映画と本の『たんぽぽ館』

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「エストニア紀行 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦」 梨木香歩

2016年07月06日 | 本(その他)
辺界の地を旅すること

エストニア紀行: 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦 (新潮文庫)
梨木 香歩
新潮社


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首都に巡らされた不思議な地下通路。
昔の生活が残る小さな島の老婆たち。
古いホテルの幽霊。
海辺の葦原。
カヌーで渡る運河の涼やかな風。
そして密かに願ったコウノトリとの邂逅は叶うのか…。
北ヨーロッパの小国エストニア。
長い被支配の歴史を持つこの国を訪れた著者が出会い、感じたものは。
祖国への熱情を静かに抱き続ける人々と、彼らが愛する自然をつぶさに見つめた九日間の旅。


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梨木香歩さんの紀行文です。
さてしかし、エストニア? 
どこだったけ?というのが恥ずかしながら私のはじめの疑問。
はい、でもちゃんと地図も入っていました。
バルト海に面した、リトアニア・ラトビアと並んだ小さな国。
東隣はロシアで海の向こうはフィンランド、そしてスウェーデン。
自然の雄大な営みや、渡り鳥を愛してやまない梨木香歩さんらしい行き先です。


巻末の解説で奥西俊介氏が述べていますが、
つまり、これは辺界の地。
「中央から見れば僻地であり、両側から見れば境目。」
つまり「境界」ということで、
常々私は、梨木香歩さんの文章はあちら側とこちら側の「境界」を意識している
と認識しているので、すごく納得できたのでした。
この小さな国は、スウェーデンの一部であったり、ロシアの一部であったり、
常に大国の脅威に晒されながらも、独自の文化を培ってきていたようです。
そういう、国と国の境界という意味もあると思いますが、
おそらく著者は人界と未開の地との境界を意識していたのではないかと思います。


著者は、案内の方やカメラマン、数人でこの旅行をしているのですが、
ある時一人でホテル近くの森に踏み込みます。

「じっとしていると、時々自分が人間であることから離れていくような気がする。
人が森に在る時は森もまた人に在る。
・・・何か、互いの浸食作用で互いの輪郭が、少し、ぼやけてくるような、
そういう個と個の垣根がなくなり、重なるような一瞬がある。」


だから人は時々森に入って、自分の中の「森」を補填するのではないか、
というのですが、私にはすごく納得できる言葉ですが、
まあ、人にもよるでしょうね。


私など住宅地からほんの一歩ばかり離れた山道を歩くだけでも
ちょっぴりそんな気持を味わうのですから、
北欧の太古の森に踏み込めばどんなだろう・・・と、憧れてしまいます。
きのこも取り放題!みたいでした!


古くていかにも不気味なホテルの話などもあり、興味はつきません。
全く観光地ではない、こういうところを歩くのもいいですねえ・・・。

「エストニア紀行 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦」梨木香歩 新潮文庫
満足度★★★★☆