永遠、夏の一日
soliloquy 木染月,eternal summer ―another,side story
光ゆらめく緑の木蔭、優しい香が3つ頬撫でる。
ひとつに樹木の息吹へ涼ます夏の風。
次に藍染めの清しい渋み、そして穏やかな重厚に甘い父の香。
どれもが自分には馴染みで優しくて、大好きな香たちに寛ぎながら周太は微笑んだ。
「ね、お父さん…ここは風が気持いいね、光も綺麗…ここにベンチ作ったのって、風と光が良いから?」
いま座る庭のベンチは確りとした木造りが温かい。
これを父が造ったのは母の為、そう聴いていることも嬉しくて笑いかけた真中に綺麗な笑顔ほころんだ。
「ん、そう…だから周の木も近くに植えたんだ、」
穏やかな声が笑って答えてくれる。
その言葉にくすぐったくて嬉しくて周太は藍染の袖に凭れかかった。
「僕の木、ちっちゃいのにお花、ちゃんと毎年咲くね…ね、今年も咲いてくれる?」
「うん、きっと咲くよ?周の山茶花は雪にも咲く強い花だから…ほら、今も熱い太陽にだって元気だよ、」
やわらかなトーンが微笑んで向うを指さしてくれる。
長い指の示す先、常緑の葉は孟夏の太陽きらめかせ風ゆらす。
炎天にもまばゆい自分の木が嬉しくて、周太は父を見上げ笑いかけた。
「ね、お父さん…夏って暑いけど木蔭は涼しいし、葉っぱもつやつやで綺麗だよね…僕、夏も好き、」
大好きな樹木が緑の豊穣に輝く季、この今の季節も慕わしい。
そんな想い笑いかけた真中で、きれいな切長い瞳が愉しげに微笑んだ。
「ん、お父さんも夏は好きだよ…日本の夏も、い…」
言いかけて、ふっと父の声が途切れた。
かすかに披いた唇は言葉を消して、その空白へ馥郁の風涼やかに揺れてゆく。
ゆるやかな木擦れの葉音に風が吹く、見あげる父の髪へ木洩陽きらめいて藍染の衿を透かす。
静かな風と光に次の言葉を待って見つめる、そんな静謐に切長い瞳が穏やかに微笑んだ。
「イギリスの夏の詩があるんだ、シェイクスピアだよ…読んでみようか、」
膝の本にページを繰り、アルファベットの綴りを長い指で示してくれる。
やさしい白の紙面に父は微笑んで、穏やかな声に異国の言葉を口遊んだ。
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
14行に綴らす朗誦は風ゆるやかに透り、緑涼やぐ木洩陽に優しく響く。
音楽のような異国の言葉を謳った声は、今度は母国の音を口遊んだ。
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
清らかな貴方の美を奪えない、
貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
人々が息づき瞳が見える限り、
この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。
慣れ親しんだ言葉に紡がれる詩は「あなた」への想いを謳う。
この想いが眩しくて瞳細めて見あげる父の貌は、どこか遥かな遠くへ微笑む。
いま聴いた深い声の口遊みを心反芻する隣、切長い瞳がすこし恥ずかしげに笑った。
「この詩はね、周…シェイクスピアが愛する人に捧げる気持ちを詠っているんだ、」
見あげる緑翳きらめくなか穏やかな笑顔は澄んで温かい。
涼やかな風が父の袂ひるがえす、陽に透ける夏衣の風は藍を凛と薫らせる。
穏やかな夏の朝の庭、いつもどおりの夏に座りながら父の言葉に心くすぐったい。
―あいするひとにささげるって、学校でみんなが言ってたお手紙のことだよね?
入ったばかりの小学校でそんな話を聴いてきた。
それに興味はやっぱりある、けれど自分には何だか照れてしまって友達に訊き難い。
けれど優しくて博学な父なら丁寧に教えてくれるはず、そう思うけれど羞んで見る父の膝でページが風ゆれた。
―詩が空で踊ってるみたい…紙の白い雲と、浴衣の青いろの空と、ね?
風ゆれる14行の詩はページの雲に舞い、本載せる藍色の爽やかな空に言葉を薫らす。
そんな本も父の笑顔も愉しげで嬉しいまま思い切って訊いてみた。
「ん…じゃあらぶれたーってこと?」
質問しながら覚えたての言葉が気恥ずかしい。
この言葉を聴いてきた日は屋根裏部屋で辞書を広げた、だから意味を幾らかは知っている。
少し解かりかけの「らぶれたー」に羞んでシャツのボタンいじる隣で父は涼やかに笑った。
「ん、確かに愛の手紙だね、シェイクスピアが大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、」
大切な人に贈った手紙みたいな詩。
その言葉がなんだか嬉しいまま大好きな笑顔を見上げた。
「お父さん、れんあいじゃない…らぶれたーってあるの?」
「ん、あるよ、」
穏やかな声に微笑んで父が膝の本を持ち上げてくれる。
どうぞ?そんなふう綺麗な笑顔を向けて大好きな場所が自分を呼ぶ。
いつも通りの大好きな仕草に嬉しく笑って浴衣の膝へ登ると、切長い瞳は涼やかに微笑んだ。
「家族とか友達とかね、大切な人へ大好きって気持を書いた手紙…真心を贈る手紙はね、どれもラヴレターだよ、」
真心、この言葉は前に教わって知っている。
この言葉にある想いが嬉しくて周太は大好きな父に笑いかけた。
「お父さん、お母さんにはらぶれたーあげたんでしょ?…れんあいだけじゃないなら、いつか僕にもくれる?」
「ん、そうだね、いつか周にも贈りたいな、」
深い澄んだ声で笑いかけてくれながら、長い指に髪を梳いてくれる。
いつもながら優しい手が嬉しくて、嬉しい気持ちのまま周太は想った通りを声にした。
「ね、お父さん…お母さんと僕の他にもらぶれたー贈りたいひと、お父さんいるんだね?」
笑いかけた真中で、切長い瞳がすこし大きくなる。
その涼やかな睫ゆっくり瞬いて、父は幸せな笑顔ほころばせた。
「ん、いる…大切な人がいるよ、僕には、」
ほら、やっぱり父には大切な人がちゃんといる。
大好きな父が大好きだと想える人、そんな人が家族の他にもいてくれる。
父をこんな笑顔にしてくれる人が嬉しい、嬉しくて周太は藍染めの肩にくっついて笑った。
「ね、どんなひとなの、お父さんの大切なひと、」
「ん、そうだね…」
可笑しそうに笑って切長い瞳が頭上を仰いだ。
日焼あわい貌に木洩陽きらめく、その光へ瞳細めて父は綺麗に笑った。
「夏みたいな人だね…うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、」
緑きらめく庭の梢に微笑んで、澄んだ瞳へ夏の空が映りきらめく。
遠い懐かしい貌を見つめている、そんな笑顔は綺麗で見惚れながら周太は訊いてみた。
「すてきなひとだね、お父さんのお友達なんでしょ?」
「ん…友達よりも近くて大切だね、いろんな気持があるから、」
穏やかな笑顔ほころばせ素直に答えてくれる、その声がいつもよりどこか明るい。
きっと「うんと明るくて」夏のような人の所為、そんな人が嬉しくて父の瞳に笑いかけた。
「ね、僕も会ってみたいな、夏みたいな山のひと…僕とも仲良くしてくれるかな?」
父の大切なひとに自分も会ってみたい、そして話を聴いてみたい。
こんなふう父を笑わす人の言葉を自分も聴いてみたい、そんな願いの真中で切長い瞳が笑った。
「ん、きっと仲良くなれるよ?…周だったら会えると想うよ、いつかきっと、」
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】
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周太6歳の夏
soliloquy 木染月,eternal summer ―another,side story
光ゆらめく緑の木蔭、優しい香が3つ頬撫でる。
ひとつに樹木の息吹へ涼ます夏の風。
次に藍染めの清しい渋み、そして穏やかな重厚に甘い父の香。
どれもが自分には馴染みで優しくて、大好きな香たちに寛ぎながら周太は微笑んだ。
「ね、お父さん…ここは風が気持いいね、光も綺麗…ここにベンチ作ったのって、風と光が良いから?」
いま座る庭のベンチは確りとした木造りが温かい。
これを父が造ったのは母の為、そう聴いていることも嬉しくて笑いかけた真中に綺麗な笑顔ほころんだ。
「ん、そう…だから周の木も近くに植えたんだ、」
穏やかな声が笑って答えてくれる。
その言葉にくすぐったくて嬉しくて周太は藍染の袖に凭れかかった。
「僕の木、ちっちゃいのにお花、ちゃんと毎年咲くね…ね、今年も咲いてくれる?」
「うん、きっと咲くよ?周の山茶花は雪にも咲く強い花だから…ほら、今も熱い太陽にだって元気だよ、」
やわらかなトーンが微笑んで向うを指さしてくれる。
長い指の示す先、常緑の葉は孟夏の太陽きらめかせ風ゆらす。
炎天にもまばゆい自分の木が嬉しくて、周太は父を見上げ笑いかけた。
「ね、お父さん…夏って暑いけど木蔭は涼しいし、葉っぱもつやつやで綺麗だよね…僕、夏も好き、」
大好きな樹木が緑の豊穣に輝く季、この今の季節も慕わしい。
そんな想い笑いかけた真中で、きれいな切長い瞳が愉しげに微笑んだ。
「ん、お父さんも夏は好きだよ…日本の夏も、い…」
言いかけて、ふっと父の声が途切れた。
かすかに披いた唇は言葉を消して、その空白へ馥郁の風涼やかに揺れてゆく。
ゆるやかな木擦れの葉音に風が吹く、見あげる父の髪へ木洩陽きらめいて藍染の衿を透かす。
静かな風と光に次の言葉を待って見つめる、そんな静謐に切長い瞳が穏やかに微笑んだ。
「イギリスの夏の詩があるんだ、シェイクスピアだよ…読んでみようか、」
膝の本にページを繰り、アルファベットの綴りを長い指で示してくれる。
やさしい白の紙面に父は微笑んで、穏やかな声に異国の言葉を口遊んだ。
Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st.
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
14行に綴らす朗誦は風ゆるやかに透り、緑涼やぐ木洩陽に優しく響く。
音楽のような異国の言葉を謳った声は、今度は母国の音を口遊んだ。
貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、
清らかな貴方の美を奪えない、
貴方が滅びの翳に迷うとは死の神も驕れない、
永遠の詞に貴方が生きゆく時間には。
人々が息づき瞳が見える限り、
この詞が生きる限り、詞は貴方に命を贈り続ける。
慣れ親しんだ言葉に紡がれる詩は「あなた」への想いを謳う。
この想いが眩しくて瞳細めて見あげる父の貌は、どこか遥かな遠くへ微笑む。
いま聴いた深い声の口遊みを心反芻する隣、切長い瞳がすこし恥ずかしげに笑った。
「この詩はね、周…シェイクスピアが愛する人に捧げる気持ちを詠っているんだ、」
見あげる緑翳きらめくなか穏やかな笑顔は澄んで温かい。
涼やかな風が父の袂ひるがえす、陽に透ける夏衣の風は藍を凛と薫らせる。
穏やかな夏の朝の庭、いつもどおりの夏に座りながら父の言葉に心くすぐったい。
―あいするひとにささげるって、学校でみんなが言ってたお手紙のことだよね?
入ったばかりの小学校でそんな話を聴いてきた。
それに興味はやっぱりある、けれど自分には何だか照れてしまって友達に訊き難い。
けれど優しくて博学な父なら丁寧に教えてくれるはず、そう思うけれど羞んで見る父の膝でページが風ゆれた。
―詩が空で踊ってるみたい…紙の白い雲と、浴衣の青いろの空と、ね?
風ゆれる14行の詩はページの雲に舞い、本載せる藍色の爽やかな空に言葉を薫らす。
そんな本も父の笑顔も愉しげで嬉しいまま思い切って訊いてみた。
「ん…じゃあらぶれたーってこと?」
質問しながら覚えたての言葉が気恥ずかしい。
この言葉を聴いてきた日は屋根裏部屋で辞書を広げた、だから意味を幾らかは知っている。
少し解かりかけの「らぶれたー」に羞んでシャツのボタンいじる隣で父は涼やかに笑った。
「ん、確かに愛の手紙だね、シェイクスピアが大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、」
大切な人に贈った手紙みたいな詩。
その言葉がなんだか嬉しいまま大好きな笑顔を見上げた。
「お父さん、れんあいじゃない…らぶれたーってあるの?」
「ん、あるよ、」
穏やかな声に微笑んで父が膝の本を持ち上げてくれる。
どうぞ?そんなふう綺麗な笑顔を向けて大好きな場所が自分を呼ぶ。
いつも通りの大好きな仕草に嬉しく笑って浴衣の膝へ登ると、切長い瞳は涼やかに微笑んだ。
「家族とか友達とかね、大切な人へ大好きって気持を書いた手紙…真心を贈る手紙はね、どれもラヴレターだよ、」
真心、この言葉は前に教わって知っている。
この言葉にある想いが嬉しくて周太は大好きな父に笑いかけた。
「お父さん、お母さんにはらぶれたーあげたんでしょ?…れんあいだけじゃないなら、いつか僕にもくれる?」
「ん、そうだね、いつか周にも贈りたいな、」
深い澄んだ声で笑いかけてくれながら、長い指に髪を梳いてくれる。
いつもながら優しい手が嬉しくて、嬉しい気持ちのまま周太は想った通りを声にした。
「ね、お父さん…お母さんと僕の他にもらぶれたー贈りたいひと、お父さんいるんだね?」
笑いかけた真中で、切長い瞳がすこし大きくなる。
その涼やかな睫ゆっくり瞬いて、父は幸せな笑顔ほころばせた。
「ん、いる…大切な人がいるよ、僕には、」
ほら、やっぱり父には大切な人がちゃんといる。
大好きな父が大好きだと想える人、そんな人が家族の他にもいてくれる。
父をこんな笑顔にしてくれる人が嬉しい、嬉しくて周太は藍染めの肩にくっついて笑った。
「ね、どんなひとなの、お父さんの大切なひと、」
「ん、そうだね…」
可笑しそうに笑って切長い瞳が頭上を仰いだ。
日焼あわい貌に木洩陽きらめく、その光へ瞳細めて父は綺麗に笑った。
「夏みたいな人だね…うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、」
緑きらめく庭の梢に微笑んで、澄んだ瞳へ夏の空が映りきらめく。
遠い懐かしい貌を見つめている、そんな笑顔は綺麗で見惚れながら周太は訊いてみた。
「すてきなひとだね、お父さんのお友達なんでしょ?」
「ん…友達よりも近くて大切だね、いろんな気持があるから、」
穏やかな笑顔ほころばせ素直に答えてくれる、その声がいつもよりどこか明るい。
きっと「うんと明るくて」夏のような人の所為、そんな人が嬉しくて父の瞳に笑いかけた。
「ね、僕も会ってみたいな、夏みたいな山のひと…僕とも仲良くしてくれるかな?」
父の大切なひとに自分も会ってみたい、そして話を聴いてみたい。
こんなふう父を笑わす人の言葉を自分も聴いてみたい、そんな願いの真中で切長い瞳が笑った。
「ん、きっと仲良くなれるよ?…周だったら会えると想うよ、いつかきっと、」
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet18」】
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