夜は本当に明けるのか
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15歳のとき、俺はアキに出会った。
191センチの巨体で、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は、
急速に親しくなった。
やがてアキは演劇を志し、大学を卒業した俺はテレビ業界に就職した。
親を亡くしても、仕事は過酷でも、若い俺たちは希望に満ち溢れていた。
それなのに――。
この夜は、本当に明けるのだろうか。
苛烈すぎる時代に放り出された傷だらけの男二人、
その友情と救済の物語。
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西加奈子さんの渾身の力作。
主人公は同い年の2人の男性。
15歳で出会った「俺」とアキ。
やたらと体が大きく、フィンランドの異形の俳優にそっくりなアキと俺は
それなりの高校生活を送り、やがて卒業。
アキは演劇を志し、「俺」は大学を出てテレビ業界に就職。
しかし、待っていたのは決して薔薇色の未来ではありません。
双方それぞれ、どうにもならない苦境に陥って行きます。
アキは母との2人暮らしで、とにかく貧しかった。
そして母は次第に精神を病んでいって・・・。
こんなどうにもならない重圧を、
ただ自分はフィンランドの俳優、アキ・マケライネンに似ている、
というただ一つのことを心の支えとして、誰にも頼らず、生きていく・・・。
悲惨と言うよりもむしろ壮絶というべきその人生。
一方、「俺」の方は一応中流家庭。
しかし父の死で生活は苦しくなり、バイトと奨学金でなんとか大学を出ます。
そしてかつてからの「夢」であったテレビ業界に就職。
ところが、それはまさしくブラック企業。
勤務の多忙さはもちろん、パワハラ上司に罵倒され、周囲の仲間は次々に辞めていく。
でも、「俺」はとにかく必死に働く・・・。
とにかくつらい。
けれども頑張らなければ・・・。
心も体もボロボロの「俺」はついに倒れ、仕事も失うことになるのですが。
こんな彼が、自分を見つめなおすきっかけは・・・。
ほとんどゴミ屋敷のような彼の部屋を訪ねて来た仕事の後輩、森が彼に言うのです。
彼が受けていた「ハラスメント」に気づかなくてごめんなさい、と。
「俺」はそれを聞いて驚いてしまいます。
それはある年配女性の行為のこと。
いじめられたわけでもエロいことをされたわけでもない。
けれど、何よりも自分を苦しめていたのはその女性の行為であったことに
彼自身も気づいていなかったのです。
それは本当は酷いことなのだ、傷ついて当然なのだと、森が口にしたことで、
「俺」が自分でも気づかずにいた苦しみがするすると溶け出していく・・・。
なんだか分る気がするのです。
そういうことってあるなあ・・・と。
再生のきっかけは思いも寄らないところにある。
そういうものです。
それと自分ではどうにもならない困ったことは
誰かに助けを求めても良いのだということ。
なぜか自己責任などという突き放す言葉が一般に広まっているようで、
誰にも助けを求められないことが余計に事態を悪くしていることもあるようです。
思い切って助けを求めてみれば、社会はそんなに悪くないのかも・・・。
思いがけず、ハードボイルドな展開に陥っていくアキの方の結末は、
「俺」に届いた一通の手紙で知らされます。
心がシンとします。
とても重いけれど、人生の暗い淵を歩んで、
ようやく夜が明けそうだという予感に震えます。
「夜が明ける」西加奈子 新潮文庫
満足度★★★★★
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