図書館から借りていた、諸田玲子著 「花見ぬひまの」(中央公論新社)を読み終えた。本書には、「おもしろきこともなき」「対岸まで」「待ちわびた人」「おもいあまりて」「鬼となりても」「辛夷の花がほころぶように」「心なりけり」の短編時代小説、7編が収録されている。いずれも、江戸時代中期から幕末の女性達の、儚くも激しく、時代の流れに咲いた、一途な恋を描いた作品。全編に「尼」が登場し、主役、脇役となっている点が注目される。
読んでも読んでも、そのそばから忘れてしまう老脳。
読んだことの有る本を、うっかりまた借りてくるような失態を繰り返さないためにも、
その都度、備忘録として、ブログ・カテゴリー 「読書記」に 書き留め置くことにしている。
「おもしろきこともなき」
▢主な登場人物 望東尼(もとに、もと)、喜多岡勇平、高杉晋作、おうの
▢あらまし 幕末の動乱の中、「開国前に日本を統一すべし」と主張した勤王派の平野國臣に共鳴し、福岡藩の行く末、さらには憂国の思いを抱いていた尼、望東尼の物語である。福岡藩平野村の望東尼の庵「向陵」は、尊王派志士の隠れ家にもなっていて、長州の高杉晋作と愛人おうのも一時滞在、望東尼は、二人を匿う。
「おもしろきこともなき世と思ひしは花見ぬひまの心なりけり」
「子らに先立たれ、家はつぶれ、さんざんやったとです。けど・・・、冬があるから春がくる。花を見れば辛いことも忘れられるとです」
隣人で同志の福岡藩士喜多岡勇平とは、互いに惹かれ合う仲だったが、事態は急変、尊王攘夷派の支援者や、匿った疑い有りとされた望東尼と望東尼の実家野村家一族は、福岡藩に身柄を拘束され、幽閉されることになり、さらに、同志だった喜多岡勇平が斬殺された・・、
望東尼はまなじりをつり上げ瞳を凝らす。
「対岸まで」
▢主な登場人物 おつが、高林勘七郎、蓮月尼、長吉、宗兵衛、
▢あらまし 安政の大獄、桜田門外の変、尊王、攘夷、不穏な幕末、京は、各地から流れ込む武士で溢れていた。植木屋「植吉)の娘おつがは、長吉という許嫁がありながら、田舎侍高林勘七郎に惚れてしまい、人生相談に蓮月尼を訪ねるのだが、その勘七郎が姿を消し。聖護院の森で死人、町医者頌庵が刺殺され、河原で死体、「天誅」、「湯呑」、???、「勘七郎はんは、もしや・・・」。
「ようもまあ、遠い道を・・・、うれしゅおすなあ」・・・。若妻の顔には、やわらかな微笑が浮かんでいた。
「待ちわびた人」
▢主な登場人物 佳江、村山甚五右衛門、おちか、吉良左兵衛義周(上杉家から養子)、中村忠三郎、
▢あらまし 元禄15年12月15日未明、赤穂浪士討ち入りの日に、吉良邸の長屋で忍び逢っていた吉良家家臣の娘佳江と吉良左兵衛義周の小姓近習村山甚五右衛門。佳江は、下谷稲荷で、おにぎり売り茶屋を営みながら、ひたすら逃亡した甚五右衛門が現れるのを待っていたのが・・・、浅野家の遺児達がご赦免となり島から帰る日、船着き場に浪人が・・・。あわや・・・、仙桂尼が、捨て身で諭し・・・、
下谷稲荷に絵馬が・・、、「天を怨まず人を咎めず飯を無心ににぎるべし・信州神宮寺村法華寺」、佳江は、決意する。
脇役ではあるが、仙桂尼の大きな人物像、存在感が物語を作っているような気がする。
佳江の心はもう、甚五右衛門のもとにとんでいた。
「おもいあまりて」
▢主な登場人物 諸九尼(しょきゅうに、なみ)、まん(二度目の夫湖白の甥の娘、実は・・・)、佐助(下僕)、万右衛門(先夫、庄屋)、湖白(二度目の夫)、ゑん女、永松八郎治(生家の弟、庄屋)、
▢あらまし 諸九尼が、二度目の夫湖白の甥の娘まん、下僕佐助と共に、生家、婚家が有る筑後唐島へ墓参に帰る途中、まんにしみじみ話して聞かせる、なみの駆け落ちの経緯や人間関係を描いた作品。
「あの山の麓で、うちは暮らしとったんや」
先夫庄屋の万右衛門の話、二度目の夫、俳諧の師匠湖白(浮風)の話、丈日堂(じょうにちどう)の話、
「長生きに分別かへて桜かな」、
生い立ちの秘密は、生涯、打ち明けるつもりはない。が、娘と故郷を訪ねた旅は、至福の思い出として胸に刻んでおくつもりである。
「長き夜やおもひあまりて後世のこと」
「うちは、うちらは、川をわたったんやねえ」
「鬼となりても」
▢主な登場人物 志燕尼(しえんに)、木綿屋庄左衛門(俳号・東瓦・とうが)、
▢あらまし 摂津国伊丹野田村の蔵に囲まれた奥座敷で、隠居の庄左衛門が、志燕尼との出会いから、師弟の関係から深い関係になっていった昔話を思い出しながら、見えない客?に語る形の物語になっている。木綿屋は、伊丹を代表する大醸造家、裕福な家で悠々自適、俳諧に熱中していた頃に出会った志燕尼、恋に溺れる志燕尼、風雅の道、色の道、念仏三昧の仏の道、鬼と化して、忍び逢い、
「髪おろし衣の色は染めぬれどなほるれなきは心なりけり」
「黒染のこころはうすく見ゆるとも思ひしいろは鬼となりても」
志燕尼が尼になった理由は?、元遊女で大旦那の妾だった母親?、男を殺した?、出生の秘密?
31歳だった志燕尼に出会った東瓦、わずか2年で、胸の病で彼岸へ行ってしまった志燕尼、
「夢でもええ、もいっぺん、志燕尼に逢って話がしとおすなあ」
「おもひ寝になをそつれなきほととぎす誰の人をや空にまつらん」
「辛夷の花がほころぶように」
▢主な登場人物 おあん、おくら、東太(灘屋手代)、貞閑尼(ていかんに、田捨女・でんすてじょ)、盤珪国師、
▢あらまし 舞台は、四国丸亀京極家の飛び地、播磨国網干港。四国から逃れてきた、回船業灘屋のおあんは、ふと現れて男に正体を見破られ逃走。龍門寺に駆け込むが・・・・。そこで出会ったのは不徹庵の庵主貞閑尼。不徹庵に匿われ、彼女の生い立ちや身の上を知る。貞閑尼は、丹波国柏原(かいばら)で生ま育ち、俳人田捨女(でんのすてじょ)として知られていて、6歳の時作ったという、「雪の朝二の字二の字の下駄の朝」が有ることも知った。
成人し、継母の連れ子と夫婦になり五男一女をもうけたが、42歳の時夫と死別、剃髪し、俳人に惹かれ、柏原を飛び出し、京へ上ったが、俳人とは別離。そこで出会い、惚れ込んだのが、盤珪国師で、播磨まで後を追ってきたという一途な女性だった。おあんは、尼になる覚悟をしていたが、おあんにぞっこんの灘屋手代の東太が窮地に?、
「国師はんが、見殺しにすると思うてか」、
ふつふつと喜びがわき上がり、おあんは、東太と二人、貞閑尼の生地丹波柏原に向かう山道を歩く姿が思い浮かべた。
「心なりけり」
▢主な登場人物 高杉晋作、おうの、望東尼(もとに、もと)、まさ(高杉晋作の妻)、奈良屋入江和作、小倉屋白石正一郎、林算九郎、
▢あらまし 第1編「おもしろきこともなき」の「続き」の形になる作品。
舞台は下関。労咳で伏してしまった高杉晋作の世話をする愛人おうのと高杉晋作の妻まさとの確執、間に立ったのは、福岡藩により拘束され、玄界灘の姫島の獄舎で2年間暮らして、尊王派に助け出された望東尼だった。
「おもしろきこともなき世を面白く住みなすものは心なりけり」
高杉晋作は、若干、29歳で息を引き取り、おうのは・・・・。
「わかっちょる。うちも少しは大人になっちょります」、おうのはぺろりと舌を出した。
桜の季節はとうに終わって、下関は山滴る仲夏を迎えようとしていた。