映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

アンノウン

2011年05月11日 | 映画(あ行)
自分が自分である証明は?


             * * * * * * * *

リーアム・ニーソン主演のサスペンス・アクション。
ミステリじみた状況が興味を誘います。



医学博士マーティン・ハリス(リーアム・ニーソン)は、
学会へ出席するために、若い妻と共にベルリンへやって来ました。
しかし忘れ物に気づき、ホテルから飛行場へ向かうタクシーで事故に遭ってしまいます。
4日間の昏睡から目覚めた彼。
ところが妻からは知らない人といわれ、
また見ず知らずの男がマーティン・ハリスと名乗り、
彼になりかわって過ごしている。
身分を証明するものもなく、孤立無援。
事故のために本当に自分の頭がどうかしてしまったのか? 
自分はマーティン・ハリスではないのか? 
ところが彼は、自分の命を狙う謎の人物に付け狙われていることに気づくのです。
一体自分は何者なのか。
そして彼を付け狙うものの正体は?


このストーリーで怖いのは、
自分が何者かという証明は実はとても難しいし、
周りのあらゆる人に、あなたは知らない人だといわれたら、
自分自身をも信じられなくなってくる、というところ。
パスポートやカード、そういうものがなければ、自分を自分と証明できない。
現代社会の危うさです。
こんなことになってしまったら、
もう社会的に抹殺されたも同様。
ところがやっかいなことに、
そうした状況では自分自身でも自分が何者か解らなくなって来てしまいます。
現に記憶喪失や様々な精神疾患がある以上、
自分が絶対に正しいともいい切れない。
そういう危うさが何だか見にしみます。
このストーリーは、マーティンが自分のホームグラウンドでなく、
見知らぬ外国に来ている、というところで、
余計にこの状況を引き立たせているわけです。

また、水没したタクシーからの脱出がとてもリアルで怖かった・・・。
運転していたのは女性ドライバーで、
彼女がいち早くウインドウのガラスを割り、
気絶したマーティンを救い出すのです。
車が水没すると水圧でドアは決して開かないといいます。
だからあのように、ガラスを割る道具を常備していなければならない・・・と。
いつぞやTVでやっていたのを思い出しましたが、
この作品ですごく納得してしまいました。
そうして、その後彼女がマーティンの手助けをすることになるのですが、
こんなふうに女性がたくましいのも今風でいいですね。



ラストは確かに予測不能でした・・・!
冒頭の飛行場での二人の会話がヒントと言えばヒントですが、
まあ、それで解るわけもありませんか・・・。
とりあえず、タクシーの事故は仕組まれたものではなく、
偶発的なものだったということですね。
それにしてはこんな終わり方でいいのか、という気もしてしまいますが。
リーアム・ニーソンはもう結構なお年でありながら、
アクション満載。
ご苦労様です。
女性パワーもさることながら、熟年パワーも炸裂。

「アンノウン」
2011年/アメリカ/113分
監督:ジャウム・コレット=セラ
原作:ディディエ・バン・コーブラール
出演:リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ジャニュアリー・ジョーンズ、エイダン・クイン

まほろ駅前多田便利軒

2011年05月09日 | 映画(ま行)
“熱血”とか“根性”とかとは対極の二人だけれど



            * * * * * * * *

三浦しをんさん原作の映画化です。
便利屋を営む多田(瑛太)のところに、転がり込んできた元同級生の仰天(松田龍平)。
この便利屋の仕事をする中で、つながっていく人々との交流を描いていきますが、
それは次第にこの二人の内面をも浮かび上がらせ、
そして変わって行くことにつながるのです。
そんな様子を原作のイメージを損なわずに描いてくれました。


行く当てもなさそうな仰天を、仕方なく同居させることにしたのは、
多田には、仰天に一つの負い目があったから。
それにしてもその多田も、さほど仕事熱心というわけでもなさそうだ。
自分のことを棚に上げ、
仰天は多田の突いて欲しくないところを的確に(?)突いたりしますね。
仕事にいつも付いてくる仰天なのですが、
ほとんど見ているだけであんまり役に立っていない。
でも、多田は文句をいうでもなく淡々としている。
おかしな男二人の同居生活。
しかし、こういう雰囲気がしをんさんらしくて、好きなんですよね。

ある少年が
「親が始めからいないのと、いてもずーっと無視されるのと、どっちがましか」
というのです。
親子の関わりなどとうに放棄したかに見えるこの二人。
でも、二人がこんな生活に至るには、
それぞれの「親」や「子」にかかわる心の傷が
大きな位置を占めていることが見えてくる。
熱血とか、根性とか。
そういうものからは対極にある。
感情もあらわではなく、努めてサラサラ。
こんな今風の若者。
でもそれは、胸の奥底の痛みを包み隠すためでもあるのです。
瑛太・松田龍平の起用が実にはまっています。

アニメ「フランダースの犬」。
最終回のワンシーンは、そこを見るだけで私もウルウルしてしまうんですよね。
条件反射とは恐ろしい。
仰天はこれを「ハッピーエンド」だというのです。
さあ、どうなんでしょう?
そう言われればそんな気もしてしまいます。

「なんじゃ、こりゃ~!!」と叫ぶ瑛太に
「それ、誰のまね? ぜんぜん似てないね」と松田龍平。
うーん・・・楽しい!


2011年/日本/123分
監督:大森立嗣
原作:三浦しをん
出演:瑛太、松田龍平、片岡礼子、鈴木杏、本上まなみ

函館その2

2011年05月08日 | インターバル
元町界隈・坂本龍馬?

            * * * * * * * *

函館二日目。
この日は、気候が一ヶ月くらい逆戻りしたように寒い!
震えながらベイエリア・元町界隈を散策。

金森倉庫群。
明治の頃の函館の賑わいが思い出されますが、
今は中身は飲食店やお土産屋さんです。


スタバもちょっと雰囲気がある。


さて、電停の「十字街」付近に最近できたこの像。

なんと坂本龍馬です。
この向かい側に、ちゃんと「北海道坂本龍馬記念館」もある。
みなさん、ご存じだろうとは思いますが
坂本龍馬は、北海道に来たことはありません。
ではなぜ、ここに坂本龍馬なのか?
坂本龍馬は北海道開拓の夢を持っていた、というのです。
龍馬にとって北海道は理想と情熱を託す新天地であったと。
それは龍馬が遺した書簡などからもうかがえますが、
龍馬の養子となった甥の坂本直が龍馬の意志を継いで函館に来ていますし、
その後も本家5代目坂本直寛が北海道に渡ってきています。
六花亭の包装紙の絵で知られる坂本直行画伯は、本家八代目。
龍馬がもっと長くこの世に生をとどめていれば
必ずや北海道に渡ってきたに違いない!!
ということで、まあ、カンベンしてくださいませ。

でもちょっと夢見てしまいます。
土方歳三と坂本龍馬がいたら・・・
北海道は日本から独立した一つの国になっていたかも・・・なんてね。

さて、この龍馬像からほど近い坂道をずずーっと登っていきますと
こんなものが。

商店の宣伝用なんですが、
同じポーズで・・・
笑っちゃいますね。


東本願寺函館別院


函館ハリストス正教会


函館聖ヨハネ教会


カトリック元町教会

函館山のふもと、街と港を見下ろす位置に様々な教会やお寺が並んでいます。
異国情緒たっぷりなこの街は、
やはり格別。


海へと続くこの坂道は、
今も昔もかわりません。

函館その1

2011年05月07日 | インターバル
五稜郭・土方歳三

             * * * * * * * *

このゴールデンウィークは、函館一泊をしてきました。
函館は子供の頃住んだことのある地であり、
また近年数度訪れてもいるので、すっかりお馴染みではあります。
この度は“歴女”の娘と共に、
ちょっぴり歴史をたどる旅。

まずは五稜郭。

これは、五稜郭タワー。
タワーに鯉のぼりがついていまして、
これはこの時期でなければ見られませんね。
このタワー、史跡のそばに立つのは無粋ではありますが、
しかし、この場合は大変意義があるのです。

これが、タワーの展望台からみた五稜郭。
大変美しい形ですね。
この公園内にいては、この形の全貌はわかりません。
何だか薄ぼんやりした木が生えているのが解りますか?
これは桜の木なのですが、開花まであとほんの少しというところ!!
(5月3日現在)
うーん、残念でした。
この五稜郭公園は、函館市内でも有数な桜の名所なのです。
気の早い花見客がジンギスカンを繰り広げていました。
北海道では花見にジンギスカンが定番なのです・・・。


これは五稜郭の中心部にある「箱館奉行所」。
つい最近、資料を基にして極力当時の技法を用いて復元されました。
ペリーに開港を迫られた幕府は、箱館と下田の開港を決めますが、
そのためにこの奉行所が設置されました。
始めは元町にあったそうなのですが、
港に近く防備上不利なので、この場所に移したのだとか。
五稜郭は、武田斐三郎がヨーロッパの城塞都市を参考にして、この形状としました。
1864年に完成。
しかしまもなく大政奉還により、明治の時代となります。
五稜郭は戊辰戦争で、榎本武揚、土方歳三ら旧幕府軍の最後の砦となりました。

このように、梅はほどよく咲いていました・・・。


それで、ここに土方歳三像があるわけです。
結局土方さんは、この函館で銃弾に倒れ、34歳という短い生涯を閉じました。
今でも人気衰えませんね。



五稜郭タワーしたのホールにはこんなものがありましたよ。
東北地方の震災被害に遭われた方々へ向けたメッセージが綴られています。



ついでと言ってはなんですが、
これは大森浜にある、石川啄木像。
石川啄木は一時期ですが北海道に住んでいたことがあるのです。
ほんの一年ほどですが函館、札幌、小樽・・・
教師をしたり、新聞社に勤めたり
職も住むところも転々とし、正にさすらいの生活
才能はあっても人生なかなかうまくはいかないようで・・・
ご本人はきっと北海道にはあまりいい思い出がなかったろうと思うのですが、
こんな所に銅像ができてしまう。
そんなことを思うとちょっともの悲しいですね。

今はこの像のすぐそばに
「土方・啄木浪漫館」という資料館が建っています。
どうにも、関連のない人物を一緒くたにしてしまうのはいかがなものかと思いつつ・・・
ま、いいか。

明日は、坂本龍馬です。
函館でなぜ坂本龍馬・・・?



「カイシャデイズ」 山本幸久

2011年05月05日 | 本(その他)
働くことの意義って・・・?

            * * * * * * * *

山本幸久さんのお仕事系小説。
このストーリーの舞台は、COCOスペースという小規模な内装会社です。
そこで働くいろいろな人に焦点が当てられますが、
中心となるのは主に3人。

わがままで強面だけれど、人望が厚い営業のチーフ高柳。
いつも作業服の昭和風二枚目、施工管理の篠崎。
そして、おきて破りの天才肌デザイナー隈元。

この三人で組んで仕事をすることが多いのですが、
それぞれ情熱たっぷりで「楽しく」仕事しているのが、なんともたのもしい。


新入りの社員が高柳にいいます。
「仕事、楽しそうじゃないですか」
「楽しいわけないだろ」
「そうなんですか? ならどうして仕事をしているんですか?」
「知りたいか?」
「ええ」
「だったら明日、会社にこい。
そして外回りするおれについて歩いて、その目で見てたしかめろ」


「楽しいわけないだろ」と高柳さんはいいますが、
でもやっぱり楽しそうだ。


巻末に、この文庫本のための書き下ろし「シューカツデイズ」が載っています。
これは、もうイヤになるほどシューカツに破れた女子大生が、
ふと喫茶店の窓から、向かいの喫茶店の改装工事現場に日参する
上記三人の仕事の様子をみて、
いいなあ・・・、一緒に働きたい、と思ってしまうお話。

単に内装会社といっても
営業、設計、見積、工事、工事後のメンテ、資金の回収
・・・いろいろな仕事があって、それぞれの担当がいて、
すべての連携でなりたっています。
そこにもまたいろいろな人がいて、
気の合う人、いけ好かない人、気むずかしい人・・・
それでも、皆関わり合いながら成果を上げていく。
その中の一部分に過ぎないけれど、自分がいて、そしてみんながいて、
全体がうまく回っているという実感
・・・これが仕事をする意義なんだろうなあと思います。
そういうことを、しみじみと感じさせるいいストーリーです。
だから山本幸久さんのお仕事系小説はやめられないんですよね。



実のところ、私もこんな風に何かを作り出す仕事にはあこがれてしまうんです。
事務の仕事は退屈ですしね・・・。
けれども、事務とはいえ、毎日ただパソコンに向かっているだけでは済まないですよ。
やはり何かしら他の人々とのつながりナシには仕事は進まない。
うだうだしていないで、がんばらなくちゃ!です。

カイシャデイズ (文春文庫)
山本 幸久
文藝春秋


「カイシャデイズ」山本幸久 文春文庫
満足度★★★★☆

川の底からこんにちは

2011年05月04日 | 映画(か行)
開き直った時の強さがまぶしい!



        * * * * * * * *

上京して5年。
なんの目標があるわけでもなし、毎日をただダラダラと過ごすOL佐和子。
そんな彼女が、父の末期がんの知らせを受け、
実家のしじみ工場を継ぐために故郷へ帰ります。
しかしそれとて、やりたくてやるわけではなく、しかたなく・・・。
しかも付き合っていたバツイチの子連れ男までついてきた・・・。
工場で働く口さがないおばちゃんたちは
「5年前駆け落ちして出ていったくせに、捨てられてかえってきた」
と手厳しい。
しかも、ついてきた男を友人に盗られたりする。
さらに、しじみ工場は倒産寸前。
さて・・・・。


佐和子は自分自身どうしようもなくだめなヤツと自覚しています。
いつでも「しょうがない・・・」がくちぐせ。
それは、すべてに投げやりで、自分で前進しようという意欲がない
ということではあるのですが、
あるとき彼女はそこから開き直るのです。

所詮、わたしもあなたもダメ人間。
がんばらないとしょうがないじゃないの!!
と。

開き直った彼女はたくましい。
ほんと、見ていて気持ちがいいです。
結局彼女の投げやり、自信のなさは
母を早くに亡くしたことに起因するのが見えてきますね。
だから、連れ子のオンナノコとはどこか通じるところがある。
この二人、ろくに会話もなくシラケムードが漂っているくせに、
次第に心が接近していく様子もなかなかいい。

何もかもどうしようもない・・・と、いったん覚悟を決めて、開き直って再出発。
このたくましさが今まぶしい。



佐和子役の満島ひかりさんの、
無感動・やる気なしの演技がステキです。
そこでやる気を出したときの変貌が光りますね。
監督は新鋭期待の星、石井裕也。
なんと、この作品がきっかけでお二人は結婚したのだとか・・・。
いやはや、でも解ります。
ほんと、満島ひかりさん、魅力的でしたもん。

川の底からこんにちは [DVD]
石井裕也
紀伊國屋書店


「川の底からこんにちは」
2009年/日本/112分
監督・脚本:石井裕也
出演:満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎

八日目の蝉

2011年05月03日 | 映画(や行)
原作を読んでいてなお、さらなる感動が・・・



              * * * * * * * *

原作を読んだばかりだったのですが、さっそく映画も見ました。
しかし、正直さほど期待はしていなかったのですが、
これはまた・・・! 
思いがけず新たな感動に包まれてしまいました。



ストーリーはもちろん同じです。
でも構成が少し違う。
角田光代さんの原作は、時系列が正しく並んでいまして、
始めに希和子が赤ちゃんを連れ出し、
友人の家、エンジェルホーム、小豆島へと移動して行きます。
そして後半、主人公が成長した恵理菜にバトンタッチされます。

でも映画の方は、始めから成長した恵理菜がいます。
彼女の生活を描き出しながら、
過去の希和子のいきさつが順に少しずつ挿入されていきます。

この構成が生きてくるのは、特に舞台が小豆島に移ってから。
恵理菜が自分にとっては禁断の地であった小豆島に旅をします。
フェリーに乗って生まれて初めてまぶしく光り輝く海面を見たこと、
フェリーから眺めた小豆島の姿。
過去の幼かった自分と現在の自分が
同じ場所に立つことによってオーバーラップしていくのです。
「薫」だった時の自分が少しずつよみがえってくる。
訪れる場所、その所々で、過去の出来事がよみがえっていく。
しかもその風景がすばらしいのですよ。
小豆島の風景。
ここの風景は、ただ自然が美しいのではない。
斜面に作られた棚田であったり、
山から見た海辺に広がる家々の風景であったり。
人と自然がしっくりと共存しあっている、何だかやさしく美しい風景なんです。
こういうことができるのは、やはり映画の力ですよね。
行ったこともないので、本では小豆島の風景を想像はできませんでした。
この島でどんなに「薫」が「母」と人々に見守られながら
幸福な時を過ごしていたのか、
そういうことにすごく説得力があります。
とくに、あのお祭りの光景は、それだけで泣きそうに美しいものでした。

そしてまた、映画には原作にないエピソードが一つ加えられています。
ラストに来るそれがもう、すごい効果を上げています。

原作を読んで感動はしましたが、泣けるというわけではなかった。
ところがこれ、知らず涙があふれ出てきます。
周囲の人も皆、鼻をすすっていましたもん・・・。
泣ければいいというものではないですけれど、
この涙は悲しくて泣けるのではなくて、
ようやく自分を解放できた恵理菜のために泣けるわけで、
八日目の蝉がそれこそ9日でも10日でも生きて行けそうな、
そんな希望の見えるラストはいいですね。


原作ももちろんすばらしかったのですが、
その内容を知っていてさえも、
さらなる感動に包まれる、希有な作品といっていいでしょう。
これは、もちろんこの二人の女優さんの演技力によるところも大きいのですが、
小豆島の風景の勝利とも言えます。
そして脚本も!
脚本は奥寺佐渡子さん。
なんと、アニメの「時をかける少女」とか「サマーウォーズ」を手がけた方でした。
今後も注目したいと思います。

「八日目の蝉」
2011年/日本/147分
監督:成島 出
原作:角田光代
脚本:奥寺佐渡子
出演:井上真央、永作博美、小池栄子、森口瑤子

「八日目の蝉」 角田光代

2011年05月01日 | 本(その他)
九日目、十日目へと・・・

八日目の蝉 (中公文庫)
角田 光代
中央公論新社


            * * * * * * * *

角田光代さんは、自分でもみないふりしている心の奥底を
無理矢理えぐり出すようなところがあって、
下手をすると返り討ちに遭いそうな気がするので、ちょっと怖いという印象があります。
「空中庭園」を読んだ私は、特にそう思ってしまいました。
この作品は近く映画公開を予定していることもあり、おそるおそる(?)読んでみました。


希和子という女性が、愛人とその妻の赤ん坊を盗みだし、
逃亡しながら、その赤ん坊に実の子以上の愛情を持って育てていくというストーリー。
自身は愛人との間の子供を堕胎したことで、
子供が産めない体になっていたのでした。
通常はこのような行為は犯罪であり、狂った行為と見なされるのですが、
今作では、この希和子の視点でストーリーが語られるので、
その心情はまるで自分自身のことのように身近でよくわかる。
彼女にとってどんなにその娘、薫が大切でかけがえのないものであるか。
そうして、いつしか彼女の行為が明るみに出て、
この二人が引き離されてしまうことを恐怖してしまいます。
豊かな自然に囲まれ、おだやかな暮らしを手に入れた小豆島。
けれど、それもいつか終わりの時を迎えます。


後半は、物心つくまで優しいお母さんと過ごし、
しかしある日突然わけがわからないまま引き裂かれ、
見知らぬおじさん・おばさんを父母と呼ぶことになった恵理菜(薫)の視点の描写です。
彼女は大学生になっていますが、
両親とは相容れず一人暮らしを始めたところ。
誘拐犯の「母」と引き離されたのは3歳か4歳くらいというところでしょうか。
ちょうどその自己認識が芽生える当たりですね。
ところがようやく形成し始めた自己がそのとき崩壊し、
また全く新たな環境に放り出され、
これまでのことは間違っていたといわれる。
そんなにすんなり受け入れられるわけがありません。
その後どうしても家族とうまくいかないのは
あの「女」のせいだと、彼女は偽りの母を強く憎むのです。
当時のことはほとんど覚えていないにせよ、
本当は愛に包まれて幸せだったときのことを憎まなければならない。
彼女の時はそこから止まったまま・・・。

蝉は長い間土の中で暮らし、ようやく羽化して地上に出た後は
7日しか生きられないといいます。
他のみなと一緒に7日目で死ぬのならそれもいい。
けれど、もし他の蝉は7日で死んでしまったのに、
自分だけ8日目にも生き残ってしまったら・・・? 
彼女は自分をその8日目の蝉のようだと思うのです。


大変に重く苦いストーリーなのですが、私たちはこの恵理菜の若さに救われますね。
彼女は自分を理解してくれる友を得て、自分を解放していく。
九日目、十日目へと生き延びていきそうな希望が見えてくる。
女たちがつないでいく愛と命。
その愛は男に向ける愛では無く、無性の母の愛ですね。
血のつながりはないにせよ、恵理菜は「薫」として育てられた母の愛を
しっかり受け継いだようにも思える。
母は強し! 
圧倒的な筆力があって、目が離せない本でした。
それにしても、ここに登場する男たちの何とも情けないこと・・・。

「八日目の蝉」角田光代 中公文庫
満足度★★★★★