映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「真夜中の五分前/side-A」 本多孝好

2007年07月28日 | 本(恋愛)

「真夜中の五分前/side-A」 本多孝好 新潮文庫

side-Aとside-B2冊に分かれたこの本。
一冊の分量はそう多くはないのですが、読めば分かる。
これは一つの続きのストーリーですが、2冊に分けなければいけない本なのです。
だから、今回は、記事も別々に書くことにしましょう。

まず、side-A。
主人公「僕」が、かすみと出会い、愛を確かめ合うまでのストーリー。
まあ、ラブ・ストーリーというわけですが、「新感覚」、「新世代」というふれこみにもあるとおり、タッチは軽いのですが、でも、的確に、心の底の何かを振るわせる力を持っていると思いました。

この、かすみは、一卵性双生児の片割れ。
ゆかりというまったく同じ遺伝子を持つ妹がいます。
親も見分けられないほどそっくり。
考え方、好みなども似ていて、ゆかりの婚約者尾崎をかすみもどうしようもなく好きになってしまい、苦しんでいます。
まったく同じ遺伝子。けれど、心は別々のもの。
人を好きになるとき、どうして、その人を好きになるのでしょう。
姿、形。それがまったく同じだとしたら・・・。
かすみとゆかりは幼い頃、時々互いを入れ替えたりしたことがあるというのです。
そんなことを繰り返すうちに、本当はどちらがかすみでどちらがゆかりなのか、わからなくなってしまっていた、という。
自分たちでもいやになるほど、考え方もそっくり。
こんな中で、自分って、いったい何なのか。誰かが自分を好きになってくれたとして、それは、必ずしも自分ではなく、一卵性双生児のもう一人の自分でもぜんぜんかまわないのではないか・・・そんな不安が常に彼女の中にあるのです。

他者から見た自分は、他者が勝手に自分の中で作り上げた幻影であって、自分とは別物。
でも、だからといって、一日の中でも、「自分」がころころ変わる気がすることがある。
自分が、自分であることも、確かなこととは思えない・・・。
こんな迷路にはまり込むことは、かすみでなくてもあるように思います。
だから、特別に特異な設定であるような気はしない。

妹の彼が忘れられず、じたばたしているそんな自分。
それを丸ごと受け止めてくれた「僕」に対して、やがてかすみの心が惹かれてゆくのです。

さて、この「僕」も、とても興味深い。
広告代理店に勤める彼は、会社内の人間関係のごたごたもよく見えていて、どこが一歩はなれて眺めているようなところがある。
いよいよ立場が悪くなれば辞めればよいと思っている。
特別に仕事に熱心というわけでもないけれど、そこそこ能力はある。
会社では女たらしと、うわさされているけれど実は学生時代に付き合っていた彼女が事故死して、それ以来真剣に付き合った人はいない。
この淡々として、ちょっと冷めた感じが、魅力であるようです。
人への洞察力はあるけれど、あえてそれ以上突っ込まない、というような。
こんな部分が、新感覚といわれるゆえんかも知れませんが、結局は徹しきれないというところがやはり、この本の魅力となっているのでしょう。

side-Bでは意外な展開を見せます・・・。というところで、続く。

満足度 ★★★★★