科学と人
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「お祈りメール」の不採用通知が届いた大学生は、焦りと不安に苛まれていた。
2歳の娘を抱えるシングルマザーは、「すみません」が口癖になった。
不動産会社の契約社員は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた……。
辛くても、うまく喋れなくても、
否定されても邪慳にされても、
僕は、耳を澄ませていたい
――地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。
深海に響くザトウクジラの歌に。
見えない磁場に感応するハトの目に。
珪藻の精緻で完璧な美しさに。
高度一万メートルを吹き続ける偏西風の永遠に――。
科学の普遍的な知が、傷つき弱った心に光を射しこんでいく。
表題作の他「海へ還る日」「アルノーと檸檬」「玻璃を拾う」「十万年の西風」の傑作五編。
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先に、「月まで三キロ」の作品で強い印象を残した伊与原新さんの新たな短編集。
前巻同様、一篇ごとにこのような何かしら科学的なエピソードが語られ、
それと人々の人生模様がうまく絡まって描かれているのです。
表題作、「八月の銀の雪」では、就職の面接で落ちまくっている堀川が
とあるコンビニのレジでバイトをしている外国人女性と知り合うようになります。
コンビニ店員としては使えなく思える彼女、ベトナム人のグエンですが、
実は大学院で地球物理学を学んでいるのです。
彼女が研究しているのは地球の芯のこと。
誰も実際にそこを見たものはいない。
だから様々なことから検証していく。
堀川は、人間の中身も、地球と同じ層構造なのかも知れないと思います。
硬い層があるかと思えば、その内側にもろい層。
冷たい層を掘った先に、熱く煮えた層。
そんな風に幾重にも重なっている・・・。
地球の芯のところで、鉄の雪がゆっくりゆっくり降り注ぐという
幻想的なイメージが心に残ります。
こうした壮大な「真理」であり「ことわり」が、
わたし達の心の細々とした鬱屈を浄化していくような・・・、
そんな気がするので、やはりこの著者のストーリーは大好きです。
「八月の銀の雪」伊与原新 新潮文庫
満足度★★★★☆