菜の花座第30回公演『山棲』、上々の出来で終わった。役者たちはそれぞれやり切ったとの思いが強かったようだ。そりゃそうだ。本番3週間前からほぼ毎日稽古だったもの。菜の花座の悪しき慣習を破り、セリフの跳ばしやかみはまったくなし。役作りもほぼ要求通りに演じきってくれた。なにより、役柄に同化していたのが素晴らしい。役作りというものをようやく理解してくれた公演だったように思う。久しぶりに加わった東さんの迫真の演技に、他のメンバーも大いに刺激を受けた、これも飛躍的に演技レベルを押し上げた。観客の評価もほぼ良好で、元高校演劇部顧問のT先生からは、圧倒され感動のあまり帰りの車運転もままならなかった、是非再演を望むと、最上級のお褒めをいただいた。終演時の拍手も明らかに2度目の挨拶を促す暖かさと熱気にあふれていた。
没頭する役者たちを影で支えたスタッフも強力だった。菜の花座シニア団のメンバーが初体験の照明、ピン、音響を見事にこなしてくれた。連日夜遅くまでの稽古にも終始つきあい、小道具や衣装の製作でも力を発揮してくれた。スタッフ弱体の菜の花座としては最強の助っ人たちを得ることができた。
さて、この『山棲』、大きな実験舞台だった。まず、装置を作らない。舞台上には山状の白い布の吊りものと森を描いた3枚の紗幕のみ。黒パンチを敷き詰めた舞台を10のエリアに分けて、各シーンはそれぞれ別のエリアで演じる。したがって、芝居はわずか数メートルの範囲での演技が次々に場所を変えて繋がっていく形式だ。場転のための暗転はまったくなし、時空が大きく異なるときのみ数秒の暗転を入れた。役者がピンに追われて別のエリアに入ればそこは時空を異にする場所ということで、こういう演出になれない菜の花座の観客には少し難解かもしれないと思いつつ実施した。
照明は全体に暗くエリアのみを照らす明かりとし、ピンを多用して前明かりとした。もちろん、初ピン体験の二人だけに外す危険も大いにあったから、各エリアごとシーリングやサスで前明かりは準備してあったのだが。山状の布には5色の明かりを用意し、シーンの性格を色づけして表現する方法をとった。山棲たちの栖ならそれは山だろうが、敢えて都会のバーやアパートのシーンでも色を染めて静かに主張するようにした。これもかなり実験的だ。音楽は最小限度に控え劇の雰囲気に合っていたオーストラリア原住民(アボリジニー)の音楽を2カ所だけに使用した。テーマを暗示する子守歌は私の作詞、シニア団のKさんが作曲してくれて山姥役のエミが生歌で歌った。DV男の暴力シーン、平手打ちの音は、袖で舞台上の演技を見ながら音響が手を打ち合わせ、その音をマイクで拾って流した。男をいたぶるクライマックスシーンの金属音など上手袖にある綱元の柵の鉄フレームをドライバーで叩きそれを同じくマイクで拾った。と、こう書き出して見ると随所に実験的な試みが散りばめられていることがわかる。
台本も変わっている。山に棲む妖怪たち?が中心となって物語は展開していくのだが、彼らはそれぞれ生まれた時期が違う。山姥は先の戦争の末期に山に迷い込んだ者だし、山爺や山童は江戸時代、飢饉の中で捨てられた者たちのようだ。比丘尼はキリシタン禁令の時期、弱行者はたぶんもっと前の時代から山を彷徨っていたに違いない。要するに、時代の悪意に放逐された者たちということだ。共通するのは恨みのみ。整然と理解したい人にはやっかいな構成だろう。
さらに、山棲5人はそれぞれ複数の役を演じる。一人二役、三役、当然早着替えが必要なわけだが、主たる役所の山棲以外は黒衣装に象徴的ワンポイント、例えば帽子とか眼鏡とか杖とかカーディガンなどで成り切ることにした。これはかなりの冒険だった。自殺者が命を絶つシーンは蝋燭を自ら吹き消すことで表現したが、これはさほど独創的とは言えないだろう。でも、山だけがブルーに輝く真っ暗な空間でスモークの中を歩み寄る自死者たち、かなりの迫力で、恐い!との感想がたくさん寄せられていた。
こんなある意味突拍子もない舞台作りを目指した理由はなんだったろう?
一つは、これまでの菜の花座カラーから脱げたしたかったこと、ということは私自身も作者として、従来のほんわか笑いほんのり涙!的な作劇を越えたかったってことだ。菜の花座も旗揚げから16年、30回の公演を迎えた。私も60代を大きく折り返す歳になった。そろそろここらで観客の胸ぐら掴んだ勝負ってやつがしたくなったということだ。気遣いやおもねりじゃなく、真剣勝負を挑んでみたいと思ったわけだ。
結果はどうやら、目的を達し得たと考えて良いように感じている。細々な所では、違和感や提言等の感想ももらったが、この舞台に塗り込めた様々な実験を真っ向から否定する意見はなかったように思う。人によっては、話しや題材、その処理の仕方に肌に合わないものを感じたり、目を背けたいと思った人もいたようだが、それは仕方ない。80パーセントの共感など得られるはずもない。人はみな多様な感性と生き様を持っている。嫌悪を感じるということも、大きなインパクトを与え得たと考えれば、それも成功と見なして良いのではないか。この舞台で菜の花座も私も一つ別の地平にたどり着けた気がする。この開けた地平からさらに多くのイメージが浮かび上がってくるのを楽しみにしたい。


没頭する役者たちを影で支えたスタッフも強力だった。菜の花座シニア団のメンバーが初体験の照明、ピン、音響を見事にこなしてくれた。連日夜遅くまでの稽古にも終始つきあい、小道具や衣装の製作でも力を発揮してくれた。スタッフ弱体の菜の花座としては最強の助っ人たちを得ることができた。
さて、この『山棲』、大きな実験舞台だった。まず、装置を作らない。舞台上には山状の白い布の吊りものと森を描いた3枚の紗幕のみ。黒パンチを敷き詰めた舞台を10のエリアに分けて、各シーンはそれぞれ別のエリアで演じる。したがって、芝居はわずか数メートルの範囲での演技が次々に場所を変えて繋がっていく形式だ。場転のための暗転はまったくなし、時空が大きく異なるときのみ数秒の暗転を入れた。役者がピンに追われて別のエリアに入ればそこは時空を異にする場所ということで、こういう演出になれない菜の花座の観客には少し難解かもしれないと思いつつ実施した。
照明は全体に暗くエリアのみを照らす明かりとし、ピンを多用して前明かりとした。もちろん、初ピン体験の二人だけに外す危険も大いにあったから、各エリアごとシーリングやサスで前明かりは準備してあったのだが。山状の布には5色の明かりを用意し、シーンの性格を色づけして表現する方法をとった。山棲たちの栖ならそれは山だろうが、敢えて都会のバーやアパートのシーンでも色を染めて静かに主張するようにした。これもかなり実験的だ。音楽は最小限度に控え劇の雰囲気に合っていたオーストラリア原住民(アボリジニー)の音楽を2カ所だけに使用した。テーマを暗示する子守歌は私の作詞、シニア団のKさんが作曲してくれて山姥役のエミが生歌で歌った。DV男の暴力シーン、平手打ちの音は、袖で舞台上の演技を見ながら音響が手を打ち合わせ、その音をマイクで拾って流した。男をいたぶるクライマックスシーンの金属音など上手袖にある綱元の柵の鉄フレームをドライバーで叩きそれを同じくマイクで拾った。と、こう書き出して見ると随所に実験的な試みが散りばめられていることがわかる。
台本も変わっている。山に棲む妖怪たち?が中心となって物語は展開していくのだが、彼らはそれぞれ生まれた時期が違う。山姥は先の戦争の末期に山に迷い込んだ者だし、山爺や山童は江戸時代、飢饉の中で捨てられた者たちのようだ。比丘尼はキリシタン禁令の時期、弱行者はたぶんもっと前の時代から山を彷徨っていたに違いない。要するに、時代の悪意に放逐された者たちということだ。共通するのは恨みのみ。整然と理解したい人にはやっかいな構成だろう。
さらに、山棲5人はそれぞれ複数の役を演じる。一人二役、三役、当然早着替えが必要なわけだが、主たる役所の山棲以外は黒衣装に象徴的ワンポイント、例えば帽子とか眼鏡とか杖とかカーディガンなどで成り切ることにした。これはかなりの冒険だった。自殺者が命を絶つシーンは蝋燭を自ら吹き消すことで表現したが、これはさほど独創的とは言えないだろう。でも、山だけがブルーに輝く真っ暗な空間でスモークの中を歩み寄る自死者たち、かなりの迫力で、恐い!との感想がたくさん寄せられていた。
こんなある意味突拍子もない舞台作りを目指した理由はなんだったろう?
一つは、これまでの菜の花座カラーから脱げたしたかったこと、ということは私自身も作者として、従来のほんわか笑いほんのり涙!的な作劇を越えたかったってことだ。菜の花座も旗揚げから16年、30回の公演を迎えた。私も60代を大きく折り返す歳になった。そろそろここらで観客の胸ぐら掴んだ勝負ってやつがしたくなったということだ。気遣いやおもねりじゃなく、真剣勝負を挑んでみたいと思ったわけだ。
結果はどうやら、目的を達し得たと考えて良いように感じている。細々な所では、違和感や提言等の感想ももらったが、この舞台に塗り込めた様々な実験を真っ向から否定する意見はなかったように思う。人によっては、話しや題材、その処理の仕方に肌に合わないものを感じたり、目を背けたいと思った人もいたようだが、それは仕方ない。80パーセントの共感など得られるはずもない。人はみな多様な感性と生き様を持っている。嫌悪を感じるということも、大きなインパクトを与え得たと考えれば、それも成功と見なして良いのではないか。この舞台で菜の花座も私も一つ別の地平にたどり着けた気がする。この開けた地平からさらに多くのイメージが浮かび上がってくるのを楽しみにしたい。

