映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「八月の銀の雪」伊与原新

2023年07月07日 | 本(その他)

科学と人

 

 

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「お祈りメール」の不採用通知が届いた大学生は、焦りと不安に苛まれていた。

2歳の娘を抱えるシングルマザーは、「すみません」が口癖になった。

不動産会社の契約社員は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた……。

辛くても、うまく喋れなくても、
否定されても邪慳にされても、
僕は、耳を澄ませていたい
――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。
深海に響くザトウクジラの歌に。
見えない磁場に感応するハトの目に。
珪藻の精緻で完璧な美しさに。
高度一万メートルを吹き続ける偏西風の永遠に――。

科学の普遍的な知が、傷つき弱った心に光を射しこんでいく。
表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の傑作五編。

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先に、「月まで三キロ」の作品で強い印象を残した伊与原新さんの新たな短編集。

前巻同様、一篇ごとにこのような何かしら科学的なエピソードが語られ、
それと人々の人生模様がうまく絡まって描かれているのです。

 

表題作、「八月の銀の雪」では、就職の面接で落ちまくっている堀川が
とあるコンビニのレジでバイトをしている外国人女性と知り合うようになります。
コンビニ店員としては使えなく思える彼女、ベトナム人のグエンですが、
実は大学院で地球物理学を学んでいるのです。
彼女が研究しているのは地球の芯のこと。
誰も実際にそこを見たものはいない。
だから様々なことから検証していく。

堀川は、人間の中身も、地球と同じ層構造なのかも知れないと思います。
硬い層があるかと思えば、その内側にもろい層。
冷たい層を掘った先に、熱く煮えた層。
そんな風に幾重にも重なっている・・・。

地球の芯のところで、鉄の雪がゆっくりゆっくり降り注ぐという
幻想的なイメージが心に残ります。

 

こうした壮大な「真理」であり「ことわり」が、
わたし達の心の細々とした鬱屈を浄化していくような・・・、
そんな気がするので、やはりこの著者のストーリーは大好きです。

「八月の銀の雪」伊与原新 新潮文庫

満足度★★★★☆

 


「水まきジイサンと図書館の王女さま」丸山正樹

2023年06月21日 | 本(その他)

「デフ・ヴォイス」スピンオフ

 

 

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『デフ・ヴォイス~法廷の手話通訳士』で話題をさらった丸山正樹氏、初めての児童書。
「デフ・ヴォイス」シリーズとして、
その後『慟哭は聴こえない』など続篇を刊行中。
本作は、そのスピンオフ版として書かれたもので、
コーダ(ろう者の両親の家庭で育った聴者の子ども)である主人公の手話通訳士の
再婚相手の子ども美和と、
シリーズ2作目に登場する友だち英知の学校を舞台に繰り広げられる。
「水まきジイサン」「図書館で消えたしおり」「猫事件」「耳の聞こえないおばあさん」
などのストーリーが、ミステリーの要素も加わり、少しずつリンクしていく。

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丸山正樹さんの「デフ・ヴォイス」シリーズは、私の愛読書の一つですが、
本作はその児童書版にして、スピンオフ作品。

主人公である手話通訳士の再婚相手の子供・美和が本作の主人公であります。
本編でおなじみの荒井とその妻(つまり美和の母)、
美和のよき友人の英知が登場するのも、嬉しいところ。

 

朝登校時によく出会う風変わりなおじいさんのこと、
図書館で出会った大切な物を探しているお姉さんのこと、
道ばたで困っていたおばあさんのこと、
猫に毒の餌が撒かれているらしい事件・・・
いくつかの出来事が混じり合いながら進行していきます。
そしてもちろん、美和が手話を使うシーンも。

児童書なので、子どもたちが手話を身近に感じられるように書かれていて、
そして巻末にはいくつかの手話もイラスト入りで紹介されています。

大人のデフ・ヴォイスファンでも、
興味を持って読むことができると思います。

 

<図書館蔵書にて>

「水まきジイサンと図書館の王女さま」丸山正樹 偕成社

満足度★★★★☆

 


「音楽は自由にする」坂本龍一 

2023年06月15日 | 本(その他)

坂本龍一さんの道

 

 

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坂本龍一が語る坂本龍一

「あまり気が進まないけれど……」と前置きしつつ、
日本が誇る世界的音楽家は静かに語り始めた――。
伝説的な編集者である厳格な父。
ピアノとの出合い。
幼稚園での初めての作曲。
学生運動に明け暮れた高校時代。
伝説的バンドYMOの成功と狂騒。
たった一人の「アンチ・YMO」。
『ラストエンペラー』での栄誉。
同時多発テロの衝撃。
そして辿りついた新しい音楽――。
華やかさと裏腹の激動の半生と、いつもそこに響いていた音楽への想いを、
自らの言葉で克明に語った決定的自伝。

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本作は、2009年に刊行された坂本龍一さんの自伝です。
このたび追悼企画として文庫化されたようです。

坂本龍一氏は、私にとっては「YMO」よりも「映画音楽」の印象が強いのですが・・・、
それも人によるのでしょう。

ともあれ、まさに日本が誇る世界的音楽家。

おそらく好きなことを選び取りながら歩んだ人生だと思うのですが、
結局それはやはり音楽の道だったわけですね。
くっきりと浮かび上がる足跡は、
さすがに他に類を見ない独自性を表わしています。

氏の人生をたどることは、自ずと日本の社会の変遷をたどることでもあります。
時代背景を読み取りながら読んでいくのもまた興味深いです。

 

驚いたのは、あの2001年9月11日。
氏はニューヨークに住んでいて、煙を上げるビルの姿を実際に見たといいます。
もしかしてこれは有名な話で、知らなかったのは私くらいなのかも知れないけれど・・・。
それで本巻にも、坂本龍一氏本人が撮ったその写真が掲載されています。

あんな光景を目の前で見たとしたら、
なんだか人生観が変わってしまいそうな気がします。

 

「音楽は自由にする」坂本龍一 新潮文庫

満足度★★★★☆


「六つの峠を越えて髭をなびかせる者」西條奈加

2023年06月08日 | 本(その他)

蝦夷地と江戸

 

 

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直木賞作家の新たな到達点!
江戸時代に九度蝦夷地に渡った実在の冒険家・最上徳内を描いた、壮大な歴史小説。

本当のアイヌの姿を、世に知らしめたい
―― 時は江戸中期、老中・田沼意次が実権を握り、改革を進めていた頃。
幕府ではロシアの南下に対する備えや交易の促進などを目的に、
蝦夷地開発が計画されていた。
出羽国の貧しい農家に生まれながら、算学の才能に恵まれた最上徳内は、
師の本多利明の計らいで蝦夷地見分隊に随行する。
そこで徳内が目にしたのは厳しくも美しい北の大地と、
和人とは異なる文化の中で逞しく生きるアイヌの姿だった。
イタクニップ、少年フルウらとの出会いを通して、
いつしか徳内の胸にはアイヌへの尊敬と友愛が生まれていく……。
松前藩との確執、幕府の思惑、自然の脅威、様々な困難にぶつかりながら、
それでも北の大地へと向かった男を描いた著者渾身の長編小説!

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本作は、江戸中期に九度も蝦夷地に渡り探索を行ったという
実在の最上徳内という人物を描いた物語です。
北海道出身の西條奈加さんならではの題材ではありますが、
実のところ北海道生まれ・育ちの私もこの人物については全く知りませんでした。

Wikipediaによる、最上徳内の説明は次のようになっています。

最上徳内

実家は貧しい農家だったが、長男であるにもかかわらず
家業を弟たちに任せ学問を志し、
奉公の身の上になり奉公先で学問を積んだ後、
師の代理として下人扱いで幕府の蝦夷地(北海道)調査に随行した。
後に商家の婿となり、さらに幕府政争と蝦夷地情勢の不安定から、
一旦は罪人として入牢しながらも、
その抜群の体験と能力によって、
のちに蝦夷地の専門家として取り立てられ幕臣となった。
蝦夷地に渡ること9回で、当時随一の「蝦夷通」として知られ、
身分差別に厳しい江戸時代には異例ともいえる立身出世を果たした人物である。
シーボルトが最も信頼を寄せていた日本人ともいわれ、
その知識は世界的なものにまでなったといわれる。

 

ということで、本作を読むとしっかり忠実に歴史をなぞりながら
物語が進んでいることが分かります。

 

特に、幕府の命で行われた1回目と2回目の蝦夷地調査。
徳内のみならずその一行は、皆忠実に熱意を持って職務に当たりました。
蝦夷地のことは松前藩が仕切ってはいるものの、ろくな地図もなくわからないことばかり。
いま、ロシアが南下する機会をうかがっているのでは?
ということの調査でもありました。

しかし、任務を終えて、江戸に帰ってみれば、とんでもない仕打ちが待っていた・・・!

まさにドラマチックではあります。
権力者の思惑一つに人々は振り回され運命を狂わされてしまう。
そういう時代の話でした。

そしてまた、当時のアイヌの人々が松前藩から受けた仕打ちがひどい。
まあ、そのことは分かってはいるつもりでしたが。
徳内は、アイヌの人々と親しみ、言葉を学び、その文化の素晴らしさにみせられたのです。
だからこそ、生涯9度も蝦夷地を訪れたわけで。

江戸から蝦夷地まではさぞかし遠かったでしょうに・・・、
そしてまたそれはほとんど命がけでもあったでしょうに・・・。

いつの時代にも、スゴイ人はいるものですね。

 

<図書館蔵書にて>

「六つの峠を越えて髭をなびかせる者」西條奈加 PHP研究所

満足度★★★★☆

 


「スター」朝井リョウ 

2023年06月02日 | 本(その他)

映画とYouTubeと

 

 

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「どっちが先に有名監督になるか、勝負だな」
新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。
ふたりは大学卒業後、名監督への弟子入りとYouTubeでの発信という真逆の道を選ぶ。
受賞歴、再生回数、完成度、利益、受け手の反応
―作品の質や価値は何をもって測られるのか。
私たちはこの世界に、どの物差しを添えるのか。
朝日新聞連載、デビュー10年にして放つ新世代の長編小説。

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映画が大好きで、映像に関わる仕事がしたいと思う2人の青年の物語です。
2人は大学時代に組んで、新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞。
そしてその卒業後、1人は名監督に弟子入り。
もう1人はYouTubeでの発信、という全く別の道を歩み始めます。

 

映画監督を目指す尚吾は、YouTubeなど邪道だと思っています。
どんなド素人にでもできてしまう、映像も内容も適当なもの・・・。
でも映画は、特に新人監督の作るような作品は、
その作品作りのための努力や労力に反し、
見る人がごくごく限られていて、一般の人には興味も持たれない。

 

一方、YouTube作成の道へ進んだ紘はその作品がバズり、ちょっとした話題になります。
見る人の数で言えば、それこそ映画の比ではない。
けれど、数多く更新しなければならないことで、どうしても作り方が雑になってしまう。

双方のやりたいことと、その限界の間で、逡巡する若い2人。

 

映画もYouTubeもどっちも嫌いではない私としては、
イヤ、やっぱり見るための目的が双方違うからなあ・・・と思うのです。

YouTubeには「知りたいことを知る」、「見たいものを見る」ためのツールとして私は捉えています。
人にもよるのかもしれませんが。

そして映画には「ドラマ」を求める。

だから、当人がどっちをやりたいのか、ということなのではないかなあ・・・
という気がするのですが。
どちらも名を上げるための手段というのであれば、なおさら違う気もするし。

本作、今時のテーマとして着眼点は面白いのですが、
双方の「思い」の描写がくどくどしすぎていて、
逆にピンとこない感じがしてしまいました。

 

「スター」朝井リョウ 朝日文庫

満足度★★★☆☆

 


「Seven Stories 星が流れた夜の車窓から」文春文庫

2023年05月27日 | 本(その他)

非日常の中で思う人生

 

 

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九州を走る豪華寝台列車の「ななつ星」。
調度品や食事、クルーのもてなしとすべてが上質で
非日常を味わう憧れの旅として知られています。
この夢の列車を舞台に、
7人の人気作家が「大切な誰かとの時間」を描き出します。


すれ違う夫婦、かけがえのない旧友、母と娘……。
旅の途中だからこそ吐露される、
心に秘めた言葉たちが胸を打つアンソロジーです。
あなたなら、この旅に誰とでかけますか――?

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九州を走る豪華寝台列車「ななつ星」を舞台とする物語。
7人の作家によるアンソロジーです。
この作家の顔ぶれが以下の通り。
なんとも豪華です。

 

<小説>

『さよなら、波瑠』 井上荒野

『ムーン・リヴァー』 恩田 陸

『アクティビティー太極拳』 川上弘美

『ほら、みて』 桜木紫乃

『夢の旅路』 三浦しをん

<随想>

『帰るところがあるから、旅人になれる。』 糸井重里

『旅する日本語』小山薫堂

 

これはもう、読んでみたくなりますよね。

それぞれの旅・・・。
特別に豪華な非日常を、
人々はどうしてしてみようと思ったのか、そして、何を思うのか。
それはつまりその人の人生を語ることでもあるのです。

 

ううん、やはり一度でいいからこんな旅をしてみたいですね。
物語を読みつつ、そう思いました。
旅心を誘うオシャレな本であります。

 

「Seven Stories 星が流れた夜の車窓から」 文春文庫

満足度★★★.5


「街とその不確かな壁」村上春樹

2023年05月08日 | 本(その他)

自分とは・・・、影とは・・・

 

 

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村上春樹、6年ぶりの最新長編1200枚、待望の刊行!

その街に行かなくてはならない。
なにがあろうと
――〈古い夢〉が奥まった書庫でひもとかれ、呼び覚まされるように、
封印された“物語”が深く静かに動きだす。
魂を揺さぶる純度100パーセントの村上ワールド。

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村上春樹さんの、6年ぶりの新刊。
村上春樹ファンであれば、すぐにピンとくるでありましょう、
「壁に囲まれた街」が出てきます。

そう、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」ですね。
私が読んだのは、村上春樹さんを読み始めて間もない頃。
実のところ詳しい内容は忘れてしまっていますが、
この「街」のことは、さすがに印象深く残っています。

 

 

ぼくときみは、17歳と16歳の時に出会います。

きみが「高い壁にかこまれた街」の話をしはじめて、
ぼくときみはそこがどんなところか、空想を広げて語り合う。
ぼくときみは明らかに互いに好意を持っていたけれど、
キスをしただけで、それ以上の関係にはならなかった。
ところがある時、きみは消息を絶ってしまう。
連絡も取れず、どこへ行ってしまったのかも分からない。

その後わたしは喪失感を抱えたまま生きていくのですが、
45歳のある日、気がつくと壁の街の門の近くにいたのでした・・・。

わたしは壁の街の門衛に影を引き剥がされ、目を傷つけられて、
壁の街の図書館で「古い夢を読む」仕事に就きます。

そうして淡々と同じことを繰り返す日々が過ぎて・・・。
引き剥がされた影が、まもなく命を引き取ろうとしていることを知ったわたしは、
影を元の世界に逃がそうとする・・・。

 

 

わたしと影との関係が問題ですね。
壁の街とはすなわち、自己の無意識の世界のことなのかな?
と想像はつきます。
現実世界に現れている自分は、海に浮かぶ氷山のように、
ほんの一部が姿を現しているだけで、
その深部には膨大な無意識の世界が広がっている・・・。

「自分」というのはその見えている部分なのか、
それとも奥底の見えない部分なのか。
どちらが本体で、どちらが影なのか、ということでもあります。

 

ところで、この文を書くに当たって少し始めの方を読み返してみると

「本当のわたしが生きて暮らしているのは、高い壁に囲まれたその街の中なの。
今ここにいるわたしは、本当のわたしじゃない。
ただの移ろう影のようなもの」

ときみが言っています。

そう、始めから答えは出ているのですよね。
だから、決死の覚悟でわたしが「影」を元の世界に逃がした結果、
なぜかわたしも元の世界にはじき返されてしまうわけですが、
いやいや、つまり「第2部」で、福島の図書館で働くことになるわたしというのは・・・。

 

でも作中ではこうも言っています。

実体としての自分と影とは一体で、どちらが本物ということはない。
というよりも、双方合体しているものこそが本物なのでしょう。

わたしは最後の最後に「真の自分」になろうとする、ということなのかも知れません。

 

 

不思議な「壁の街」、村上春樹ワールドを旅した、私のゴールデンウィークでした!

 

「街とその不確かな壁」村上春樹 新潮社
満足度★★★★★


「全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割」岡本雄矢

2023年05月02日 | 本(その他)

トホホな人生が浮かび上がる歌

 

 

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誰にでもあるこんなトホホ、あんなトホホ。

でも、ここにあるのは、とびきりのトホホ。

――あなたに明日笑ってもらうために、世界の片隅で、僕の不幸をつぶやいてみました。

“歌人芸人"による、フリースタイルな短歌とエッセイ。

穂村弘さん、俵万智さん、板尾創路さん絶賛!

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北海道出身のお笑い芸人、岡本雄矢さんの歌集&エッセイ集です。

本の題名がもうそのまま短歌となっていて、

・全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割

と言うのには思わずクスリとなってしまいます。
それで思わずつられて手に取ってしまったこの本。

 

こんな感じです。

・あの数ある自転車の中でただ1台倒れているのがそう僕のです

・星空が綺麗なことで有名な露天風呂でのすごい曇天

・さっきまで順調だったレジの列 急にもたつきだす僕の前

・趣味 君のLINEを見返すこと 特技 君から返事が届かないこと

 

作品を読むうちに、
真面目で実直に生きていて、だけれどなんだかトホホな人、
そんな人物像がくっきりと浮かび上がってきます。
そしてそれは私たち多くの人々が持っているものと同じでもありますね。
だから共感を呼んで、好きになってしまいます。

 

一番好きなのはやはり表題の一首。

サラダバーとかビュッフェ形式の食事でもそうですけれど、
皆一斉に席を立ってしまうと、荷物が心配。
それでつい、特に指名されたわけでもないけど、留守番役を引き受けてしまう。
でも、それでものすごく感謝されることもない・・・。
作中のエッセイでは、感謝されるどころか、
「なんで取りに行かないの?」と聞く人までいる、というように書かれていましたが・・・。

確かにいますよねえ、わざわざ損な役回りを引き受けてしまう人。
そうした一場面を実にうまく切り取って、
自分の性格や社会的位置までそれとなく示してしまうという、秀逸な歌であります。
でも悲惨ではなくて、ちょっと笑えてしまう所もいい。

続編も楽しみにしていますよ。

 

「全員がサラダバーに行ってる時に全部のカバン見てる役割」岡本雄矢 幻冬舎

満足度★★★★☆


「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき 

2023年04月27日 | 本(その他)

いなせな老人の昔語り

 

 

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嘘も真実も善きも悪しきも、すべてが詰まった江戸怪談の新骨頂!

江戸は神田の三島屋で行われている変わり百物語。
美丈夫の勤番武士は国元の不思議な〈火消し〉の話を、
団子屋の屋台を営む娘は母親の念を、
そして鯔背な老人は木賃宿に泊まったお化けについて、
富次郎に語り捨てる。

* * * * * * * * * * * *

三島屋百物語シリーズ第7巻。

「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」
従妹・おちかから聞き手を引き継いだ、富次郎の話の続きとなります。
本巻に収められているのは、「火焔太鼓」、「一途の念」、「魂手形」の3篇。

 

表題作「魂手形」では、冒頭で、
お嫁に行ったおちかが赤子を身ごもったことが明かされます。
すっかりお祝いムードで浮かれる三島屋の人々。

そんな中、百物語の語り手として現れたのが、
なんとも粋で、鯔背(いなせ)なご老人。
話は、この老人がまだ少年の頃の不思議なというか少し恐い話なのですが、
この老人が話すとちょっとユーモラスですらある。
富次郎は、この老人がすっかり気に入って、こんな風に年をとりたいなどと思うのです。
分かります。
私も本やテレビドラマに出てくるご高齢の女性を見て、
こんな風に年をとりたいなあ・・・と思うことが多いので。
でも考えてみたらもう十分に年をとっているはないか! 
手遅れなんだわ・・・。

まあ、それはともかく、あまりにも恨みやつらみが残った死者は、
成仏できずに魂がこの世をさまようことになるというような、
暗く悲しい一連のストーリーも、
この老人の話す威勢のよい結末に、救われる思いがするのです。

が、しかし。

この世は何もかもいいことばかりではないのですね。
終盤少し不穏な人物(?)らしきものが登場。

幸福と不幸は裏表。
そんな中をなんとか折り合いをつけながら生きていくのが、
おちかであり、富次郎であり、わたしたちであるわけです。
おめでたいばかりでは終わらせない、これぞ、著者の心意気。

<図書館蔵書にて>

「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき 角川書店

満足度★★★★☆


「お探し物は図書室まで」青山美智子

2023年04月22日 | 本(その他)

進むべき道に迷ったら・・・

 

 

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2021年本屋大賞第2位!!

「お探し物は、本ですか? 仕事ですか? 人生ですか?」

仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。
彼らの背中を、不愛想だけど聞き上手な司書さんが、
思いもよらない本のセレクトと可愛い付録で、後押しします。
自分が本当に「探している物」に気がつき、
明日への活力が満ちていくハートウォーミング小説。

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仕事や人生に行き詰まりを感じている人たちが、
ふと訪れた町のコミュニティハウス内の図書室で、
風変わりな司書さんから思いがけない本のセレクトと、ちいさな「付録」をもらい、
自分の探しているものを見つけ出すというストーリー。
主人公を変えた短編連作形式となっています。

 

なんと言っても、ここに登場する司書さんがユニーク。
一目見てぎょっとするような大きな女性。

ある人は、ベイマックスのようだと思い、
またある人はマシュマロマンのようだと思う。
そしてまたある老人は、鏡餅のようだと思う。
どう連想するかで、その人の年齢や志向が想像されるのが楽しいですね。
私ならさしずめ、マツコ・デラックスみたいと思うかもしれないけれど、
まあそれだとリアルすぎるか・・・。
ともかくこの方が、依頼者と少しの会話を交わすやいなや、
タタタタとキーボードを打って、瞬く間にヒントとなる本を探し当て、
そしてなぜか一つの「付録」をつけてくれる。
それは羊毛フェルトで作ったマスコットのようなもの。
彼女はその大きな体に似合わず、ちまちまと小さなフェルト手芸を作っているのでした。
不思議とその小さなアイテムが、依頼者の心に寄り添っていくのです。

 

結局はこの司書さんが、カウンセリングをするというわけでもなく、
人々は自分で答えを導き出していくわけですが、
そんなところもまた、読み応えがあります。

確かに、いかにも「本屋大賞」っぽいお話。

っぽすぎるから、一位ではないのだろうな・・・。

 

「お探し物は図書室まで」青山美智子 ポプラ文庫

満足度★★★★☆

 


「空芯手帳」八木詠美

2023年04月18日 | 本(その他)

空っぽのお腹を満たすものは?

 

 

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女性差別的な職場にキレて「妊娠してます」と口走った柴田が辿る奇妙な妊婦ライフ。
英語版も話題の第36回太宰治賞受賞作が文庫化! 
NYタイムズ、ニューヨーク公共図書館の2022年オススメ本にあげられ、
世界14カ国語で翻訳進行中。

世界的に話題のデビュー作、待望の文庫化!

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世界的にも話題となっているという本作、なるほどーと思いました。
現実にほぼ重なる「私小説」が「文学」と思われていたような日本よりも、
ちょっと現実離れしているけれど、
奥深いいろいろなことを示唆しているこのような小説は、
海外の方が受けがよい。
村上春樹さんなどもその一つの例かもしれません。

 

本作の主人公はとある会社に勤める女性・柴田。
ある日、「コーヒーカップを片付けておいて」と上司に言われたときに突然キレて、
「私は妊娠しています。」と言ってしまう。
全く事実無根であります。
今の柴田には、その可能性すらありません。

 

なにも、女性だから・・・と押しつけられる雑用は、その時に始まったわけではない。
けれど、積もり積もった理不尽さに対する鬱屈が、そこで爆発してしまったわけです。

ところが、世間一般がそうであるように、妙なところで「気遣い」のある職場。
誰も結婚してたっけ?とか、付き合っている人がいたんだ?などとは聞いてこない。
周囲は、いっとき妙な雰囲気にはなったものの、
皆さん無理矢理にも納得して、妊婦・柴田を気遣い始めます。

残業もなくなって、明るいうちに家に帰ることができるという、嬉しい初体験。
柴田はそのまま、お腹にタオルを巻いたり、
生理の時にはバレないようにオフィスとは別のフロアのトイレに行ったりと、
奮闘を続けるのですが・・・。

 

柴田の会社は、アルミホイルやラップなどに使う「紙の芯」を扱っています。
つまり中身が空っぽ。
柴田も、実は空っぽのおなかをかかえ、そこを何で満たそうとするのか・・・
と言うことがテーマではあるのでしょう。
実に秀逸な設定です。

しかも、読者は途中から混乱して来ることになります。
柴田のお腹は次第にタオルを巻く必要もなくせり出して、
病院のエコー検査で不鮮明ながら影が映ったりする・・・。
息を潜めて、そのなりゆきを見守るほかありません。

 

男女同権といいつつも、体のつくりははっきりと違う。
けれど女性だからといって必ず妊娠するものでもなく、
「女は子供を産むものだ」という固定観念的なものも薄れてきている今、
では「女性」性や母性はどこへ行こうとしているのか。

そんなことを思うのでした。

 

「空芯手帳」八木詠美 ちくま文庫

満足度★★★★★

 


「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき

2023年04月13日 | 本(その他)

いなせなご老人の体験

 

 

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嘘も真実も善きも悪しきも、すべてが詰まった江戸怪談の新骨頂!

江戸は神田の三島屋で行われている変わり百物語。
美丈夫の勤番武士は国元の不思議な〈火消し〉の話を、
団子屋の屋台を営む娘は母親の念を、
そして鯔背な老人は木賃宿に泊まったお化けについて、
富次郎に語り捨てる。

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三島屋百物語シリーズ第7巻。

「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」
従妹・おちかから聞き手を引き継いだ、富次郎の話の続きとなります。
本巻に収められているのは、「火焔太鼓」、「一途の念」、「魂手形」の3篇。

 

表題作「魂手形」では、冒頭で、お嫁に行ったおちかが
赤子を身ごもったことが明かされます。
すっかりお祝いムードで浮かれる三島屋の人々。

そんな中、百物語の語り手として現れたのが、
なんとも粋で、鯔背(いなせ)なご老人。
話は、この老人がまだ少年の頃の不思議なというか少し恐い話なのですが、
この老人が話すとちょっとユーモラスですらある。

富次郎は、この老人がすっかり気に入って、こんな風に年をとりたいなどと思うのです。
分かります。
私も本やテレビドラマに出てくるご高齢の女性を見て、
こんな風に年をとりたいなあ・・・と思うことが多いので。
でも考えてみたらもう十分に年をとっているはないか! 
手遅れなんだわ・・・。

まあ、それはともかく、あまりにも恨みやつらみが残った死者は、
成仏できずに魂がこの世をさまようことになるというような、
暗く悲しい一連のストーリーも、
この老人の話す威勢のよい結末に、救われる思いがするのです。

が、しかし。
この世は何もかもいいことばかりではないのですね。
終盤少し不穏な人物(?)らしきものが登場。
幸福と不幸は裏表。
そんな中をなんとか折り合いをつけながら生きていくのが、
おちかであり、富次郎であり、わたしたちであるわけです。

おめでたいばかりでは終わらせない、これぞ、著者の心意気。

図書館蔵書にて
「魂手形 三島屋変調百物語 七之続」宮部みゆき 角川書店

満足度★★★★☆


「グッドバイ」朝井まかて

2023年04月08日 | 本(その他)

幕末、自らの商才を開花させた女性

 

 

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菜種油を扱う長崎の大店・大浦屋を継いだ希以(けい)26歳。
幕末の黒船騒ぎで世情騒がしい折、じり貧になる前に新たな商売を考える希以に、
古いしきたりを重んじる番頭の弥右衛門はいい顔をしない。

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成功と落胆を繰り返しつつ、希以――大浦慶が経たいくつもの出会いと別れ。
彼女が目指したもの、手に入れたもの、失ったものとはいったい何だったのか。
円熟の名手が描く傑作評伝。

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幕末、異国との茶葉の交易に乗り出し、
最も外貨を稼いだと言われる女商人、大浦慶の物語。
私は全く知りませんでしたが、実在の人物。
これぞ、大河ドラマになりそうな波瀾万丈の物語です。

大浦屋は、長崎の油商だったのですが、
その「長崎」という土地柄もあって、慶は、外国との交易こそが商機と思うわけです。
ペリーの黒船が来て、世間は攘夷思想華やかな頃。

しかし当時のことですから、まずは周囲の人たちが
慶のそんな夢のような話を全く聞こうとしない。
そんなことできるわけない。
女のくせにバカなことを・・・と。

しかしそれでも、慶はアメリカでお茶の需要があると知って、
まずはお茶の栽培から始めるのです。
よほどの覚悟と先を見通す力がないと始められないことです。

ところで、西洋でお茶の需要といえばてっきり紅茶かと思ったのですが、
アメリカに輸出したのはやはり緑茶。
アメリカではそれに砂糖を入れるなどして飲まれていたのだとか。
まあ、紅茶に砂糖を入れたりするワケなので、それもアリなのかとも思いますが。
とにかくそれが大当たりで、彼女の商売は大きく成功を収めるのです。

そんな時期の長崎なので、坂本竜馬や岩崎弥太郎なども登場。

オランダ語や英語も、自力で学び覚えていきます。
一介の商人でしかも女性。
なんだか勇気の出る物語ですね。
実際にはこの時代、他にも多くのまだ知られていない活躍した人物がいそうです。
時代のうねりにワクワクします。

 

「グッドバイ」朝井まかて 朝日文庫

満足度★★★★★


「占」木内昇

2023年04月03日 | 本(その他)

選び取る道

 

 

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欲しい未来(こたえ)は、
自分が一番わかってる――。

恋愛、家庭、仕事……。
いつの世も尽きぬ悩みと不安にもがき、
逞しく生きる女性たちを描く、異色の「占い」短編集。

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木内昇さんの短編集「占(うら)」

短編集ではありますが、すべて同時期、日本の大正期を舞台としていて、
ときおり先に登場していた人物がチラリと顔をのぞかせたりもする、
連作形式となっています。

時代を大正期としたのは、文庫巻末対談集にもあるとおり、
日本が近代化するタイミングであり、女性の立場が変わり始め、
また占いの立場も大きく変わった時代を切り取ってみるためなのでしょう。

 

ここに登場するある女性は、占いに依存し、
自分の気に入る占いが出るまで、占い師の元に通い詰めます。
悪い結果ならよい結果が出るまで、と思う。
逆によい結果であれば、占い師が気に入られたいために適当なことをいっているのだ、と思う。
結果、いつまで経っても納得できずに、自分で新たな道を歩み出すこともできない。

また、人の運命というか、何かに囚われているものが見えてしまう女性がいて、
一時期、名占い師として人気を得るのだけれど、途中からイヤになってやめてしまう。

 

結局の所、自分の道は自分で納得して選び取って進むほかないのかも知れません。
結婚して家長のために尽くすという道しかなかった女性達が、
他の道を行く可能性がわずかに広がったというこの時代だからこそ、
占いに頼るということもあるわけですね。

占いといえば、やはりスピリチュアルな方向性に近いのですが、
本巻中の「鷺行町の朝生屋」はかなり恐い・・・。
こういうのもアリなのか・・・。

 

「占」木内昇 新潮文庫

満足度★★★★☆


「一人称単数」村上春樹

2023年03月26日 | 本(その他)

不可解な世界へ迷い込む

 

 

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ビートルズのLPを抱えて高校の廊下を歩いていた少女。
同じバイト先だった女性から送られてきた歌集の、今も記憶にあるいくつかの短歌。
鄙びた温泉宿で背中を流してくれた、年老いた猿の告白。
スーツを身に纏いネクタイを結んだ姿を鏡で映したときの違和感――。

そこで何が起こり、何が起こらなかったのか?
驚きと謎を秘めた8篇。

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村上春樹さんの短編集、文庫新刊です。

すべてと言うわけではないのですが、村上春樹さんの小説は、
一見普通の日常エッセイ風に始まることが多いですよね。
ところが、読み進むうちにいつのまにか現実ではあり得ない
不可解な空間に放り込まれるような・・・。


作中にこんな文章がありまして。

「僕らの人生にはときとしてそういうことが持ち上がる。
説明もつかないし筋も通らない、
しかし心だけは深くかき乱されるような出来事が。」

これこそがまさに、村上春樹ワールド。
でも、ただ魔法のようにわけが分からないことが起こるのではない。
そのことはどこか心の奥の「真実」と繋がっているのです。

だからわたしたちは、村上春樹さんのストーリーにハマってしまう。

 

今上げたこの文章が出てくるのは、「クリーム」。
とある知り合いの女性からピアノのリサイタルの招待を受けたぼくは、
山の上にあるその会場に行ってみたけれど、そこは無人らしき家があるだけ。
やむなく引き返す途中の小さな公園の四阿で休んでいると、
謎めいた老人に話しかけられる・・・

という特別なストーリーにもならないような話なのですが、なぜか印象深く残ります。

 

そして「品川猿の告白」では、
ほとんど傾きかけた小さな温泉旅館で、言葉を話す猿に背中を流されるという、
村上春樹さんには珍しく始めからファンタジーめいたストーリー。
ちょっとミステリめいた話でした。

 

また時を置いて、じっくりと読み返したい一冊。

 

「一人称単数」村上春樹 文春文庫

満足度★★★★☆