由利本荘市の子吉川に架かる由利橋の架け替えに伴う、「渡り納め」イベントが今日(24日)に行われたので見てきた。
市の広報紙やサイトで告知され、前日にはローカルニュースの「明日の動き」でも伝えられた。近く(大町角の空き地)には駐車場が設けられた。
現在は仮橋が共用され、旧橋は解体を待つだけで通行止めになっている。
今日は「由利橋に感謝する集い」として、10時から左岸(市中心部鍛冶町側)で市長あいさつ・橋名板取り外し・保育園児の踊りなどの後、10時半頃から14時まで自由に渡り納めができる。
子吉川にもカッパ発見!
雄物川では数少ない建設省バージョンのカッパ。色あせたのではなく、着色なしの線だけの絵か?
鍛冶町側。カーブして右の仮橋につながる。仮橋の歩道は上流側のみ
10時半過ぎだったので、イベントが行われたと思われるたもとのテントはたたまれていた。
鍛冶町側
「ありがとう由利橋 長い間お疲れ様でした」という横断幕と「ありがとう由利橋」のくす玉が。
橋名板は4つとも撤去済み
歩道は通行止めで、車道部分を開放していた。

橋の上では地元のお店の「本荘うどん」、お菓子、農産物などテントの出店も(当初の発表より3店減ったようだが)。
あとは、夏の秋田でイベントがあれば必ず出没するババヘラアイスも来ており、両岸に出店。石脇側では、鳥海地区の「花立牧場」のソフトクリームと競合していた。

(左)橋の下流石脇側にクレーン船「第十四長田丸」が停泊
(右)橋の下にも足場が組まれている
明日以降、さっそく橋の解体が始まるのだろう。
石脇側にも同じ横断幕
大にぎわいではないが、ひっきりなしに人が来る。
高校生からお年寄りまで写真を撮っていたし、「私が小学校さ入った年にこの橋ができたんだども、なくなるのを今朝まで知らねくて。なんとなんと…」と感慨深げなおばあさんもいた。
このイベントがあることを「(10時の式典で)のろしが鳴って、何だべと家族に聞いて知った」とか「(一緒に来た友達に)教えてもらっていがった」と話す人もいたので、事前の告知は足りなかったかもしれない。
僕が不満だったのは、売店テントの後ろのラッパ型スピーカーから、他地域の民謡が延々と流れていたこと。何で由利橋とのお別れに「土佐の高知のはりまや橋で~(橋つながり?)」とか「津軽良いとこ~」を聞かなければいけないのか。音楽なんていらないと思うし、せめて「本荘追分」とか谷川俊太郎 作詞/息子の谷川賢作 作曲で子吉川も歌い込まれた「由利本荘市民歌」程度にしてほしかった。
こうして見ると狭い
考えてみれば、トラス橋の内部を歩いて渡るのは初めてだった。こういう古い橋では、歩道がトラス外側に後付けされることが多いので、車で通らなければ内側は見られなかった。小学生の男の子も「橋の中ってこうなってるんだ!」と上を見上げて感心していた。

くす玉はアヤメをモチーフにした市章が描かれていた
僕は秋田大橋撤去の時はほとんど見に行っていないが、由利橋も同じように市民に惜しまれながら役目を終えられたようだ。
雨が降りそうだったが、イベント終了後まで持ってくれた。
※由利橋の次の記事はこちら
市の広報紙やサイトで告知され、前日にはローカルニュースの「明日の動き」でも伝えられた。近く(大町角の空き地)には駐車場が設けられた。
現在は仮橋が共用され、旧橋は解体を待つだけで通行止めになっている。
今日は「由利橋に感謝する集い」として、10時から左岸(市中心部鍛冶町側)で市長あいさつ・橋名板取り外し・保育園児の踊りなどの後、10時半頃から14時まで自由に渡り納めができる。

雄物川では数少ない建設省バージョンのカッパ。色あせたのではなく、着色なしの線だけの絵か?

10時半過ぎだったので、イベントが行われたと思われるたもとのテントはたたまれていた。

「ありがとう由利橋 長い間お疲れ様でした」という横断幕と「ありがとう由利橋」のくす玉が。

歩道は通行止めで、車道部分を開放していた。

橋の上では地元のお店の「本荘うどん」、お菓子、農産物などテントの出店も(当初の発表より3店減ったようだが)。
あとは、夏の秋田でイベントがあれば必ず出没するババヘラアイスも来ており、両岸に出店。石脇側では、鳥海地区の「花立牧場」のソフトクリームと競合していた。


(左)橋の下流石脇側にクレーン船「第十四長田丸」が停泊
(右)橋の下にも足場が組まれている
明日以降、さっそく橋の解体が始まるのだろう。

大にぎわいではないが、ひっきりなしに人が来る。
高校生からお年寄りまで写真を撮っていたし、「私が小学校さ入った年にこの橋ができたんだども、なくなるのを今朝まで知らねくて。なんとなんと…」と感慨深げなおばあさんもいた。
このイベントがあることを「(10時の式典で)のろしが鳴って、何だべと家族に聞いて知った」とか「(一緒に来た友達に)教えてもらっていがった」と話す人もいたので、事前の告知は足りなかったかもしれない。
僕が不満だったのは、売店テントの後ろのラッパ型スピーカーから、他地域の民謡が延々と流れていたこと。何で由利橋とのお別れに「土佐の高知のはりまや橋で~(橋つながり?)」とか「津軽良いとこ~」を聞かなければいけないのか。音楽なんていらないと思うし、せめて「本荘追分」とか谷川俊太郎 作詞/息子の谷川賢作 作曲で子吉川も歌い込まれた「由利本荘市民歌」程度にしてほしかった。

考えてみれば、トラス橋の内部を歩いて渡るのは初めてだった。こういう古い橋では、歩道がトラス外側に後付けされることが多いので、車で通らなければ内側は見られなかった。小学生の男の子も「橋の中ってこうなってるんだ!」と上を見上げて感心していた。



僕は秋田大橋撤去の時はほとんど見に行っていないが、由利橋も同じように市民に惜しまれながら役目を終えられたようだ。

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