中世ヨーロッパの人々の生活を探る
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《ハーメルンの笛吹き男》伝説はどうして生まれたのか。
13世紀ドイツの小さな町で起こったひとつの事件の謎を、
当時のハーメルンの人々の生活を手がかりに解明、
これまで歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の差別の問題を明らかにし、
ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。
新しい社会史を確立するきっかけとなった記念碑的作品。
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何かの紹介文で見たので興味を持ってこの本を手にしました。
1974年に出版された本で文庫化されたのが1988年、
と、ずいぶん読み遅れの感がありますが・・・。
「ハーメルンの笛吹き男」というのは、皆さんもよくご存じのヨーロッパの昔話。
ある町でネズミの大発生があって困っていると、
ふらりと男がやってきて、ネズミを退治してやるという。
男が笛を吹くとすべてのネズミが集まり男のあとをついて行って消えていった。
さてその後、男が報酬を要求するけれど村人はケチって払わない。
すると男はまた笛を吹き、今度は町中の子どもたちが集まり、
男のあとをついて行って、それっきり戻りませんでした、とさ。
単なるおとぎ話かと思っていたのですが、これがきちんとした文書に残っており、
1284年6月26日、ドイツのハーメルンで、実際に130人の子どもが行方不明となった
という事実があるのだそうです。
ただ、文書には笛吹き男の件には触れられていません。
そんなわけでその後から現在に至るまで、
一体子どもたちが一斉にいなくなった事件の真相はなんだったのか、
また子どもたちを率いたものがいたとすれば、それは何者なのか、
ということを多くの人が考察、研究しているのです。
有力なのが東ドイツ植民者としての移動。
子どもというよりも若者という解釈で、
多くの者が新天地を目指して、町を出て行ったのだろう、と。
他には、子ども十字軍説、お祭りのような舞踏行進説など・・・。
ここで著者は、この出来事の真相を探るためには、
当時の庶民の実態を知ることが必要だというのです。
教会と大商人が権力を握り、貧富の差が大きく、
特に最下層のたちの生活は想像に絶するものがある、と。
とは市民権を持たないもの。
すなわち今の日本では「人権」は当たり前すぎてあまり意識にも上りませんが
(平等に守られているとは言いがたいけれど)、
彼らには人権がなかった。
「高い窓のむこうに鉄格子越しに道路があり、
いつもは通行人の足や犬猫の顔を見ながら暮らす」という、地下に住んでいます。
しかしこれらの記述に私は特に驚きはしませんでした。
だって現在でも、どこにでもそのような格差や差別は当たり前にあって、
ましてや中世のことならないはずがありませんよね。
ちょうどその半地下に住む人々の映画を見たばかりですし・・・。
そして、音楽を奏でながら旅して回る遍歴楽師のこと。
こうした人々の暮らしを把握しつつこの伝承に立ち返れば見えてくるものがあるかもしれない、
ということで、著者的には特に結論を出してはいません。
著者の狙いは、その真相を探ることではなくて、
当時のヨーロッパの社会における人々の精神構造を探ることなんですね。
しかし、ドイツ人ではなく日本人でありながら、
非常に細かな調査に基づいた記述には頭が下がる思いがします。
ヨーロッパの中世は謎に満ちています。
満足度★★★.5