9月の弘前の話2つ。
●新宿→弘前駅前
秋田方面から下り列車に乗って弘前駅に入る時(もうホームに入っている頃)、車窓左側に小さなホテルが見える。
駅を出て正面左側に位置するのだが、駅前【20日補足・これは駅舎を出てすぐ、駅前広場付近という意味】からはアートホテル弘前シティの大きな建物にさえぎられて見えないはず。ヒロロ方向へ進むと、駐車場の向こうの裏道に建つ姿が見える。
駐車場越しに
ホテルの名前は「弘前駅前ホテル」と、妥当な名前。今はルートインや東横インができてしまったけれど、駅から有数の近さの宿。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/b3/92a4b78cb5a4053d9223ba45b4fa5f2d.jpg)
しかし以前は、別の名前だった。
2017年8月撮影のGoogleストリートビューより
「ビジネスホテル新宿」だった。
ここ1年ほどの間に、経営者交代などはなく名前だけを変えたらしい。
泊まったことはなく、昔は(建物が裏通りにあって小さいせいか)名前はあまり印象にないホテルだった【19日補足・表通りはよく通っていたから視界に入っており、建物の存在は認識していた。】が、10年ほど前、弘前の人と会話して存在を知った。
弘前で安いホテルの話題で、僕としてはプリンスホテル辺りを思い浮かべていたのだけど、相手の地元の人は、真っ先に「ホテル新宿」を挙げた。地元では安いホテルとして認知されていたのだろうか。
今は消されたが、ストリートビューの画像にあるように、以前は朝食付きシングル4500円と書かれていた。探せばもっと安いホテルもあるけど。
それにしても、弘前なのに新宿とは、これいかに?
東京の新宿と関係あるのか?
ひっそりと存在する公式ホームページによれば、「最初昭和42年に旅館「新宿」(新しい宿)として創業し、その後、弘前市の駅前再開発計画のため、平成2年10月に「ビジネスホテル 新宿」として名称を改め」。
なるほど。
旅館時代を含めた歴史は51年、以前はどこにあったのか知らないけれど、いわゆる駅前旅館がルーツだったのだろう。
ちなみに、駅との間に立ちはだかるアートホテル弘前シティは1989年にできた(当時はシティ弘前ホテル、その後何度も改称)。
【2022年6月9日追記】再開発以前の旅館新宿は、今とは違う場所にあったとのこと。また、当時は周辺に多くの小さな旅館があり、再開発の立ち退き時にほとんどが廃業したそうだ。この記事も参照。
●手書き川看板
一級河川の本流は、国土交通省が直接管理する。実際の管理業務は、出先機関の各地方整備局の各河川事務所等が行う。(一級河川の支流は、国から委託されて県が管理する)
その国管理の川では、橋のたもとの堤防などに、川の名前を記した大きな看板がある。
秋田県の雄物川では、青地に白文字で片面漢字・片面ひらがな。ローマ字やハングル表記があるものもある。時期によって、色合いや書体は異なる。
(再掲)
一方、愛知県の木曽川では、
(再掲)地色が緑色
道路の案内標識では、規格が定められているが、川の看板はそこまでではなさそう。
今回、革秀寺のハスを見に行ったけれど、もう終わっていてアテが外れ、早々に市街地へ戻ることにした。バスもしばらく来ないので、岩木橋を歩いて渡った。【19日追記・橋のたもとにアイスクリームというか冷菓屋さんがあるのだけど、涼しくて食べる気にならず】
「岩木川」の看板
雄物川で見慣れたものと基本的には同じだが、文字が手書き。かつて「建設省」だった上に「国土交通省」を貼っている。
上の写真の雄物川も建設省時代からのものだけど文字は活字(写研のナール)。岩木川のほうが古いようだ。
裏は「いわきがわ」
こういう手書き看板って、経年で文字が剥離することがあるが、少々汚れた程度できれいに保たれている。地色も鮮やか。
この岩木川の看板、手書きは別として、雄物川の看板とは大きく違う点がある。それ以外の川を含めても、こういうタイプは見たことがないかもしれない。
それは看板の向き。
一般的には、川の流れに平行、すなわち橋を渡る時に(脇見をしなくても)文字が読めるように設置されている。
ところが、これは流れに対して直角。設置スペースが限られているとか、川や道路が大きくカーブしているといった、向きを変えるべき特別な事情は見当たらない。十字路交差点だから、どちら向きでも無意味ではないけど、珍しいと感じた。
【19日追記】天気が良ければ、対岸に岩木山がそびえる
まあそういうもんかなと思いつつ、調べると、東北地方整備局ホームページ「Q&Aかわ全般」に、看板の基準が出ていた。
「河川名看板は、国土交通省で昭和43年から漢字の河川名でも川表(川側)は漢字、川裏(宅地側)はひらがなとして大きさや形が決められて整備されておりました。」※昭和43年ならば、正確には建設省でしょう。
当初は青地に白文字だったようだが、
「最近ではよりわかりやすく、親しみやすくしたいということで、実際に整備管理している河川国道事務所(昔の工事事務所)の判断で色や形、大きさ等が工夫されたものも」「英語や韓国語で併記したりしている所も」ある。
へえー。「河川名看板」が正式な呼称なのかな。
となると川に平行に設置するが(少なくとも)昔は正式・原則だったようだ。
岩木川の看板は、手書きだからそれなりに古いものと考えられるが、その時点で青森工事事務所(当時)が独自の判断で向きを変えたのだろうか。理由は不明。
上の写真の雄物川の看板も、川の外側向きが漢字表記だから原則から外れる。これも秋田工事事務所の独自判断か。理由は不明。【18日補足・秋田大橋架替え工事で移設されたはずだから、その時に変えられたもしくは変わってしまった可能性も。この記事後半参照】
※秋田の子吉川にも、岩木川と同じ川に対して直角向きの看板があった。
●新宿→弘前駅前
秋田方面から下り列車に乗って弘前駅に入る時(もうホームに入っている頃)、車窓左側に小さなホテルが見える。
駅を出て正面左側に位置するのだが、駅前【20日補足・これは駅舎を出てすぐ、駅前広場付近という意味】からはアートホテル弘前シティの大きな建物にさえぎられて見えないはず。ヒロロ方向へ進むと、駐車場の向こうの裏道に建つ姿が見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6d/37/b4b43b02d15aa5c02155365609481120.jpg)
ホテルの名前は「弘前駅前ホテル」と、妥当な名前。今はルートインや東横インができてしまったけれど、駅から有数の近さの宿。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/b3/92a4b78cb5a4053d9223ba45b4fa5f2d.jpg)
しかし以前は、別の名前だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/96/029e14336043d238eeba8af0e5195ce2.jpg)
「ビジネスホテル新宿」だった。
ここ1年ほどの間に、経営者交代などはなく名前だけを変えたらしい。
泊まったことはなく、昔は(建物が裏通りにあって小さいせいか)名前はあまり印象にないホテルだった【19日補足・表通りはよく通っていたから視界に入っており、建物の存在は認識していた。】が、10年ほど前、弘前の人と会話して存在を知った。
弘前で安いホテルの話題で、僕としてはプリンスホテル辺りを思い浮かべていたのだけど、相手の地元の人は、真っ先に「ホテル新宿」を挙げた。地元では安いホテルとして認知されていたのだろうか。
今は消されたが、ストリートビューの画像にあるように、以前は朝食付きシングル4500円と書かれていた。探せばもっと安いホテルもあるけど。
それにしても、弘前なのに新宿とは、これいかに?
東京の新宿と関係あるのか?
ひっそりと存在する公式ホームページによれば、「最初昭和42年に旅館「新宿」(新しい宿)として創業し、その後、弘前市の駅前再開発計画のため、平成2年10月に「ビジネスホテル 新宿」として名称を改め」。
なるほど。
旅館時代を含めた歴史は51年、以前はどこにあったのか知らないけれど、いわゆる駅前旅館がルーツだったのだろう。
ちなみに、駅との間に立ちはだかるアートホテル弘前シティは1989年にできた(当時はシティ弘前ホテル、その後何度も改称)。
【2022年6月9日追記】再開発以前の旅館新宿は、今とは違う場所にあったとのこと。また、当時は周辺に多くの小さな旅館があり、再開発の立ち退き時にほとんどが廃業したそうだ。この記事も参照。
●手書き川看板
一級河川の本流は、国土交通省が直接管理する。実際の管理業務は、出先機関の各地方整備局の各河川事務所等が行う。(一級河川の支流は、国から委託されて県が管理する)
その国管理の川では、橋のたもとの堤防などに、川の名前を記した大きな看板がある。
秋田県の雄物川では、青地に白文字で片面漢字・片面ひらがな。ローマ字やハングル表記があるものもある。時期によって、色合いや書体は異なる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/c0/645af3ef5acc19c397658b30cd0c05ad.jpg)
一方、愛知県の木曽川では、
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/b5/87d60302817f162ec0ab164574521a50.jpg)
道路の案内標識では、規格が定められているが、川の看板はそこまでではなさそう。
今回、革秀寺のハスを見に行ったけれど、もう終わっていてアテが外れ、早々に市街地へ戻ることにした。バスもしばらく来ないので、岩木橋を歩いて渡った。【19日追記・橋のたもとにアイスクリームというか冷菓屋さんがあるのだけど、涼しくて食べる気にならず】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/c6/c0f2b70544f6a5e2f9c596a6a9103e72.jpg)
雄物川で見慣れたものと基本的には同じだが、文字が手書き。かつて「建設省」だった上に「国土交通省」を貼っている。
上の写真の雄物川も建設省時代からのものだけど文字は活字(写研のナール)。岩木川のほうが古いようだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/2b/2c2f54dfb32c82336d1be8ae9bb11313.jpg)
こういう手書き看板って、経年で文字が剥離することがあるが、少々汚れた程度できれいに保たれている。地色も鮮やか。
この岩木川の看板、手書きは別として、雄物川の看板とは大きく違う点がある。それ以外の川を含めても、こういうタイプは見たことがないかもしれない。
それは看板の向き。
一般的には、川の流れに平行、すなわち橋を渡る時に(脇見をしなくても)文字が読めるように設置されている。
ところが、これは流れに対して直角。設置スペースが限られているとか、川や道路が大きくカーブしているといった、向きを変えるべき特別な事情は見当たらない。十字路交差点だから、どちら向きでも無意味ではないけど、珍しいと感じた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/9d/6e85e816b73f1f24dae21bc4f7b8c782.jpg)
まあそういうもんかなと思いつつ、調べると、東北地方整備局ホームページ「Q&Aかわ全般」に、看板の基準が出ていた。
「河川名看板は、国土交通省で昭和43年から漢字の河川名でも川表(川側)は漢字、川裏(宅地側)はひらがなとして大きさや形が決められて整備されておりました。」※昭和43年ならば、正確には建設省でしょう。
当初は青地に白文字だったようだが、
「最近ではよりわかりやすく、親しみやすくしたいということで、実際に整備管理している河川国道事務所(昔の工事事務所)の判断で色や形、大きさ等が工夫されたものも」「英語や韓国語で併記したりしている所も」ある。
へえー。「河川名看板」が正式な呼称なのかな。
となると川に平行に設置するが(少なくとも)昔は正式・原則だったようだ。
岩木川の看板は、手書きだからそれなりに古いものと考えられるが、その時点で青森工事事務所(当時)が独自の判断で向きを変えたのだろうか。理由は不明。
上の写真の雄物川の看板も、川の外側向きが漢字表記だから原則から外れる。これも秋田工事事務所の独自判断か。理由は不明。【18日補足・秋田大橋架替え工事で移設されたはずだから、その時に変えられたもしくは変わってしまった可能性も。この記事後半参照】
※秋田の子吉川にも、岩木川と同じ川に対して直角向きの看板があった。