萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk16 短夜月―dead of night

2013-08-14 23:18:41 | dead of night 陽はまた昇る
嘘、優しい束縛



secret talk16 短夜月―dead of night

雫あわい肌の夢、抱いたまま瞳が開く。
腕に胸に夢は名残らす、けれど視界はシーツの空白だけ。
確かに抱きしめ微睡んだ、その記憶くゆらす肌に吐息こぼれた。

「…嘘、言ったんだな」

明日は6時半に出るから5時半に起こして?

昨夜そう言われたのに5時25分のベッドは独り横たわる。
いつも時間通り起きる体内時計に頼まれセットした時刻、それが嘘だった。
そう気づかされる空白のシーツは薄青い波ゆるやかで、幸せだった夏の海を見せられる。

-この桜貝ふたつ離れてないね…きれい、

波打ち際の貝殻は春の花と似ていた。
ゆるやかな黄金よせる海に素足を濡らす、あの足首の裾は自分が折り上げた。
ゆっくり沈む真夏の夕陽は波音ひそやかにざわめいて、長い影のキスは潮騒あまく香った。
あの日の幸福は時経るごと鮮やかで今、置き去りにされた目覚めに痛む。

「これで2度め、だな…」

記憶に独り言こぼれて、優しい声の嘘を数える。
初めて嘘を吐かれたのは梅雨の夕暮れ、恋人は独り泣くために行先を欺いた。
二度めの今は時刻で嘘を吐いた、そして見送りすら拒絶して独り行ってしまった。
そんな置き去りの暁に思い知らされる、幸せの時間は想う以上に短い。

「…見送りくらい、なぜ…だよ、」

零れる想い涙あふれて、空白のシーツに波紋ひとつ染みになる。
この白い波に昨夜は募るまま素肌を抱きしめて、濃く深く恋愛の繋がりを刻みこんだ。
愛しい肌交わす夜は短くて、けれど信じた以上に短い時だったと今この空白に思い知らされる。

-逢いたい、今すぐ、

空白の傷が本音を言う、けれど叶わぬ願いと解っている。
それでも体は起こされ床のシャツを拾い、コットンパンツ履いた脚が部屋から出た。
まだ薄暗い廊下、けれど微かな気配に隠した足音を辿らせる。

「間に合え、」

願い声に出して逢いたい想い駆け出してゆく。
微睡み前の静謐を自分の足音だけ目覚めだす、その視線に玄関先を窓が見せていく。
そして見つけたボストンバック提げる人影に英二は笑った。

「見つけた、」

時は短い、だから次を願う窓から黄金の暁に明るみだす。






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