女と命の物語
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大阪の下町で生まれ小説家を目指し上京した夏子。
38歳の頃、自分の子どもに会いたいと思い始める。
子どもを産むこと、持つことへの周囲の様々な声。
そんな中、精子提供で生まれ、本当の父を探す逢沢と出会い心を寄せていく。
生命の意味をめぐる真摯な問いを切ない詩情と泣き笑いの筆致で描く、
全世界が認める至高の物語。
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夏子38歳。
独身。
駆け出しの小説家。
そんな頃彼女は、「自分の子供に会いたい」と思い始めます。
彼氏もいないのに、第一彼女はセックスに嫌悪感があって、その行為ができない。
にもかかわらず、子どもが欲しいと思う。
例えば、小さな子を見てかわいいと思いぎゅっと抱きしめたくなる。
そんな単純な、まるでペットを飼うような気持ちとは違うのです。
そんな夏子の思いを説明するために本作の第一部があります。
第一部では、夏子のいまは亡き祖母と母のこと、
そして、10歳ほど年上の姉・巻子とその娘・緑子のことが描かれています。
夏子の父親はただ恐ろしく緊張感を生むだけの存在だった。
けれどその父が出ていって戻らなくなってから、母は実家へ戻り、
狭いアパートで祖母と母、姉と夏子の女4人で暮した。
ひどく貧しかったけれど、平和で心は満ち足りていた。
その後、祖母と母は病で相次いで亡くなり、
残された姉妹だけの生活となります。
10歳ほど年上の巻子がホステスをして夏子を育て上げる。
夏子は奨学金を受けて東京の大学へ進み、
なんとか文章を書いて生活できることを目指しているけれど
今はバイト生活。
そんなところへ、大阪に住む姉とその娘・12歳緑子が訪ねて来ます。
反抗期なのか、緑子は母親とは一言も口をきかず、
どうしても伝えたいことがあれば紙に書くという、悲惨な状態。
学校やよその人とは普通に話すのです。
ところが、ある事件があってこの母と娘の関係は修復します。
そんなところを夏子は目の当たりにするのです。
親子といってもいつも関係が良好なわけではない。
互いに身を切るような辛い思いを抱くこともある。
でも、そうしながらも共に生きていくことの何か特別な意味を、
夏子はみたように思ったのではないでしょうか。
相変わらず生きるのにキチキチの収入で暮す姉。
祖母も母も姉も、やりくりの苦しい中で子供を守り育てた。
望むと望まぬに関わらず、女性の体は次の命を育む準備ができていて、
精子を受け入れなければむなしく卵子は流れていく・・・。
ただのムダなこととは思いたくない。
これまで受け継がれて、そして今の自分が在る「命」。
良いことばかりではない、むしろ辛いことの方が多いのかも知れないけれど、
これを次に受け渡したい。
命を育んで、引き渡したい・・・。
そんな思いが、彼女の中に湧いてきているのだと思います。
さて第二部では、こんな夏子の思いが実現できるのか、という話になっていきます。
結婚もせず、男性との交わりもなく子供を作るとなると、
その方法は「精子提供」。
極めて現代的な問題を含む話になっていきます。
その精子は誰のものか分かっていた方がいいのか、そうでないのか。
その精子と卵子との結合方法は・・・?
結婚している男女の不妊治療はもはや一般的ですが、
これが未婚女性だと途端にハードルが高くなるのですね。
漂う夏子の思いはどこへ向かうのか・・・。
ジェンダーレスといわれる昨今の世の中ではありますが、
そうはいっても明らかに女だけの体のつくりというものがあります。
このことと、真っ正面から向き合うストーリー。
今まで、ありそうでなかったかもしれません。
私にとって大切な一冊になりそうです。
「夏物語」川上未映子 文春文庫
満足度★★★★★
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