examination of a witness―過去との対話
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第68話 玄明act.2-side story「陽はまた昇る」
玉子焼きは、こんな味だったろうか?
噛みしめる口のなか柔らかいものが喉を下る、けれど味が残らない。
飲下しに味噌汁を含んで、それも塩気だけを感じで豆腐すら素っ気ない。
なにを口にしても塩気しか解らなくなっている、そんな朝食の隣から頬を小突かれた。
「み・や・た、オマエの可愛い上官サマのお話、キッチリ聴いてくれてるワケ?」
それはちゃんと聴いてるよ国村さん?
だけど食べている時に頬を小突くとか止めて欲しいんだけど?
そう言い返したいけれど小突かれた頬の内側、咀嚼中の胡瓜が跳ねて喉を直撃した。
「ごほっ…こほんっごほこほっ、」
漬物も凶器になるんだな?
そんな感想ごと喉噎せあがって止まらない目許、涙にじみだす。
ちょうど引っ掛る欠片に刺激されっ放しの咳に、日焼あわい手がコップを差し出してくれた。
「宮田さん、水、」
穏やかで明朗な声が勧めてくれる、そのトーンは押しつけがましくない。
けれど自分としては悔しくなる、そんな想い隠して英二は先輩に微笑んだ。
「ごほっ…うらべさ、っありが、ごほほんっ、」
礼を言いかけて、けれど咳に邪魔されてしまう。
こんな見っともない所は見せたくない、弱みは出来るだけ見せたくない。
そんな意地を張りたい相手の前で噎せながら英二は受けとった水を飲みこんだ。
―なんか敵に塩を送られてる気分だな、俺の勝手な嫉妬だけどさ、
水を飲みながら咳と独り言を肚に収めこむ。
この妬心は誰にも言っていない、だから何も知らない当事者は綺麗な笑顔で上官を窘めた。
「国村さんも、食べてる時に頬突っついたら危ないですよ?」
「危険も大好きな男だからね、俺のアンザイレンパートナーはさ?ね、え・い・じ、」
テノールの声は飄々とプライベートの呼名に笑ってくる。
公式と私的と両方の呼び方をしてくれるパートナーに英二は答えた。
「こほっ、確かに危険は嫌いじゃないけどっほんっ、飯は平和に食べたいですっごほっ、」
「あれ、噎せてる癖に敬語モードしてくれるんだね、宮田くん?」
飄々と笑って光一は丼飯を箸運んでいく。
いつもながら健やかで端正な食事を眺めながら、英二は咳を納め微笑んだ。
「上官の話って言われたから敬語で話します、さっきのスケジュールの件ですが夕食前に戻ります、」
今日は自分にとって第七機動隊に異動後初の週休になる。
その話題についての回答にパートナーで上官は可笑しそうに訊いてきた。
「外出届の通りで行先は変っていないね?」
「はい、」
短く頷いて微笑んだ隣、透明な瞳すっと細められる。
そんな眼差しに以前の光一が想われて、ひとつ理解が生まれた。
―最初は光一の目って細い印象だったけど、あれは考えこんでる目だったんだな?
隣に座る秀麗な顔は、雪白なめらかな肌に黒い瞳が澄みわたる。
透明な眼差しは考えこむたび細まらす、けれど本来の目はむしろ涼やかに際立つ。
こんなところからも光一の自分に対する態度と感情の推移が見えて、時の経過が想われる。
―すこしずつ信頼してもらってきたんだな、
あと3週間で10月、もうじき1年になる光一との時間は鮮やかに明るい。
御岳で青梅で、奥多摩の山嶺で、高峰で、それから警察組織の世界で共に駈けて来た。
その時間たちには喜怒哀楽の全てを共に見つめている、そして今ある感情は一つに言えない。
最初は、憧憬。
最初に見た光一は、背中の写真だった。
白銀まばゆい尾根にスカイブルーのウィンドブレーカー翻す背中は、誇らかな自由に充ちていた。
次に出会ったのは青梅警察署単身寮の談話コーナー、御岳駐在所に初着任を控えた前夜の挨拶だった。
『また背が高いね、何センチですか?』
初対面、そう言って光一は底抜けに明るい瞳を細めた。
最初から体格のことを微笑んだ、それが山ヤらしいと想えて格好良いと感じた。
澄んだテノールの深みは大人びて、どこか繊細な空気と怜悧で透明な眼差しに文学青年のようだと想った。
まだ写真と目の前の先輩が同一人物だとは気づいていない、けれど始まっていた憧れの瞬間の台詞は今なら意味が解る。
―あのとき「また」って言う前に小さく、ま、って言ったのは名前を呼んだんだ、
まさきさん、
本当はそう言いかけていた、けれどすぐ微笑んで言葉を変えた。
あのとき微かな吐息が言いかけた1音は何故か心に懸って、その音の想いが今は解かる。
それほど感情の全てを交錯させてきた相手、そんな隣に英二は今を見つめて笑いかけた。
「国村さんは奥多摩で変更ありませんか?」
「ないね、実家で山仕事したらさ、後藤さんと吉村先生と密談してきますよ、」
飄々とテノールが笑って茄子の煮浸しを口に入れた。
いつものよう楽しげに長閑な貌は明るい、けれど瞳に催促がある。
その音無い聲をいつものよう聴きとった答えへと英二は穏やかに微笑んだ。
「訓練のコース確認、よろしくお願いしますね?台風で遭難の起きやすいポイント確認もお願いします、」
密談、
そんな表現を光一がした理由は限られた人間しか知らない。
この第七機動隊では自分と光一の他は誰も知らない、そして知らないままだろう。
こんな機密を二年目の自分に課されて貰える、その信頼と責務に微笑んだ隣はからり笑った。
「はいよ、ソコントコもきっちり打合せしてくるね?俺たちの訓練日に台風ぶつかっちゃったらリアル講習になっちゃうけどさ、」
「その場合の打合せもお願いします、昨日渡した資料は後藤さん達にもメールで送ってありますので、」
公務についての会話に笑いかけながら、けれど底抜けに明るい瞳は他事も頷いている。
その他事が本命の目的で機密事項、それを共有する互いの無言は温かい。
憧憬、信頼と友情、嫉妬と羨望、数々の夢と約束と『血の契』の誓い。
共に笑って泣いた時間に親友となりパートナーとなり、一度は恋人にもなった。
そんな全ては「山」を廻らす時間に培われ育まれ、ふたり向かい合うまま今がある。
そうして見つめる今の眼差しに、また一瞬前よりもアンザイレンザイルは強く静かに温かい。
このザイルを信じられるから今日も、敬愛する人を光一に託して自分はもう一つの大切な現場に向かえる。
―でも光一、まだ病名までは知らないんだ…検査結果が出るまでは、
今日から後藤は検査入院をする、その結果次第でそのまま手術を行う。
まだ今日すぐ手術という事は無い、だから今日、光一が後藤に会っても病名は知らされないだろう。
それでも怜悧な光一なら吉村医師や後藤の空気から察するかもしれない、そんな懸念に一葉の写真へ祈ってしまう。
青梅警察署警察医のデスクに佇んでいる写真立て、そこで山ヤの医学生は美しい笑顔であざやかなまま生きている。
―雅樹さん、光一を支えて下さい、あなたにしか出来ないことだから、
生ある時も死んだ後も唯ひとり、変わらず想い続けている。
そんな二人を知ってしまったからこそ自分の過ちも願いも気が付けた。
ここまでしないと解らなかった自分が悔しいと想う、だからこそ今日、自分は過去を掴まえに行く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/dc/8f8afdb04cbf9d4dc0264d634940261a.jpg)
先月も来たばかりの場所、けれど少しだけ風は気配をもう変えた。
その風が生まれてくる場所にはベンチがある、そこで笑ってくれた俤は今もう遠い。
―…奥多摩ほど広くないけれど、大きな木があって好きなんだ…このベンチ、お祖父さんとお祖母さんが座ったかもしれないんだ
キャンパスの一角にある泉水の庭、そこに古びた木製のベンチは静謐の木蔭に隠れる。
あの場所は普通なら見つけられないだろう、それでも周太は出逢い、通学ごと座っている。
そこに座れば名残はある?そんな想いに歩きかけた脚を立ち止まらせ独り英二は微笑んだ。
「…今日の行先はそこじゃない、」
独り言に見あげた先、暗褐色の講堂は聳える。
多くの事件と時代を抱えこんだ建造物はどこか自分と肌が合わない、そんな空気が皮肉に可笑しい。
それでも自分の血縁者はここで夢を追いかけ生きていた、その芳蹟が鼓動そっと敲いてワイシャツの胸元ふれた。
うすい夏生地ごし指先は小さな金属の輪郭をなぞらす、堅く肌温まらす合鍵の感触から手に提げる鞄の中が心に映る。
鞄の中には一冊の本と救命救急具ケース、そこに拳銃ひとつ分解されて収められている。
拳銃は『 WALTHER P38 』太平洋戦争から捕らわれ埋められていた晉の罪。
本は『 La chronique de la maison 』ミステリー小説に象った晉の過去。
―…周太は祖父さんの小説を手に入れたよ、祖父さんがオヤジさんに贈ったヤツをね。当時を聴けるオプション付きでさ、
アンザイレンパートナーが自分に現実を告げた、あの言葉も声も忘れられない。
あのとき気が付かされたのは自分の傲慢と運命の相克、そして周太への哀惜と敬意だった。
だからこそ晉が祖母に贈った一冊のメッセージは自分宛だと確信は深い、この懺悔に英二は微笑んだ。
「ね、周太…君が優秀すぎるってこと俺は見くびってたんだ、ごめんな…」
見あげる暗褐色の塔に聲つぶやいて、けれど周太には届かない。
本当は昨夜にも謝りたかった、けれど言えば周太の覚悟と秘匿を苦しめるだけ。
そう解っているから告げられなかった想いは鼓動に軋んで、それでも為すべきことに英二は踵返した。
―…祖父がくれた宿題を見つけに行ってくるね?プレゼントは全部、ちゃんと受けとりたいから、
別れのとき周太が遺した言葉と黒目がちの瞳は、離れることなく心を響かせる。
晉が馨に遺した小説へと記したメッセージを周太は受けとるために今朝、行ってしまった。
“Je te donne la recherche”探し物を君に贈る
異国の言葉に遺した意志は、何を指し示すのだろう?
あの小説が露わす過去は悔恨と贖罪の祈りたち、それを贈る?
それとも別の何かを贈り主は示すのだろうか、それは贈られる相手にだけしか解らないかもしれない。
だからこそ自分も今日、自分に遺されたメッセージの意志を見つける為に過去の軌跡を掴まえに来た。
自分に贈られた意志は“Confession” 告解、懺悔と有罪の自白。
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第68話 玄明act.2-side story「陽はまた昇る」
玉子焼きは、こんな味だったろうか?
噛みしめる口のなか柔らかいものが喉を下る、けれど味が残らない。
飲下しに味噌汁を含んで、それも塩気だけを感じで豆腐すら素っ気ない。
なにを口にしても塩気しか解らなくなっている、そんな朝食の隣から頬を小突かれた。
「み・や・た、オマエの可愛い上官サマのお話、キッチリ聴いてくれてるワケ?」
それはちゃんと聴いてるよ国村さん?
だけど食べている時に頬を小突くとか止めて欲しいんだけど?
そう言い返したいけれど小突かれた頬の内側、咀嚼中の胡瓜が跳ねて喉を直撃した。
「ごほっ…こほんっごほこほっ、」
漬物も凶器になるんだな?
そんな感想ごと喉噎せあがって止まらない目許、涙にじみだす。
ちょうど引っ掛る欠片に刺激されっ放しの咳に、日焼あわい手がコップを差し出してくれた。
「宮田さん、水、」
穏やかで明朗な声が勧めてくれる、そのトーンは押しつけがましくない。
けれど自分としては悔しくなる、そんな想い隠して英二は先輩に微笑んだ。
「ごほっ…うらべさ、っありが、ごほほんっ、」
礼を言いかけて、けれど咳に邪魔されてしまう。
こんな見っともない所は見せたくない、弱みは出来るだけ見せたくない。
そんな意地を張りたい相手の前で噎せながら英二は受けとった水を飲みこんだ。
―なんか敵に塩を送られてる気分だな、俺の勝手な嫉妬だけどさ、
水を飲みながら咳と独り言を肚に収めこむ。
この妬心は誰にも言っていない、だから何も知らない当事者は綺麗な笑顔で上官を窘めた。
「国村さんも、食べてる時に頬突っついたら危ないですよ?」
「危険も大好きな男だからね、俺のアンザイレンパートナーはさ?ね、え・い・じ、」
テノールの声は飄々とプライベートの呼名に笑ってくる。
公式と私的と両方の呼び方をしてくれるパートナーに英二は答えた。
「こほっ、確かに危険は嫌いじゃないけどっほんっ、飯は平和に食べたいですっごほっ、」
「あれ、噎せてる癖に敬語モードしてくれるんだね、宮田くん?」
飄々と笑って光一は丼飯を箸運んでいく。
いつもながら健やかで端正な食事を眺めながら、英二は咳を納め微笑んだ。
「上官の話って言われたから敬語で話します、さっきのスケジュールの件ですが夕食前に戻ります、」
今日は自分にとって第七機動隊に異動後初の週休になる。
その話題についての回答にパートナーで上官は可笑しそうに訊いてきた。
「外出届の通りで行先は変っていないね?」
「はい、」
短く頷いて微笑んだ隣、透明な瞳すっと細められる。
そんな眼差しに以前の光一が想われて、ひとつ理解が生まれた。
―最初は光一の目って細い印象だったけど、あれは考えこんでる目だったんだな?
隣に座る秀麗な顔は、雪白なめらかな肌に黒い瞳が澄みわたる。
透明な眼差しは考えこむたび細まらす、けれど本来の目はむしろ涼やかに際立つ。
こんなところからも光一の自分に対する態度と感情の推移が見えて、時の経過が想われる。
―すこしずつ信頼してもらってきたんだな、
あと3週間で10月、もうじき1年になる光一との時間は鮮やかに明るい。
御岳で青梅で、奥多摩の山嶺で、高峰で、それから警察組織の世界で共に駈けて来た。
その時間たちには喜怒哀楽の全てを共に見つめている、そして今ある感情は一つに言えない。
最初は、憧憬。
最初に見た光一は、背中の写真だった。
白銀まばゆい尾根にスカイブルーのウィンドブレーカー翻す背中は、誇らかな自由に充ちていた。
次に出会ったのは青梅警察署単身寮の談話コーナー、御岳駐在所に初着任を控えた前夜の挨拶だった。
『また背が高いね、何センチですか?』
初対面、そう言って光一は底抜けに明るい瞳を細めた。
最初から体格のことを微笑んだ、それが山ヤらしいと想えて格好良いと感じた。
澄んだテノールの深みは大人びて、どこか繊細な空気と怜悧で透明な眼差しに文学青年のようだと想った。
まだ写真と目の前の先輩が同一人物だとは気づいていない、けれど始まっていた憧れの瞬間の台詞は今なら意味が解る。
―あのとき「また」って言う前に小さく、ま、って言ったのは名前を呼んだんだ、
まさきさん、
本当はそう言いかけていた、けれどすぐ微笑んで言葉を変えた。
あのとき微かな吐息が言いかけた1音は何故か心に懸って、その音の想いが今は解かる。
それほど感情の全てを交錯させてきた相手、そんな隣に英二は今を見つめて笑いかけた。
「国村さんは奥多摩で変更ありませんか?」
「ないね、実家で山仕事したらさ、後藤さんと吉村先生と密談してきますよ、」
飄々とテノールが笑って茄子の煮浸しを口に入れた。
いつものよう楽しげに長閑な貌は明るい、けれど瞳に催促がある。
その音無い聲をいつものよう聴きとった答えへと英二は穏やかに微笑んだ。
「訓練のコース確認、よろしくお願いしますね?台風で遭難の起きやすいポイント確認もお願いします、」
密談、
そんな表現を光一がした理由は限られた人間しか知らない。
この第七機動隊では自分と光一の他は誰も知らない、そして知らないままだろう。
こんな機密を二年目の自分に課されて貰える、その信頼と責務に微笑んだ隣はからり笑った。
「はいよ、ソコントコもきっちり打合せしてくるね?俺たちの訓練日に台風ぶつかっちゃったらリアル講習になっちゃうけどさ、」
「その場合の打合せもお願いします、昨日渡した資料は後藤さん達にもメールで送ってありますので、」
公務についての会話に笑いかけながら、けれど底抜けに明るい瞳は他事も頷いている。
その他事が本命の目的で機密事項、それを共有する互いの無言は温かい。
憧憬、信頼と友情、嫉妬と羨望、数々の夢と約束と『血の契』の誓い。
共に笑って泣いた時間に親友となりパートナーとなり、一度は恋人にもなった。
そんな全ては「山」を廻らす時間に培われ育まれ、ふたり向かい合うまま今がある。
そうして見つめる今の眼差しに、また一瞬前よりもアンザイレンザイルは強く静かに温かい。
このザイルを信じられるから今日も、敬愛する人を光一に託して自分はもう一つの大切な現場に向かえる。
―でも光一、まだ病名までは知らないんだ…検査結果が出るまでは、
今日から後藤は検査入院をする、その結果次第でそのまま手術を行う。
まだ今日すぐ手術という事は無い、だから今日、光一が後藤に会っても病名は知らされないだろう。
それでも怜悧な光一なら吉村医師や後藤の空気から察するかもしれない、そんな懸念に一葉の写真へ祈ってしまう。
青梅警察署警察医のデスクに佇んでいる写真立て、そこで山ヤの医学生は美しい笑顔であざやかなまま生きている。
―雅樹さん、光一を支えて下さい、あなたにしか出来ないことだから、
生ある時も死んだ後も唯ひとり、変わらず想い続けている。
そんな二人を知ってしまったからこそ自分の過ちも願いも気が付けた。
ここまでしないと解らなかった自分が悔しいと想う、だからこそ今日、自分は過去を掴まえに行く。
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先月も来たばかりの場所、けれど少しだけ風は気配をもう変えた。
その風が生まれてくる場所にはベンチがある、そこで笑ってくれた俤は今もう遠い。
―…奥多摩ほど広くないけれど、大きな木があって好きなんだ…このベンチ、お祖父さんとお祖母さんが座ったかもしれないんだ
キャンパスの一角にある泉水の庭、そこに古びた木製のベンチは静謐の木蔭に隠れる。
あの場所は普通なら見つけられないだろう、それでも周太は出逢い、通学ごと座っている。
そこに座れば名残はある?そんな想いに歩きかけた脚を立ち止まらせ独り英二は微笑んだ。
「…今日の行先はそこじゃない、」
独り言に見あげた先、暗褐色の講堂は聳える。
多くの事件と時代を抱えこんだ建造物はどこか自分と肌が合わない、そんな空気が皮肉に可笑しい。
それでも自分の血縁者はここで夢を追いかけ生きていた、その芳蹟が鼓動そっと敲いてワイシャツの胸元ふれた。
うすい夏生地ごし指先は小さな金属の輪郭をなぞらす、堅く肌温まらす合鍵の感触から手に提げる鞄の中が心に映る。
鞄の中には一冊の本と救命救急具ケース、そこに拳銃ひとつ分解されて収められている。
拳銃は『 WALTHER P38 』太平洋戦争から捕らわれ埋められていた晉の罪。
本は『 La chronique de la maison 』ミステリー小説に象った晉の過去。
―…周太は祖父さんの小説を手に入れたよ、祖父さんがオヤジさんに贈ったヤツをね。当時を聴けるオプション付きでさ、
アンザイレンパートナーが自分に現実を告げた、あの言葉も声も忘れられない。
あのとき気が付かされたのは自分の傲慢と運命の相克、そして周太への哀惜と敬意だった。
だからこそ晉が祖母に贈った一冊のメッセージは自分宛だと確信は深い、この懺悔に英二は微笑んだ。
「ね、周太…君が優秀すぎるってこと俺は見くびってたんだ、ごめんな…」
見あげる暗褐色の塔に聲つぶやいて、けれど周太には届かない。
本当は昨夜にも謝りたかった、けれど言えば周太の覚悟と秘匿を苦しめるだけ。
そう解っているから告げられなかった想いは鼓動に軋んで、それでも為すべきことに英二は踵返した。
―…祖父がくれた宿題を見つけに行ってくるね?プレゼントは全部、ちゃんと受けとりたいから、
別れのとき周太が遺した言葉と黒目がちの瞳は、離れることなく心を響かせる。
晉が馨に遺した小説へと記したメッセージを周太は受けとるために今朝、行ってしまった。
“Je te donne la recherche”探し物を君に贈る
異国の言葉に遺した意志は、何を指し示すのだろう?
あの小説が露わす過去は悔恨と贖罪の祈りたち、それを贈る?
それとも別の何かを贈り主は示すのだろうか、それは贈られる相手にだけしか解らないかもしれない。
だからこそ自分も今日、自分に遺されたメッセージの意志を見つける為に過去の軌跡を掴まえに来た。
自分に贈られた意志は“Confession” 告解、懺悔と有罪の自白。
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