不可解な世界へ迷い込む
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ビートルズのLPを抱えて高校の廊下を歩いていた少女。
同じバイト先だった女性から送られてきた歌集の、今も記憶にあるいくつかの短歌。
鄙びた温泉宿で背中を流してくれた、年老いた猿の告白。
スーツを身に纏いネクタイを結んだ姿を鏡で映したときの違和感――。
そこで何が起こり、何が起こらなかったのか?
驚きと謎を秘めた8篇。
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村上春樹さんの短編集、文庫新刊です。
すべてと言うわけではないのですが、村上春樹さんの小説は、
一見普通の日常エッセイ風に始まることが多いですよね。
ところが、読み進むうちにいつのまにか現実ではあり得ない
不可解な空間に放り込まれるような・・・。
作中にこんな文章がありまして。
「僕らの人生にはときとしてそういうことが持ち上がる。
説明もつかないし筋も通らない、
しかし心だけは深くかき乱されるような出来事が。」
これこそがまさに、村上春樹ワールド。
でも、ただ魔法のようにわけが分からないことが起こるのではない。
そのことはどこか心の奥の「真実」と繋がっているのです。
だからわたしたちは、村上春樹さんのストーリーにハマってしまう。
今上げたこの文章が出てくるのは、「クリーム」。
とある知り合いの女性からピアノのリサイタルの招待を受けたぼくは、
山の上にあるその会場に行ってみたけれど、そこは無人らしき家があるだけ。
やむなく引き返す途中の小さな公園の四阿で休んでいると、
謎めいた老人に話しかけられる・・・
という特別なストーリーにもならないような話なのですが、なぜか印象深く残ります。
そして「品川猿の告白」では、
ほとんど傾きかけた小さな温泉旅館で、言葉を話す猿に背中を流されるという、
村上春樹さんには珍しく始めからファンタジーめいたストーリー。
ちょっとミステリめいた話でした。
また時を置いて、じっくりと読み返したい一冊。
「一人称単数」村上春樹 文春文庫
満足度★★★★☆
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