萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

残夏、秋彩の花

2013-08-29 19:31:27 | お知らせ他
秋、愁美彩々



こんばんわ、青空のキレイだった神奈川です。
残暑の太陽はまだキツイですが風は爽やかになってきたかと思います。
いわゆる秋の気配の候、に合せて秋紫陽花をくっつけてみました。

初夏の澄んだ色とは違った混色の花は、燻らす濁玉石っぽい色彩です。
これを秋紫陽花と呼んで生花にも遣うそうですが、どこか愁いある雰囲気が魅力かなと。
写真の花は森に咲いている一輪、天然の風光に深めていった色彩です。



さっき第68話「玄明3」加筆校正が終わりました。
英二@東京大学second、五十年の連鎖にまつわる「過去」に対峙するシーン1です。
このあと今朝の予告通り、昨夜UPのつもりだった「後朝の花」光一サイドをUPする予定です。

取り急ぎ、



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第68話 玄明act.3-side story「陽はまた昇る」

2013-08-29 12:31:28 | 陽はまた昇るside story
Who have sought more than is in rain or dew ― 闘志の祈り



第68話 玄明act.3-side story「陽はまた昇る」

昏い回廊の入口は鎖ひとつで区切られる。
自転車などの進入を阻むため、そう解かるけれど別の意味を見てしまう。
そんな想いに提げた鞄かすかに重くて、重いほど誇らかで英二は微笑んだ。

―晉さん、あなたの告白も鎖も俺が壊します。だから今日も援けてくれますか?

心問いかけて踏みこんだ回廊に、ふっと視界が暗くなる。
レザーソールの鳴る石柱は彫刻から星霜が苔に篤い、それを歴史というのだろう。
うす昏い石畳の先に陽光は切りとられ、その先にまた翳の回廊は続いてゆく。
歴史たちに見え隠れする栄光も零落もこの光陰にはある。

―ここを馨さんも晉さんも、斗貴子さんも歩いていたんだ…鷲田の祖父も、

かつん、かつん、鳴ってゆく足音に普段想わぬ人まで思い出す。
母方の祖父は戦後この大学へ入学し、官僚となって後に天下りもした。
資産家に生まれて望み望まれた権力を生きた人、けれど、そういう祖父を尊敬した事は無い。

―可愛がってはくれたけど、でも…お祖父さんとは違う、

もう一人の祖父を想い、ふっと微笑が口もと和ませる。
父方の祖父は京都大学法学部に学び次長検事を務め、退官後は独力で法律事務所を開いた。
同じ法学部出身でも二人の祖父は生き方が全く違う、そして母校のカラーも違うのだろう。
そんな想い歩いてゆく回廊を抜けて木洩陽きらめき、擦違う声が聴覚を掠めてゆく。

「ね…モデルみたい、」
「カッコいい…新任の講師とか?」
「だったら講義とりたい…後期からのなんかあった?」
「背高いな…あんな目立つのいたっけ」

いろんな声、いろんな言葉、いろんな視線が向けられる。
こんな声も視線も幼い頃から馴れてしまった、それを良いとも嫌とも感じない。
それくらい麻痺してしまった衆目への感覚、けれど、こんな事すら利用できると知っている。

「…見つけるかな、」

ひとり微笑んで陽下から再び回廊へ踏み入れる。
その明るんだ壁のひとつから扉は開かれ人が集まってゆく、その階に英二も足を架けた。
混みあうエントランスで資料達を受けとり大教室へ入ると、白髪も多いの群れにはスーツ姿が少なくない。

―研究者って感じの人が多いな、学部生が殆どいない、

階段教室を昇ってゆく視界にこの大学の現実が見えてくる。
いま9月上旬で国公立大学なら前期末試験も近い頃だろう、その時期ある講座に出席しない。
それは単位認定が目的の試験や課題には熱心でも「学問する」意志は希薄だと解ってしまう。
そんな現実から周太に懸けられる想いが納得の肚へ落ちてゆく、その温もりに英二は微笑んだ。

「たぶん本気、か…」

独り呟いて最上段に着き、中央通路に面した席へ座る。
受付で渡されたパンフレット広げる視野は演台を真正面に見おろす。
あの場所に立つ男をこれから90分間、この場所から見分するために今日ここに来た。

―白であってほしい、晉さんのために周太のために、誰よりも馨さんのために、

もし彼が「黒」だったとしたら?この疑念はまだ拭うことは出来ない。
いま自分が知る情報は少なすぎて判断は早すぎる、だから今日はデータを採りに来た。
それでも願いたい想いと冷徹な視点に微笑んで捲ったパンフレットの見開き、3カ国語で詩が謳われる。

―周太が言ってた詩だな、翻訳を手伝ったって、

フランス詩が一篇、イギリス詩が一篇、それぞれの言語に日本語の対訳がつく。
この二篇を土曜の夜に話してくれた笑顔が懐かしい、その愛しさの分だけ痛み深くなる。
今ごろ周太が何処に居るのか?その現実ごと見つめるページから二ヶ国の韻文が吐息を受けとめる。

Rose of all Roses, Rose of all the World!
The tall thought-woven sails, that flap unfurled
Above the tide of hours, trouble the air,
And God’s bell buoyed to be the water’s care;
While hushed from fear, or loud with hope, a band
With blown, spray-dabbled hair gather at hand.

薔薇すべての中の薔薇、世界を統べる唯一の薔薇よ、
高らかな思考の織りなす帆を羽のごとく翻し、
時の潮流より上にと高く、大気を揺るがせ、
神の鐘は水揺らめくまま浮き沈み、
恐るべき予兆に沈黙し、または希望への叫びに、集う
風惹きよせ、飛沫に濡れ艶めく髪を手にかき集めるように



But gather all for whom no love hath made
A woven silence, or but came to cast
A song into the air, and singing passed
To smile on the pale dawn; and gather you
Who have sought more than is in rain or dew
Or in the sun and moon, or on the earth,
Or sighs amid the wandering, starry mirth,
Or comes in laughter from the sea’s sad lips,
And wage God‘s battles in the long grey ships.
The sad, the lonely, the insatiable,
To these Old Night shall all her mystery tell;

だが恋人なき者は全て集うがいい、
静穏の安らぎ織らす恋人ではなく、運試しの賽投げつけ
虚ろなる空に歌い、謳いながら透り過ぎ去り、
蒼白の黎明に微笑む、そんな相手しかない君よ、集え
愁雨や涙の雫より多くを探し求める君よ、
また太陽や月に、大地の上に、
また陽気な星煌めく彷徨に吐息あふれ、
また海の哀しき唇の波間から高らかな笑いで入港し、
そして遥かなる混沌の船に乗り神の戦を闘うがいい。
悲哀、孤愁、渇望、
これらの者へ、盤古の夜はその謎すべてを説くだろう。



Rose of all Roses, Rose of all the World!
You, too, have come where the dim tides are hurled
Upon the wharves of sorrow, and heard ring
The bell that calls us on; the sweet far thing.
Beauty grown sad with its eternity
Made you of us, and of the dim grey sea.

全ての薔薇に最高の薔薇、世界を統べる唯一の薔薇よ、
貴方もまた、仄暗い潮流の砕ける所へ来たる
悲哀の岩壁に臨み、そして響きを聴いた
私達を呼ばう鐘、甘やかに遥かなる響鳴。
美は永遠のままに涯無き哀しみを育ませ
我らに貴方を創り与えた、この仄暗き混沌の海に。

William B Yeats「The Rose of Battle」邦題は『戦いの薔薇』

アイルランドの詩人が謳いあげる薔薇は、戦う誇りの象徴として綴られる。
この詩文を訳した人は今この時に隠された闘いの現実に立つ。
だからこそ今日、自分もここに来た。

―周太、俺にも闘わせてくれな…周太を援けさせてよ、馨さんたちの為にも、

見つめる詞たちに俤を想い問いかけてしまう。
こんな時間を生きることになるなんて一年前は知らなかった、けれど今ここに自分は居る。
今こうして生きる時間は涯など見えなくて闘いの終わりすら解からない、けれど自分の意志はもう決まっている。

Who have sought more than is in rain or dew

愁雨や涙の雫より多くを探し求める者、それは自分であり周太だろう。
そして多分、今ここから見おろしている最前列の男も同じ船に載っている。
そんな想いの真中で彼は立ち上がり、時計が定刻を指したと同時に演台へ昇った。

「初めまして、今日は暑い中おいで下さりありがとうございます。本日の講義を担当する田嶋です、」

壮年の朗々とした声が満場を明るませ、湧きおこる拍手がなにか温かい。
その真中で男は大らかな含羞に笑って、日焼に健やかな大きな手で髪をくしゃくしゃにした。
まるで風ふかれたように陽気な髪型のまま彼は笑い、手許の資料を広げながら明朗な声で言った。

「ヨーロッパ文学の比較という講題なので、身近な花であるバラの詩を英文学と仏文学から取りあげて考えてみたいと思います。
この翻訳は私の研究生が作ってくれたので秀逸です、彼は仏文学者の孫であり英文学者の息子さんでね、私よりずっと優秀なんですよ、」

朗らかに笑ったトーンは温かく広やかに響き、教室から笑いが起きあがる。
自分よりも学生を素直に賞賛してしまう、そんな率直さに可能性がまた明るむ。

田嶋紀之 東京大学文学部教授 人文社会系研究科フランス語フランス文学研究室担当

彼は晉の最期の愛弟子だった。
彼は馨の学友で親友で、アンザイレンパートナーだった。
そんな彼こそが本当は「50年の連鎖」を最も哀しみ悼み、そして憎むだろう男。
その想いを彼はずっと黙していただろう、けれど、引用詩の一節に積年の想いは鮮やかに祈る。

And wage God‘s battles in the long grey ships―遥かなる混沌の船に乗り運命の戦を闘うがいい。


(to be continued)

【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」より抜粋】

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