雀の手箱

折々の記録と墨彩画

70年前の夏の日の記憶

2015年08月08日 | 塵界茫々
 毎年8月8日は、70年を経過してもなお、断片的に鮮やかに蘇ってくる記憶で一日気持ちが沈みがちです。長崎に原爆が投下された前日、八幡大空襲の日のことです。

 確か何度かこの日の記憶をこのブログでも書きとめたと思って振り返ってみました。
 戦後70年という節目の年であり、国会では新しい安全保障についての国のありようが論議されていることもあって、例年以上に戦禍の惨状などが取り上げられて、戦争を知らない世代の関心もある程度は深まっているようです。
 ここ北九州市でも。「後世に語り継ぐ北九州市民の戦争体験~戦時下の暮らし~」として、年々減少する体験者の記憶を記録、保存する試みが企画され、広く一般市民の体験談が募集されています

 夫の午睡中などに少しずつ応募するための原稿を作成中です。原稿用紙5枚程度と記されていますがとても5枚などでは収まりません。あの戦時を乗り越えてきたものの一人として、後世へ残す記憶を記すことにしました。
 一人の家族も失うこともなかった私の戦争体験など、悲惨とは程遠く、苦しさも、空腹のほかは軽いものです。もっと厳しい状況を生き抜いてこられた方々もまだ生き残っておられると思います。すでに遅きに失した感がありますが、辛い体験でも、こうした機会に発信されるよう念願しています。




 このところの連日の猛暑ですっかり体調を崩した夫の介護で毎日が慌ただしく過ぎてゆきます。私自身も少し頭痛がするのは、冷房を嫌う夫に合わせるため、高めの設定で我慢しているせいでしょうか。




今年のホオズキは、早く実をつけていたものは長雨で、このような姿になっています。
原爆ドームの中の精霊とも見えて


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