当たり前だけどバスに乗り降りする場所は「バス停」こと「バス停留所」。
照明や接近表示付きのものや、現代的なデザインのポールもあるし、その地域やバス会社(事業者)によって違う。
でも、大都会は別として多くの方が思い浮かべるのが、よく地図のマークで使われるような、セメントの台から金属棒が伸び、頭の丸い板にバス事業名とバス停名が書かれたものだと思う。「ダルマ型」と呼ばれるらしい。
今回は秋田市内のダルマ型バス停を紹介し、機会を見て続編をアップしたいと思う。
僕にとって「バス停」といえばこれ。
旧秋田市交通局のダルマ型バス停。
丸い看板部分は上から黄緑・黄色・赤。微妙に色合いが違う箇所も多かったが、黄緑は秋田市のシンボルカラーの若草色、赤は秋田市営バスの車体の色(交通局のシンボルカラー?)のようであり、何よりも物心ついた頃から自宅周辺にたくさんあったので、なじみ深い。
黄色い部分のバス停名は、かつては看板屋さんの手書き、末期にはローマ字併記のカット文字、パソコンで透明シールに印刷したものなどバリエーションが豊富でおもしろい。赤い部分は、昔は次の停留所名が書かれていた。
上の「総社神社前」の写真は交通局が最後に大量更新したと思われるタイプ。色鮮やかで、文字はローマ字併記のカットシールの丸ゴシック体(移管後の民間会社更新分とは微妙に違うフォント)。
交通局はこんなバス停を導入した時期もあった。
市の広報「広報あきた」1987年10月1日付け1077号「昭和61年度公営企業決算」に、「見やすい二面体のバス停五十基を設置」とあるのが、これだと思われる。1986年度だから、僕の記憶と一致する。
台座以外は樹脂製で金属は使われていない。市の中心部を中心に設置された。配色が当時のバスロケーションシステム(接近表示)対応のバス停(以前の記事の西部公民館前のものなど)と同じで、ずいぶん都会的な感じがした。
だが、増備されることはなく、市営バスの民間移管を機にほとんどが撤去され、ダルマ型に戻されてしまった。なぜなら、これには重大な欠陥があったのだ(と僕は思っている)。風が強い秋田市では、軽量で表面積の広いこのバス停は、風をまともに受けて倒れやすいのだ。1990年秋の台風14号の際も、ダルマ型は立っていたのに、これは軒並み倒れていた。中心部は道幅が狭いから、倒れて通行の妨げになったり、車に踏まれたものもあったかもしれない。
そんなわけで、末期には黄緑のバス停名部分がストンと下に落ちたり、フレームがなくなったりと、不完全な姿が多かった。→この記事に写真あり。
こちらは交通局路線を引き継いだ民間会社オリジナルのもの。
支柱が細くて2本あり、看板の上をぐるりと囲む逆U字型だが、これもダルマ型と分類していいのだろう。白地にオレンジ色・青が目を引くが、色の根拠は分からない。「バスで行こう」とのコピーも書かれている。
“市営バス派”の僕は、この会社にはなじみがなく、「郊外路線=イナカのバス」と思っていたが、このバス停はなんとなく気に入っていた。でもやっぱり、これを見ると「イナカに来たな」と感じるアイテムでもあった。
交通局は照明・バスロケ付きを含めていろいろな種類のバス停があったが、この会社はほぼ全てこのタイプに統一されていた。
秋田市交通局は段階的に民間会社へ移管されることになり、最終的には市営バスの全路線、すなわち全バス停が引き継がれることになった。
だから市営バスのバス停は全部オレンジ・青に変わってしまうのかと思ったが、そうはならず、次のような対応が取られた。
移管途中の年は「1つの旧市営バス停を民間会社と“共有”する」という停留所も多かった。
現在のニューシティー前
市営バスの赤かった部分に、青地に白文字で会社名を書いたシールを貼って対応。
これを見た時、市営バスがなくなるのが近いことをひしひしと感じるようになった。
牛島、新国道方面など元から2事業者が競合していた地区では、将来の路線移管対策と道路占有スペースの効率化を目指して、移管前の早い段階から、両者を1つにまとめた新型が設置されていた。
斬新なデザインでありながら金属製で倒れにくそう。
色使いは市営バスのものと同じだが、市営:赤、民間:緑と事業者名の地色がバスの車体色に合わせてあり、理にかなっている。なかなか好きだった。
移管完了後は、こうなった。

上部黄緑の「市営バス」部分に重ねて青い民間会社のシールを貼った。上の写真の「ダイエー前」など、下部にシールを貼っていた箇所でも、剥がして上部に貼り直し、この「泉南三丁目」と同じ形式になった。「市営バス」がカット文字だったものは、青いシールの下に凹凸が透けて今でも読み取れるのが泣かせる。
したがって、交通局のダルマ型バス停だった停留所は、「黄緑・黄・赤」から「青・黄・赤」に変わった。(移管後に更新された停留所では、黄と赤の色合いが変わったものもある)
でもなんで青色なのか分からないし、「桜郵便局」のような共用タイプの停留所では緑色で更新され、統一性がない。しかも移管前からの自社路線は当然オレンジと青のまま。
全部統一するにはお金がかかり、そうしてまで揃える必要はないだろうが、引っ越してきた人や旅行者には、別のバス会社ではないかと思ってしまうほど、バリエーションがある。
最後に、民間会社が最近(?)新たに設置したタイプ。
「大町二丁目」(上り)には3本のバス停
真ん中の逆U字型は羽後交通のもの。右端の埋め込み式のは、秋田市交通局から引き継いだ照明付きのもの。バスロケ付きのものにそっくりだが、やや背が低くて、接近表示はなかった。表示スペースが空いているから、そこに時刻表を貼ればよさそうなのに、左端にもう1本立っている。交通局があった頃は「桜郵便局」のように1本にまとめる方針のはずだったのに、移管後はここのようにだらだらと2本立てたままの停留所が山王大通り~竿燈大通り~中央通りには多い。利用者としては時刻表が分散していて分かりにくくて困ります。
【2014年12月20日追記】2014年12月14日付秋田魁新報秋田市地域面より。
NPOなどが主催する「人にやさしいまちづくりinあきたと住まい展」が開催され、NPOの会員らが撮影した便利な場所や不便な場所約70点の写真が展示された。
その1つに、「時刻表の付いた標識が複数並ぶバス停」があり、まさにこれのこと。秋田経済新聞サイトによれば交通公社前(上り側)の写真だったようだ。
その左のバス停の上部
医療機関の広告を兼ねたものらしい。ほかには中通一丁目と三丁目もそうだし、広告は未確認だが、外旭川小学校前の「神田」停留所もこの図柄だった。
このイラストは屋根にシャチホコらしきものがあるのでお城?
でもなんでお城?? 秋田は城下町だが、久保田城には天守閣がなかったようだし。
左右の余白とか、下の赤い部分とかデッドスペースが多いような気もする。バス停名は太字なのはいいが、広告とともにもっと大きくできるのではないだろうか。利用者のことを思えば、バス停はできるだけ見やすく(認識しやすく)するべきであり、スペースいっぱいに表示するべきだと思う。
※お城デザインのバス停は、この後、2015年頃にほぼ絶滅した。この記事後半参照。
※続きはこちら
照明や接近表示付きのものや、現代的なデザインのポールもあるし、その地域やバス会社(事業者)によって違う。
でも、大都会は別として多くの方が思い浮かべるのが、よく地図のマークで使われるような、セメントの台から金属棒が伸び、頭の丸い板にバス事業名とバス停名が書かれたものだと思う。「ダルマ型」と呼ばれるらしい。
今回は秋田市内のダルマ型バス停を紹介し、機会を見て続編をアップしたいと思う。

旧秋田市交通局のダルマ型バス停。
丸い看板部分は上から黄緑・黄色・赤。微妙に色合いが違う箇所も多かったが、黄緑は秋田市のシンボルカラーの若草色、赤は秋田市営バスの車体の色(交通局のシンボルカラー?)のようであり、何よりも物心ついた頃から自宅周辺にたくさんあったので、なじみ深い。
黄色い部分のバス停名は、かつては看板屋さんの手書き、末期にはローマ字併記のカット文字、パソコンで透明シールに印刷したものなどバリエーションが豊富でおもしろい。赤い部分は、昔は次の停留所名が書かれていた。
上の「総社神社前」の写真は交通局が最後に大量更新したと思われるタイプ。色鮮やかで、文字はローマ字併記のカットシールの丸ゴシック体(移管後の民間会社更新分とは微妙に違うフォント)。

市の広報「広報あきた」1987年10月1日付け1077号「昭和61年度公営企業決算」に、「見やすい二面体のバス停五十基を設置」とあるのが、これだと思われる。1986年度だから、僕の記憶と一致する。
台座以外は樹脂製で金属は使われていない。市の中心部を中心に設置された。配色が当時のバスロケーションシステム(接近表示)対応のバス停(以前の記事の西部公民館前のものなど)と同じで、ずいぶん都会的な感じがした。
だが、増備されることはなく、市営バスの民間移管を機にほとんどが撤去され、ダルマ型に戻されてしまった。なぜなら、これには重大な欠陥があったのだ(と僕は思っている)。風が強い秋田市では、軽量で表面積の広いこのバス停は、風をまともに受けて倒れやすいのだ。1990年秋の台風14号の際も、ダルマ型は立っていたのに、これは軒並み倒れていた。中心部は道幅が狭いから、倒れて通行の妨げになったり、車に踏まれたものもあったかもしれない。
そんなわけで、末期には黄緑のバス停名部分がストンと下に落ちたり、フレームがなくなったりと、不完全な姿が多かった。→この記事に写真あり。

支柱が細くて2本あり、看板の上をぐるりと囲む逆U字型だが、これもダルマ型と分類していいのだろう。白地にオレンジ色・青が目を引くが、色の根拠は分からない。「バスで行こう」とのコピーも書かれている。
“市営バス派”の僕は、この会社にはなじみがなく、「郊外路線=イナカのバス」と思っていたが、このバス停はなんとなく気に入っていた。でもやっぱり、これを見ると「イナカに来たな」と感じるアイテムでもあった。
交通局は照明・バスロケ付きを含めていろいろな種類のバス停があったが、この会社はほぼ全てこのタイプに統一されていた。
秋田市交通局は段階的に民間会社へ移管されることになり、最終的には市営バスの全路線、すなわち全バス停が引き継がれることになった。
だから市営バスのバス停は全部オレンジ・青に変わってしまうのかと思ったが、そうはならず、次のような対応が取られた。
移管途中の年は「1つの旧市営バス停を民間会社と“共有”する」という停留所も多かった。

市営バスの赤かった部分に、青地に白文字で会社名を書いたシールを貼って対応。
これを見た時、市営バスがなくなるのが近いことをひしひしと感じるようになった。
牛島、新国道方面など元から2事業者が競合していた地区では、将来の路線移管対策と道路占有スペースの効率化を目指して、移管前の早い段階から、両者を1つにまとめた新型が設置されていた。

色使いは市営バスのものと同じだが、市営:赤、民間:緑と事業者名の地色がバスの車体色に合わせてあり、理にかなっている。なかなか好きだった。
移管完了後は、こうなった。

上部黄緑の「市営バス」部分に重ねて青い民間会社のシールを貼った。上の写真の「ダイエー前」など、下部にシールを貼っていた箇所でも、剥がして上部に貼り直し、この「泉南三丁目」と同じ形式になった。「市営バス」がカット文字だったものは、青いシールの下に凹凸が透けて今でも読み取れるのが泣かせる。
したがって、交通局のダルマ型バス停だった停留所は、「黄緑・黄・赤」から「青・黄・赤」に変わった。(移管後に更新された停留所では、黄と赤の色合いが変わったものもある)
でもなんで青色なのか分からないし、「桜郵便局」のような共用タイプの停留所では緑色で更新され、統一性がない。しかも移管前からの自社路線は当然オレンジと青のまま。
全部統一するにはお金がかかり、そうしてまで揃える必要はないだろうが、引っ越してきた人や旅行者には、別のバス会社ではないかと思ってしまうほど、バリエーションがある。
最後に、民間会社が最近(?)新たに設置したタイプ。

真ん中の逆U字型は羽後交通のもの。右端の埋め込み式のは、秋田市交通局から引き継いだ照明付きのもの。バスロケ付きのものにそっくりだが、やや背が低くて、接近表示はなかった。表示スペースが空いているから、そこに時刻表を貼ればよさそうなのに、左端にもう1本立っている。交通局があった頃は「桜郵便局」のように1本にまとめる方針のはずだったのに、移管後はここのようにだらだらと2本立てたままの停留所が山王大通り~竿燈大通り~中央通りには多い。利用者としては時刻表が分散していて分かりにくくて困ります。
【2014年12月20日追記】2014年12月14日付秋田魁新報秋田市地域面より。
NPOなどが主催する「人にやさしいまちづくりinあきたと住まい展」が開催され、NPOの会員らが撮影した便利な場所や不便な場所約70点の写真が展示された。
その1つに、「時刻表の付いた標識が複数並ぶバス停」があり、まさにこれのこと。秋田経済新聞サイトによれば交通公社前(上り側)の写真だったようだ。

医療機関の広告を兼ねたものらしい。ほかには中通一丁目と三丁目もそうだし、広告は未確認だが、外旭川小学校前の「神田」停留所もこの図柄だった。
このイラストは屋根にシャチホコらしきものがあるのでお城?
でもなんでお城?? 秋田は城下町だが、久保田城には天守閣がなかったようだし。
左右の余白とか、下の赤い部分とかデッドスペースが多いような気もする。バス停名は太字なのはいいが、広告とともにもっと大きくできるのではないだろうか。利用者のことを思えば、バス停はできるだけ見やすく(認識しやすく)するべきであり、スペースいっぱいに表示するべきだと思う。
※お城デザインのバス停は、この後、2015年頃にほぼ絶滅した。この記事後半参照。
※続きはこちら