映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン

2024年07月10日 | 映画(か行)

唯一の宿敵であり理解者との対決

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本作は私、2002年公開時に見たのですが、
例によって内容はほとんど覚えていませんでした。
当ブログ開始以前なので記録もありません。

この8月からSnow Manの岩本照さんが出演する舞台「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」が公開されるので、
やにわに興味が湧き、もう一度見ることに。

 

実在の詐欺師、フランク・アバグネイルをモデルとしています。

 

1960年代、高校生のフランク(レオナルド・ディカプリオ)は、
両親の離婚をきっかけに家を飛び出し、生活のため小切手詐欺に手を染めます。
が、なかなかそう簡単ではありません。
そうこうするうちに、人々から賞賛の目を向けられるパイロットになりすませば
簡単に人をだませることに気づきます。
パイロットの服装で各地を飛び回りながら、小切手の偽造を繰り返し、
次第に巨額を得ることができるようになっていきます。

一方、FBIのベテラン捜査官ハンラティ(トム・ハンクス)が捜査に乗り出し、
フランクを追い詰めていきます。

フランクはパイロットばかりでなく、時には医師にまでなりすまします。
実際相当頭が良いのでしょうね。
パイロットとして飛行機の操縦をするわけではありませんが、
医師であれば時には患者を診なければならないこともあって、
いくら何でもそれはヤバい・・・。
かなり上の立場になりすましていたので、
大抵は部下を使うことでやり過ごしていたようです・・・。

 

そんなフランクを、ハンラティはかなりのところまで追い詰めながら、
取り逃がすということが何度か繰り返されます。
まさに、「つかまえられるもんなら、つかまえてごらん」というわけですね。
フランクの身の軽さというよりは、やはり機転の良さなのでしょう。

しかしなぜか、クリスマスのたびに彼らは電話などで直接会話を交わすことになる。
まるでライバル同士が互いの消息を確かめ合うかのように・・・。
なんとも洒落た演出です。

 

フランクは自分の父親をとても敬愛していて、
そんな父親が事業に失敗したり母親と離婚したりするのに、
かなりダメージを受けたようでもあります。
なにしろ彼は、詐欺を始めたときもその後捕まったときでさえも、まだ未成年なんですよ。
そんな彼の心の幼さとたぐいまれな頭脳とのアンバランス、
そして孤独こそが彼の問題なのでしょう。

 

ともあれFBIが大勢張り込んでいる空港からの脱出の手口とか、
ハンラティに確保され、移送される飛行機のトイレからの脱出の手口は、
もう、お見事としかいいようがありません。
そして彼のその後のことも興味深いところ。

文句なしに楽しめる作品でありました。
そりゃ、スティーブン・スピルバーグ監督で、
レオナルド・ディカプリオにトム・ハンクス。
これで面白くないわけがないですよね。

20年以上前の作品。
レオ様、若い!!

 

<Amazon prime videoにて>

「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」

2002年/アメリカ/141分

監督:スティーブン・スピルバーグ

原作:フランク・W・アバグネイル、スタン・レディング

出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハンクス、クリストファー・ウォーケン、
   マーティン・シーン、ナタリー・バイ、エイミー・アダムス

スリル度★★★★☆

満足度★★★★★


九十歳。何がめでたい

2024年07月09日 | 映画(か行)

辛口で生き抜こう

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作家、佐藤愛子さんによるベストセラーエッセイを映画化したもの。
その佐藤愛子さん役を、御年90歳の草笛光子さんが演じるという、ナイスな作品です。

 

数々の文学賞を受賞してきた作家・佐藤愛子(草笛光子)。
90歳を過ぎた今、断筆宣言をして書くことをやめ、人付き合いもすっかり減っています。
しかしそうなるとなんともやる気が出ず、鬱々と過ごす日々・・・。

そんなところへ、中年のさえない編集者・吉川(唐沢寿明)が、
エッセイの執筆依頼を持ち込んできます。
生きづらい世の中への怒りや歯に衣着せぬ物言いで、エッセイ本は思いがけず大反響。
愛子さんも気力を取り戻していきます。

 

年齢を理由に仕事を引退。
忙しく働いているときに、それはほとんど夢ではあるのですが、
いざ、それが実現すると他にすることがないことに気づく。
・・・まあ、そんなものでしょう。
そして、そうなると次第に人とも会わなくなる。

まさに、長生きはめでたいと人は言うけれど、何がめでたいのか・・・。

健康で生きるためには、何かすべきことが必要なんですね。
それと人とのふれあいが。

分ってはいるけれど、実際90歳にもなったら知人はすでにいなくなってしまっているかも知れないし、
いたとしても会いに行ったり来たりするのも大変になってくる・・・。
それで言うとやっぱりこの佐藤愛子さんは、ラッキーなのかも知れません。

ところで、佐藤愛子さんは現在100歳とのこと。
今時、そうめずらしい話ではありませんが、
元気で100歳を迎えるためのロールモデルではありますね。

歯に衣着せぬ物言い。
私もそんな、ちょっと口の悪い辛口婆さんになりたい!
(すでにそうだったりして・・・)

編集者の吉川は、編集者の中でも昭和の香りを多分に引きずっていて、
仕事一筋なので家族には見放され、
会社ではパワハラで閑職に回されるというさえない男。
けれどベテランなのは間違いなく、小説家の心を動かす術をよく知っていらっしゃる。
まあ、そんな彼も、愛子さんと長くタックを組む内に、
人間として成長していくようです。

良きかな。

 

<シネマフロンティアにて>

「九十歳。何がめでたい」

2024念/日本/99分

監督:前田哲

原作:佐藤愛子

脚本:大島里美

出演:草笛光子、唐沢寿明、藤間爽子、片岡千之助、宮野真守、三谷幸喜、オダギリジョー

 

ユーモア度★★★★☆

満足度★★★★☆


「ミステリと言う勿れ 14」田村由美

2024年07月08日 | コミックス

エア整くんの冒険

 

 

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とある事件の取り調べを通じて、整と知り合った大隣署の刑事・池本。
ある日妻子と実家に向かう途中、土砂崩れでトンネルに閉じ込められる。
そこには複数の男女が取り残されていて…

池本が謎に迫る一方、トンネル事故のニュースをTVで見た整は…?

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ウレシイ、久能整くんの最新刊。

本巻は、池本刑事がメインのストーリーです。
そういえば、青砥警部、風呂光刑事というふうに、
整くんゆかりの大隣署刑事たちの
個人事情を交えた事件の話が進んできていたのでした。

池本さんは、奥さんと生まれて間もない息子とで、
奥さんの実家へ向かうドライブの途中、
土砂崩れでトンネルに閉じ込められてしまうのです。

同じく閉じ込められたのは他の車に乗っていた人々。
しかしどうやらその中に、危険人物がいる。
池本さんは近頃すっかり整くんに感化されていて、
こんな時整くんならどう考えるか、と考えを巡らせるのがクセになっているのです。
それなので、このストーリーには実在しない「エア整くん」が登場して、推理します。

 

なんともユニークな登場の仕方でした。
ちょうどその時、当の本物の整くんは、
友人レンくんと共に、人間チェスのコマとなってイベントに参加しているのでした・・・。

だから本作については池本さんの活躍なのですが、
なぜか事件後に整くんは池本さんにお礼を言われてしまう。
「エア整くんのおかげでなんとかなったよ」と。
わけが分らずきょとんとしてしまう整くん。
ナイスです。

 

そしてまた新たな章では、整くんは彼の大学構内にライカさんを案内します。
そこで20数年前に2人の学生が不審死するという事故(?)があり、
その真相をたどるというストーリーが始まります。
今回は残念ながら「つづく」ということで・・・。

近いうちにライカさんはもう出てこなくなってしまうのでしょうか。
なんだか淋しくて残念です。

 

「ミステリと言う勿れ 14」田村由美 フラワーコミックスα

満足度★★★★☆


散歩時間~その日を待ちながら~

2024年07月06日 | 映画(さ行)

コロナ禍で得られなかったもの

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獅子座流星群がピークを迎えた2020年11月17日。

コロナ禍の始まりの年。
人々が戸惑いと不安の中で、その閉塞感とどのように折り合いを付けていったのか・・・、
今となっては思い出したくもないような気もしますが、重要な歴史の1ページ。
その意味で将来、貴重な資料的映像作品となるかも知れません。

コロナ禍で、通常なら当たり前にできることが、できなくなってしまった。
そんな人々の群像劇です。

結婚式が挙げられなくなってしまった新婚夫婦、亮介とゆかり。
都会から離れた友人の家で、お祝いパーティを開いてくれました。
そんな語らいの場で、日頃から本音を語らない亮介の隠し事を知ってしまったゆかり。
その場には不穏な空気が流れます・・・。

出演舞台の中止がつづく、若手俳優の片岡。
ウーバーイーツのバイトをしていますが、とりあえず次の公演の予定は立っていて・・・。

帰省できず、里帰り出産の我が子を抱くこともできずにいる、タクシー運転手。

学校イベントがほとんど中止となってしまった、幼馴染みの中学3年男女。
恋心を打ち明けられずにいます・・・。

一応別々の話ではありますが、途中で互いがほんの少し接点を持ったりするところが楽しい。

それぞれが抱えていた失意や閉塞感は、
結局はやはり人とのつながりを持つことで癒されていくようです。
そして、夜空を流れて行く獅子座流星群。
その雄大な事象の美しい光景に、ちょっぴり勇気と力をもらうのでした。

<Amazon prime videoにて>

「散歩時間~その日を待ちながら~」

2022年/日本/95分

監督・原案:戸田彬弘

脚本:カクカワサキ

出演:前原滉、大友花恋、柳ゆり菜、中島歩、篠田諒、めがね

 

癒やし度★★★☆☆

満足度★★★☆☆

 


花腐し

2024年07月05日 | 映画(は行)

文学の香り

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綾野剛さんと柄本佑さん出演ということで気になっていたのですが、
R18+にびびって見逃していました。
いえ、当方立派な大人なのですが、あまり激しいシーンがあるのは
身の置き場がなくなってしまうので苦手なのです。

廃れつつあるピンク映画界で生きる監督・栩谷(綾野剛)は、もう5年も映画を撮っていません。
そんなある日、大家に家賃の支払いを待ってもらうことと引き換えに、
とあるアパート住人を立ち退きさせてほしいと頼まれます。

気が進まないながらアパートに出向いた栩谷。
そこで、かつて脚本家を目指していた伊関(柄本佑)と対面しますが、
意外と話があって、退去の話はそっちのけで話し込んでしまいます。
そして互いに過去に愛した女のことを話すうちに、
それが同一人物であることに気がつきます。

本作の最も特徴的なのは、この2人が生きる現在パートがモノクロ画面。
そして2人が語る、女優志望の女・祥子との過去パートがカラー画面となっているところ。

そして、作中で引用されるのが万葉集の中の一首(読み人知らず)。

春されば卯の花腐し我が越えし妹が垣間は荒れにけるかも

そもそも本作の題名をきちんと読むにはこの万葉集の教養が必要。
花腐(くた)しですね。
恥ずかしながら、私は読めませんでした。

「卯の花腐し」は、5月下旬の長雨、ウツギの花を腐らせるほどの雨、とWikipediaにあります。
そんなわけで、本作、いつも雨が降っています。

栩谷も伊関もかつては映画監督として、あるいは脚本家として、
いつかは何者かになろうと思っていた。
少なくとも、祥子と出会った頃はそうでした。
(時系列でいうと、先に伊関と付き合っていて、
彼と別れた後に、栩谷と付き合うようになったのです。)

しかし彼らは、日々の現実の中でその思いもうやむやになり、
まともにシナリオを書くことも、映画を撮ることもなくなっていく。

だからといってきっぱりやめるでもなく、新たな道を探すでもない。
ただただ過去の夢の残滓の中でぼんやりと漂っている。
ひたすらに怠惰。
・・・そんな状態を、腐り腐臭を放っていると、祥子は思ったのかも知れません。
彼女自身はやはり女優への夢は持ち続けていたのですが・・・。
だから、祥子がその夢を持っている間は、画面はカラーなのですが、
その存在がなくなった現在はモノクロ。
しかも雨。

さすが、芥川賞受賞の原作。
文学の香りのある印象深い作品でした。

<WOWOW視聴にて>

「花腐し(はなくたし)」

2023年/日本/137分

監督:荒井晴彦

原作:松浦寿輝

脚本:荒井晴彦、中野太

出演:綾野剛、柄本佑、さとうほなみ、マキタスポーツ、赤座美代子、奥田瑛二

文学性★★★★★

満足度★★★★☆


イヌとイタリア人、お断り!

2024年07月03日 | 映画(あ行)

イタリアからフランスへ移住した一族のアニメ

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アラン・ウゲット監督の祖父、ルイジ・ウゲットの人生を
歴史に絡めて描くストップモーションアニメです。

 

20世紀初頭、北イタリア、ウゲッテーラ。
村人は皆ウゲット姓という一族が住む山間の貧しい村。
この地で生活することは非常に困難になってきています。
冬には出稼ぎに行ったりしてなんとかしのぐ年月。
そんな中でもルイジ・ウゲットは出稼ぎ先で出会った妻を連れ帰り、
たくさんの子供を得ます。
時代はやがてファシスト台頭の時。
ルイジは家族を連れてアルプスを越え、
フランスで新しい生活を始め、愛する家族の運命を永遠に変えたのです。

 

祖父ルイジの経験を祖母チェジーラから伝え聞いた監督が、
それをアニメ作品に仕立てたわけですが、
ストップモーションアニメながらドキュメンタリーを見ている感じ。
村の暮らしは貧しく、つらいこともあるのですが、
どこかほんのり温かみを感じるのは
やはりこのユーモラスなフィギュアのおかげですね。

そして家は段ボール、森はブロッコリー、岩は木炭だったり栗だったり、
そしてレンガは角砂糖。
舞台や小道具が身近なモノで表現されていて、柔らかな手触り。
なんとも良い味が出ています。

 

題名の「イヌとイタリア人、お断り!」というのは、
彼らがフランスへ移民した頃、店に張り出されていた告知の文面。
つまりはイタリア人に対してかなり差別的な風潮があったということでしょう。

きつい労働のこと、戦争のこと、移民のこと、
そんな困難も家族とともに乗り越えてきた・・・。
そんな祖父の気概と、その祖父への敬愛の念がにじみ出ています。

彼らの移住先が、ツール・ド・フランスのコース近くらしいというのにも興味を引かれます。

 

ステキな作品でした。

 

 

2022年/フランス、イタリア、ベルギー、スイス、ポルトガル/70分

監督:アラン・ウゲット

歴史発掘度★★★★☆

満足度★★★★☆


ザ・ウォッチャーズ

2024年07月02日 | 映画(さ行)

見ているのは、何者か

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M・ナイト・シャマラン制作、その娘さんのイシャナ・ナイト・シャマラン監督作品です。

舞台はアイルランド。

28歳のアーティスト、ミナ。
鳥かごに入った鳥を指定の場所に届けに行く途中、
地図にない不気味な森に迷い込みます。
スマホやラジオが急に使えなくなり、そして車も動かなくなってしまいます。
助けを求めようと車外に出ると、その車も消えてしまいます。

やむなく森の中をさまよううちに、忽然とガラス張りの小屋が現れます。
そこにいたのは、60代マデリン、20代シアラ、そして19歳のダニエル。

彼らは、自分たちはここで毎夜訪れる“何か”に監視されていると言うのです。

ここで暮らす三つの掟は

・監視者に背を向けてはいけない。

・決してドアを開けてはいけない。

・常に光の中にいる。

これを破ると殺されるというのですが・・・。

状況を変えようとしない3人に対して、ミナはなんとか監視者の状況を探り、
この森から脱出できないかと方法を探ります・・・

私、この予告編を見たときに、常に彼らを監視しているというのは、
つまりテレビなどで彼らのことを見ている「視聴者」なのでは・・・?と、
つい以前にどこかで見たようなストーリーを想像してしまったのですが、
安心してください。
それは全く違いました!

アイルランドが舞台というあたりが多分ミソでして、
古代からの伝承が絡んでいる・・・。

まあ、たとえそれがどんな相手ではあっても、
決してあきらめず、希望を持って、できる限りのことをするということが大事なのでしょう。

本作は、ミナが15年前の母の死に関してのトラウマを抱えていて、
そのことからの脱却も合わせて行われる、
と、前進するタフな女性像は、よいですね。

<シネマフロンティアにて>

「ザ・ウォッチャーズ」

2024年/アメリカ/102分

監督・脚本:イシャナ・ナイト・シャマラン

制作:M・ナイト・シャマラン

原作:A・M・シャイン

出演:ダコタ・ファニング、ジョージナ・キャンベル、オルウェン・フエレ、
   アリスター・グラマー、オリバー・フィネガン

 

スリル感★★★☆☆

満足度★★★☆☆

 


「百年と一日」柴崎友香

2024年07月01日 | 本(その他)

いつどんなときにも人がいて、懸命に生きている

 

 

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朝日、読売、毎日、日経各紙で紹介。
第1回「みんなのつぶやき文学賞」国内編第1位。
「こんな小説、読んだことない」と話題の1冊が、1篇を増補し待望の文庫化!

遠くの見知らぬ誰かの生が、ふいに自分の生になる。
そのぞくりとするような瞬間――岸本佐知子(翻訳家)

学校、家、映画館、喫茶店、地下街の噴水広場、島、空港……
さまざまな場所で、人と人は人生のひとコマを共有し、
別れ、別々の時間を生きる。
屋上にある部屋ばかり探して住む男、
戦争が起こり逃げて来た女と迎えた女、
周囲の開発がつづいても残り続ける「未来軒」というラーメン屋……
この星にあった、誰も知らない34の物語。

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柴崎友香さん、私には初めての作家さんです。
本巻は短編集と言うよりも、ショート・ショートと言うべきでしょうか。
一冊の中に34篇が収められているということはつまり、一作が非常に短いのです。
でもその短いストーリーの表題が、例えばこれ。

「一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下のそばの植え込みできのこを発見し、
卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経って、まだ会えていない話。」

な、なんと長い・・・。
というか、短いストーリーに長い表題。
すなわちストーリーの要約がそのまま表題。
実際、それ以上に書き記すべき出来事は実際におこらない
といっていいのかもしれません・・・。

ではありますが、その一篇一篇が静かに胸底に沈殿して残っていくような・・・、
そうした味わいがあるのです。


34篇通してのテーマは「百年と一日」の題名が示すとおり、「時間」です。
さらに言えば

時間と、人と、場所。

とある場所に、とある人がいて・・・少しのドラマ。
けれども瞬く間に時は過ぎて、先ほどの人はもうおらずにまた別の人が登場。
そうして時が移り変わっていく。

また時には、その場所は何もない美しい場所であったのが、
開発され賑やかな場となり、しかしまた時の果てにはさびれて何もなくなる・・・。
まるで神の目から見た定点観測でもあるような。

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・。
確かに、無常です。
でも無情ではない。
いつも人の営みがそこにあって、ほんの少し描写のあるその生活のディティールが、
いかにもリアルな人の営みを感じさせる。
いつどんなときでもどこかに人はいて、懸命に生きていると感じさせるものがある。

これまでにない不思議な味わいのある一冊です。

 

「百年と一日」柴崎友香 ちくま文庫

満足度★★★★★