<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
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いしいひさいちの「がんばれタブチくん!」が大人気だった頃、主人公の西武ライオンズ田淵幸一選手は、自分が茶化されたその原作漫画読んで笑っていたという。

「タブチ、電車とトレード」
とか
「タブチ、ブタ野郎!さっさと帰れ!」
とか言われていたに、笑っていたのだ。

さすが、ミスタータイガースなのだ。
ライオンズだったけど。

私はいしいひさいちのマンガの大ファンなのだが、この人の作風はタブチくんのみにとどまらず、基本的に社会風刺。
ジャイアンツのオーナー「ナベツネ」さん。
相撲界の「アサシオ」くん。
サダム・フセインやブッシュ大統領など、世界各国の政治家も。
さらに麻原彰晃、池田大作などといったアンタッチャブルなカルトの親分も登場。
実にシュールで恐ろしい。
その実、読んでいて不快感はない。
なぜなら、どの作品にも絶妙なユーモアがあり、その面白さに「汚さ」がないのだ。

風刺漫画にはユーモアが必須だ。
ユーモアがなければ単なる悪口。
ヘイトスピーチ。
日本のマンガは誕生の頃からユーモアを兼ね備えていた。
なぜなら、江戸時代は言論の自由が今ほど奔放ではないので、ユーモアで包み込む必要があったからだ。
さらに江戸時代。
人々には武士から町人まで一種の品格もあった。

風刺漫画の雑誌チャーリー・へブド(英語読み)社がイスラム過激主義者に襲撃されて、世界中が、
「言論の自由はを守れ!」
と叫んでいる。
その言論の自由はエロ本の写真のアソコがハッキリと写っているからダメと言った公安に、
「表現の自由を侵害する」
と言っているのに等しい。
アホも休み休み言う必要がある。

確かに論争に暴力を持ち込んではならないし、持ち込んだ方は明らかに負け。
ましてやテロリストが賞賛されるなんて許されることじゃない。
だけど、言論の自由を盾に何を言ってもいいかというと、絶対にそういうことはない。

チャーリー・ヘブドの表紙絵を見る限り、この出版社には世の中を茶化す能力はあっても、それを下品で不快な、良識ある人が見たら、
「なんなの、これ?」
「子供は見てはいけません」
というようなシロモノだ。

そこにはユーモアでかけらもなんにもない。
ただ単に正常な人をも敵にする「誹謗中傷」の固まりだ。

9.11の時に、
「世界中でチャンスと思っている奴がいる」
と言ったアメリカのアメリカ人だったかロシア人の学者がイたけれども、今回もそれどうよう、
「世界中にチャンスと思っている奴がいる」
ユーモアが欠落しているところで、そんな風に思えてならないのだ。

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