映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「コロナと潜水服」奥田英朗 

2024年01月26日 | 本(その他)

ささやかであたたかな奇跡

 

 

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ちょっぴり切なく、ほんのり笑えて、最後はやさしい
人生が愛おしくなる“ささやかな奇跡”の物語5編
奥田英朗のマジックアワー

早期退職を拒み、工場の警備員へと異動させられた家電メーカーの中高年社員たち。
そこにはなぜかボクシング用品が揃っていた――。(「ファイトクラブ」)

五歳の息子には、コロナウイルスを感知する能力があるらしい。
我が子を信じ、奇妙な自主隔離生活を始めるパパの身に起こる顛末とは?(表題作)

ほか “ささやかな奇跡”に、人生が愛おしくなる全5編を収録。

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奥田英朗さんの短編集。

本巻に収められているストーリーにはどれにも、ちょっと不思議な存在や、力が出てきます。
でも、おどろおどろしくはなく、密やかでやさしい。

 

表題作「コロナと潜水服」は、言うまでもなくコロナ禍中の出来事ですが、
主人公の息子がなぜかコロナウイルスを感知することができるらしい。

そんな彼がある日、パパに、外に出るなというのです。
どうやら、自分が感染しているらしいと彼は思う。
けれど、仕事は自宅でできるにしても、息子を外で遊ばせたり、買い物など、
全く外に出ないでもいられない。
妻も仕事があっていつも家にいることはできません。
そこで「防護服」を買いたいけれど、そんなものはどこで売っているのか? 
いや、売っていたとしても、すぐに売り切れて、どこにも見当たらない。
やむなく古道具屋で妻が探し出して古めかしい潜水服を購入。

潜水服というとコロナウイルスを自分が避けるために着用する、と想像していましたが、
この場合は感染した自分のウイルスをまき散らさないように着用するわけなのです。
こう言うやさしさ、涙ぐましさが本作の基調となっていて、
なんだか心がほんわかしてきます。

 

ラストの「パンダに乗って」。
ここで言うパンダはあの動物のパンダではなくて
イタリア製のコンパクトカー、フィアット・パンダ。
主人公・直樹は、この1980年初期モデルが
新潟の中古車店のホームページで売り出されていることを知り、購入。
引き取りに新潟まで出向きます。
そのパンダはしっかり動くように調整もなされていて、
後に取り付けられたらしいカーナビまで搭載している。
さっそくそれに乗って東京まで戻ろうとして、カーナビをセットしたところ、
それに従うと全く別の所についてしまうのです。

直樹はそんな風にして、数カ所を巡ることになりますが、
そうすると次第にあることがわかってきます。
それはどうやらこのパンダの以前の持ち主に関係するようで・・・。

コレもまたなかなかやさしさに包まれた感動を呼び起こします。

 

ステキな一冊。
オススメです。

 

「コロナと潜水服」奥田英朗 光文社

満足度★★★★★

 


「にぎやかな落日」朝倉かすみ

2024年01月12日 | 本(その他)

老境を本人目線で

 

 

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北海道で独り暮らしのおもちさんは83歳。
東京に住む娘は一日二度、電話をしてくれる。
近くに住むお嫁さんのトモちゃんは、車で買い物に連れて行ってくれる。
それでも、生活はちょっとずつ不便になっていく。
この度おもちさん、持病が悪化し入院することになったーー。

日々の幸せと不安、人生最晩年の生活の、寂しさと諦めが静かに胸に迫る物語。

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北海道で一人暮らしをするおもちさん、83歳。
持病を持ちつつ頑張っていますが、入院し、
やがて高齢者用マンションに移ることに。
それらの日々のことを、おもちさん目線で描いています。

よくありそうな話ではありながら、
これまでお年寄り本人目線のストーリーは、あまりなかったかもしれません。

おもちさん(もち子が正しい名前だけれど、皆からはおもちさんと呼ばれている)は、
まだまだボケてはいないけれど、物忘れも多くて、集中力もあまりありません。
夫・勇さんはいないので、先に亡くなったのかと思えば、
いえいえ、ご存命ですが特養に入居住み。
寝たきりで、なんとか意識がある程度。
そんな勇さんが若く元気な頃のことが始めの方に描写されていて、
ちょっと切なくなります。

おもちさんの長女は東京に住んでいますが、
おもちさんを心配して毎日電話をかけてきます。
そして近所に住む長男のお嫁さんがまた実によくできた人で、
何かとおもちさんを気にかけてしょっちゅう様子を見に来てくれたり、
車を出して買い物に連れて行ってくれます。
明るく朗らかなおもちさんは、人付き合いも得意で、
近所のお友だちと話して笑って過ごすのが大好き。

なので基本にこやかなのですが、ときおり機嫌が悪くなってしまうのは、
娘や看護師さんに、お菓子を食べて叱られたりするとき。
子どものような扱いをされたりプライドを傷つけられるのは、イヤなのです。
その辺の心理はよく分りますねえ・・・。

それで実は、おもちさんは糖尿病なのですが、
医師の難しい説明を受けるともうそれだけでイヤになって集中もできず、
結局いつまで経ってもその病名が覚えられない。
そしてこの治療のためには、厳しいカロリー制限が必要なのに、
ダメと言われているお菓子や果物を平気でどんどん食べてしまうおもちさん。
血糖値がすぐに上がってしまうので、それはバレバレなのです。
眼の調子も悪いし、ときおり意識が遠のいたりして、
状況は決してよくはありません。

結局自宅に一人にしておけないということで、
介護付きの老人用マンションに移ることになるわけです。
元気だけれど、不調でもあり、陽気だけれど、孤独で淋しくもある。
老境というものを実に切実に描き出しています。
私もそちらに近い存在なので、分る分る。

それとおもちさんの話す北海道のことばがなんとも懐かしくて・・・。
「北海道弁」と言ってしまうと少し違うような気がする。
わざとらしくない、日常の、北海道のことば。

読んでいるうちにだんだんラストが心配になってしまったのですが、
まあ、なんとか大丈夫のようです・・・。

 

「にぎやかな落日」朝倉かすみ 光文社文庫

満足度★★★★☆


「八本目の槍」今村翔吾

2024年01月01日 | 本(その他)

三成の真の姿とは?

 

 

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安土桃山時代の見方が変わる!
誰も書かなかった三成が、ここにいる!
盟友「賤ケ岳七本槍」の眼を通して、浮かび上がる三成の真の姿とは。

過酷な運命を背負った七本槍たちの葛藤、
三成との相克そして信頼が、巧みな構成のなかに描かれ、
三成の言葉には、千年先を見通した新しき世への希望が滲む。
はたして、戦国随一の智謀の男は、何を考え何を思い描いていたのか。

凄まじき〝理〟と熱き〝情〟で、戦国の世に唯一無二の輝きを放った武将の姿を、
史実の深い読みと大胆な想像力で描く傑作。
吉川英治文学新人賞受賞。

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ガッツリの歴史小説。

秀吉の小姓組の中で、特に槍の名手7人を「賤ケ岳七本槍」と呼びました。
本作はその7人それぞれの視点から、ある人物を浮かび上がらせます。

それは石田三成。
三成は特に武術に秀でていたわけではなかったけれど、
八本目の槍に例えてもよいくらいに、賢く先を見通して秀吉を支えていた・・・
ということから来た題名となっています。

 

この7人の眼を通して、というところが本作の素晴らしいところ。
まるで合宿でもしているように希望に燃えた若き彼らの様子からはじまるそれぞれの人生を、
読み応えたっぷりに語っていきます。
そんな中で三成はいかにも独特で皆からは浮いたような存在なのですが、
でもそのずば抜けた頭脳と先を見通す力は、誰もが認め、一目置く存在でもあるのです。

やがて時が過ぎて、いよいよ関ヶ原の戦いに挑む頃には、
それぞれの立場も異なってきていて、
西側につくもの、東側につくものと別れてしまっています。

そして、三成亡き後においてもストーリーは続きますが、
生前三成の残した言葉が気にかかっている者が、
まだ残っている7本槍たちと邂逅し、語り合うことで、
真に三成が目指していたことが浮かび上がる・・・。

 

本作の構成の妙にはうならされてしまいます。
読み応えたっぷり。
これぞ、歴小説の見本!!

図らずも調度、大河ドラマ「どうする家康」と重なる時期のものだったので、
より興味深く読みました。

「八本目の槍」今村翔吾 新潮文庫

満足度★★★★☆

 


「『死ね、クソババア』と言った息子が55歳になって帰ってきました」 保坂祐希

2023年12月18日 | 本(その他)

理解不能

 

 

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75歳、両親が遺した鎌倉の家に一人暮らしの晴恵。
一人息子の達彦は、大学進学をめぐる意見の食い違いから
「死ね、クソババア!」と捨て台詞を残して家を出て以来、
ほとんど音信不通。
終活を意識し始めた晴恵の元に、55歳になった達彦が突然、
非の打ちどころのない嫁を捨てて帰ってきた!

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本作、題名を見たところで、ありがちな家族の深刻な問題を
ちょっとコミカルに描くものかと思ったのですが、意外と重くシビアでした・・・。

75歳、一人暮らしの晴恵の元に、大学進学時に意見が食い違い
「死ね、クソババア!」と言って出ていったきりだった、
ひとり息子・達彦55歳が突然帰ってくるのです。
離婚することになったからと・・・。
しかしその理由も、今後の見通しも全く語ろうとしない自分勝手な息子。
これでも一応大学の准教授なのですが・・・。

母の元に転がり込んでくる息子というのは、
大抵は職を失って収入もなく仕方なく帰ってくるものですが、
この場合は職を失ってはいない。
ただし大きな問題を抱えてはいるのですが・・・。

 

私、この母晴恵の思考回路や判断はとてもよく分り、共感します。
でもこの息子の行動はどうにも理解できない。
離婚するとはいうものの、妻にその理由を全く話しておらず、
完全に一方通行の思いだけ。
母に対しても同じです。
少なくともこの家に世話になろうというのなら、すべてを話すのが道理でありましょう。
よくこんなので今までやってこれたなあ・・・とあきれるばかり。
つまり学者バカであったようです。

そんなバカ夫に対する妻の行為も、
できすぎというか都合よすぎでリアリティに欠ける。

ということで、私にはあまり響かない物語でした・・・。

 

<図書館蔵書にて>

「死ね、クソババア」と言った息子が55歳になって帰ってきました 保坂祐希 講談社

満足度★★☆☆☆

 

 


「くもをさがす」西加奈子

2023年12月04日 | 本(その他)

異国での貴重な体験・・・ 

 

 

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『くもをさがす』は、2021年コロナ禍の最中、
滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、
乳がん発覚から治療を終えるまでの約8 ヶ月間を克明に描いたノンフィクション作品。

カナダでの闘病中に抱いた病、治療への恐怖と絶望、
家族や友人たちへの溢れる思いと、時折訪れる幸福と歓喜の瞬間――。

切なく、時に可笑しい、「あなた」に向けて綴られた、誰もが心を揺さぶられる傑作です。

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西加奈子さんの、乳がん発覚から治療を終えるまでのノンフィクション。

ところがこれが、カナダ滞在中、
しかも2021年コロナ禍の最中ということで、
日本にいて治療するよりもかなり大変だったように見受けられます。

よくぞ、頑張りました! 
思い切りねぎらって差し上げたい気持ちでいっぱいです。

 

カナダでは医療費がすべて無料、
外国人の滞在者でも健康保険に加入していれば同様とのことで、
それは確かに素晴らしい。
それならやはりカナダでの治療は正解・・・と、言いたいところですが、
ことはそう簡単ではありません。
どこか具合が悪ければまずかかりつけ医師か
それがない場合は、ウォークインクリニックでまず症状を見てもらい、
しかるべき専門医への紹介状を書いてもらう。
自分で直接専門医にかかるということはできません。
しかしまず、その第一段階の診察予約を取るのが大変。
それからまた検査やら専門医の診断までにやたらと日数がかかり、
待っている間にもどんどんガンが大きくなっていったりするのです・・・。
そして、結局手術は両胸の全摘出ということになるのですが、
なんと日帰り手術!! 
日本ではとても考えられませんよね。
そんなことが可能だとは・・・。

コロナ禍という特殊事情もあったのかもしれませんが、
つまり医療費をできる限り切り詰めるために、
ムダな入院は極力させないということになるのでしょう・・・。

著者はそれでもカナダの医療システムに従い、
手術やその後の抗がん剤、放射線治療に耐えました。

それにはご主人と周囲の友人・知人たちの大いなる手助けや応援が力になったようです。
持つべきはよき隣人であります。

簡単には帰国もままならないという状況の中で、
ものすごく貴重な体験をされたと思います。
無事快癒してよかった・・・。
しみじみと健康なことはそれだけで素晴らしいと思いますね。

図書館蔵書にて

「くもをさがす」西加奈子 河出書房新社

満足度★★★★☆

 


「とわの庭」小川糸

2023年11月25日 | 本(その他)

孤独と絶望の淵から

 

 

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盲目の女の子とわは、大好きな母と二人暮らし。
母が言葉や物語を、香り豊かな庭の植物たちが四季の移ろいを、
黒歌鳥の合唱団が朝の訪れを教えてくれた。
でもある日、母がいなくなり……。
それから何年、何十年経っただろう。
帰らぬ母を待ち、壮絶な孤独の闇に耐えたとわは、
初めて家の扉を開けて新たな人生を歩き出す。

涙と生きる力が溢れ出す、感動の長編小説。

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盲目の少女とわが、大好きな母と2人暮らしをしていて、
母が言葉や物語をかたってくれるのが大好きという、ほのぼのとしたはなし・・・?
という風に始まる本作、しかし次第に様相を様変わりし、
なんとも悲壮な展開になっていきます。

え? 本当に小川糸さんの作品???と思いつつ。

 

けれど、どん底の先がスバラシイ。

ある時をさかいに、彼女の世界は一変します。
盲目であることに加えて、一般の人とは生活環境も異なり、
歩くことさえもままならなかった彼女が、光に向かって歩み始める。

そのきっかけも、切羽詰まってではありましたが、
誰かに助け出されたのではなく、とにかく彼女自身が踏み出した。
私はそこに意義があると思いました。

そこから先は周囲の人々の多大な助けがあって、
人並みの生活を取り戻すわけですが、
その先にまた、彼女自身の歩みがある。

終盤、彼女の目が見えないことは変わらないけれど、
彼女の世界は煌めき輝いているように思われる。
生きることの素晴らしさに彼女自身が気づき、
そして読者もそれに気づかされるのです。

ステキな物語でした。

 

「とわの庭」小川糸 新潮文庫

満足度★★★★★

 


「透明な夜の香り」千早茜

2023年11月18日 | 本(その他)

鋭い嗅覚を持つ青年

 

 

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元・書店員の一香は、古い洋館の家事手伝いのアルバイトを始める。
そこでは調香師の小川朔が、幼馴染の探偵・新城とともに、
客の望む「香り」を作っていた。
どんな香りでも作り出せる朔のもとには、風変わりな依頼が次々と届けられる。
一香は、人並み外れた嗅覚を持つ朔が、
それゆえに深い孤独を抱えていることに気が付き──。
香りにまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマティックな長編小説。

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人並み外れた嗅覚を持つという青年が登場。
高貴な香りとロマンに満ちていますが、それだけではなく、
引きこもった部屋のすえた匂い・・・
そんなものも混在するのが魅力、一種独特な雰囲気のある作品です。

 

元書店員の一香は、仕事に出るのがつらくなり、
ほとんど引きこもりのような生活を続けていたのですが、
これではいけないと、気力を振り絞って出かけたコンビニで、
とある求人広告を目にします。

それによって、古い洋館の家事手伝いのあるバイトについた一香。
そこは、調香師の小川朔が幼馴染みの探偵・新城とともに
客の望む「香り」をオーダーメイドしているのでした。

 

人並み外れた嗅覚をもつ、朔。
そこでは香水も濃い化粧も御法度。
庭で作っているハーブなどで作った化粧水やシャンプーの使用のみ許可されます。
その人の匂いで相手の体調や、嘘をついていることまで嗅ぎ分けてしまう。

それはある意味不幸なことでもあり、朔はそのために悲惨な幼少期を過ごしていたのです。
その感覚は人と分かち合うこともできず、孤独でもある。

 

一種独特なこの青年の成り立ちは、若干少女小説か少女漫画めいてもいて、魅力的。
そこへ彼自身の不幸な過去や、一香の兄のエピソードが挿入されることによって、
現実から浮遊することがくいとめられているようです。

私は好きです。

この続編、「赤い月の香り」もすでに出ているのですが、
私は文庫化を待つことになりましょう。
楽しみです。

「透明な夜の香り」千早茜 集英社文庫

満足度★★★★☆

 


「遠い唇 北村薫自選日常の謎作品集」北村薫

2023年10月28日 | 本(その他)

先に登場した寺脇氏の周辺

 

 

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日常の謎の名手・北村薫による自選集!
表題作「遠い唇」のその後とは――?

コーヒーの香りで思い出す学生時代。
今は亡き、姉のように慕っていた先輩から届いた葉書には、
謎めいたアルファベットの羅列があった。(「遠い唇」)
など、2019年に刊行した全7篇に、
「遠い唇」の主人公・寺脇と、
『飲めば都』にも登場する女性編集者・瀬戸口まりえが
出会う場面を描いた「振り仰ぐ観音図」、
そして二人が再会し、句を介して関係が始まっていく様子を描いた
「わらいかわせみに話すなよ」の計2篇を加え、
ここに完全版として刊行!

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本巻、北村薫氏の短編集なのですが、
「遠い唇」は、2019年に同じく角川文庫で出ています。
それがなぜこの度また新刊として発売されているのか?

それは表題作「遠い唇」の主人公・寺脇と女性編集者・瀬戸口まりえが登場する話が、
2篇、本巻には加えられているためです。

「遠い唇」はちょっとドキドキするくらいにロマンチックかつ郷愁を誘うストーリー。
大学教授の寺脇が、学生時代の先輩・長内のことを思い出します。
ふと懐かしくなって古い書類を入れた箱の中から
長内先輩から来たコンパの通知のハガキを取り出す。
そしてその通知面を縁取るように、
アルファベットが暗号のように書き込まれているのに気づきます。

それを受け取った当時、寺脇は本人に「なんです、あれ?」と聞いたのですが、
長内先輩は「何でもないわ。いたずら書き」と答えた。

そしてその後間もなく、長内先輩は若くして亡くなってしまったのでした。
それっきり、忘れ去っていたことなのだけれど・・・。

数十年を経た今、寺脇はこれを暗号と見て、解き明かしてみる。
すると、思いも寄らない言葉が浮かび上がる・・・。
今となってはどうにもならない、しかも亡くなってしまった人の思い。
鮮烈で、そして切ないです。

 

というわけで、なかなか印象深いこの寺脇氏の近辺を、
著者は急に描き続けてみたくなったようです。
そして、この話は「遠い唇」と同じ本に是非とも収めたい、と。
そのことについては本巻の「付記」として詳しく書かれています。

物語の成り立ちが思い測られて、とても興味深いです。
寺脇氏とまりえさんのこれからの物語も、
またいつか読んでみたい気がします。

「遠い唇 北村薫自選日常の謎作品集」 北村薫 角川文庫

満足度★★★★★

 


「清浄島」河﨑秋子

2023年10月07日 | 本(その他)

忌まわしい病があった島

 

 

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北の海に浮かぶ美しい孤島にキツネが運んだ寄生虫「エキノコックス」。
それは「呪い」と恐れられる病を生んだ。
未知の感染症に挑む、若き研究者の闘いが始まる――

直木賞候補作『絞め殺しの樹』で注目の著者による、
果てなき暗路に希望を灯す渾身の傑作長編

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礼文等島は、北海道でも私の憧れの地、花の浮島といわれる美しい島です。

こんな島にも、忌まわしい過去があって・・・。
私も聞いたことはあったのですが、詳しくは知りませんでした。
同じ北海道の話というのに、情けない。

 

昭和29年。
1人の青年が北海道立衛生研究所から派遣されて、礼文島にやって来ます。
この島に蔓延していると思われる「エキノコックス」の調査のため。

このときすでに、エキノコックスという寄生虫が起こす病の仕組みは解明されていました。
日本ではこの礼文島だけで起こるこの病の具体的な感染経路を突き止め、
それを予防するための処置を考えることが目的なのです。

やがて多くの研究員も派遣され、大がかりな調査が行われた上で
決定された重大な決断とは・・・!?

 

以前、この島で起こった山火事で森が丸裸となり、
新たに苗木を植えたところ、それが格好の餌となって野ネズミが急増。
これではいくら苗を植えても、木は育ちません。
そこで、狐をこの島に連れてきて、野ネズミを減らすことを考える・・・。
しかし、狐は大きな災いをもこの島に呼び込んだということのようです。

エキノコックス撲滅のために思い切った策がとられた礼文島。
それは10年以上もの時をかけてようやく終息宣言に至るのですが、
しかし、その時にはまた別ルートで
道東方面でエキノコックスが広まってしまっていた・・・。

 

つまりエキノコックスを宿していた狐というのは千島列島方面からやって来たらしいのです。
毛皮をとるために、そちらから狐を連れてきて繁殖させていた例があるし、
流氷で地続きになってしまう期間があって、
そこから狐が渡ってきたことも考えられる・・・。

礼文島という小さな範囲でできた対策も、広い北海道全体ではムリ・・・。

 

かくして、現在もエキノコックスの脅威はなくなっておらず、
私は散歩でキイチゴ類の実を見つけても、
写真は撮るけれど決して口にしないと決めている次第・・・。
(持って帰って加熱してジャムなどにすればOKですけどね。)

 

・・・というようなことは、本作の物語中で徐々に語られて行きます。
主人公、土橋がどのように閉鎖的な島の人々と交流していったのか、
そしてどのように憎まれつつも任務を果たしていったのかというようなことが、語られて行きます。

 

いつもながら、河﨑秋子さんの北海道に住む人々と動物や歴史・風土を絡めた物語、
北海道人としては知っておくべきことばかり。
とても興味深く読みました。

歴史短い北海道とは言え、すでに良くも悪くも様々な歴史が積み重なって
今に至っているのだなあ・・・と、今さらながら思います。

「清浄島」河﨑秋子 双葉社

満足度★★★★☆

 


「薔薇色に染まる頃」吉永南央

2023年09月23日 | 本(その他)

お草さんが誘拐犯!?

 

 

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コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営むお草は、
愛用していた帯留を一度は売ったものの、手放したことをずっと後悔していた。
そんなある日、それが戻ってきたと連絡がくる。
さっそく東京の店に向かうお草だが、
そこで、旧知のバーの雇われ店長が血痕を残して忽然と姿を消し、
どうやら殺されたらしいという話を耳にする。

その後、お草は、新幹線の中で何者かに追われている母子に出会い、
事態は思わぬ方向へ……。

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吉永南央さんの小蔵屋シリーズ、文庫最新刊。

本作はコーヒー豆と和食器のお店を営むお草さんと
その周囲の人々の出来事を綴ったものです。
舞台は北関東の地方都市、紅雲町。
というと情緒があってほっこりの物語を想像するかも知れませんが、
これが意外とシビア。
お草さん自身、結婚には失敗し、子供を幼いうちに亡くしているという
翳りを背負いつつ、高齢の今も店を切り盛りしています。
周囲で起こる事件めいたものも、現実的でつらいことが多い。
人の悪意と向かい合いながら、でも信頼できる人々にも囲まれつつ、
毎日を過ごすお草さん。

 

さて、本作はこれまでになくシビアで、
ほとんどサスペンスかハードボイルド仕様になっております。
ここまでのものは珍しいのですが。

というのも、本作、いきなりお草さんが、
ホームグラウンドである紅雲町を離れて、東京に向かうのです。
やはりお草さんにとって、住み慣れた町は安らぎの土地。

東京はそう遠くない所なので、ときおりお草さんも用事で出かけることはありました。
そんな時に、時々顔を合わせていた人物がユージン(ハーフらしい)。
初めての出会いは彼がまだ少年の頃。
明らかに父親から虐待を受けている様子のその少年を、
お草さんは気にかけながらもどうすることもできなかった・・・。
それから時は過ぎて、ユージンはガタイのよい青年になっていますが、
裏社会のボスらしい彼の父の言いなりで生きている様子。

その彼が、どうやら何らかの事件に巻き込まれて
亡くなってしまったらしい・・・。

そのユージンから託された遺言めいた言葉に従って、ある「仕事」をしたお草さん。
そしてその後、かねての予定通り新幹線で京都へ向かうのですが、
その時、何者かに追われている母子に出会い、彼女らの手助けをすることになってしまう。

母親は列車を降りて、追っ手に刺されて倒れてしまう。
残された少年を連れて、お草さんの逃避行が始まります。
しかし、なんとお草さんが誘拐犯と思われてしまい・・・。

 

わけの分からないうちに、容疑者として警察に追われる身になってしまうお草さん。
ひゃ~、なんという展開でしょう。
さすがに今まで、ここまでのはなかったですね。

サスペンス!

相当ビターです。

 

「薔薇色に染まる頃」吉永南央 文藝春秋

満足度★★★★☆


「じい散歩」藤野千夜

2023年09月11日 | 本(その他)

妻に触れないジイサン

 

 

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夫婦あわせて、もうすぐ180歳。
中年となった3人の息子たちは、全員独身――。

明石家の主、新平は散歩が趣味の健啖家。
妻は、散歩先での夫の浮気をしつこく疑っている。

長男は高校中退後、ずっと引きこもり。
次男はしっかり者の、自称・長女。
末っ子は事業に失敗して借金まみれ。

……いろいろあるけど、「家族」である日々は続いてゆく。
飄々としたユーモアと温かさがじんわりと胸に沁みる、現代家族小説の白眉。

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本作、散歩好きの老人ののどかな日常を描いたものかな、
と思いつつ読み始めましたが、そうではありませんでした。

主人公、新平は全く食えないジイサンです。
夫婦合わせてもうすぐ180歳という、高齢の夫婦。

長男は高校中退後、引きこもりのまま。
次男はしっかり者のゲイで自称「長女」。
3男は事業を興すも失敗し借金まみれ。
3人皆独身。

しかしまあ、今時こんなことは珍しいというわけではありません。
この夫婦も、必要以上にこの事態を不幸とは思わず、
淡々と受け入れているようでもあります。
そこはいいですね。

新平は朝からストレッチにいそしみ、健康に配慮した食事をとって、日課の散歩。
かなりの距離を歩いてふらりと良さそうな喫茶店に立ち寄ったりして、
なかなか有意義な時を過ごしています。
そしてその後、今は仕事もしていないけれど、かつての仕事場は残してあって、
そこで1人気ままな時を過ごす。
部屋の棚にはこれまでのコレクション、怪しげな本やらビデオやらがびっしりなのですが・・・。

 

ふむ。
まあここまではいい。
お元気そうで好きなコトして過ごして・・・。

ところが奥様のほうは、運動は嫌いでほとんど出歩かない。
それでちょっと太り気味。
おまけに近頃少しボケてきていて、新平が出かける度に
「誰と会うのか?」と浮気を疑う。
散歩に行くだけといくら説明しても、納得しない。
・・・というのも、実のところかつて新平は実際に浮気をしていた時期があるのです。
そういうときの思いを引きずってなのか、
今、ボケてそのことに余計執着してしまっている妻・・・。

今までこんな風なボケ方をする人の話は読んだことがないなあ・・・、
そんなこともあるのか、と思うしだい。

しかしさらに読んでいけば、確かに、新平は今になっても女あしらいがうまいというか、
いかにも以前はモテた感じなんですよね。
それなのに、妻に対しては無関心。
というか、明らかに他の女性に対しての心遣い以下。

そしてさらに、ある時、妻が倒れたときの、新平の驚きの言動は・・・!

いや正直、それはないと思いました。
紹介文に「ユーモアと温かさ」とあるのですが、
私はそれは読み取れない・・・。

夫婦のあり方は確かに様々で、むしろ最後まで睦まじくという方が
稀なのかも知れないけれど・・・。

私にはモヤモヤの残るストーリーでした。

 

「じい散歩」藤野千夜 双葉文庫

満足度★★.5

 


「アンと愛情」坂木司

2023年09月07日 | 本(その他)

成人式を迎えたアンちゃん

 

 

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成人式を迎えても、大人になった実感のわかないアンちゃん。
同い年の優秀な「みつ屋」の社員と自分を比べて落ち込んだり、
金沢で素晴らしいお菓子に出合って目を輝かせたり。
まだまだアンちゃんの学びの日々は続きます。
これからもそんな日常が――と思いきや、えっ、大好きな椿店長が!?
和菓子に込められた様々な想いや謎に迫る、
美味しいお仕事ミステリー第三弾。

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坂木司さんの「和菓子のアン」シリーズ、文庫最新刊。
累計100万部突破のベストセラーとのこと。
アンちゃんのいかにも人がよくて真面目で一生懸命の所と、
和菓子の美しくおいしそうな所が魅力。
ベストセラーも肯けます。

 

本作ではアンちゃんが成人式を迎えます。
「みつ屋」ではもうすっかり仕事にも慣れて、
自分の居場所と思える所となっていますが、それでも・・・。

ある時、別の支店から手伝いにやって来たのは、
アンちゃんと同い年の女性社員。
彼女は何をするにもテキパキと素早く、そして的確。
その優秀さを見て、アンちゃんはすっかり落ち込んでしまいます。

そしてまたある時は、
敬愛する椿店長がこの店からいなくなってしまうと知ったアンちゃんは、
店長に対してひどい態度をとってしまう。

まだまだ、成長途上のアンちゃんではありますが、
和菓子についてはますます研究熱心。
和菓子は日本文化と深く結びついていると知るに付け、
もっと学ぶべきことがたくさんあると思うのです。

がんばれ! アンちゃん。

 

さて私、いつもこの本を読む度に「立花くん」は
ドラマ化するとしたら絶対に志尊淳くんだな、と思うのです。
それほどに、イメージがピッタリ。

ドラマ化にならないかなあ・・・?

 

「アンと愛情」坂木司 光文社文庫

満足度★★★★☆

 


「逆ソクラテス」伊坂幸太郎

2023年07月31日 | 本(その他)

「自分は何も知らない」ことを知っている。

 

 

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「敵は、先入観だよ」
学力も運動もそこそこの小学6年生の僕は、
転校生の安斎から、突然ある作戦を持ちかけられる。
カンニングから始まったその計画は、
クラスメイトや担任の先生を巻き込んで、予想外の結末を迎える。
はたして逆転劇なるか!?
表題作ほか、「スロウではない」「非オプティマス」など、世界をひっくり返す無上の全5編を収録。
最高の読後感を約束する、第33回柴田錬三郎賞受賞作。

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伊坂幸太郎さんの短編集ですが、珍しくどれも少年がメインとなるストーリー。
私、子どもたちが出てくる物語は好きなのです。
まだ大人の社会文化に染まらず、まっさらに近い感性や思考方法を持っている彼ら。
世の中のことはうっすらと見えてきているけれど、
まだ、それだけがすべてではないとまっすぐに見ることができる。
ちょっぴり生意気だったり、意気地無しだったり、
そんな個性もたっぷりな少年少女たちの言動は、なんだか応援したくなってしまいます。

元々伊坂幸太郎さんは子供の登場する話は苦手だったそうですが、
本作はそんな片鱗もみせず、ステキなストーリーを紡いでくれています。

 

表題の「逆ソクラテス」。

かのソクラテスはこんなことを言ったのだとか。

「自分は何も知らない、ってことを知っているだけ、自分はマシだ」と。

けれど、多くの人は逆。
完璧な人はいるわけないのに、自分は完璧だ、間違うわけがない、何でも知っているぞ、
・・・と。
こういう思考を「逆ソクラテス」と本作中の佐久間くんが言うのです。
まさに、この子たちのクラスの担任がそれ。

「この子は頭がいい、いい子」

「この子は、引っ込み思案のダメな子」

教師のこのような勝手な先入観による決めつけが、
子どもたちに向けた行動や言葉の端々に出るものだから、
いつの間にかクラスの子どもたちも、その子供本人までも、
いい子、ダメな子になりきってしまう・・・。
だから、「僕はそう思わない」と、きちんと声に出すことが大事だと言うのです。

子どもたちが互いに語り合いながら、前向きな提案をし実行していく。
時にはそれは冒険で危なっかしくもあるけれど、ワクワクしますねえ・・・。

 

また他のストーリーの中では、逆にソクラテス的教師も登場します。
彼は偉そうなことなど全く言わないけれど、
子どもたちをよく見ていて、ぼそっと、
あとになって「こういう意味だったのか!」というような言葉をくれたりします。

この先生は別の短編の中にも何度か登場。
そうした関連性が見えるところが本巻のステキな所でもあります。

 

幸せな一冊。

 

「逆ソクラテス」伊坂幸太郎 集英社文庫

満足度★★★★★

 


「旅のネコと神社のクスノキ」池澤夏樹 黒田征太郞

2023年07月25日 | 本(その他)

ぜんぶ一つになって返ってきた

 

 

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現存する被爆建物「旧広島陸軍被服支廠」をテーマに、
日本を代表する作家の池澤夏樹と黒田征太郎が言葉と絵と木工作品を交えた
新しい絵本を作りました。
主人公のネコとクスノキの対話を通して、
戦争、平和、そしていのちとは何かを読者へと問いかけます。

*池澤夏樹による解説「ヒストリー陸軍被服支廠」収録

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作家・池澤夏樹さんと画家・黒田征太郎さんによる絵本です。

1945年7月。
旅するネコが広島市郊外で大きなレンガ造りの建物を見つけて、
神社のクスノキにこの建物は何なのか、訪ねます。

「りくぐんひふくししょう」(陸軍被服支廠)と答えたクスノキ。
軍服や軍靴などの日用品を作る工場なのでした。
けれど少し先がのことが読めるというクスノキは、
なんだか怯えているようです。

 

8月が過ぎて9月。
ネコがまたここを訪れます。
山の向こうの広島の町が、建物のかけらばかりで
何にもなくってしまっていたことに呆然としながら・・・。

でもここの建物は前と同じくしっかり立っていて、クスノキも無事でした。
「この国のヘータイさんがうったたまやおとしたばくだんが
ぜんぶ一つになって返ってきた」
とクスノキは言います。

そしてその時、ひどい怪我ややけどを負った人々が大勢ここに運ばれてきて、
そして多くの人が死んでいったのだと・・・。

 

 

ストーリーは極力単純な文章で綴られていますが、
巻末に池澤夏樹さんによる解説「ヒストリー陸軍被服支廠」が収録されています。

それによるとこの建物は、被爆建物「旧広島陸軍被服支廠」として現存しています。
日本陸軍の軍需工場であった場所。
爆心地から2.7キロという至近地でありながら、
その頑丈な作りと地理的要因から、爆風に耐えて残った。
そのため、多くの負傷者が運び込まれる場所となったわけですが、
手当の術もなく、そのまま息を引き取った人が大多数。
遺体も前の空き地で荼毘に付され、近くの空き地に埋められたという・・・。

 

池澤夏樹さんは、確かに原爆を落としたアメリカは極悪非道だけれど、
日本の陸軍も同様であったとして、アジアでの非道ぶりを列挙しています。

そうした思いが「ぜんぶ一つになって返ってきた」という表現に繋がるのでしょう。

 

戦争を考えるためのきっかけになる一冊。

 

<図書館蔵書にて>

「旅のネコと神社のクスノキ」池澤夏樹 黒田征太朗

満足度★★★★☆

 


「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ

2023年07月19日 | 本(その他)

湿地の娘

 

 

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ノースカロライナ州の湿地で男の死体が発見された。
人々は「湿地の少女」に疑いの目を向ける。

6歳で家族に見捨てられたときから、カイアはたったひとりで生きなければならなかった。
読み書きを教えてくれた少年テイトに恋心を抱くが、
彼は大学進学のため彼女を置いて去ってゆく。
以来、村の人々に「湿地の少女」と呼ばれ蔑まれながらも、
彼女は生き物が自然のままに生きる「ザリガニの鳴くところ」へと
思いをはせて静かに暮らしていた。
しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に近づく……

みずみずしい自然に抱かれた少女の人生が不審死事件と交錯するとき、
物語は予想を超える結末へ──。

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本作は、先に映画を見て感銘を受けたところですが、
せっかくの世界的ベストセラー、ぜひ原作も読んでみたいと思っていて、
ようやく読むことができました。

これを読むと、映画がいかにこの本の世界観を壊さないように
忠実に描こうとしていたかが分かります。

 

6歳で家族に見捨てられ、湿地のみすぼらしい小屋で
たった1人で生きていかなければならなくなったカイア。

学校へも行かないカイアに読み書きや学ぶことの楽しさを教えてくれたのは少年テイト。
カイアはテイトに恋心を抱くようになりますが、
彼は大学進学のためこの地を去り、約束も違えて戻ってこない・・・。
村の人々から「湿地の娘」と呼ばれ蔑まれながら、孤独の日々は続きます・・・。

しかしあるとき、村の裕福な青年チェイスが彼女に接近してくる。

 

映画もそうでしたが、実はこの物語は、
このチェイスが死体で発見される所から始まるのです。
事故か、事件か・・・?

その捜査の様子と、カイアの幼少期からの生活の様子が交互に描かれていきます。

 

孤独でありながら、聡明で生きる力に満ちたたくましい女性、カイアの魅力。
そして、美しい湿地にあふれる自然。

 

そして、終盤の裁判の様子もやきもきさせられるのですが、
カイア自身の事件への思いが語られないところがミソといえばミソなのでした。

 

映画もよかったですが、もちろん、本もスバラシイ!!
世界中で愛されたのも、もっともなことであります。

著者、ディーリア・オーエンズは動物学者で、
この本は69歳で執筆した彼女の初めての小説とのこと!!

 

<図書館蔵書にて>

「ザリガニの鳴くところ」ディーリア・オーエンズ 友廣純訳 早川書房

満足度★★★★★