秋田駅からほど近い、オフィス街の中に住宅【19日補足・高層マンションも多い】が混在するような所に「中通三丁目街区公園」がある。
擬木標柱はヘンな位置に設置
2013年の記事でも取り上げたように、この公園にはよく知られた通称・愛称がある。
公園の中の、とある物体が由来。
卵形の遊具があることから、「たまご公園」と呼ばれている。
ここはもともと、秋田大学学芸学部附属幼稚園(学部は後に教育学部→教育文化学部)の敷地であり、1956年にその45周年記念として設置。同学部の教員で彫刻家の阿部米蔵氏が手がけたとのこと。
参考:「二〇世紀ひみつ基地」2010年3月1日「中通タマゴ公園のひみつ・遊びの彫刻(http://20century.blog2.fc2.com/blog-entry-690.html)」
※秋田駅前の緑地の銅像や、昨年解体された秋田和洋女子高等学校校舎屋上のモニュメント(現在行方不明)も、阿部氏の作品。
幼稚園は1968年に現在地の保戸野へ移転して、跡地が公園になったが、移設されず撤去もされず、公園のシンボルになった。
秋田市の都市公園としては、1970年3月30日付で供用開始。※当時は「街区公園」という分類はなかったはずなので、「児童遊園」とか別の呼称だったはず。
秋田市中央地域であっても、学区が違い隣接しない地域住民の僕は、公園の存在と、そこにオブジェらしき物体があるのは、漠然と知っていた。でも「たまご公園」の名は大人になってから知った。
「たまご公園」ではなく「たまご遊園地」と呼ぶ人もいるそうで、地元有志のイベント名も「遊園地」なっていた。
昔は公園のことを遊園地と呼ぶことがあったらしいし、公園もどきの児童遊園というのもあるそうで、その辺が由来だろう。
現在は「中通三丁目街区『公園』」が正式であるし、遊園地でなく「たまご公園」と呼ぶ地元の人も多いようなので、ここでは「たまご公園」と呼称することにします。
ところで上のたまごの写真を見て、以前を知る人には多少の違和感があることだろう。
きれいになって、しかも色が変わっている!
先月、桜が見頃の頃通りかかると、たまごに黒い汚れがたくさん付いていて、「いつの間にか、だいぶ汚くなったな」と思ったものだった。その後に塗り直されていた。
ツイッターを見ると、4月24日頃には汚いままで、29日頃にきれいになって(塗りたてのため)囲われていた。
昔からの印象では、たまごは白っぽい、薄いベージュ~薄いグレーのような色合いだったはず。
塗り直された後は、黄色みが強い、クリーム色になった。
(再掲)2013年。この後7年でだいぶ汚れたことになる
ニワトリ以外にもいろんな卵があるわけで、こういう色の卵もあるだろうが、ちょっと違和感もなくはない。
汚れが目立たないように、色を濃くしたのかもしれないが、ネット上の過去の写真を検索してみると、比較的黄色っぽく見えるものもある。けっこう頻繁に塗り直され、経年で色が薄れているということもあるかもしれない。
(再掲)2014年。雪と比べると黄色い
今まで、卵の表面はツルンとしていると思いこんでいたが、塗り直された卵を見ると直線の筋がランダムに入っているのが分かった。最初ヒビかと思ったが違う。筋以外の地の部分にも、細かい凹凸がある。登って遊ぶ時の足がかりなのかもしれないが、そういう筋や凹みに汚れが付着しそう。
卵がただのオブジェでなく遊具であることの証として、穴が空いていて、中に入ることができる。誰もいなかったので、初めてちょっとのぞいてみた。
こうなっていたのか
中はツルンとしていそうで、複雑な構造。内部も塗り直されている。
卵も秋田市建設部公園課の管轄だろうから、公共工事として塗り替えたのだろう。にしては、緊急性もないのに年度初めに行われたのは珍しい。
この時期の卵と言えば、キリスト教のイースター(復活祭)。復活祭の日付は、年により違い、かつ流派で異なる(必ず日曜日)。2021年は西方教会が4月4日、東方教会が5月2日。偶然でしょう。
65年になる卵。最初に遊んだ園児はもう古稀だ。
安全面を考えると、いつまでもここに置いておいていいのかなという気もしてしまう。
塗り替えたのだから放置ではないし、秋田市公園課はちゃんと点検してくれているのでしょう。そして、いつか遊具としての役目を果たせなくなったら、その時は大切に保管されるべき芸術作品でもあることは忘れないでほしい。(和洋旧校舎の作品はどうなったのでしょう…)
公園つながりで、秋田駅北東の線路際の新しい「手形新栄町街区公園」。
卵が塗り替えられたのと同じ頃、4月28日に芝生が開放された。なお、施工会社のホームページでは2021年3月22日「完工」とされている。今のところ、公園名の標柱はなし。【その後5月29日までに、北側出入り口に設置されていた。】
さっそく少なくない利用者がいて、ゴールデンウイーク中などは何組も遊んだり走ったり座ったりしていた。
下り列車の車窓から。4組10人ほどいた
歩行者専用跨線橋から見下ろすと、
左が公園。GV-E400系電気式気動車の上り列車が通過
正面奥が秋田駅。左右奥に見える白い囲いがアンダーパス建設地。
公園前の線路は4本。公園側から、駅東側の留置線に出入りする入換え線、上り本線、下り本線。右端は通常は列車は通らない(安全側線?)。
引っ切りなしではないものの、留置線とホームを行き来する列車も来てゆっくり走るので、列車好きな子は楽しいことでしょう。
公園と線路の間の道路に、路上駐車する車を見かけたことがあった。前回は公園内から道路へ飛び出す子がいないか危惧したが、さらに駐車車両もいるとなれば余計に危ない。気をつけて。
擬木標柱はヘンな位置に設置
2013年の記事でも取り上げたように、この公園にはよく知られた通称・愛称がある。
公園の中の、とある物体が由来。
卵形の遊具があることから、「たまご公園」と呼ばれている。
ここはもともと、秋田大学学芸学部附属幼稚園(学部は後に教育学部→教育文化学部)の敷地であり、1956年にその45周年記念として設置。同学部の教員で彫刻家の阿部米蔵氏が手がけたとのこと。
参考:「二〇世紀ひみつ基地」2010年3月1日「中通タマゴ公園のひみつ・遊びの彫刻(http://20century.blog2.fc2.com/blog-entry-690.html)」
※秋田駅前の緑地の銅像や、昨年解体された秋田和洋女子高等学校校舎屋上のモニュメント(現在行方不明)も、阿部氏の作品。
幼稚園は1968年に現在地の保戸野へ移転して、跡地が公園になったが、移設されず撤去もされず、公園のシンボルになった。
秋田市の都市公園としては、1970年3月30日付で供用開始。※当時は「街区公園」という分類はなかったはずなので、「児童遊園」とか別の呼称だったはず。
秋田市中央地域であっても、学区が違い隣接しない地域住民の僕は、公園の存在と、そこにオブジェらしき物体があるのは、漠然と知っていた。でも「たまご公園」の名は大人になってから知った。
「たまご公園」ではなく「たまご遊園地」と呼ぶ人もいるそうで、地元有志のイベント名も「遊園地」なっていた。
昔は公園のことを遊園地と呼ぶことがあったらしいし、公園もどきの児童遊園というのもあるそうで、その辺が由来だろう。
現在は「中通三丁目街区『公園』」が正式であるし、遊園地でなく「たまご公園」と呼ぶ地元の人も多いようなので、ここでは「たまご公園」と呼称することにします。
ところで上のたまごの写真を見て、以前を知る人には多少の違和感があることだろう。
きれいになって、しかも色が変わっている!
先月、桜が見頃の頃通りかかると、たまごに黒い汚れがたくさん付いていて、「いつの間にか、だいぶ汚くなったな」と思ったものだった。その後に塗り直されていた。
ツイッターを見ると、4月24日頃には汚いままで、29日頃にきれいになって(塗りたてのため)囲われていた。
昔からの印象では、たまごは白っぽい、薄いベージュ~薄いグレーのような色合いだったはず。
塗り直された後は、黄色みが強い、クリーム色になった。
(再掲)2013年。この後7年でだいぶ汚れたことになる
ニワトリ以外にもいろんな卵があるわけで、こういう色の卵もあるだろうが、ちょっと違和感もなくはない。
汚れが目立たないように、色を濃くしたのかもしれないが、ネット上の過去の写真を検索してみると、比較的黄色っぽく見えるものもある。けっこう頻繁に塗り直され、経年で色が薄れているということもあるかもしれない。
(再掲)2014年。雪と比べると黄色い
今まで、卵の表面はツルンとしていると思いこんでいたが、塗り直された卵を見ると直線の筋がランダムに入っているのが分かった。最初ヒビかと思ったが違う。筋以外の地の部分にも、細かい凹凸がある。登って遊ぶ時の足がかりなのかもしれないが、そういう筋や凹みに汚れが付着しそう。
卵がただのオブジェでなく遊具であることの証として、穴が空いていて、中に入ることができる。誰もいなかったので、初めてちょっとのぞいてみた。
こうなっていたのか
中はツルンとしていそうで、複雑な構造。内部も塗り直されている。
卵も秋田市建設部公園課の管轄だろうから、公共工事として塗り替えたのだろう。にしては、緊急性もないのに年度初めに行われたのは珍しい。
この時期の卵と言えば、キリスト教のイースター(復活祭)。復活祭の日付は、年により違い、かつ流派で異なる(必ず日曜日)。2021年は西方教会が4月4日、東方教会が5月2日。偶然でしょう。
65年になる卵。最初に遊んだ園児はもう古稀だ。
安全面を考えると、いつまでもここに置いておいていいのかなという気もしてしまう。
塗り替えたのだから放置ではないし、秋田市公園課はちゃんと点検してくれているのでしょう。そして、いつか遊具としての役目を果たせなくなったら、その時は大切に保管されるべき芸術作品でもあることは忘れないでほしい。(和洋旧校舎の作品はどうなったのでしょう…)
公園つながりで、秋田駅北東の線路際の新しい「手形新栄町街区公園」。
卵が塗り替えられたのと同じ頃、4月28日に芝生が開放された。なお、施工会社のホームページでは2021年3月22日「完工」とされている。今のところ、公園名の標柱はなし。【その後5月29日までに、北側出入り口に設置されていた。】
さっそく少なくない利用者がいて、ゴールデンウイーク中などは何組も遊んだり走ったり座ったりしていた。
下り列車の車窓から。4組10人ほどいた
歩行者専用跨線橋から見下ろすと、
左が公園。GV-E400系電気式気動車の上り列車が通過
正面奥が秋田駅。左右奥に見える白い囲いがアンダーパス建設地。
公園前の線路は4本。公園側から、駅東側の留置線に出入りする入換え線、上り本線、下り本線。右端は通常は列車は通らない(安全側線?)。
引っ切りなしではないものの、留置線とホームを行き来する列車も来てゆっくり走るので、列車好きな子は楽しいことでしょう。
公園と線路の間の道路に、路上駐車する車を見かけたことがあった。前回は公園内から道路へ飛び出す子がいないか危惧したが、さらに駐車車両もいるとなれば余計に危ない。気をつけて。