映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割」岡本雄矢

2023年05月02日 | 本(その他)

トホホな人生が浮かび上がる歌

 

 

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誰にでもあるこんなトホホ、あんなトホホ。

でも、ここにあるのは、とびきりのトホホ。

――あなたに明日笑ってもらうために、世界の片隅で、僕の不幸をつぶやいてみました。

“歌人芸人"による、フリースタイルな短歌とエッセイ。

穂村弘さん、俵万智さん、板尾創路さん絶賛!

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北海道出身のお笑い芸人、岡本雄矢さんの歌集&エッセイ集です。

本の題名がもうそのまま短歌となっていて、

・全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割

と言うのには思わずクスリとなってしまいます。
それで思わずつられて手に取ってしまったこの本。

 

こんな感じです。

・あの数ある自転車の中でただ1台倒れているのがそう僕のです

・星空が綺麗なことで有名な露天風呂でのすごい曇天

・さっきまで順調だったレジの列 急にもたつきだす僕の前

・趣味 君のLINEを見返すこと 特技 君から返事が届かないこと

 

作品を読むうちに、
真面目で実直に生きていて、だけれどなんだかトホホな人、
そんな人物像がくっきりと浮かび上がってきます。
そしてそれは私たち多くの人々が持っているものと同じでもありますね。
だから共感を呼んで、好きになってしまいます。

 

一番好きなのはやはり表題の一首。

サラダバーとかビュッフェ形式の食事でもそうですけれど、
皆一斉に席を立ってしまうと、荷物が心配。
それでつい、特に指名されたわけでもないけど、留守番役を引き受けてしまう。
でも、それでものすごく感謝されることもない・・・。
作中のエッセイでは、感謝されるどころか、
「なんで取りに行かないの?」と聞く人までいる、というように書かれていましたが・・・。

確かにいますよねえ、わざわざ損な役回りを引き受けてしまう人。
そうした一場面を実にうまく切り取って、
自分の性格や社会的位置までそれとなく示してしまうという、秀逸な歌であります。
でも悲惨ではなくて、ちょっと笑えてしまう所もいい。

続編も楽しみにしていますよ。

 

「全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割」岡本雄矢 幻冬舎

満足度★★★★☆


「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき 

2023年04月27日 | 本(その他)

いなせな老人の昔語り

 

 

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嘘も真実も善きも悪しきも、すべてが詰まった江戸怪談の新骨頂!

江戸は神田の三島屋で行われている変わり百物語。
美丈夫の勤番武士は国元の不思議な〈火消し〉の話を、
団子屋の屋台を営む娘は母親の念を、
そして鯔背な老人は木賃宿に泊まったお化けについて、
富次郎に語り捨てる。

* * * * * * * * * * * *

三島屋百物語シリーズ第7巻。

「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」
従妹・おちかから聞き手を引き継いだ、富次郎の話の続きとなります。
本巻に収められているのは、「火焔太鼓」、「一途の念」、「魂手形」の3篇。

 

表題作「魂手形」では、冒頭で、
お嫁に行ったおちかが赤子を身ごもったことが明かされます。
すっかりお祝いムードで浮かれる三島屋の人々。

そんな中、百物語の語り手として現れたのが、
なんとも粋で、鯔背(いなせ)なご老人。
話は、この老人がまだ少年の頃の不思議なというか少し恐い話なのですが、
この老人が話すとちょっとユーモラスですらある。
富次郎は、この老人がすっかり気に入って、こんな風に年をとりたいなどと思うのです。
分かります。
私も本やテレビドラマに出てくるご高齢の女性を見て、
こんな風に年をとりたいなあ・・・と思うことが多いので。
でも考えてみたらもう十分に年をとっているはないか! 
手遅れなんだわ・・・。

まあ、それはともかく、あまりにも恨みやつらみが残った死者は、
成仏できずに魂がこの世をさまようことになるというような、
暗く悲しい一連のストーリーも、
この老人の話す威勢のよい結末に、救われる思いがするのです。

が、しかし。

この世は何もかもいいことばかりではないのですね。
終盤少し不穏な人物(?)らしきものが登場。

幸福と不幸は裏表。
そんな中をなんとか折り合いをつけながら生きていくのが、
おちかであり、富次郎であり、わたしたちであるわけです。
おめでたいばかりでは終わらせない、これぞ、著者の心意気。

<図書館蔵書にて>

「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき 角川書店

満足度★★★★☆


「お探し物は図書室まで」青山美智子

2023年04月22日 | 本(その他)

進むべき道に迷ったら・・・

 

 

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2021年本屋大賞第2位!!

「お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?」

仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、
思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。
自分が本当に「探している物」に気がつき、
明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説。

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仕事や人生に行き詰まりを感じている人たちが、
ふと訪れた町のコミュニティハウス内の図書室で、
風変わりな司書さんから思いがけない本のセレクトと、ちいさな「付録」をもらい、
自分の探しているものを見つけ出すというストーリー。
主人公を変えた短編連作形式となっています。

 

なんと言っても、ここに登場する司書さんがユニーク。
一目見てぎょっとするような大きな女性。

ある人は、ベイマックスのようだと思い、
またある人はマシュマロマンのようだと思う。
そしてまたある老人は、鏡餅のようだと思う。
どう連想するかで、その人の年齢や志向が想像されるのが楽しいですね。
私ならさしずめ、マツコ・デラックスみたいと思うかもしれないけれど、
まあそれだとリアルすぎるか・・・。
ともかくこの方が、依頼者と少しの会話を交わすやいなや、
タタタタとキーボードを打って、瞬く間にヒントとなる本を探し当て、
そしてなぜか一つの「付録」をつけてくれる。
それは羊毛フェルトで作ったマスコットのようなもの。
彼女はその大きな体に似合わず、ちまちまと小さなフェルト手芸を作っているのでした。
不思議とその小さなアイテムが、依頼者の心に寄り添っていくのです。

 

結局はこの司書さんが、カウンセリングをするというわけでもなく、
人々は自分で答えを導き出していくわけですが、
そんなところもまた、読み応えがあります。

確かに、いかにも「本屋大賞」っぽいお話。

っぽすぎるから、一位ではないのだろうな・・・。

 

「お探し物は図書室まで」青山美智子 ポプラ文庫

満足度★★★★☆

 


「空芯手帳」八木詠美

2023年04月18日 | 本(その他)

空っぽのお腹を満たすものは?

 

 

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女性差別的な職場にキレて「妊娠してます」と口走った柴田が辿る奇妙な妊婦ライフ。
英語版も話題の第36回太宰治賞受賞作が文庫化! 
NYタイムズ、ニューヨーク公共図書館の2022年オススメ本にあげられ、
世界14カ国語で翻訳進行中。

世界的に話題のデビュー作、待望の文庫化!

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世界的にも話題となっているという本作、なるほどーと思いました。
現実にほぼ重なる「私小説」が「文学」と思われていたような日本よりも、
ちょっと現実離れしているけれど、
奥深いいろいろなことを示唆しているこのような小説は、
海外の方が受けがよい。
村上春樹さんなどもその一つの例かもしれません。

 

本作の主人公はとある会社に勤める女性・柴田。
ある日、「コーヒーカップを片付けておいて」と上司に言われたときに突然キレて、
「私は妊娠しています。」と言ってしまう。
全く事実無根であります。
今の柴田には、その可能性すらありません。

 

なにも、女性だから・・・と押しつけられる雑用は、その時に始まったわけではない。
けれど、積もり積もった理不尽さに対する鬱屈が、そこで爆発してしまったわけです。

ところが、世間一般がそうであるように、妙なところで「気遣い」のある職場。
誰も結婚してたっけ?とか、付き合っている人がいたんだ?などとは聞いてこない。
周囲は、いっとき妙な雰囲気にはなったものの、
皆さん無理矢理にも納得して、妊婦・柴田を気遣い始めます。

残業もなくなって、明るいうちに家に帰ることができるという、嬉しい初体験。
柴田はそのまま、お腹にタオルを巻いたり、
生理の時にはバレないようにオフィスとは別のフロアのトイレに行ったりと、
奮闘を続けるのですが・・・。

 

柴田の会社は、アルミホイルやラップなどに使う「紙の芯」を扱っています。
つまり中身が空っぽ。
柴田も、実は空っぽのおなかをかかえ、そこを何で満たそうとするのか・・・
と言うことがテーマではあるのでしょう。
実に秀逸な設定です。

しかも、読者は途中から混乱して来ることになります。
柴田のお腹は次第にタオルを巻く必要もなくせり出して、
病院のエコー検査で不鮮明ながら影が映ったりする・・・。
息を潜めて、そのなりゆきを見守るほかありません。

 

男女同権といいつつも、体のつくりははっきりと違う。
けれど女性だからといって必ず妊娠するものでもなく、
「女は子供を産むものだ」という固定観念的なものも薄れてきている今、
では「女性」性や母性はどこへ行こうとしているのか。

そんなことを思うのでした。

 

「空芯手帳」八木詠美 ちくま文庫

満足度★★★★★

 


「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき

2023年04月13日 | 本(その他)

いなせなご老人の体験

 

 

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嘘も真実も善きも悪しきも、すべてが詰まった江戸怪談の新骨頂!

江戸は神田の三島屋で行われている変わり百物語。
美丈夫の勤番武士は国元の不思議な〈火消し〉の話を、
団子屋の屋台を営む娘は母親の念を、
そして鯔背な老人は木賃宿に泊まったお化けについて、
富次郎に語り捨てる。

* * * * * * * * * * * *

三島屋百物語シリーズ第7巻。

「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」
従妹・おちかから聞き手を引き継いだ、富次郎の話の続きとなります。
本巻に収められているのは、「火焔太鼓」、「一途の念」、「魂手形」の3篇。

 

表題作「魂手形」では、冒頭で、お嫁に行ったおちかが
赤子を身ごもったことが明かされます。
すっかりお祝いムードで浮かれる三島屋の人々。

そんな中、百物語の語り手として現れたのが、
なんとも粋で、鯔背(いなせ)なご老人。
話は、この老人がまだ少年の頃の不思議なというか少し恐い話なのですが、
この老人が話すとちょっとユーモラスですらある。

富次郎は、この老人がすっかり気に入って、こんな風に年をとりたいなどと思うのです。
分かります。
私も本やテレビドラマに出てくるご高齢の女性を見て、
こんな風に年をとりたいなあ・・・と思うことが多いので。
でも考えてみたらもう十分に年をとっているはないか! 
手遅れなんだわ・・・。

まあ、それはともかく、あまりにも恨みやつらみが残った死者は、
成仏できずに魂がこの世をさまようことになるというような、
暗く悲しい一連のストーリーも、
この老人の話す威勢のよい結末に、救われる思いがするのです。

が、しかし。
この世は何もかもいいことばかりではないのですね。
終盤少し不穏な人物(?)らしきものが登場。
幸福と不幸は裏表。
そんな中をなんとか折り合いをつけながら生きていくのが、
おちかであり、富次郎であり、わたしたちであるわけです。

おめでたいばかりでは終わらせない、これぞ、著者の心意気。

図書館蔵書にて
「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき 角川書店

満足度★★★★☆


「グッドバイ」朝井まかて

2023年04月08日 | 本(その他)

幕末、自らの商才を開花させた女性

 

 

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菜種油を扱う長崎の大店・大浦屋を継いだ希以(けい)26歳。
幕末の黒船騒ぎで世情騒がしい折、じり貧になる前に新たな商売を考える希以に、
古いしきたりを重んじる番頭の弥右衛門はいい顔をしない。

――――――――

成功と落胆を繰り返しつつ、希以――大浦慶が経たいくつもの出会いと別れ。
彼女が目指したもの、手に入れたもの、失ったものとはいったい何だったのか。
円熟の名手が描く傑作評伝。

* * * * * * * * * * * *

 

幕末、異国との茶葉の交易に乗り出し、
最も外貨を稼いだと言われる女商人、大浦慶の物語。
私は全く知りませんでしたが、実在の人物。
これぞ、大河ドラマになりそうな波瀾万丈の物語です。

大浦屋は、長崎の油商だったのですが、
その「長崎」という土地柄もあって、慶は、外国との交易こそが商機と思うわけです。
ペリーの黒船が来て、世間は攘夷思想華やかな頃。

しかし当時のことですから、まずは周囲の人たちが
慶のそんな夢のような話を全く聞こうとしない。
そんなことできるわけない。
女のくせにバカなことを・・・と。

しかしそれでも、慶はアメリカでお茶の需要があると知って、
まずはお茶の栽培から始めるのです。
よほどの覚悟と先を見通す力がないと始められないことです。

ところで、西洋でお茶の需要といえばてっきり紅茶かと思ったのですが、
アメリカに輸出したのはやはり緑茶。
アメリカではそれに砂糖を入れるなどして飲まれていたのだとか。
まあ、紅茶に砂糖を入れたりするワケなので、それもアリなのかとも思いますが。
とにかくそれが大当たりで、彼女の商売は大きく成功を収めるのです。

そんな時期の長崎なので、坂本竜馬や岩崎弥太郎なども登場。

オランダ語や英語も、自力で学び覚えていきます。
一介の商人でしかも女性。
なんだか勇気の出る物語ですね。
実際にはこの時代、他にも多くのまだ知られていない活躍した人物がいそうです。
時代のうねりにワクワクします。

 

「グッドバイ」朝井まかて 朝日文庫

満足度★★★★★


「占」木内昇

2023年04月03日 | 本(その他)

選び取る道

 

 

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欲しい未来(こたえ)は、
自分が一番わかってる――。

恋愛、家庭、仕事……。
いつの世も尽きぬ悩みと不安にもがき、
逞しく生きる女性たちを描く、異色の「占い」短編集。

* * * * * * * * * * * *

木内昇さんの短編集「占(うら)」

短編集ではありますが、すべて同時期、日本の大正期を舞台としていて、
ときおり先に登場していた人物がチラリと顔をのぞかせたりもする、
連作形式となっています。

時代を大正期としたのは、文庫巻末対談集にもあるとおり、
日本が近代化するタイミングであり、女性の立場が変わり始め、
また占いの立場も大きく変わった時代を切り取ってみるためなのでしょう。

 

ここに登場するある女性は、占いに依存し、
自分の気に入る占いが出るまで、占い師の元に通い詰めます。
悪い結果ならよい結果が出るまで、と思う。
逆によい結果であれば、占い師が気に入られたいために適当なことをいっているのだ、と思う。
結果、いつまで経っても納得できずに、自分で新たな道を歩み出すこともできない。

また、人の運命というか、何かに囚われているものが見えてしまう女性がいて、
一時期、名占い師として人気を得るのだけれど、途中からイヤになってやめてしまう。

 

結局の所、自分の道は自分で納得して選び取って進むほかないのかも知れません。
結婚して家長のために尽くすという道しかなかった女性達が、
他の道を行く可能性がわずかに広がったというこの時代だからこそ、
占いに頼るということもあるわけですね。

占いといえば、やはりスピリチュアルな方向性に近いのですが、
本巻中の「鷺行町の朝生屋」はかなり恐い・・・。
こういうのもアリなのか・・・。

 

「占」木内昇 新潮文庫

満足度★★★★☆


「一人称単数」村上春樹

2023年03月26日 | 本(その他)

不可解な世界へ迷い込む

 

 

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ビートルズのLPを抱えて高校の廊下を歩いていた少女。
同じバイト先だった女性から送られてきた歌集の、今も記憶にあるいくつかの短歌。
鄙びた温泉宿で背中を流してくれた、年老いた猿の告白。
スーツを身に纏いネクタイを結んだ姿を鏡で映したときの違和感――。

そこで何が起こり、何が起こらなかったのか?
驚きと謎を秘めた8篇。

* * * * * * * * * * * *

村上春樹さんの短編集、文庫新刊です。

すべてと言うわけではないのですが、村上春樹さんの小説は、
一見普通の日常エッセイ風に始まることが多いですよね。
ところが、読み進むうちにいつのまにか現実ではあり得ない
不可解な空間に放り込まれるような・・・。


作中にこんな文章がありまして。

「僕らの人生にはときとしてそういうことが持ち上がる。
説明もつかないし筋も通らない、
しかし心だけは深くかき乱されるような出来事が。」

これこそがまさに、村上春樹ワールド。
でも、ただ魔法のようにわけが分からないことが起こるのではない。
そのことはどこか心の奥の「真実」と繋がっているのです。

だからわたしたちは、村上春樹さんのストーリーにハマってしまう。

 

今上げたこの文章が出てくるのは、「クリーム」。
とある知り合いの女性からピアノのリサイタルの招待を受けたぼくは、
山の上にあるその会場に行ってみたけれど、そこは無人らしき家があるだけ。
やむなく引き返す途中の小さな公園の四阿で休んでいると、
謎めいた老人に話しかけられる・・・

という特別なストーリーにもならないような話なのですが、なぜか印象深く残ります。

 

そして「品川猿の告白」では、
ほとんど傾きかけた小さな温泉旅館で、言葉を話す猿に背中を流されるという、
村上春樹さんには珍しく始めからファンタジーめいたストーリー。
ちょっとミステリめいた話でした。

 

また時を置いて、じっくりと読み返したい一冊。

 

「一人称単数」村上春樹 文春文庫

満足度★★★★☆

 


「エゴイスト」高山真

2023年03月21日 | 本(その他)

愛なのか、エゴなのか

 

 

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14歳で母を亡くした浩輔は、同性愛者である本当の自分の姿を押し殺しながら過ごした思春期を経て、
しがらみのない東京で開放感に満ちた日々を送っていた。
30代半ばにさしかかったある日、癌に冒された母と寄り添って暮らすパーソナルトレーナー、龍太と出会う。
彼らとの満たされた日々に、失われた実母への想いを重ねる浩輔。
しかし、そこには残酷な運命が待っていた・・・。

龍太と母を救いたいという浩輔の思いは、彼らを傷つけ、追いつめていたのか?
僕たちは、出会わなければよかったのか?
愛とは、自らを救うためのエゴだったのか?
浩輔の心を後悔の津波が襲う。
人は誰のために愛するのか。
賛否両論渦巻く、愛のカタチ。

* * * * * * * * * * * *

 

先日、映画を見て、ぜひ原作本の方も見てみたいと思ったわけです。
著者高山真さんは2020年に亡くなっています。

鈴木亮平さんは、本作の浩輔を演じるに当たってこの本を熟読したそうなのですが、
たしかに、この本のエッセンスがそのまま映画になっていることがよく分かりました。
この文庫には、鈴木亮平さんの特別寄稿も収録されていますので、
ぜひ本作は映画と合わせて読むことをオススメします。

 

私はこの原作の方が、自分の行動は「愛」などではなく「エゴ」だと言う
浩輔の気持ちが詳しく描写されているように思いました。

映画の方は相当じっくり見ないとなんで「エゴイスト」という題名なの?
とも思ってしまうので・・・。
つまりそれは、画面に鈴木亮平さんの「愛」があふれすぎていたからなのかも知れませんが。

 

今さらながら、2人の愛を体現した鈴木亮平さんと宮沢氷魚さんに敬意を表します。

 

「エゴイスト」高山真 小学館文庫

満足度★★★★☆


「コロナ黙示録」海堂尊

2023年03月09日 | 本(その他)

「あの頃」を今一度

 

 

* * * * * * * * * * * *

豪華クルーズ船内で新型コロナウイルスのパンデミックが発生。
政府の対応が後手に回る中、厚労省技官・白鳥の差配で
クルーズ船の感染者を東城大学医学部付属病院で引き受けることになり、
不定愁訴外来の田口医師が対策本部長に任命された。

一方、北海道の雪見市救命救急センターでもクラスターが起こり、
センター長の速水たちも濃厚接触者に……。

混乱する社会状況に彼らはどう立ち向かうのか!?

* * * * * * * * * * * *

海堂尊さんの “桜宮サーガ”、オールキャスト!!
新型コロナウイルス禍、始期の物語。

本巻が書き下ろしとして刊行されたのが2020年7月。
あの豪華クルーズ船の感染爆発が起こったのが1月ですので、
ものすごい速さで描かれていますね。

今となってはもう忘れかけた、あの頃の
コロナウイルスに対しての恐怖心がまざまざと蘇りました。
つまりあの頃は、新型コロナウイルスに対して私達は、全くの無防備でした。
敵の前になんの防具も武器も持たずに立っているような。
今は、何度もワクチンを受けて、曲がりなりにも防具を身につけている。
だからこそ、当時では考えられない感染者数でも平気で出歩いて、
マスクもはずそうかという状況でいられるわけですよね。

あの頃、緊急事態宣言でお家ごもりになったのは、
ムダなことではなかったと思う次第。

 

さて本作は、あくまでもフィクションといいながら、
コロナウイルス感染拡大の様子は、実にリアルに事実に基づいて書かれています。
そして、その対応のマズさについても赤裸々にそのままに・・・。

そして海堂尊さんのことですから話がウイルスのことだけにとどまるはずもなく、
強烈な政権批判が展開されています。
内閣総理大臣・安保宰三のこと、
その妻・安保明菜のこと、
内閣官房長官・酸ヶ湯のこと・・・。
総理に忖度しまくってまともな判断をしようとしない人々・・・。

そんな中で、本作の希望の光、北海道の雪見市救命救急センターの速水医師、
極北市民病院の世良医師、
桜宮市の東城大学医学部付属病院のおなじみの面々、
彼らが最善の策をサクサクと進めていく様がなんともここちよいです。
本当にこんな人々と病院がたくさんあればよかったのに・・・。

何でいつまで経ってもPCR検査の実施数が少ないままなのかとか、
東京オリンピックを開催するかしないかと、
やきもきしたりすったもんだしたことなども思い出しました。

いま、結局あれらのことはどういうことだったのか、
振り返ってみるのも悪くありません。

 

図書館蔵書にて

「コロナ黙示録」海堂尊 宝島社

満足度★★★★☆


「サンセット・パーク」ポール・オースター

2023年03月03日 | 本(その他)

迷える若者達、そして大人達

 

 

* * * * * * * * * * * *

この廃屋で僕たちは生まれ変わる。
不安の時代をシェアする男女4人の群像劇。
大不況下のブルックリン。
名門大を中退したマイルズは、霊園そばの廃屋に不法居住する
個性豊かな仲間に加わる。
デブで偏屈なドラマーのビング、
性的妄想が止まらない画家志望のエレン、
高学歴プアの大学院生アリス。
それぞれ苦悩を抱えつつ、不確かな未来へと歩み出す若者たちのリアルを描く、
愛と葛藤と再生の物語。

* * * * * * * * * * * *

そもそも何でこの本を読もうと思ったのだったか・・・? 
多分、どこかの書評で見かけたのだと思います。
私には初めての作家さん。
ミステリでない洋物は珍しいのですが。

 

ブルックリンにある廃屋寸前の家。
しかしなぜか電気も水道も通じたまま忘れ去られていて、
ならば家賃もかからないので住んでしまおうと、4人の若者達が集まります。

ここを見つけてシェアを呼びかけた、偏屈なドラマーのビング。
画家志望のエレン。
大学院生アリス。
そして、名門大学を中退したマイルズ。

本作は、これら若者の群像劇ではありますが、
一応のストーリーの軸となっているのがマイルズ。

彼には腹違いの兄がいたのですが、その兄が事故死。
そのことに責任を感じているマイルズはその苦痛に耐えかねて、大学を中退。
両親に何も告げずに突然姿を消して、よその土地で単純労働に従事していたのでした。
そんな彼がフロリダの地で愛する人を見つけ、
生きる希望を見出しのはいいのだけれど、
わけあってその地にいられない事情ができて、
ニューヨークに戻ってくることにしたのです。
そこで、ブルックリンのこの家に住むことになる。

 

作中は、この4人のみならず、マイルズの実の母や父、そして義母の視点にも立っています
老若男女、それぞれの立場は全く別々なれども、この中の誰にも共感してしまう・・・。
若いときばかりでなく、年齢を重ねて人の親になろうとも、
悩みのタネは尽きないですよね。
それぞれの抱える思いがリアルで、
我知らず、どの章もじっくり読み込んでしまいます。

皆が迷いながらも、割といい感じの終章を迎えるのか、
と思えたのですが・・・。
しかし、不意に投げ出されたような終わり方に、ちょっとショックを受けました。
めでたしめでたしなんて人生にはあり得ない・・・のかな。

<図書館蔵書にて>

「サンセット・パーク」ポール・オースター 柴田元幸訳 新潮社

満足度★★★★☆


「ムーンライト・イン」中島京子

2023年02月25日 | 本(その他)

年齢も立場も混成の共同生活

 

 

* * * * * * * * * * * *

職を失い、自転車旅行の最中に雨に降られた青年・栗田拓海は、
年季の入った一軒の建物を訪れる。
穏やかな老人がかつてペンションを営んでいた「ムーンライト・イン」には、
年代がバラバラの三人の女性が、それぞれ事情を抱えて過ごしていた。
拓海は頼まれた屋根の修理中に足を怪我してしまい、
治るまでそこにとどまることになるが――。

人生の曲がり角、遅れてやってきた夏休みのような時間に巡り合った男女の、
奇妙な共同生活が始まる。

* * * * * * * * * * * *

かつてペンションを営んでいたけれど、今はもう営業していない、
そんな建物で共同生活を送る男女の物語。

1人は、この家の持ち主の老人。
そして、彼を頼ってきたらしき身体に障害のある老女。
この老女の介助のために付き添ってきたが、何かワケありらしき女性。
フィリピンから介護実習生として来ていた、若き女子。
そしてある大雨の日に迷い込んできて、しばし滞在することになる成年男子。

 

それぞれがこれまでの人生の歩みをそのまま続けられなくなっていた、という事情を抱えています。
いわばここは、そんな彼、彼女らのしばしの休憩の場所。

年齢も立場も違う人々が、共同生活をするというのには、ちょっと憧れます。
通常老人は老人としてひとまとめにされがちですよね。
介護の側からすれば効率がいいからなのでしょうけれど。
日常的な異世代交流があった方がいいのに・・・などと常々思うところではあるので。
でもこれはあくまでも「老」の立場からのことなのかな? 
「若」の立場からすると迷惑なことなのかも・・・。

 

さてそれはともかく、息子に行きたくもない老人施設に送り込まれそうな老女。
罪を犯して東京から逃れてきているかも知れない女性・・・。
彼らの運命やいかに・・・?! 
というスリルを持って読み進みましょう。

 

<図書館蔵書にて>

「ムーンライト・イン」中島京子 角川書店

満足度★★★☆☆

 


「犬も食わない」尾崎世界観×千早茜

2023年02月15日 | 本(その他)

男と女の本音

 

 

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派遣秘書の二条福は雇い主と出かけた先のビルで、
廃棄物処理業者の桜沢大輔とぶつかった。
ろくな謝罪もない舐めた態度に激高した福は罵詈雑言の限りを尽くし、
大輔はたった一言でやり返す……
そんな最悪な出会いから始まった二人だった。

脱ぎっぱなしの靴下、流しに放置された食器、風邪の日のお節介。
ベッドの半分を占める体は邪魔だし、
同じシャンプーが香る頭は寝癖だらけ。

他人の「いいね」からは程遠い、だらしなくてだめな男と
めんどくさい女の喧嘩ばかりの恋愛の本音。
男女の視点別に描く共作小説!

〈豪華約30P! 尾崎世界観×千早茜、両著者による新規対談を収録。〉

* * * * * * * * * * * *

ケンカばかりの男女ペアの物語ですが、
これを尾崎世界観さんと千早茜さんの男女が
それぞれのパートを書き進めているというユニークな作品です。
ちょうど私がこれを読んでいるときに、
千早茜さんの直木賞受賞のニュースがありまして、なかなかよいタイミングでした。

 

派遣秘書の二条福と、廃棄物処理者の桜沢大輔。
そもそもがあまり出会わなそうな2人がひょんなことから知り合います。
そしてどうして付き合うようになったのか、という所はすっ飛ばして、
同居してしばらく経ったところから本題がスタート。
実はどうやって付き合い始めたのかは知りたいところでもありますが・・・。

 

大輔の生活態度のだらしなさについては、多くの女性達に大いに心当たりがあるのでは?
けれど、それをいちいち口に出してガミガミ言う福についても、
大輔は不満を持ち始めている。
始めのうちはなんでも話をして、楽しく過ごしていたのに、
今ではあまり口も聞かなくて、一方的に福が大輔に文句ばかりを言うことが多いのです。

実に等身大の2人。
きっと、「分かるわあ・・・」とつぶやく人が多いのでは。

ところがやがて一つの事件がおこります。
いや事件というほどではないのだけれど。

なぜか大輔は家のクローゼットの中に身を潜めていて、
こっそり、自分の弟と福の会話を盗み聞いてしまうという、
スリルなのかまぬけなのかよく分からない状況に。

こんなことのあとで、2人の状況は変わるのやら、変わらないのやら。

 

楽しく読めました。
巻末には、著者2人の対談がたっぷり収められていて、これもお得です。
千早茜さんの直木賞受賞作も、ぜひ読んでみたいです。

「犬も食わない」尾崎世界観×千早茜 新潮文庫

満足度★★★★☆

 


「田舎のポルシェ」篠田節子

2023年01月22日 | 本(その他)

ポンコツロードノベル、発進!

 

 

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「田舎のポルシェ」…実家の米を引き取るため大型台風が迫る中、
強面ヤンキーの運転する軽トラで東京を目指す女性。
波乱だらけの強行軍。

「ボルボ」…不本意な形で大企業勤務の肩書を失った二人の男性が意気投合、
廃車寸前のボルボで北海道へ旅行することになったが――。

「ロケバスアリア」…「憧れの歌手が歌った会場に立ちたい」。
女性の願いを叶えるため、コロナで一変した日本をロケバスが走る。

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篠田節子さんのロードノベル、3篇を収録した本です。

 

表題作「田舎のポルシェ」

岐阜に住む女性が実家の米を引き取るために、
軽トラを運転手込みで手配し、東京を目指します。
ところがその運転手は紫のツナギ、坊主頭に手ぬぐい巻き、喉元には金鎖のネックレス。
どう見てもヤンキーで、びびってしまう翠(みどり)。
しかも折悪しく台風が迫る。
こんなアブナイ道行きを行く二人の物語。

東京とは名ばかりの昔ながらの風習の残るど田舎出身の翠。
女には教育なんか要らないといわれ、
ひたすら男達に尽くすことばかりを強要されるのがイヤで、
高校を出てからは家を出て、自立をめざし頑張ってきた。
・・・なんだかこんな話をつい最近読んだような、と思ったのですが、
「アンのゆりかご」で語られる村岡花子さんの実家の様子ですね。
こちらはもちろんフィクションだけれど、
こういう家父長制度的考えが今もまだ根強いところがあるのだなあ
・・・と感じ入った次第。

本作では、二人の旅の中でこの二人のこれまでの人生が明かされて行きます。
強面ヤンキーの瀬沼はこれでなかなかの苦労人。
バツイチ。
見た目とは裏腹に仕事は丁寧で、心優しいところもある。
台風で道がふさがり、なんと山の中の火葬場で一夜を明かすことになったりもしながら、
二人には次第に「同士」のような親しみが・・・。

好きな物語です。

 

「ボルボ」は、引退したおじさま2人の優雅な北海道を巡るドライブ
のストーリーかと思ったのですが、
意外にもパニック映画みたいな展開になってドッキリ。
篠田作品だから、ただののんびり旅行話のわけはありませんでした・・・。

 

「ロケバスアリア」はコロナ禍で起こった日常の変化を強く物語る作品です。

 

好きな一冊となりました。

 

図書館蔵書にて

「田舎のポルシェ」篠田節子 文藝春秋

満足度★★★★.5

 


「シーソーモンスター」伊坂幸太郎

2023年01月14日 | 本(その他)

対立する海族と山族の壮大な歴史の中で

 

 

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バブルに沸く昭和後期。
一見、平凡な家庭の北山家では、元情報員の妻宮子が姑セツと熾烈な争いを繰り広げていた。
(「シーソーモンスター」)

アナログに回帰した近未来。
配達人の水戸は、一通の手紙をきっかけに、ある事件に巻き込まれ、
因縁の相手檜山に追われる。(「スピンモンスター」)

時空を超えて繋がる二つの物語。
「運命」は、変えることができるのか――。

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本作はなかなかユニークな成り立ちをしています。
伊坂幸太郎さんが提案したようなのですが、
8人の作家で、数千年の時を超える物語を書きつなごう、と。
テーマは対立。
名付けて「螺旋プロジェクト」。
そのルールは、

・「海族」vs.「山族」の対立を描くこと

・共通のキャラクターを登場させること

・共通シーンや象徴モチーフを出すこと

 

ということで、
朝井リョウ、天野純希、伊坂幸太郎、乾ルカ、
大森兄弟、澤田瞳子、薬丸岳、吉田篤弘
の8名が、原始から未来に至る壮大な物語の各パーツを担うことになったわけです。

とは言え、その一つ一つは独立した物語でもあって、
どこから読んでも読まなくてもOKということのようなので、
私はまずその言い出しっぺ、伊坂幸太郎さんの一冊を手に取りました。

 

本巻は昭和後期を描く「シーソーモンスター」と、
近未来を描く「スピンモンスター」が収められています。

「シーソーモンスター」では、対立する海族と山族の血を引くと思われる二人が
なんと嫁と姑の関係になってしまい、
ただでさえ剣呑な関係なりそうなところが、ただならないことになってしまう。
しかもその嫁は元スパイというのがいかにも伊坂幸太郎さん。
だから単なる家庭内騒動の話にはなりません。

 

そして、時は過ぎて「スピンモンスター」では、
AIが世の中を支配しつつある近未来が描かれます。
ここで対立関係となるのは、2人の男性。
双方子どもの頃に同じ交通事故で家族を皆亡くして、孤児となって生きてきた。
双方が加害者遺族であり被害者遺族でもあるという微妙な関係。
特に親しく話したこともないけれど、
なぜかお互い対面すると異常な緊張感や敵愾心を抱いてしまうという・・・。

そしてこの物語には前作の元スパイである「嫁」が老女となって登場します。
時の流れは地続きなんですね。

結構楽しめました。
他の関連作品、全部とは言いませんが
いくつか、また機会があれば読んでみたいと思います。

 

「シーソーモンスター」伊坂幸太郎 中公文庫

満足度★★★★☆