広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

みみきかんじ

2017-02-22 23:56:02 | 秋田のいろいろ
「みみきかんじ」という言葉が、たまに頭をよぎる。
初めて聞いたのは、幼稚園か小学校入学直後頃。クラスメイトが使っていた。
※以下、誤解を招く表現があるかもしれませんが、差別する意図はないことをご承知おきください。

意味は「耳が聞こえない人・状態」。
当時の周囲では、生まれながら、あるいは加齢等により、聴力が低いとか耳が遠い人はいなかったから、そうした人を指すものではなかった。
話が通じない相手だとか、言うことを聞き入れない人に対して、使っていた。「お前の母さんデベソ」みたいな口喧嘩の文句としても使っていたか。
「みみきかんじん」という子も一部にいたし、語呂からわざと「みみ機関銃」と言う子もいた。

学年が上がるにつれ、耳にする機会は減っていった。
中学校では、とある理科の先生が、授業中に騒がしい時【24日訂正】先生の話を聞くべき時なのに、騒いでいる生徒がいる時「ん? みみきかんじがいるぞ」とたまに言っていたのが、久々かつ最後だった。


その中学生の頃に疑問だったのが、「みみきかんじ」の漢字表記や語源。
「耳聞かん」は想像に難くないが、「じ」は?
「耳聞かん児」で、だから子どもにしか使わないのかなと思ったりもしたが、違いそう。
【23日追記・余談だがリポビタンDの「肉体疲労時の栄養補給に」を「肉体疲労児の~」だと勘違いしたことがある人は、けっこういる。】
我が家の大人は、使わないばかりか言葉自体を知らなかった。だから、秋田弁でもなさそう。
じゃあ、幼児語なのかと思っていた。



最近、また頭に浮かんだので、ネットで調べると、意外なことが分かった。
「みみきかんじ」は幼児語ではなく、方言。しかも青森県のものだそう。
以前から触れているように「青森弁」という方言は存在せず、エリアで津軽弁、下北弁、南部弁の3つに大別されるが、いずれにも存在するようだ。「みみきかんず」と言うことも、「耳」がない「きかんじ」とするものもあった。

「秋田弁である」との記述もわずかに存在するが、圧倒的に青森の各方言とするものが多い。
秋田でも一部地域では使うのかもしれないが、もともとは使わず、近年(明治以降とか)になって秋田へ伝わったのかもしれない。それが、回り回って秋田市の子どもも使うようになったのだろうか。

青森での「みみきかんじ」の意味としては、「耳が聞こえない人」、そして「話が通じない/他人の言うことを聞かない人」。我々の子どもの頃と大きくは違わない。さらに転じて「強情な人」という意味(秋田弁の「肩っぱり」相当?)の場合もあるようだ。
ただし、地域や人によって、ニュアンスや解釈は微妙に違うようだ。特に「耳が聞こえない人」については、差別的な意味あいを含むこともあるようだ。

差別的な意味があることを知らずに使う人も多くいる感じ。(繰り返すが、僕たちが子どもの頃も、そのような意図はなかった。バカにする意図はあったけど)おおっぴらに使うには、注意が必要な言葉かもしれない。


では、「じ」(または「ず」)の由来。※素人の憶測です。信憑性はありません。
「負けじと」みたいな否定を意味する「じ」もあるが、そうだとしたら、「聞かん」と既に否定されているのを再度否定しているから違う。
「聞かじ」の間に「ん」が入ったとしても、「じ」は厳密には「否定推量」だから、ここで推量する必要もなさそうだから、違うのでは?

東北の方言であることを踏まえれば、「じ」よりも「ぢ」のほうが適切な気がする。
「ぢ」は「やぢ」、すなわち「やづ(奴)」の短縮かも。
つまり、「耳聞かん奴」が転じて「みみきかんぢ」になったというのは、いかがでしょう。

【2020年1月12日追記】2018年に、弘前市内のとある飲食店で、津軽地方在住と思しきの中年女性2人の会話が耳に入った。そこで、「わ、みみかんじだはんで…」と、大人どうしの会話でみみかんじが使われているのに遭遇できた。この場面では、自虐的に「わたしは耳が遠いから…」というニュアンスだと受け取った。

※似たような青森でよく使われ、秋田でも多少通じる「(テレビ番組が)入る」という言葉について。
コメント (4)
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