映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

パラレル・マザーズ

2024年02月07日 | 映画(は行)

母と娘。女。

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写真家として成功しているジャニス(ペネロペ・クルス)は、
同じ産科の病院で17歳のアナ(ミレナ・スミット)と出会います。
そして同じ日に双方女の子を出産。
共にシングルマザーとして生きていくことを決意し、再会を誓って退院。

その後ジャニスはセシリアと名付けた娘を大切に育てていましたが、
父親であるはずのもと恋人から「自分の子供とは思えない」と言われてしまいます。
気になってDNA検査を受け、セシリアが実子でないことが判明。
ジャニスは産院でアナの娘と取り違えられたことに思い当たります。
しかし悩んだ末にジャニスはこの事実を封印し、
アナとも連絡を絶ってこのままシングルマザーとして生きようと決意。

しかし1年後、ジャニスは偶然にアナと再会。
アナの娘が亡くなったことを知ります・・・。

ジャニスは血のつながりなどなくても、十分以上にこの娘を愛していたし
これからも愛せると確信していたのでしょう。
けれど、実子と信じている娘を亡くしたアナにとって、
実の娘が実は生きていると知るべきなのかそうでないのか・・・
また悩んでしまうジャニス。

アナの母親は俳優になる夢をずっと持っていて、
この度は娘アナの出産や育児すらも捨てて、舞台で地方巡業に行ってしまいます。

自分の夢を優先する、母親として失格な母。
そう自覚している母。

そしてまた、アナの妊娠の経緯というのがまた悲しい・・・。
ではあっても、出産して子供を心から愛するアナの姿にも心打たれます。

母と娘・・・。
その有り様は様々でどれが正解とは言えないけれど、
そこにはそれなりの形の「愛」があるのでしょう。
女の生き方は一つではない、ということでもありますね。

そして本作、もう一つのテーマにスペイン内乱の悲劇があります。
アナの故郷の村で、過去に虐殺された曾祖父や親類たちが埋められた墓地があり、
改めてそこを発掘調査することになるのです。

失われかけた家族の愛と歴史がまた蘇っていく。
そして新たな命はまた形を変えて続いていくのでしょう。

ペドロ・アルモドバル監督×ペネロペ・クルス。
鉄板の名作です。

 

<Amazon prime videoにて>

「パラレル・マザーズ」

2021年/スペイン・フランス/123分

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル

出演:ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、イスラエル・エレハルデ、
   アイタナ・サンチェス=ギヨン、ロッシ・デ・パルマ

 

母子の絆度★★★★☆

スペインの歴史発掘度★★★★☆

満足度★★★★★


哀れなるものたち

2024年02月06日 | 映画(あ行)

新たな生を受け、生きていく

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アカデミー賞候補の話題作。
ヴィクトリア朝イギリスらしき舞台ではありますが、
どこか寓話めいて不思議な世界感が繰り広げられます。

不幸な若い女性が橋から飛び降りて自殺。
風変わりな天才外科医ゴッドイン・バクスター(ウィレム・デフォー)が
その死後間もない遺体を引き取り、
妊娠中の遺体の胎児の脳を遺体に移植し、奇跡的蘇生に成功します。
大人の体を持ちながら、頭脳は新生児というベラ(エマ・ストーン)の誕生です。

ベラは、みるみることばや知識を吸収していきます。
赤ん坊→幼女→少女くらいに知恵を身つけていく頃には、
学問的な知識は下手な大人以上になっています。
けれど、屋敷から外に出たこともなく、世間的な生活能力もない。
全く無垢でありながら、知識は人一倍、
そして世の中のことが何もわかっていないという、アンバランスな状況に・・・。

そんな時に、放蕩者の弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘われ、
大陸横断の旅に出ることに。

初めて見る世界と、あけすけなダンカンとの性の快楽に幸福を見出すベラですが、
ある時、地上の食うや食わずで貧困にあえぐ人々の生活を見てしまいます。
これまでベラは上層階級の暮らししか知らなかったのでした。

ベラはダンカンの財産を貧しい人々に寄付(実はだまし取られた)してしまい、
ダンカンとは破局。
ベラはパリの街で1人身を立てていかなければならなくなりますが・・・。

通常は20年近くかけて、子供から大人へと知識や良識を身につけていくものですが、
ベラはごく短期間のうちにそれを成し遂げます。
だからその過程で見聞きしたモノの影響がとても大きい。
ひとたび性の快楽を味わえば、ほとんどそれこそが生きる意味くらいの認識が芽生えます。
けれど、思いのほかベラは聡明で、善悪や正義の判断力をもまたしっかり身につけていく。
だからこそ、経済的格差にあえぐ下層階級の人々のことを知れば、
ひどくショックを受けてしまう。

とてつもない奇妙な生い立ちを経ながらも、
しっかりと自立へと目覚めていくベラの成長ぶりに胸が躍ります。

顔がつぎはぎだらけの、まるでフランケンシュタインみたいなバクスター博士の
人物造形がなんともユニーク。
R18のなかなか刺激の強い作品ではありますが、
映画の面白さをじっくり味わえる作品でもありました。

 

<シネマフロンティアにて>

「哀れなるものたち」

2023年/イギリス/142分

監督:ヨルゴス・ランティモス

原作:アラスター・グレイ

出演:エマ・ストーン、マーク・ラファロ、ウィレム・デフォー、ラミー・ユセフ、クリストファー・アボット

異界度★★★★☆

満足度★★★★☆


ムービング・オン 2人の殺人計画!?

2024年02月05日 | 映画(ま行)

過去のトラウマに立ち向かうために

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クレア(ジェーン・フォンダ)は、学生時代からの親友の葬儀に出向きました。
彼女はそこで、亡き親友の夫・ハワード(マルコム・マクダウェル)に対して、
いきなり殺人予告をします。
それほどにクレアは彼を憎んでいたのです。

そしてまたクレアは、その葬儀の場でもうひとりの親友、エヴリン(リリー・トムリン)と再会します。
エヴリンもまた別の理由でハワードを憎んでいて、
クレアの殺人計画に協力することに。

ふたりは、再び自分の人生を取り戻すため、
トラウマや過去の秘密に向き合っていきます・・・。

愛と性。
同性愛や、性加害、性の多様性。
クレアたちが若かった約50年ほど前と現在の考え方の違いが
テーマとなっていると言っていいと思います。

クレアはハワードのある行為によって、深く傷つき、
当時の結婚生活も捨てなければならなかった。
その後、それは大きなトラウマとなって、心からの幸福を感じたことがない。
しかし、その妻である親友を傷つけたくなかったので、
ひたすら沈黙を守り続けていたのです。

そんなクレアの気も知らずに、ハワードは過去のことを「互いに同意の上の過ち」などという。
これですよこれ。
性加害の認識の違いというもの。

確かに今はそういうことについて、マスコミなどいろいろな場面で言われていて、
被害者側も声を上げることが増えている。
でも実態としては、個々のその捉え方は旧態依然として昔と変わらないですね。

そうした事情は、日本もアメリカも同じのようです。

加害者側では過去の取るに足りない出来事、
場合によっては武勇伝とさえ思うような出来事が、
被害者側にとっては一生の心の傷となってその後の人生にも影を落とす。

だから、軽く扱ってはなりません。

 

<Amazon prime videoにて>

「ムービング・オン 2人の殺人計画!?」

2022年/アメリカ/85分

監督・脚本:ポール・ワイツ

出演:ジェーン・フォンダ、リリー・トムリン、マルコム・マクダウェル、
   サラ・バーンズ、リチャード・ラウンドトゥリー、キャサリン・デント

 

性の問題度★★★★★

満足度★★★★☆

 


アステロイド・シティ

2024年02月03日 | 映画(あ行)

砂漠の街で

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1955年。
アメリカ南西部、砂漠の中にぽつんとある街アステロイド・シティ。
隕石が落下してできた巨大なクレーターが観光名所で、そのため研究所もあります。
そこへ、化学賞を受賞した5人の少年少女とその家族が招待されます。

子供たちに母親がなくなったことを言い出せない父。

映画スターのシングルマザー。

天才少年少女の家族にもいろいろな事情があるのでした。

さてそんな時、授賞式に参加した人々の目前に突如宇宙人が現れ、
あるものを持ってすぐに去って行ってしまいます。
軍は宇宙人到来を隠蔽するため、町の人々や来訪者たちを隔離。
全員街を出られなくなってしまいますが・・・

その宇宙人というのがなんともオトボケでユーモラス。
凍り付いたような人々の前に現れ、すぐに去って行く。
傑作なシーンでした。

ウェス・アンダーソンらしい、真面目になればなるほどおかしみを感じる人々の様子、
良い味出てますねえ・・・。
出演陣も、豪華!!

でも、本作、舞台劇「アステロイド・シティ」を制作する
スタジオ内のメイキング風景という体で、
二重の舞台設定が交互に描かれるのですが、
私にはそこがなんだかわかりにくくて、混乱してしまいました。
この設定、必要でしたかね?

<Amazon prime videoにて>

「アステロイド・シティ」

2023年/アメリカ/104分

監督・脚本:ウェス・アンダーソン

出演:ジェイソン・シュワルツマン、スカーレット・ヨハンソン、トム・ハンクス、
   ジェフリー・ライト、ティルダ・スウィントン、エドワード・ノートン、
   エイドリアン・ブロディ、リーブ・シュレイバー

 

ユニーク度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


「白野真澄はしょうがない」奥田亜希子

2024年02月02日 | 本(その他)

5人それぞれの白野真澄

 

 

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小学四年生の「白野真澄」は、強い変化や刺激が苦手だ。
横断歩道も黒い部分は暗い気持ちになる気がして、白いところだけを渡って歩いている。
なるべく静かに過ごしたいのだが、
翔が転校してきてからその生活は変化していく……(表題作)。
頼れる助産師、駆け出しイラストレーター、
夫に合わせてきた主婦、二人の異性の間で揺れる女子大生。
五人の「白野真澄」たちが抱えるそれぞれの生きづらさを、
曇りのない視線で見つめた短編集。

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私には初めての作家さんですが、奥田亜希子さんの短編集。
5篇が収められています。
ところが、どの話も主人公の名前が「白野真澄」。
でも連作短編ではなくて、すべて別人。
ある時は30歳過ぎの助産師。
またある時は駆け出しイラストレーター男子。
50代の婦人であったり、小学4年の少年であったりもします。


性別も年齢も関係なくなぜ皆同じ名前なのか。
その答えはラストの表題作「白野真澄はしょうがない」にあるかもしれません。

 

小学4年男子の白野真澄くんは、どうも人と違っていて、
いろいろな色の具材が混ざり合っているモノが食べられない。
辛かったり苦かったり、酸っぱすぎるモノもダメ。
だから給食はほとんどがダメ。
大きな音、初めてのこと、突発的な出来事・・・
神経が過敏なのでそういうこともダメなのです。
それだからクラスの男子の友人はできなくて、
しかしなぜか女子には庇われている・・・。
そんなところへ転校してきた黒岩くんが積極的に白野くんに近づいてきます。

黒岩くんは言うのです。
「白野真澄だからしょうがない」と。
それは決して白野くんがしょうがないダメなヤツという意味ではなくて、
「白野真澄」とはこう言う人物なのだから、
あれこれ文句を言ったり叱咤激励したりするのは意味がない、
ということ。
すなわち、こんな白野くんを丸ごとそのまんま受け入れれば良いんだ。
だって白野真澄なんだから・・・と。
このことばで、白野くんは劣等感から解放されるんですね。

名前は自分自身を表わすもの。
でも同じ名前を持っていたとしても人格は別々。
自分が自分の「白野真澄」をつくるのだ、ということ。

ステキな一冊です。
私、創元文芸文庫、気に入っています。

「白野真澄はしょうがない」奥田亜希子 創元文芸文庫

満足度★★★★☆