映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「ぎょらん」町田そのこ

2024年04月05日 | 本(その他)

死者の最期の思いとは

 

 

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人が死ぬ際に残す珠「ぎょらん」。
それを嚙み潰せば、死者の最期の願いがわかるのだという。

地方都市の葬儀会社へ勤める元引きこもり青年・朱鷺は、
ある理由から都市伝説 めいたこの珠の真相を調べ続けていた。

「ぎょらん」をきっかけに交わり始める様々な生。
死者への後悔を抱えた彼らに珠は何を告げるのか。

傷ついた魂の再生を圧倒的筆力で描く7編の連作集。

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人が死ぬ間際に、その思いを込めた小さな赤い珠「ぎょらん」を残すという・・・。

連作短編となっている、冒頭「ぎょらん」は、
不倫相手の突然死で心が揺れる華と
大学中退以降10年近く引きこもりを続けている兄・朱鷺のストーリー。

朱鷺は漫画オタクで、以前読んだ「ぎょらん」という漫画に強い思い入れを抱いています。
どうやらその漫画にならって、自死した親友の残した「ぎょらん」を口にし、
噛みつぶしてしまった結果、
友のどす黒い恨み辛みが朱鷺に流れ込んできて、
廃人のようになってしまったということのようなのです。
そんなことから、華は恋人のぎょらんがあるものならば見つけてみたいと、
兄妹で珠を探しに行きます。

 

死者が残す珠の話なので、必然的に以下の短編も死者が登場。
その家族たちもぎょらんにまつわるうわさを聞き、
死者との関係を思い返すことになります。

 

でも誰もがそれを見つけて口にするわけではない。
朱鷺のように、死者の思いがわかってしまったためにその後長く苦しむことになるというものもいれば、
それを手にしただけで死者との温かな思い出が広がったというものもいます。

結局ぎょらんとは何なのか・・・。
そんなことを考えていく物語。

 

引きこもりの朱鷺さんは、その後葬儀会社に就職し、
始めはいかにも使い物にならなさそうなダメ新人だったのが
少しずつ力をつけていって、次第に頼もしくさえなっていく。
それぞれのストーリーの順を追って、
朱鷺のそんな成長する姿を見ることができるのが嬉しいところです。

ではありますが、最後にはまた、
彼はぎょらんとの問題に正面から向かい合っていく・・・。
なかなか巧みな物語なのでした。

最終の「赤はこれからも」は、文庫書き下ろしとのことで、お得です!


「ぎょらん」町田そのこ 新潮文庫

満足度★★★★☆

 


「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」奈倉有里

2024年03月29日 | 本(その他)

ロシア留学記

 

 

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今、ロシアはどうなっているのか。
高校卒業後、単身ロシアに渡り、
日本人として初めてロシア国立ゴーリキー文学大学を卒業した筆者が、
テロ・貧富・宗教により分断が進み、
状況が激変していくロシアのリアルを活写する。

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先に少し紹介させていただいた奈倉有里さんですが、
あの、「同士少女よ、敵を撃て」の逢坂冬馬さんの姉君でもあります。
本巻は丸ごとその奈倉有里さんのロシア留学記となっています。

 

彼女は2002年、高校を卒業後、単身ロシアに渡ります。
ペテルブルグの語学学校→モスクワ大学予備科→ロシア国立ゴーリキー文学大学
と道を進み、2008年に帰国後、東京大学大学院修士課程へ。
その、ロシアでの様々な出来事が綴られています。

 

なんといっても一番に感じるのは、有里さんが「学ぶ」ことに恐ろしく貪欲で、
そして楽しんでいること。
そのためには、見知らぬ地での苦労も何でもないと、まさに感じていたようです。

先に彼女の講演を聴いたことがあって、その時に、
日本の高校時代自分は回りからちょっと浮いていた。
(そりゃ、トルストイを熱愛する女子高生なんて、
 話の合う友人はいそうにない・・・。)
それがロシアの文学大学では、まさに周囲は似たような人たちばかり。
自分は水を得た魚のようだった・・・と。

こんなにも学ぶことに熱意があって、そして楽しむことができるというのは、
まさに才能というほかないのでは・・・? 

そしてその対象がロシア文学というのが、特に日本ではめずらしいということもあって、
実質おとなしめの方なのですが、
その唯一無二の存在感に感嘆するばかりでした・・・。

 

彼女は文学大学のアントーノフ先生に特に傾倒していて、
そのいきさつも詳しく描かれているのですが、
それは次第に暗くつらい流れになっていきます。
彼女は先生に対する感情を極力冷静に言葉を選んで記述してあります。
そこの所は下世話な想像はしないで、
その文面通りだけに受け取ることにしましょう・・・。

 

そして、終盤にはロシアの変遷についてのことが述べられています。
彼女がロシアにいた2002年から2008年の間だけでも、
比較的自由のあった大学内の雰囲気が、
みるみると独裁国家的な支配に飲み込まれていることが感じられたようです。

そして、本巻は2021年10月に刊行されたものですが、
その時すでにウクライナのクリミア地方がロシアの侵攻を受け、
東部も危うい状況になっていることが記述されています。

ロシア文学を愛する彼女にとって、
今のロシアの状況は歯がゆくてならないものでありましょう・・・。

「分断する」言葉ではなく、「つなぐ」言葉を求めて。
そんな彼女の言葉を、今は祈りに近い気持ちで繰り返すほかありません。

 

<図書館蔵書にて>

「夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く」奈倉有里 イーストプレス

満足度★★★★☆


「ワンダフルライフ」 丸山正樹

2024年03月15日 | 本(その他)

四つの物語・・・?

 

 

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事故により重度の障害を抱える妻を献身的に支える夫。
彼の日課はブログに生活を綴ることだった――。
一方、設計士の一志は編集者の妻・摂と将来の家について揉めていた。
子供部屋をつくるか否か。
摂の考えが読めない一志は彼女の本心を探るが――。
四つの物語が問いかける「人間の尊厳とは何か」。
著者渾身の長編!

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「デフ・ヴォイス」シリーズでおなじみの丸山正樹さんの作品。

 

4つのストーリーが交互に語られて行きます。

★重度の障害を抱える妻を献身的に支える夫。

★子供を持つか否か、もめる夫婦。

★不倫相手の父親が病で意識不明の寝たきりとなり、密かに見舞いに通う女性。

★自分の素性を隠して、とある女性とチャットで会話を交わす重度の障害のある男性。

 

やはり丸山正樹さんなので、「障害」のことが根っこにある物語。

・・・しかし、何しろ本作は読んでいる最中にあることに気づいて、驚かされるのです。
何という巧みな物語・・・。

あとがきにもあるのですが、本作は「ミステリー」と言われることがある、と。
別に殺人事件も起きないし、不可解な謎もない。
でも、私も確かにこれは「ミステリー」だと思います。

 

が、これは単にそうした構成上の面白さばかりでなく、
もちろん障害のある人とそうでない人はどのように向き合えば良いのか・・・、
本来そんなことは悩むようなものではないはずなのですが、
でも実際問題としては難しいところもありますよね。

じっくりとそのような事も考えさせられる作品。

 

「ワンダフルライフ」 丸山正樹 光文社文庫

満足度★★★★☆

 


「私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー」

2024年03月01日 | 本(その他)

各々の人生の節目

 

 

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また会えたひと、もう会えないひと。
成人式 結婚式 葬式 祭礼
人生の節目に訪れる出会いと別れを書く
文庫オリジナル・アンソロジー

人生の節目に催される冠婚葬祭
――冠は成年として認められる成人式を、
婚は婚姻の誓約を結ぶ結婚式を、
葬は死者の霊を弔う葬式を、
祭は先祖の霊を祀る祭事を指します。
四つの行事は人生の始まりと終わり、そしてその先も縁を繋いでいきます。
現在の、あるいはこれからの私たちと冠婚葬祭をテーマに、
現代文芸で活躍する六人の作家があなたに贈る文庫オリジナル・アンソロジー。

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私のお気に入り、創元文芸文庫オリジナルのアンソロジーです。
テーマは、冠婚葬祭。

成人式や結婚式、お葬式など。
確かにこうした人生の節目にはその人個人個人のドラマがあるわけです。

 

冒頭「もうすぐ18歳」では、主人公・智佳が
もうすぐ18歳なのではなくて、36歳。
彼女は18歳の時に妊娠して東京に出てきて結婚、出産をしたのでした。
ところが18歳での出産ということが、
あたかもだらしないヤンキーママのような先入観をもたれてしまって、
人物関係や就職がうまくいかない。
唯一、夫の母親にだけは歓迎され、やさしくしてもらったのが救いではありますが。
そんな智佳がこの度、成人年齢が18歳なるというニュースを聞いて思うのです。
あの時、成人年齢が18歳であったなら、
自分も偏見の目で見られることもなかったのかな、と。
とは言え、今の智佳は良き家族と仕事に恵まれて
まずまずの幸福を得ているようです。
暖かで穏やかな日常を祝福したくなります。

 

さて、このように身の回りの日常の物語ばかりかと思いきや、
「二人という旅」では少し戸惑わされてしまいました。
舞台はおそらく、かなり未来の宇宙のどこかの星。
「家読み」のシガと、その助手のナガノが旅をしているのです。
お~っと、SFもアリだったのか!!
気を取り直して読んでいくと、思いのほか叙情的な世界が広がっていました。
男女の関係ではなく、同性愛とも少し違う。
けれど、「結婚」ということの本質を突くような作品。
ロマンティックです。

 

本巻の著者は、
飛鳥井千砂、寺地はるな、雪船えま、
嶋津輝、高山羽根子、町田そのこ(敬称略)。
私には初めての作家さんも多いのですが、出会えて良かったです。

 

「私たちの特別な一日 冠婚葬祭アンソロジー」創元文芸文庫

満足度★★★★☆

 


「とりどりみどり」 西條奈加

2024年02月23日 | 本(その他)

11歳少年と家族の話

 

 

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万両店の廻船問屋『飛鷹屋』の末弟・鷺之介は、齢十一にして悩みが尽きない。
かしましい三人の姉――お瀬己・お日和・お喜路の
お喋りや買い物、芝居、物見遊山に常日頃付き合わされるからだ。
遠慮なし、気遣いなし、毒舌大いにあり。
三拍子そろった三姉妹の傍にいるだけで、
身がふたまわりはすり減った心地がするうえに、
姉たちに付き合うと、なぜかいつもその先々で事件が発生し……。
そんな三人の姉に、鷺之介は振り回されてばかりいた。

ある日、母親の月命日に墓参りに出かけた鷺之介は、
墓に置き忘れられていた櫛を発見する。
その櫛は亡き母が三姉妹のためにそれぞれ一つずつ誂えたものと瓜二つだった――。

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西條奈加さんの時代小説。

江戸のかなり大手の廻船問屋の末息子、鷺之介11歳が主人公。
かしましい3人の姉が、うるさいし自分に過干渉でもあるので、
早くお嫁に出てくれまいかといつも願っています。
実は長姉は嫁に出ていたのですが、出戻ってきてしまった
というのが冒頭の話。
前途多難ですね。

ともあれ、相当裕福な家なのですが、鷺之介は貧しい暮らしのこともよくわかっていて、
自分だけがこんな良い暮らしをしていることを後ろめたく思ったりもする聡明な子です。

3人の姉もそれぞれ個性があって、この家の身の回りの様々な出来事が語られて行きますが、
次第に、この鷺之介の身の上についての話が中心になっていくあたりが、
物語として優れていますね。

彼らのお母さんはすでに亡くなっていますが、実はそのお母さんの実子は長兄のみ。
3人の娘たちはつまりこのお店の主人がよそで作った子供たち・・・。
生後この家のおかみさんが引き取って育てたので、
皆、このすでに亡きお母さんを心から慕っていたのでした。

でも、そういえば、では鷺之介の母親は・・・?
というところが語られていないのです。
つまり、そのことこそが本作のキモなのでした。

 

いい物語です。
好きです。

 

図書館蔵書にて

「とりどりみどり」 西條奈加 祥伝社

満足度★★★★☆

 


「あわのまにまに」吉川トリコ

2024年02月16日 | 本(その他)

時を遡り、ルーツへ迫る

 

 

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どれだけの秘密が、この家族には眠っているんだろう――
「好きな人とずっといっしょにいるために」、あのとき、あの人は何をした?
2029年から1979年まで10年刻みでさかのぼりながら明かされる、
ある家族たちをとりまく真実。
生き方、愛、家族をめぐる、「ふつう」が揺らぐ逆クロニクル・サスペンス。

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とある家族の歴史が刻まれる本作。
2029年から1979年まで十年刻みで時を遡りつつ描く、
6つの短編からなっています。


冒頭2029年(!)では、おばあちゃんの死に対面した孫たちの視点から語られています。
祖母・紺の家は孫たちにはあまりなじみがなかったけれど、
天に向かって螺旋を描くようにねじくれたピンクの変な家!! 
祖母の死後、娘二人とその夫、孫たちが集まって片付けを始めます。

10年刻みで時を遡りつつ、娘たち、その夫の物語が語られ、
そして祖母・紺の話へと繋がっていく。

ところが、そんな何気なさの根底に、
大きな秘密が隠されていたことに驚かされることになります。
家族としてはゆがんでいる。
けれども、日々の生活は続いていき、家族は平和に維持されていきます。
それは欺瞞ではなくて、そんなあり方もアリなのかなという風に思えてきます。

夫婦のあり方、同性愛、友情、行き場のない恋心・・・

あらゆる側面を持ち合わせつつ、ここまでたどり着いた家族の歴史。
でも最終局面の2029年は、
ちょっとは昔よりも住みやすい時代なのかもしれませんね。

本作、順当に1979年から描けば凡庸な作品になってしまうところを、
逆にしたところが全くもってナイス!!です。

まるで最後に答え合わせをしているような感じでもあります。

 

<図書館蔵書にて>

「あわのまにまに」吉川トリコ 角川書店

満足度★★★★★

 


「ともぐい」河﨑秋子

2024年02月09日 | 本(その他)

祝!!直木賞受賞

 

 

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第170回直木賞受賞作! 
己は人間のなりをした何ものか
――人と獣の理屈なき命の応酬の果てには

明治後期の北海道の山で、猟師というより
獣そのものの嗅覚で獲物と対峙する男、熊爪。
図らずも我が領分を侵した穴持たずの熊、蠱惑的な盲目の少女、
ロシアとの戦争に向かってきな臭さを漂わせる時代の変化……
すべてが運命を狂わせてゆく。
人間、そして獣たちの業と悲哀が心を揺さぶる、
河﨑流動物文学の最高到達点!!

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我が敬愛する北海道の作家・河﨑秋子さん「ともぐい」が
第170回直木賞を受賞しました。
まさに自分のことみたいにウレシイ!!

 

明治後期、北海道の山中で鹿や熊の猟をして生業を立てている男、
熊爪が主人公です。
通常猟師といっても普段はそこそこの町中に住んでいて、
必要な時期にだけ山に籠もったりするものですが、
熊爪は年中山奥の小屋に犬と共に住んでいて、
獲物の肉や皮を売り、
銃弾など必要なものを購入するときにだけ町に降りていくのです。

鹿を撃ち解体する様子などが実に生々しく描かれていまして、
その体温や匂いがリアルに伝わるような気がします。

白糠の町でいつも獲物を買ってくれるのは、
町一番の金持ちの井之上良輔という男。
なんというか、彼は変わり者で、
ときおり獲物を売りに訪ねてくる熊爪を歓待して
食事を振る舞ったり泊めてくれたりします。
そして熊爪の話を面白がって聞きます。
熊爪自身はこんな話のどこが面白いのかもわからず、戸惑うばかりなのですが。

そしてある時、熊爪はこの屋敷で、1人の盲目の少女・陽子(はるこ)と出会います。

 

さてさて、こうして始まるストーリー、もちろん熊も登場。
その対峙のシーンも迫力があって恐い、恐い・・・。

しかし、改めて表題「ともぐい」を考えてみると、つまり、熊爪が雄の熊。
陽子が雌の熊なのです。
その行き着く果てがともぐい・・・。

盲目の少女といえば儚くてか弱くて、
自分だけでは生きて行けなさそうな雰囲気を想像してしまいますが、
いやいや、とんでもない。
間違いなく彼女は雌の熊。

北海道の大地で、獣とも人ともつかない男女が、その本能のままに生きていく。
そういう物語です。
ヤワな感傷などぶっ飛んでしまう。

常に北海道の人と動物との関係を描いていく著者の、
まさに真骨頂と言うべき作品です。

 

それにしてもあまりにも生々しく、恐ろしくもあるので、
河﨑秋子さん初心者の方には「颶風(ぐふう)の王」をオススメします。
とある小さな無人の島に置き去りにされ、
野生化して命をつないでいった馬の物語。

「颶風の王」


「ともぐい」河﨑秋子 新潮社

満足度★★★★★

 


「白野真澄はしょうがない」奥田亜希子

2024年02月02日 | 本(その他)

5人それぞれの白野真澄

 

 

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小学四年生の「白野真澄」は、強い変化や刺激が苦手だ。
横断歩道も黒い部分は暗い気持ちになる気がして、白いところだけを渡って歩いている。
なるべく静かに過ごしたいのだが、
翔が転校してきてからその生活は変化していく……(表題作)。
頼れる助産師、駆け出しイラストレーター、
夫に合わせてきた主婦、二人の異性の間で揺れる女子大生。
五人の「白野真澄」たちが抱えるそれぞれの生きづらさを、
曇りのない視線で見つめた短編集。

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私には初めての作家さんですが、奥田亜希子さんの短編集。
5篇が収められています。
ところが、どの話も主人公の名前が「白野真澄」。
でも連作短編ではなくて、すべて別人。
ある時は30歳過ぎの助産師。
またある時は駆け出しイラストレーター男子。
50代の婦人であったり、小学4年の少年であったりもします。


性別も年齢も関係なくなぜ皆同じ名前なのか。
その答えはラストの表題作「白野真澄はしょうがない」にあるかもしれません。

 

小学4年男子の白野真澄くんは、どうも人と違っていて、
いろいろな色の具材が混ざり合っているモノが食べられない。
辛かったり苦かったり、酸っぱすぎるモノもダメ。
だから給食はほとんどがダメ。
大きな音、初めてのこと、突発的な出来事・・・
神経が過敏なのでそういうこともダメなのです。
それだからクラスの男子の友人はできなくて、
しかしなぜか女子には庇われている・・・。
そんなところへ転校してきた黒岩くんが積極的に白野くんに近づいてきます。

黒岩くんは言うのです。
「白野真澄だからしょうがない」と。
それは決して白野くんがしょうがないダメなヤツという意味ではなくて、
「白野真澄」とはこう言う人物なのだから、
あれこれ文句を言ったり叱咤激励したりするのは意味がない、
ということ。
すなわち、こんな白野くんを丸ごとそのまんま受け入れれば良いんだ。
だって白野真澄なんだから・・・と。
このことばで、白野くんは劣等感から解放されるんですね。

名前は自分自身を表わすもの。
でも同じ名前を持っていたとしても人格は別々。
自分が自分の「白野真澄」をつくるのだ、ということ。

ステキな一冊です。
私、創元文芸文庫、気に入っています。

「白野真澄はしょうがない」奥田亜希子 創元文芸文庫

満足度★★★★☆

 


「コロナと潜水服」奥田英朗 

2024年01月26日 | 本(その他)

ささやかであたたかな奇跡

 

 

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ちょっぴり切なく、ほんのり笑えて、最後はやさしい
人生が愛おしくなる“ささやかな奇跡”の物語5編
奥田英朗のマジックアワー

早期退職を拒み、工場の警備員へと異動させられた家電メーカーの中高年社員たち。
そこにはなぜかボクシング用品が揃っていた――。(「ファイトクラブ」)

五歳の息子には、コロナウイルスを感知する能力があるらしい。
我が子を信じ、奇妙な自主隔離生活を始めるパパの身に起こる顛末とは?(表題作)

ほか “ささやかな奇跡”に、人生が愛おしくなる全5編を収録。

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奥田英朗さんの短編集。

本巻に収められているストーリーにはどれにも、ちょっと不思議な存在や、力が出てきます。
でも、おどろおどろしくはなく、密やかでやさしい。

 

表題作「コロナと潜水服」は、言うまでもなくコロナ禍中の出来事ですが、
主人公の息子がなぜかコロナウイルスを感知することができるらしい。

そんな彼がある日、パパに、外に出るなというのです。
どうやら、自分が感染しているらしいと彼は思う。
けれど、仕事は自宅でできるにしても、息子を外で遊ばせたり、買い物など、
全く外に出ないでもいられない。
妻も仕事があっていつも家にいることはできません。
そこで「防護服」を買いたいけれど、そんなものはどこで売っているのか? 
いや、売っていたとしても、すぐに売り切れて、どこにも見当たらない。
やむなく古道具屋で妻が探し出して古めかしい潜水服を購入。

潜水服というとコロナウイルスを自分が避けるために着用する、と想像していましたが、
この場合は感染した自分のウイルスをまき散らさないように着用するわけなのです。
こう言うやさしさ、涙ぐましさが本作の基調となっていて、
なんだか心がほんわかしてきます。

 

ラストの「パンダに乗って」。
ここで言うパンダはあの動物のパンダではなくて
イタリア製のコンパクトカー、フィアット・パンダ。
主人公・直樹は、この1980年初期モデルが
新潟の中古車店のホームページで売り出されていることを知り、購入。
引き取りに新潟まで出向きます。
そのパンダはしっかり動くように調整もなされていて、
後に取り付けられたらしいカーナビまで搭載している。
さっそくそれに乗って東京まで戻ろうとして、カーナビをセットしたところ、
それに従うと全く別の所についてしまうのです。

直樹はそんな風にして、数カ所を巡ることになりますが、
そうすると次第にあることがわかってきます。
それはどうやらこのパンダの以前の持ち主に関係するようで・・・。

コレもまたなかなかやさしさに包まれた感動を呼び起こします。

 

ステキな一冊。
オススメです。

 

「コロナと潜水服」奥田英朗 光文社

満足度★★★★★

 


「にぎやかな落日」朝倉かすみ

2024年01月12日 | 本(その他)

老境を本人目線で

 

 

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北海道で独り暮らしのおもちさんは83歳。
東京に住む娘は一日二度、電話をしてくれる。
近くに住むお嫁さんのトモちゃんは、車で買い物に連れて行ってくれる。
それでも、生活はちょっとずつ不便になっていく。
この度おもちさん、持病が悪化し入院することになったーー。

日々の幸せと不安、人生最晩年の生活の、寂しさと諦めが静かに胸に迫る物語。

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北海道で一人暮らしをするおもちさん、83歳。
持病を持ちつつ頑張っていますが、入院し、
やがて高齢者用マンションに移ることに。
それらの日々のことを、おもちさん目線で描いています。

よくありそうな話ではありながら、
これまでお年寄り本人目線のストーリーは、あまりなかったかもしれません。

おもちさん(もち子が正しい名前だけれど、皆からはおもちさんと呼ばれている)は、
まだまだボケてはいないけれど、物忘れも多くて、集中力もあまりありません。
夫・勇さんはいないので、先に亡くなったのかと思えば、
いえいえ、ご存命ですが特養に入居住み。
寝たきりで、なんとか意識がある程度。
そんな勇さんが若く元気な頃のことが始めの方に描写されていて、
ちょっと切なくなります。

おもちさんの長女は東京に住んでいますが、
おもちさんを心配して毎日電話をかけてきます。
そして近所に住む長男のお嫁さんがまた実によくできた人で、
何かとおもちさんを気にかけてしょっちゅう様子を見に来てくれたり、
車を出して買い物に連れて行ってくれます。
明るく朗らかなおもちさんは、人付き合いも得意で、
近所のお友だちと話して笑って過ごすのが大好き。

なので基本にこやかなのですが、ときおり機嫌が悪くなってしまうのは、
娘や看護師さんに、お菓子を食べて叱られたりするとき。
子どものような扱いをされたりプライドを傷つけられるのは、イヤなのです。
その辺の心理はよく分りますねえ・・・。

それで実は、おもちさんは糖尿病なのですが、
医師の難しい説明を受けるともうそれだけでイヤになって集中もできず、
結局いつまで経ってもその病名が覚えられない。
そしてこの治療のためには、厳しいカロリー制限が必要なのに、
ダメと言われているお菓子や果物を平気でどんどん食べてしまうおもちさん。
血糖値がすぐに上がってしまうので、それはバレバレなのです。
眼の調子も悪いし、ときおり意識が遠のいたりして、
状況は決してよくはありません。

結局自宅に一人にしておけないということで、
介護付きの老人用マンションに移ることになるわけです。
元気だけれど、不調でもあり、陽気だけれど、孤独で淋しくもある。
老境というものを実に切実に描き出しています。
私もそちらに近い存在なので、分る分る。

それとおもちさんの話す北海道のことばがなんとも懐かしくて・・・。
「北海道弁」と言ってしまうと少し違うような気がする。
わざとらしくない、日常の、北海道のことば。

読んでいるうちにだんだんラストが心配になってしまったのですが、
まあ、なんとか大丈夫のようです・・・。

 

「にぎやかな落日」朝倉かすみ 光文社文庫

満足度★★★★☆


「八本目の槍」今村翔吾

2024年01月01日 | 本(その他)

三成の真の姿とは?

 

 

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安土桃山時代の見方が変わる!
誰も書かなかった三成が、ここにいる!
盟友「賤ケ岳七本槍」の眼を通して、浮かび上がる三成の真の姿とは。

過酷な運命を背負った七本槍たちの葛藤、
三成との相克そして信頼が、巧みな構成のなかに描かれ、
三成の言葉には、千年先を見通した新しき世への希望が滲む。
はたして、戦国随一の智謀の男は、何を考え何を思い描いていたのか。

凄まじき〝理〟と熱き〝情〟で、戦国の世に唯一無二の輝きを放った武将の姿を、
史実の深い読みと大胆な想像力で描く傑作。
吉川英治文学新人賞受賞。

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ガッツリの歴史小説。

秀吉の小姓組の中で、特に槍の名手7人を「賤ケ岳七本槍」と呼びました。
本作はその7人それぞれの視点から、ある人物を浮かび上がらせます。

それは石田三成。
三成は特に武術に秀でていたわけではなかったけれど、
八本目の槍に例えてもよいくらいに、賢く先を見通して秀吉を支えていた・・・
ということから来た題名となっています。

 

この7人の眼を通して、というところが本作の素晴らしいところ。
まるで合宿でもしているように希望に燃えた若き彼らの様子からはじまるそれぞれの人生を、
読み応えたっぷりに語っていきます。
そんな中で三成はいかにも独特で皆からは浮いたような存在なのですが、
でもそのずば抜けた頭脳と先を見通す力は、誰もが認め、一目置く存在でもあるのです。

やがて時が過ぎて、いよいよ関ヶ原の戦いに挑む頃には、
それぞれの立場も異なってきていて、
西側につくもの、東側につくものと別れてしまっています。

そして、三成亡き後においてもストーリーは続きますが、
生前三成の残した言葉が気にかかっている者が、
まだ残っている7本槍たちと邂逅し、語り合うことで、
真に三成が目指していたことが浮かび上がる・・・。

 

本作の構成の妙にはうならされてしまいます。
読み応えたっぷり。
これぞ、歴小説の見本!!

図らずも調度、大河ドラマ「どうする家康」と重なる時期のものだったので、
より興味深く読みました。

「八本目の槍」今村翔吾 新潮文庫

満足度★★★★☆

 


「『死ね、クソババア』と言った息子が55歳になって帰ってきました」 保坂祐希

2023年12月18日 | 本(その他)

理解不能

 

 

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75歳、両親が遺した鎌倉の家に一人暮らしの晴恵。
一人息子の達彦は、大学進学をめぐる意見の食い違いから
「死ね、クソババア!」と捨て台詞を残して家を出て以来、
ほとんど音信不通。
終活を意識し始めた晴恵の元に、55歳になった達彦が突然、
非の打ちどころのない嫁を捨てて帰ってきた!

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本作、題名を見たところで、ありがちな家族の深刻な問題を
ちょっとコミカルに描くものかと思ったのですが、意外と重くシビアでした・・・。

75歳、一人暮らしの晴恵の元に、大学進学時に意見が食い違い
「死ね、クソババア!」と言って出ていったきりだった、
ひとり息子・達彦55歳が突然帰ってくるのです。
離婚することになったからと・・・。
しかしその理由も、今後の見通しも全く語ろうとしない自分勝手な息子。
これでも一応大学の准教授なのですが・・・。

母の元に転がり込んでくる息子というのは、
大抵は職を失って収入もなく仕方なく帰ってくるものですが、
この場合は職を失ってはいない。
ただし大きな問題を抱えてはいるのですが・・・。

 

私、この母晴恵の思考回路や判断はとてもよく分り、共感します。
でもこの息子の行動はどうにも理解できない。
離婚するとはいうものの、妻にその理由を全く話しておらず、
完全に一方通行の思いだけ。
母に対しても同じです。
少なくともこの家に世話になろうというのなら、すべてを話すのが道理でありましょう。
よくこんなので今までやってこれたなあ・・・とあきれるばかり。
つまり学者バカであったようです。

そんなバカ夫に対する妻の行為も、
できすぎというか都合よすぎでリアリティに欠ける。

ということで、私にはあまり響かない物語でした・・・。

 

<図書館蔵書にて>

「死ね、クソババア」と言った息子が55歳になって帰ってきました 保坂祐希 講談社

満足度★★☆☆☆

 

 


「くもをさがす」西加奈子

2023年12月04日 | 本(その他)

異国での貴重な体験・・・ 

 

 

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『くもをさがす』は、2021年コロナ禍の最中、
滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、
乳がん発覚から治療を終えるまでの約8 ヶ月間を克明に描いたノンフィクション作品。

カナダでの闘病中に抱いた病、治療への恐怖と絶望、
家族や友人たちへの溢れる思いと、時折訪れる幸福と歓喜の瞬間――。

切なく、時に可笑しい、「あなた」に向けて綴られた、誰もが心を揺さぶられる傑作です。

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西加奈子さんの、乳がん発覚から治療を終えるまでのノンフィクション。

ところがこれが、カナダ滞在中、
しかも2021年コロナ禍の最中ということで、
日本にいて治療するよりもかなり大変だったように見受けられます。

よくぞ、頑張りました! 
思い切りねぎらって差し上げたい気持ちでいっぱいです。

 

カナダでは医療費がすべて無料、
外国人の滞在者でも健康保険に加入していれば同様とのことで、
それは確かに素晴らしい。
それならやはりカナダでの治療は正解・・・と、言いたいところですが、
ことはそう簡単ではありません。
どこか具合が悪ければまずかかりつけ医師か
それがない場合は、ウォークインクリニックでまず症状を見てもらい、
しかるべき専門医への紹介状を書いてもらう。
自分で直接専門医にかかるということはできません。
しかしまず、その第一段階の診察予約を取るのが大変。
それからまた検査やら専門医の診断までにやたらと日数がかかり、
待っている間にもどんどんガンが大きくなっていったりするのです・・・。
そして、結局手術は両胸の全摘出ということになるのですが、
なんと日帰り手術!! 
日本ではとても考えられませんよね。
そんなことが可能だとは・・・。

コロナ禍という特殊事情もあったのかもしれませんが、
つまり医療費をできる限り切り詰めるために、
ムダな入院は極力させないということになるのでしょう・・・。

著者はそれでもカナダの医療システムに従い、
手術やその後の抗がん剤、放射線治療に耐えました。

それにはご主人と周囲の友人・知人たちの大いなる手助けや応援が力になったようです。
持つべきはよき隣人であります。

簡単には帰国もままならないという状況の中で、
ものすごく貴重な体験をされたと思います。
無事快癒してよかった・・・。
しみじみと健康なことはそれだけで素晴らしいと思いますね。

図書館蔵書にて

「くもをさがす」西加奈子 河出書房新社

満足度★★★★☆

 


「とわの庭」小川糸

2023年11月25日 | 本(その他)

孤独と絶望の淵から

 

 

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盲目の女の子とわは、大好きな母と二人暮らし。
母が言葉や物語を、香り豊かな庭の植物たちが四季の移ろいを、
黒歌鳥の合唱団が朝の訪れを教えてくれた。
でもある日、母がいなくなり……。
それから何年、何十年経っただろう。
帰らぬ母を待ち、壮絶な孤独の闇に耐えたとわは、
初めて家の扉を開けて新たな人生を歩き出す。

涙と生きる力が溢れ出す、感動の長編小説。

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盲目の少女とわが、大好きな母と2人暮らしをしていて、
母が言葉や物語をかたってくれるのが大好きという、ほのぼのとしたはなし・・・?
という風に始まる本作、しかし次第に様相を様変わりし、
なんとも悲壮な展開になっていきます。

え? 本当に小川糸さんの作品???と思いつつ。

 

けれど、どん底の先がスバラシイ。

ある時をさかいに、彼女の世界は一変します。
盲目であることに加えて、一般の人とは生活環境も異なり、
歩くことさえもままならなかった彼女が、光に向かって歩み始める。

そのきっかけも、切羽詰まってではありましたが、
誰かに助け出されたのではなく、とにかく彼女自身が踏み出した。
私はそこに意義があると思いました。

そこから先は周囲の人々の多大な助けがあって、
人並みの生活を取り戻すわけですが、
その先にまた、彼女自身の歩みがある。

終盤、彼女の目が見えないことは変わらないけれど、
彼女の世界は煌めき輝いているように思われる。
生きることの素晴らしさに彼女自身が気づき、
そして読者もそれに気づかされるのです。

ステキな物語でした。

 

「とわの庭」小川糸 新潮文庫

満足度★★★★★

 


「透明な夜の香り」千早茜

2023年11月18日 | 本(その他)

鋭い嗅覚を持つ青年

 

 

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元・書店員の一香は、古い洋館の家事手伝いのアルバイトを始める。
そこでは調香師の小川朔が、幼馴染の探偵・新城とともに、
客の望む「香り」を作っていた。
どんな香りでも作り出せる朔のもとには、風変わりな依頼が次々と届けられる。
一香は、人並み外れた嗅覚を持つ朔が、
それゆえに深い孤独を抱えていることに気が付き──。
香りにまつわる新たな知覚の扉が開く、ドラマティックな長編小説。

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人並み外れた嗅覚を持つという青年が登場。
高貴な香りとロマンに満ちていますが、それだけではなく、
引きこもった部屋のすえた匂い・・・
そんなものも混在するのが魅力、一種独特な雰囲気のある作品です。

 

元書店員の一香は、仕事に出るのがつらくなり、
ほとんど引きこもりのような生活を続けていたのですが、
これではいけないと、気力を振り絞って出かけたコンビニで、
とある求人広告を目にします。

それによって、古い洋館の家事手伝いのあるバイトについた一香。
そこは、調香師の小川朔が幼馴染みの探偵・新城とともに
客の望む「香り」をオーダーメイドしているのでした。

 

人並み外れた嗅覚をもつ、朔。
そこでは香水も濃い化粧も御法度。
庭で作っているハーブなどで作った化粧水やシャンプーの使用のみ許可されます。
その人の匂いで相手の体調や、嘘をついていることまで嗅ぎ分けてしまう。

それはある意味不幸なことでもあり、朔はそのために悲惨な幼少期を過ごしていたのです。
その感覚は人と分かち合うこともできず、孤独でもある。

 

一種独特なこの青年の成り立ちは、若干少女小説か少女漫画めいてもいて、魅力的。
そこへ彼自身の不幸な過去や、一香の兄のエピソードが挿入されることによって、
現実から浮遊することがくいとめられているようです。

私は好きです。

この続編、「赤い月の香り」もすでに出ているのですが、
私は文庫化を待つことになりましょう。
楽しみです。

「透明な夜の香り」千早茜 集英社文庫

満足度★★★★☆