大きな手をあげて、烏が群がっている曠野を指さした。
「あっちに落ちとったんだ。」
「うそ云え!」
「あっちだ。あっちの雪の中に沢山落ちとるんだ。……兵タイも沢山死んどるだ。」
「うそ云え!」兵士は、百姓の頬をぴしゃりとやった。「一寸来い。中隊まで来い!」
日本の兵士が雪に埋れていることが明かになった。背嚢の中についていた記号は、それが、松木と武石の中隊のものであることを物語った。
翌日中隊は、早朝から、烏が渦巻いている空の下へ出かけて行った。烏は、既に、浅猿しくも、雪の上に群がって、貪慾な嘴で、そこをかきさがしつついていた。
兵士達が行くと、烏は、かあかあ鳴き叫び、雲のように空へまい上った。
そこには、半ば貪り啄かれた兵士達の屍が散り散りに横たわっていた。顔面はさんざんに傷われて見るかげもなくなっていた。
雪は半ば解けかけていた。水が靴にしみ通ってきた。
やかましく鳴き叫びながら、空に群がっている烏は、やがて、一町ほど向うの雪の上へおりて行った。
兵士は、烏が雪をかきさがし、つついているのを見つけては、それを追っかけた。
烏は、また、鳴き叫びながら、空に廻い上って、二三町さきへおりた。そこにも屍があった。兵士はそれを追っかけた。
烏は、次第に遠く、一里も、二里も向うの方まで、雪の上におりながら逃げて行った。
――黒島伝治「渦巻ける烏の群」
あるいは、神武天皇たちは、疫病か何かで人がバタバタ死んだ地域を平定していったに過ぎないのかも知れない。死肉をめがけて飛ぶ烏に導かれて。怪しいのは、例のサイコパスが天から刀を落とした前に、神武天皇たちが熊野でバタバタ倒れていったという事実である。パンデミックだ。