萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk15 紅染月eternal summer ―dead of night

2013-08-06 12:57:27 | dead of night 陽はまた昇る
朱夏、記憶と永遠の色 



secret talk15 紅染月eternal summer ―dead of night

あの男を殺さなくて良かったのか?

なんて訊かれたら、良かったと言える自信なんて欠片も無い。

あのとき拳銃を構えたのは、自分の腕。
あのままトリガーを弾こうとしたのも自分の指、自分の意志。
そうして自分の心が見た映像はもう、一発の銃弾に血液を吐く心臓の赤だった。

あの夏の真昼の瞬間に、自分の意識はあの男を殺した。だから殺さなくて良かったなんて自分には言えない。

あの男の無様な恐怖と血液を意識は見た、だから復讐の視線は少しだけ満ちている。
あのとき現実に見たものは、陥落の正義と我執の虚栄が崩されて顕れる後悔の蝕む永遠の傷。
そんな傷こそが永劫の重罰と自分は知っている、それが死より苦しみ深い鎖だから男を殺さなかった。

あの男が苦しむ貌が見られて嬉しい、そんな惨忍の心は殺さなくて良かったと笑う。
あの苦しみを終えてやれば良かった、そんな慈悲の心は殺してやるべきだったと悔いる。

あの夏の真昼の瞬間に、自分の意識があの男を殺したのは復讐が理由。
そして現実に殺さなかった理由の真実も結局は復讐、より冷酷な裁決を選んだだけ。
だから殺さなくて良かったと自分には言えない、この答えは今も永遠もきっと解らない。

ただ自分に言えることは、自分の指を止めた理由は唯ひとつの聲だということ。

あの瞬間あの聲が叫ばなかったなら、確実に自分の指は引金を弾いただろう。
それが聲の人を哀しませてしまうから指を止めた、それだけが指を一旦は止めた理由。
そして生まれた間隙に自分は惨忍と恋愛から計算をした、どちらの選択が自分を充たすか天秤に掛けた。

「…だから君が言うほど俺は、優しくなんか無いよ、」

独りごと微笑んで長い指を伸ばし、木洩陽ゆれる花を掌にくるむ。
絹織なめらかな感触の花びらは夏の陽を透かし、赤いろ幾つも重ならす。
濃桃、朱色、緋色に深紅、あわく深く煌めく色彩に赤い夏の記憶あざやぐ色がある。

―あのとき引金を弾いても俺は今と同じように生きてた、見られてさえいなければ傷つけないから、

あのとき、あの聲が止めに来なければ、見られていなければ、殺したところで同じ未来の今だった。
あのとき黒目がちの瞳が見ていなければ自分の犯行だと暴かれない、それだけの信頼と計画は緻密にある。
それは今も変わらない、だから今すぐにでも「理由」が出来れば自分は、きっと引金を弾いてしまう。
唯ひとりの笑顔を護って傍に見つめたい、この願いのためなら全てを自分は厭わない。

「こんなに想われるのって重いよな、でも…」

独りごと声にして、最後の言葉は微笑んで音にしない。
この言葉は聴かせるまで心に温めておく、そんな想い微笑んだ庭木立から穏やかな声が呼んだ。

「英二、…どこにいるの?」

大好きな声が自分を呼んで、探してくれる。
緑深い庭を優しい足音が芝草を踏む、その気配にオレンジかすかに香りだす。
ふわり柑橘の香が木洩陽に現われて、黒目がちの瞳が穏やかに笑ってくれた。

「バラを見てたんだね、今日も綺麗…ね、ベンチに本だけ置いてあったから、すこし驚いたよ?」
「ごめん、驚かせて。ちょっと歩きたくなってさ、」

笑いかけた真中で紺色のエプロン姿も笑ってくれる。
その白い衿ゆらす風にバターあまやかに香って、優しい笑顔は言ってくれた。

「スコンが焼けたの…紅茶も冷たく淹れたんだけど、お茶にしない?」

ほら、こんな誘いは自分を幸せにしてくれる。
手作りの菓子と優しい時間の誘いが嬉しくて英二は綺麗に笑いかけた。

「うん、する。テラスで?」
「ん、窓を開けて風を入れたら涼しいから…それとも東屋にする?木蔭で涼しいし、」

穏やかな声の提案に、眩しい想いごと鼓動の深みが疼く。
言ってくれた場所に起きた過去の現実、それを知りながら微笑める瞳の強靭まばゆい。
この強さは濃やかに深く穏やかな愛情にこそ温かで、その温もり愛しくて英二は頷いた。

「東屋にしようか、風が気持ちいいから。菓子とか運ぶよ、」
「ん、ありがとう…夏蜜柑の寒天もしてあるから、氷の桶も出すね、」

優しい会話に微笑んでくれる瞳と並んで、木洩陽の芝草を歩き出す。
芳醇の緑薫らす樹影に涼やかな風が吹く、その風がベンチの本で繰るページが白い。
白いシャツの腕を伸ばして深紅のハードカバーを手にとって、黒目がちの瞳すこし細めさす。
木洩陽と軽やかな音に捲られてゆくアルファベットの綴りたちを瞳は追い、すぐ嬉しそうに微笑んだ。

「シェイクスピアのソネットを読んでたんだね、…父が大好きなの、祖父も好きで…」

穏やかなトーン幸せに微笑んで話してくれる、その額ゆるやかな風に黒髪きらめかす。
やさしい癖っ毛の乱れを指ふれ梳いて、かきあげた額そっと唇ふれて英二は大切な言葉を囁いた。

「愛してるよ、」




Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,

貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という叡智の造形は 夏よりも魅了し端整に美しい。
荒い風は夏生みの愛しい芽を揺らし落すから、 
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
純粋な貴方の美を奪えない、





【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」より抜粋】

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深夜より、黄昏の夏塔

2013-08-06 01:17:43 | お知らせ他
Babylon of the steel frame ―落陽に映えて、虚実の塔 



深夜より、黄昏の夏塔

こんばんわ、夜更かしな今夜になってしまいました。
短篇の加筆校正&創筆ナンテしていたら、気づくとコンナ時間。
さすがにもう寝ないとねって想いつつ、ちょっと好きな写真と一筆啓上です、笑

写真は先日の土曜日、秩父まで行った時に撮れたモンです。
太陽が沈む斜めの光線×鉄塔のシルエットが綺麗で、シャッター切った一枚。
こういう光と影のコントラストを見ると写真ってホント光と影の芸術で、面白いなと思います。

昨夜UP「初陽の花、睦月act.4」大幅に加筆しました、あと少し校正するかと思います。
さっき「七彩の光The first half 」UPしてあります、こっちも校正少しすれば校了です。
第67話の続きは朝にまた、
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