なぜ、何のために・・・
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大河が南北を隔てる巨大工場は、ひとつの街に匹敵する規模をもち、
環境に順応した固有動物さえ生息する。
ここで牛山佳子は書類廃棄に励み、
佳子の兄は雑多な書類に赤字を施し、
古笛青年は屋上緑化に相応しいコケを探す。
しかし、精励するほどに謎はきざす。
この仕事はなぜ必要なのか……。
緻密に描き出される職場に、夢想のような日常が浮かぶ表題作ほか 2 作。
新潮新人賞、織田作之助賞受賞。
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私には初めての作家さん。著者の2013年、デビュー作。
「工場」の中編と、他の短編2作で一冊となっています。
表題作「工場」は・・・
とある大きな工場のあるこの町は、ほとんどこの工場に従事するかその関係者で成り立つ町。
ここで働くことになった3人を中心に物語は描かれます。
牛山佳子は、正社員募集と言われてきたはずなのに、契約社員にされてしまいます。
けれど、無職よりはマシかと思い働き始めることにして、
配属されたのが、シュレッダー班。
どこかから大量に運ばれてくる書類をひたすらシュレッダーにかけて廃棄する。
毎日ただそれだけを繰り返すのです。
古笛青年は、大学で生物学を研究していたところ、
なぜか教授に推されて、この工場に勤めることに。
なんと工場の屋上緑化のために、コケを増やしてほしいという。
その部署は彼たった1人で、手段も方法もすべて丸投げ。
期限も無期限。
何から手を付けていいかも分からず、ただただ戸惑ってしまう。
でもそれでも正社員。
そしてもうひとり、派遣社員として勤務を始めたのは、あの牛山佳子の兄。
彼は長くシステムエンジニアとして勤務していた会社がダメになり、
やむなくここで務めることに。
彼に与えられた仕事は「校閲」。
せっかくのパソコンスキルはまったく使わず、
ひたすら赤ペンで、文章のミスを書き込んでいくだけ。
どこの誰が書いたとも知れない、まったく脈絡のない、
そして、どこかからか飽くことなく搬入されてくる大量の書類・・・。
新しい仕事としてそれなりにやる気は持っていたものの、
ただただ単純な作業をやり続ける毎日。
こんな、彼女らの仕事の描写中に度々出てくる、ウとヌートリアという名前。
どうも工場周辺で急激に増えてきているらしいのですが・・・。
結局この工場は何の工場で、その中枢部では誰がどうしているのかなどはまったく謎のまま。
けれどつまりこの工場は「社会」そのもののように思えてきました。
「社会」とはよく言うけれど、その正体はよく分からない。
そんな中で、ただただ同じ毎日を繰り返す人たち。
なんのための仕事なのか、全体の中の自分の役割は・・・?
そういうことを完全に見失ってしまっている。
いや、見失うというよりも最初からない。
自分は全体の中の歯車にしか過ぎないなどという言い方をよくしますが、
歯車であるなら少なくともその役割はある。
例えば時計の歯車は、どれか一つ欠けても支障があるはず。
けれどこの工場では、自分1人が抜けてもまったく支障なく全体が動く。
そもそもいてもいなくても差し支えない仕事内容だし、
その上代わりはいくらでもいる。
そうした人間性を徐々に剥奪されたあげくに・・・、という物語だと私は捉えましたが。
すごく興味深い物語です。
著者の芥川賞受賞作も、近いうちに読んでみたいと思います。
「工場」小山田浩子 新潮文庫
満足度★★★★.5
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