映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

Sweet Rain 死神の精度

2020年02月11日 | 映画(さ行)

時を飛び越え、人の世の移り変わりを見る存在

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本作は確か原作を読んだのですが、映画は見ていませんでした。

 

音楽好きの死神・千葉(金城武)は雨男。
彼が人間界に現れるときにはいつも雨が降っています。
死神の彼は、7日後に死ぬ予定の人間に近づき、
「実行=死」か、「見送り=生かす」かを判定するのが仕事。
本作ではまず、薄幸の女性・藤木一恵(小西真奈美)に近づき、観察を始めます。
そしていよいよ判定を下そうとするその日、彼女に思いがけない運命が・・・。

千葉はこれまで判定を「見送り」にしたことがないのです。
ほとんどは予定通り「実行」となる。
けれどもこのたびの判定は・・・。
そして場面は変わり、時を経て、千葉は別の人物のところを訪れます。
本作ではその後、もう一人の別の人物のところへ行く。
つまり本作は大きく3つの場面に別れているのですが、
実は時を経て、同一人物の付近を描いているのです。


死神という人間ではない存在が、人の世の移り変わりをこともなく通り過ぎて現れる。
そうした視点がなかなか切ないですね。
ちょっとヴァンパイアにも似た存在なのでした。
千葉はさして人間界に興味はないので、言葉使いが少しトンチンカン。
そのずれた感じが楽しめます。
こういう浮世離れした感じ、金城武に実に似合います。
素晴らしいキャスティング。


少し古い作品を見るときには、
今活躍中の俳優が端役で現れたりするのを見つけるのが楽しみの一つ。
本作には田中哲司さんが出ていました。

当ブログで原作本のことを確認しましたが、
映画とはちがう場面から始まっているようです。
興味がありましたら、こちらをどうぞ。

→「死神の精度」伊坂幸太郎

 

 

<WOWOW視聴にて>
「Sweet Rain 死神の精度」
2008年/日本/113分
監督:筧昌也
原作:伊坂幸太郎
出演:金城武、小西真奈美、富司純子、光石研、村上淳、田中哲治

伊坂ワールド度★★★★☆
満足度★★★★☆

 


フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて

2020年02月10日 | 映画(は行)

あんなパブで歌を聴いてみたい

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実在の「フィッシャーマンズ・フレンズ」というバンドの物語です。


イギリス南西部、コーンウォール地方の港町、ポートアイザック。
旅行中の音楽マネージャー、ダニーは、漁師バンド「フィッシャーマンズ・フレンズ」の野外ライブを見ます。
そして上司に命じられ、彼らとの音楽契約を結ぶため、ポートアイザックに残ることに。
チームのリーダー格・ジムは契約には懐疑的。
また、ダニーが滞在する民宿の経営者であり、ジムの娘でもある
オーウェンもダニーには敵意むき出し。
しかし、次第にダニーの熱意に打たれて、契約を進めることになりますが・・・。



そもそもは、こんな古くさい歌を誰も聴きたがらない、とレーベル側は考えた。
けれども、若者たちにはかえって新鮮に思えたのかもしれないし、
時代を選ばず、良いものは良いのだ、ということなのかもしれない。
とにかくやはり、漁師たちの歌う力強く伸びやかな歌声が素晴らしいです!!
ずっと浸っていたい気になります。


フィッシャーマンズ・フレンズは1995年、慈善事業の資金集めのために
現役漁師が中心となって結成した舟歌バンド。
それが、2010年にファーストアルバム全英ヒットチャートトップ10入りしたという、
まさに伝説的なグループですね。
そして又この「フィッシャーマンズ・フレンズ」というのは、
ごく普通に売られているミントタブレットの商品名と同じだそうで・・・。
確かに検索したらそっちの方がバッチリ出てきました!!
私、彼らのドキュメンタリー映画を見たことがあるような気がするのですが、
どうも記憶があやふやです・・・。
情けない・・・。

本作は、チームメンバーはご本人たちではなく、
ダニーのラブストーリーなどについてはほとんどフィクションと思われますが、
それだからこそ、音楽を聴かせるだけでなく、
興味を持って見ることができるエンタテイメントストーリーになっていると思います。

なんだかとてもハッピーな気分になれる作品。

<シアターキノにて>
「フィッシャーマンズ・ソング コーンウォールから愛をこめて」
2019年/イギリス/112分
監督:クリス・フォギン
出演:ダニエル・メイズ、ジェームズ・ピュアフォイ、デビッド・ヘイマン、デイブ・ジョーンズ
歌声の力強さ★★★★★
ハッピー度★★★★★
満足度★★★★.5

 


「名作うしろ読み」斎藤美奈子

2020年02月09日 | 本(解説)

「うしろ読み」のうしろ読み

 

 

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『雪国』『ゼロの焦点』から『赤毛のアン』まで、
古今東西の名作一三二冊を最後の一文から読み解く、丸わかり文学案内。
文豪たちの意外なエンディングのセンスをご覧あれ。

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私がよく訪れるブロガーさんが紹介していたので、早速読んでみました。


名作文学の冒頭の文章が注目されることは多いのだけれど、
最後の一文に触れられることはほとんどない。
・・・というわけで、著者が古今東西の「名作」文学について、
最後の一文から読み解こうとする本です。
元々読売新聞のコラムとして連載されていたものなので、どれも字数がほぼ同じ。
というわけで、見開き2ページで一冊分。
本の題名と、最後の一文、およそのあらすじ、
そして著者のコメントに加えてその作家の紹介まで、なんとも至れり尽くせり。


この「あらすじ」というのがなんともうれしい。
だって、情けないですが私、ここで紹介されている本で
読んだことがあるのはほんの少し・・・。
最後の一文を載せるというのはすなわち、完全ネタばらしということではありますが、
そもそも、この解説文を読んだところでこの先読んでみようとは、
実のところ私は思わないので(?)
あらすじだけでも知ることができるのはありがたい。
ネタばらし、大歓迎!


そしてこの本で面白いのは、なんといっても著者の感想というかコメントを述べる部分。
権威のある「名作」だろうがなんだろうが、本音だしまくり。
だから私はこの本の著者によるコメントの、さらに「うしろ読み」を試みてみることにします。

★「明日は明日の」が、男がらみの決意でも、白けるなかれ。
 永遠のタカビー女に反省は似合わない。<風と共に去りぬ>

★残忍な行為を美しい光景でさっと糊塗する作家の腕も、剣豪なみだ。<たそがれ清兵衛>

★時代の限界とはいえ、ビルマの人々の目はまったく意識されていない。
 水島の行為によって隊も読者も「癒やされて」しまうあたり、
 どこまでも「われわれ日本人」の物語なのだ。<ビルマの竪琴>

★福島第一原発事故後のいま読むとなお強烈。
 一般論としての警鐘ではなく、科学者批判で本書は閉じられるのである。<沈黙の春>

★母性神話を壊す童話。
 子どもを守り抜く完璧な母より、ずっと人間的(狐だけど)だと思うけど。<手袋を買いに>

★恋愛ブラボー、大地(農業)ブラボーなエンディング。
 舞台は中国だが、結末はあまりにもアメリカンだ<大地>

など、など・・・・。
本巻には続刊もありまして、続きます・・・。

<図書館蔵書にて>(単行本)
「名作うしろ読み」斎藤美奈子 中央公論新社
満足度★★★★☆

 


風をつかまえた少年

2020年02月08日 | 映画(か行)

平等な教育の大切さ

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実話を基にした作品です。



2001年、アフリカ最貧国の一つマラウイ。
14歳ウィリアムの住む村は、もとより電気など通じていません。
夜の明かりは灯油を灯すのですが、最近は灯油を買うお金がありません。
そして学校に学費を納めることもできず、退学になってしまいます。
ただでさえそのような暮らしなのに、この年、大干ばつとなります。
わずかに蓄えた食料も盗まれてしまい、いよいよ生命の危機になってきます。
ウィリアムは頭のいい少年で、ちょっとした工夫でものを作ったりするのが好きなのでした。
学校の教師が使っていた自転車のダイナモをみて、思います。

大きな風車で発電ができたら、
ポンプで水をくみ上げて乾期でも作物が育つのではないか?

学校でそのような仕組みを勉強したくても退学となっています。
図書館も本当は利用できないのですが、
司書の先生の計らいで密かに本を読むことができました。
本により自力で学ぶウィリアム。
しかし実行に移そうとしても、父親の理解がなかなか得られず・・・。

学ぶこと、教育の大切さがひしひしと感じられるストーリーです。
特に、今問題となっている教育の格差。
お金がなければまともな教育を受けることができない・・・
というのは、実は社会の損失である、ということに私たちは気づくべきでしょう。
発展途上にある国々にまず必要なのは、最低限の衣食住ではありますが
それはその場しのぎのこと。
国を根本的に作って行くためには、貧富に関わらない平等な教育が必要ですね。
そして、意欲と能力に応じた学びの場。
日本ではもっとしっかりした奨学金の制度。

自ら学びとり、それを工夫して実現させるバイタリティ、実に魅力的な作品です。
本作の映画化を望んでいた俳優キウェテル・イジョフォーが監督も務めています。

マラウイはアフリカ南東部の内陸国。
2001年当時では電気が使えるのは国民の2%程度。
けれど、内乱が起こっていない、アフリカででは珍しい国の一つだそうです。

 

<J:COMオンデマンドにて>
「風をつかまえた少年」
2018年/イギリス・マラウイ/113分
監督:キウェテル・イジョフォー
出演:マックスウェル・シンバ、キウェテル・イジョフォー、アイサ・マイガ、リリー・バンダ

学ぶ意欲度★★★★★
創意工夫度★★★★★
満足度★★★★★

 


ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密

2020年02月06日 | 映画(な行)

すぐに真相が明かされるようなのだが、しかし。

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世界的ミステリ作家、ハーラン・スロンビー(クリストファー・プラマー)
85歳の誕生日パーティーが彼の豪邸で行われます。

その翌朝、書斎で遺体となって発見された老作家。
ある人物から依頼を受けた名探偵、ブノワ・ブラン(ダニエル・クレイグ)が調査に乗り出します。

スロンビーの息子や娘、その家族たち、専属の看護師・・・、
様々な人々の人間関係があぶり出されますが・・・。


ライアン・ジョンソン監督が、「アガサ・クリスティに捧げる」ということで
描かれたオリジナル脚本によるもの。
そのため、画面はどことなくレトロな雰囲気が漂うのですが、
スマホもあるれっきとした現在のストーリー。
ダニエル・クレイグによる名探偵は、007みたいにスタイリッシュではなくて、
南部なまりのオジサン(私には、実のところ聞き分けられてはいないけれど)。
なんだかこの人大丈夫なの?という若干の不安を感じさせながら、
イヤ、実は頭の切れるなかなか食えないヤツなのでした。



しかしこの事件、早々に真相がわかってしまうのです。
こんなに早くに「真犯人」がわかってしまって、大丈夫なのか? 
探偵が犯人をどのように追い詰めていくかという倒叙形式なのか?
・・・などと思って見ているうちに、
次第に事態はなおも混迷に向かい、思いがけない「裏」があったことがわかっていく。
まことに、一筋縄ではいかない、王道のミステリなのでした。
ミステリファンなら、必見。

あまり説明するとネタバレになってしまうけれど、
いかにもスロンビー殺害の動機がありそうな家族たちに引きかえ、
スロンビーの看護師・マルタ(アナ・デ・アルマス)のキャラが実にいい。
彼女は南米移民の娘で、職務熱心かつ実直。
スロンビーを敬愛しています。
そんな彼女をスロンビーもよく理解していた。
まあ、そういうところが発端の話ではあるのです。
そして彼女は、正直者のあまり、嘘をつくとすぐに吐いてしまう・・・。
彼女の造形があまりにも出来過ぎではあるけれど、それもユーモアのうち。
一番怪しくない者が犯人?
まあ、そこのところが見所ですよ。
楽しめました。

<シネマフロンティアにて>
「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」
2019年/アメリカ/131分
監督・脚本:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグ、クリス・エバンス、アナ・デ・アルマス、
   ジェイミー・リー・カーティス、マイケル・シャノン、トニ・コレット、クリストファー・プラマー

本格ミステリ度★★★★★
満足度★★★★☆

 

 


「毒きのこに生まれてきたあたしのこと。」堀博美

2020年02月05日 | 本(解説)

毒きのこ尽くし

 

 

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日本でただ一人のきのこライター・堀博美による、
まるまる一冊毒きのこスーパーコラム・ブック。
おもな毒きのこの紹介を中心に、
歴史のなかの毒きのこや、文学・マンガ作品のなかで描かれた毒きのこなど、
恐ろしくも人の心を惹きつける毒きのこの魔力を、縦横に語りつくします。

毒きのこ本ですが、毒きのこ被害防止を祈念して、発売は「きのこの日」である10月15日。
また、カバーは、カリスマ的人気のあるヒグチユウコさんの作品で装いました。
表紙や本文プロローグ、エピローグなども「毒・どく」をこめた、
ユニークなデザインとなっています。

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まるで何かの物語のようなこの題名と表紙のイラストですが、
これは毒きのこの紹介本です。


著者堀博美さんは日本でただ一人のきのこライター、とありますね!
よほどきのこがお好きなのでしょう。
私も親近感を覚えてしまいます。
本巻には毒きのこばかり44種が紹介されています。
その名前、色・形などの基本データに加えて、
毒の成分、中毒症状、実際の中毒例・・・。
ひ~、こわいこわい!
嘔吐や下痢で済めばまだいい方で、
いったん回復したように見えた後に、
肝臓や胃腸がやられて死に至らしめるというものまであって、
著者は天然に生えているものは、
よほど自信がない限り口にしない方がいい、といいます。
そしてまた、店で売っている食用きのこでも、生食は良くないとのこと。
体質や体調によっては当たることもあるそう。
以前料理番組でサラダに生のマッシュルームを使っていて、
私もやってみようと思っていたのですが、やはりやめることにします。
きのこは必ず熱を通して食べましょう!!

などと言いながら、著者は多少の毒きのこなら
あえて自ら食べて試してみることもあるようなのです・・・。
私は絶対まねしません・・・。

それから、普通のきのこ図鑑ではあまり触れられていない、幻覚性のきのこのこと。
古代には宗教的儀式にも使われていたらしい、幻覚を起こすきのこ。
何種類かは、麻薬と同じ扱いで、持っているだけでも罪になるとのこと!!

そのほか、文学や漫画の中に出てくるきのこの話なども紹介してあって、
誠にきのこづくし、楽しめる本となっています。
惜しむらくは、実際のきのこの写真が巻頭4ページにあるだけなので、
もっと文章と合わせて多くの写真が載っていればよかった・・・。

<図書館蔵書にて>

「毒きのこに生まれてきたあたしのこと。」堀博美 山と渓谷社
満足度★★★.5

 


スノー・ロワイヤル

2020年02月04日 | 映画(さ行)

ブラックユーモア満載

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ノルウェーのクライムドラマ「ファイティング・ダディ 怒りの除雪車」を
同監督、リーアム・ニーソン主演でリメイクしたものです。
ちなみにノルウェー版の主役はステラン・スカルスガルド。
ちょっとそちらも気になります。

雪深い田舎町、キーホー。
除雪作業員ネルズ・コックマン(リーアム・ニーソン)は、
模範市民賞を受賞するほど真面目で仕事熱心です。
ある日、一人息子が麻薬の過剰摂取を偽装され、殺されてしまいます。
ネルズは復讐のため、地元麻薬組織・バイキング一味を、
一人、また一人と殺していきます。
バイキングのボスはそれを敵対する組織の仕業と勘違いし、
マフィア同士の抗争に発展していきますが・・・。

リーアム・ニーソン主役ということで「96時間」のような、戦うお父さん劇を予想しました。
そして確かに途中まではその通りだったのですが、なんだか次第に様子が違ってきます。
ごくあっさりと殺人が行われ、そして、
マフィアのどんな下っ端が死んだ場合にも
いちいち十字架とともに「誰それ死亡」というキャプションが出ます。
また、バイキングのボスは別れた妻と息子の養育権を争っていますが、
その元妻にはほとんど頭が上がらない。
気に入らない部下を平気で撃ち殺したりするくせにすごいギャップ。
・・・次第にブラックユーモアが漂い始めます。
少し、コーエン兄弟の雰囲気にも似ています。


ネルズの復讐劇だったはずなのに、
いつの間にかネルズそっちのけ、マフィア同士の銃撃戦が始まったりする。
そして、ネルズがバイキングのボスをおびき出すために
彼の息子を誘拐するのですが、この子がまた、なんともユニークです。
ネルズの自宅に連れてこられた子どもは、
こんなところに来るのは変じゃない?と少しも怯えず、
ネルズを憎みもせず、逃げ出す様子もなく、寝る前に本を読んで、などという。
ネルズの家に子ども向けの本などないので、やむなく重機のカタログを読むのですが、
子どもはそれを面白がっている。
すっかりなじんでしまった二人。
子どもは「ストックホルム症候群って、知ってる?」とネルズに問いかけたりします。
賢く、落ち着いた子ども・・・。
笑っちゃいます。
この子の将来が楽しみなような、怖いような・・・。

簡単に人が死んでしまうことに疑問を持ちながら見ていましたが、
つまりこれはクライムコメディとでもいうべき、苦い笑いでくるんだ作品。
悲壮感も陰惨さもなく、次第にその持ち味にはまっていきます。
モランド監督、次作が公開されたらまた見たいです。

 

 

<WOWOW視聴にて>
「スノー・ロワイヤル」
2019年/アメリカ/119分
監督:ハンス・ペテル・モランド
出演:リーアム・ニーソン、ローラ・ダーン、
トム・ベイトマン、エミー・ロッサム

ブラックユーモア度★★★★★
満足度★★★★☆

 


リンドグレーン

2020年02月03日 | 映画(ら行)

自分の思う道を貫けば・・・

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「長くつ下のピッピ」や「ロッタちゃん」等、名作児童文学を描いたスウェーデンの作家、
アストリッド・リンドグレーンの若き日々を描きます。



スウェーデンの農家で育ったアストリッド。
自由奔放な彼女は、教会の教えや倫理観、保守的な田舎のしきたりに息苦しさを覚えています。
あるとき、その文才を認められ、地方新聞社で働くことになります。
ところがそこの妻子ある社長と愛し合うようになり、妊娠してしまいます・・・。



その社長は妻とは離婚協議中。
まあ、アストリッドとは全く遊びというわけでもなさそう。
そもそも作中では、誘惑したのはアストリッドの方。
さてしかし、当時(1925年頃?)未婚で子どもを産むというのは、
ほとんど社会的な自殺行為。
アストリッドは、デンマークにそのような母子を救済してくれる人がいるということを聞き、
デンマークで密かに出産します。
表向きはタイピストの養成所に通う、ということで。
彼女は無事男子を出産しましたが、赤子を連れて帰ることはできず、
そこに預けたまま単身で故郷に戻ります。
そんな頃に彼女と相手の男が会うシーンがあるのですが、
男は妻から姦通の罪で訴えられ、実刑を受けるかもしれない、と戦々恐々の体。
そんな男をアストリッドが優しく抱き留める・・・。
ああ、ここで私は思いました。
すっかり年齢的に逆転している。
単身外国で出産し、我が子と離ればなれになるというつらい経験が、
彼女を一気に老成させたのです。
そして、男への愛は、多分ここで覚めたのではないでしょうか。



その後アストリッドは子どもを引き取り(そこまでの道のりが実は困難)、
別の会社でタイピストとして自立した生活をするようになるのですが、
そんなときに彼女のことを気にかけるハンサムな青年登場。
彼の名前が「リンドグレーン」だったのです。
作中、そのラブストーリーは語られていないものの、
彼の名前だけで、私たちはその後の二人のことがわかるという仕組み。
しゃれていますよねえ・・・。

結局のところ、私は思います。
世間の偏見や嫌がらせがあろうとなんだろうと、自分の思う道を貫くこと。
それを続ければ、いつか周りの方が諦めるというか、打ち解けるというか、
知らずしらずのうちに、それを認めてしまうものなのかもしれない。

何やらじんわりと感動・・・。

<シアターキノにて>
2018年/スウェーデン、デンマーク/123分
監督:ペアニル・フィシャー・クリステンセン
出演:アルバ・アウグスト、マリア・ホネビー、トリーヌ・ディルホム、
   マグヌス・クレッペル、ヘンリク・ラファエルソン
女性の自立度★★★★★
満足度★★★★☆

 


「ハーメルンの笛吹き男ー伝説とその世界」阿部謹也

2020年02月02日 | 本(解説)

中世ヨーロッパの人々の生活を探る

 

 

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《ハーメルンの笛吹き男》伝説はどうして生まれたのか。
13世紀ドイツの小さな町で起こったひとつの事件の謎を、
当時のハーメルンの人々の生活を手がかりに解明、
これまで歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の差別の問題を明らかにし、
ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。
新しい社会史を確立するきっかけとなった記念碑的作品。

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何かの紹介文で見たので興味を持ってこの本を手にしました。
1974年に出版された本で文庫化されたのが1988年、
と、ずいぶん読み遅れの感がありますが・・・。


「ハーメルンの笛吹き男」というのは、皆さんもよくご存じのヨーロッパの昔話。
ある町でネズミの大発生があって困っていると、
ふらりと男がやってきて、ネズミを退治してやるという。
男が笛を吹くとすべてのネズミが集まり男のあとをついて行って消えていった。
さてその後、男が報酬を要求するけれど村人はケチって払わない。
すると男はまた笛を吹き、今度は町中の子どもたちが集まり、
男のあとをついて行って、それっきり戻りませんでした、とさ。

 

単なるおとぎ話かと思っていたのですが、これがきちんとした文書に残っており、
1284年6月26日、ドイツのハーメルンで、実際に130人の子どもが行方不明となった
という事実があるのだそうです。
ただ、文書には笛吹き男の件には触れられていません。
そんなわけでその後から現在に至るまで、
一体子どもたちが一斉にいなくなった事件の真相はなんだったのか、
また子どもたちを率いたものがいたとすれば、それは何者なのか、
ということを多くの人が考察、研究しているのです。

 

有力なのが東ドイツ植民者としての移動。
子どもというよりも若者という解釈で、
多くの者が新天地を目指して、町を出て行ったのだろう、と。
他には、子ども十字軍説、お祭りのような舞踏行進説など・・・。


ここで著者は、この出来事の真相を探るためには、
当時の庶民の実態を知ることが必要だというのです。
教会と大商人が権力を握り、貧富の差が大きく、
特に最下層のたちの生活は想像に絶するものがある、と。
とは市民権を持たないもの。
すなわち今の日本では「人権」は当たり前すぎてあまり意識にも上りませんが
(平等に守られているとは言いがたいけれど)、
彼らには人権がなかった。
「高い窓のむこうに鉄格子越しに道路があり、
いつもは通行人の足や犬猫の顔を見ながら暮らす」という、地下に住んでいます。
しかしこれらの記述に私は特に驚きはしませんでした。
だって現在でも、どこにでもそのような格差や差別は当たり前にあって、
ましてや中世のことならないはずがありませんよね。
ちょうどその半地下に住む人々の映画を見たばかりですし・・・。

そして、音楽を奏でながら旅して回る遍歴楽師のこと。
こうした人々の暮らしを把握しつつこの伝承に立ち返れば見えてくるものがあるかもしれない、
ということで、著者的には特に結論を出してはいません。
著者の狙いは、その真相を探ることではなくて、
当時のヨーロッパの社会における人々の精神構造を探ることなんですね。
しかし、ドイツ人ではなく日本人でありながら、
非常に細かな調査に基づいた記述には頭が下がる思いがします。
ヨーロッパの中世は謎に満ちています。

 

満足度★★★.5