読み解くジグソーパズル
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その年の七月、丸田君はスマホに奇妙なメッセージを受け取った。
現実に起こりうるはずのない言い掛かりのような予言で、彼にはまったく身におぼえがなかった。
送信者名は不明、090から始まる電話番号だけが表示されている。
彼が目にしたのはこんな一文だった。
今年の冬、彼女はおまえの子供を産む
これは未来の予言。起こりうるはずのない未来の予言。
だがこれは、まったく身におぼえのない予言とは言い切れないかもしれない。
これまで三十八年の人生の、どの時代かの場面に、「彼女」と呼ぶにふさわしい人物がいるのかもしれない。
そもそも、だれが何の目的でこの予言めいたメッセージを送ってきたのか。
丸田君は、過去の記憶の断片がむこうから迫ってくるのを感じていた──。
『月の満ち欠け』から七年、かつてない感情に心が打ち震える新たな代表作が誕生。
読む者の人生までもさらけ出される、究極の直木賞受賞第一作!
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その年の7月。
丸田くんはスマホに奇妙なメッセージを受け取ります。
「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」
いかにも唐突なその内容。
丸田くんはまったくそんなことは身に覚えがないし、
第一このメッセージを送ってきた人物が誰なのかも分からない・・・。
こんな不思議な出来事から始まる本作。
私は読みながら、まるでジグソーパズルみたいな小説だなあ・・・と思いました。
それぞれの章立てで語られる内容は、時間や場所、登場人物がバラバラ。
だから私たちは、それぞれの章が、全体のどの部分に当たるのか、考えなければなりません。
いや、そもそも全体像が分かっていないので、どの部分という見当も付けにくいのです。
そしてまた、それぞれのピースがよく似ている。
マルセイとマルユウ、そして佐渡くんという幼馴染みの3人の男性が登場します。
特にマルセイとマルユウは「丸田」という名字が同じで、雰囲気もよく似ている。
彼らの共通の友人は、長じた後、どちらがマルセイで、どちらかがマルユウだったのかも
分からなくなってしまっているくらい。
様々な章立ての中で、ただ「丸田くん」と書かれている部分もあって、
注意深く読んでいけば正解は分かるようになっているのですが、
まことに紛らわしい。
けれど、この紛らわしさこそがこの作品のキモなのであります。
実は彼ら3人は小学生時代に一つの不可思議な体験をします。
そしてまたその関連で高校生の時に山道で事故に遭う。
それが不思議な人生をたどる元となるのですが・・・。
そして、もうひとりの重要人物は、これもまた彼らと幼馴染みの女性・杉森真秀。
彼女と彼女の母は、野球少年だったマルユウのことが大好きで応援していたのですが、
あの事故以来、マルユウとの交流もほとんど途絶えてしまい・・・。
そう、この真秀こそが「子供を産む」人物なのですが、
詰まるところその子供の父親は一体誰なのか・・・?
考えていかなくてはならない物語。
本作で起こる出来事は、現実離れしてはいるのですが、
そのことによる人の心の有り様はリアルに複雑。
ジグソーパズルは最後に一枚の絵として完成はしますが、
その一部のピースは依然としてかすれているかモザイクがかかっているかで、
よく分からないところも多いのです。
でも、すごく納得できて感慨にふけってしまう・・・。
著者の前作「月の満ち欠け」も同様の作りでしたが、
私は「月の・・・」が巻き起こす出来事より本作の方が好きです。
<図書館蔵書にて>
「冬に子供が生まれる」佐藤正午 小学館
満足度★★★★.5
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