これまでやたら撮ってきた写真が、外付けHDに大量に溜まってきており、時々、その気になって、不要、無用写真を大胆に削除しながら、散歩、旅行、山行・・・等のファイルに仕訳分類整理を進めているところだが、懐かしい写真を見掛けると手が止まってしまい、そんな古い写真を引っ張り出して、ブログネタにしているという次第である。
その11 「硫黄岳」
今から24年前、1998年9月12日、13日に、長野県の「硫黄岳」を訪れたことが有った。まだまだ自営業を続けていた頃で、時間的、精神的、経済的に余裕が無く、夫婦で旅行等はおろか、草花や鳥等に興味関心を持つこと等もままならなかった頃だったが、山の仲間に誘われ、思い切って、土曜日、日曜日、山小屋1泊の山旅に参加したものだった。「硫黄岳」は、その8年前、1990年8月17日、18日にも、妻、長男、次男の家族4人で、横岳、赤岳等、南八ヶ岳を歩いた際に通過していた山でもあったが、その山旅は、赤岳鉱泉から硫黄岳へ、そして稲子湯に下山するものだった。当時はまだ、デジカメを持っておらず、バカチョンカメラ(小型フィルムカメラ)で撮り、プリントしていた写真がアルバムに貼って有って、後年、スキャナーで取り込んだ数枚が外付けHDに残っており、引っ張り出し、記録メモを見ながら、記憶を炙り出しているところだ。
◯山行コース・歩程等
(1日目)美濃戸口→(柳川南沢)→行者小屋→中山乗越→赤岳鉱泉(泊)
(標準歩行所要時間=約3時間40分)
(2日目)赤岳鉱泉→赤岩ノ頭→硫黄岳山頂(標高2,760m)→夏沢峠→本沢温泉→
ミドリ池・しらびそ小屋→(こまどり沢)→稲子湯、
(標準歩行所要時間=約6時間15分)
山行メモによると、第1日目は、自宅を6時頃に出発、JR中央線の普通列車でトコトコ、茅野駅到着したのは、9時半頃だった。茅野駅からは、路線バスで美濃戸口に向かったようだ。
美濃戸口を出発したのは、11時15分頃で、美濃戸山荘で昼食したと書いてある。昼食後、樹林帯の南沢沿いのコースを、のんびり、ゆっくり、行者小屋に到着したのは、15時30分頃だったようだ。そこでまた大休憩。中山乗越を登り下りし、赤岳鉱泉(標高2,220m)に到着したのは、16時20分頃だったようだ。
第1日目の写真が、何故か、1枚も残っていない。ピンボケだったのか?、撮らなかったのか?
第2日目は、快晴。赤岳鉱泉を出発したのは、5時30分頃だったようだ。針葉樹林の中、1時間30分余り、ジグザク急登を登り切ると、白砂を敷いたような、赤岩ノ頭(標高2,656m)に着き、展望が広がる。
八ヶ岳主峰赤岳と阿弥陀岳、
荒々しい硫黄岳の岸壁、山頂まで、あと少し
7時30分頃、硫黄岳山頂(標高2,760m)に、到着したようだ。
360度展望、
南方、八ヶ岳の主峰赤岳と横岳
西方、北アルプス、穂高、大キレット、槍
北方、天狗岳(東天狗岳、西天狗岳)
東方、奥秩父の峰々?、野辺山、清里方面は、雲海の下?
黒姫、妙高、雨飾、白馬、鹿島槍、爺ヶ岳、木曽御岳、木曽駒、蓼科、浅間・・・、
風も無く、これ以上無い大快晴の下、しばし、至福の時を過ごす。
9時頃には、夏沢峠・やまびこ荘で休憩し、本沢温泉に向かう。
硫黄岳北壁・爆発火口壁
ミドリ池・しらびそ小屋で、昼食
ミドリ池に映る天狗岳
13時30分頃には、稲子湯に、到着したようだ。
稲子湯からは、路線バスで、JR小海駅へ。帰りも普通列車でトコトコ、家に帰り着いたのは、19時30頃だったようだ。
へー!、そんなだったかなあー?、
記憶はどんどん薄れていくが、古い写真を見ると、あの日あの場所が、蘇ってくる気がする。
気力体力減退の後期高齢者、今はもう、遠い思い出の山となってしまっている「硫黄岳」である。