再会
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第83話 辞世 act.11-another,side story「陽はまた昇る」
どうして、あなたが来てしまったんだろう?
幕営ほの暗いランプの下、男が三人テントを入ってくる。
ヘルメットから登山ウェアすべて青い、この冬隊服も去年ずっと見慣れている。
三人とも肩ひろやかで背が高い、体格から自分とは違う男たちに秋は懐かしくて、そして遠い。
―2ヶ月もなかったけど僕も七機で…顔は知ってる人だよ、ね、
もう夜になる山懐はランプに暗い。
まだ顔は見えなくて、けれど知人である可能性もう知っている。
『現場は標高2,500メートル地点の雪山だ、七機の山岳レンジャーがサポートに入る、』
新宿の道、迎えにきた伊達からもう聴いている。
だから青い隊服姿の所属は第七機動隊だ、それなら知人だろう。
三人とも青いヘルメットの蔭に顔は隠れて見えにくい、けれど向きあった声は徹った。
「第七機動隊山岳レンジャー、第2小隊長の国村です。これが長野県警からガイドに指名された浦部、むこうが選抜した宮田になります、」
今、誰だと言った?
―この声は光一だ、名前も、
知っている声、知っている名前たち。
そして告げられた意味に解からなくなる、どうして?
『選抜した宮田になります、』
どうして、なぜ、あなたが選ばれてしまった?
―他にも山岳レンジャーの人いるのに、なんで英二が…まだ二年目なのにどうして、
どうして二年目のあなたが選ばれる、もっと他にいるだろう?
特殊な任務で山のガイドするならベテランがいるはず、そんな疑問に記憶かすめた。
『山岳レンジャーのエースが補佐してくれる。若いが射撃も上級の男だから心配ない、』
さっき上官が言ったこと、その意味に忘れかけていた事実が裏付ける。
―そうだった、英二も射撃の上級に受かってる…初任総合のとき、
積雪期の登山技術と射撃上級。
これが選抜の条件なのだろう、それなら当然の結論かもしれない。
―光一も上級だけど今は指揮官なんだ、だから英二が、
他にも同じ条件の人間はいたかもしれない。
けれど立場と役割の事情で選ばれてしまった、こんな現実に上官が言った。
「宮田君はこちらの隊員を連れて1時間後、日没直後に現場へ向かってもらう、」
ほら、あなたの名前だ。
―英二を巻きこんじゃうなんて嫌、誰か止めてお願い、
どうか誰か止めて、こんなこと。
どうか止めてほしい、この人だけは巻きこみたくなかった。
そう願っている、心から願っている、それなのに深く鼓動が弾んでしまう。
“このひとが一緒なら”
そう喜んでいる、この鼓動ずっと深くが。
「出発のタイミングは私に任せてもらいます、山は山岳レンジャーの領分です、」
ほら知っている声が反論してくれた。
こんな反論あたりまえに嬉しい、でも弾むのは「期待」のせいだ?
「いま山頂から雲が降りてきています、これは吹雪です。あと1時間でここも雪に巻かれるでしょう、そんな天候に出たら死にます、」
澄んだテノール朗々と告げる。
この言葉どおり自分は死地へ向かうのだろう、その道連れ視界の端に映りこむ。
―やっぱり英二だ、いちばん背が高い人、
三人ならんだ青い隊服、うち二人は身長も似ている。
ほんの少し高いほう、その青いヘルメットから視線が熱い。
―こんな見方してくるの英二だ…暗くて顔は見えないけど、でも肩の感じも空気も、
あのひとがいる、目の前に今。
うす暗い幕営は吐息も白い、こんな再会にテノールが続ける。
「現場は沢上部の小屋ですね?この幕営からいちばん近い、でも厳しい現状を浦部から説明します、」
懐かしい名前に鼓動また疼く。
―浦部さんのこと英二と似てるって見てた、ね、
逢いたくて、だから俤つい重ねてしまった。
そんな2ヶ月に毎日のよう聴いた声が応えた。
「ガイドとして申し上げます、あの小屋あたりは雪崩の巣窟です。今の時季とくに寒暖差で雪がゆるみます、そこでの発砲は危険です、」
懐かしい声、でも言葉は甘くない。
―やっぱり危険なんだね、僕が行く場所は…そこに英二も、
発砲は危険、
その危険を冒すことが自分の任務だ。
それでも自分は構わない、それだけ覚悟とっくにできている。
それでも一緒に行く相手いることが苦しい、哀しい、ただ煩悶の隣から言われた。
「班長、私も同じ意見です。出発は明朝にするべきです、」
恬淡、そんな声が朗々と告げる。
マスクで顔隠しても徹ってゆく、沈毅なくせ大らかなトーンは言った。
「吹雪と雪崩のリスクを冒したところで途中ビバークするしかありません、どうせ現場に着けないなら明日朝に出ても同じです、私は行かせません、」
いつもどおり落着いた低い深い声、けれど本当は怒っている。
―伊達さんって貌に出さない時ほどだもの、今も、
感情をおしこめている、そんなときほど本当は心あふれて廻らせる。
それは哀しい告白された夜にもう知った。
『人を殺した手で人を養う飯作るなんて変だろ?だから家族にばれたくない、食ったモノ吐かれたら辛いからな…そういう秘密が自分で赦せない、』
そう言って伊達はすこし笑った。
でも本当は怒りに泣いている、だって傷だらけだった。
『この傷、一本に見えるが何度も切ってある。殺した現場を思い出して今ここが現実か解らなくなる、だから痛みで現実だって確めてほっとするんだ、』
今も冷静な隣の横顔、でもその手首は自傷の痕が悼む。
命ひとつ消してしまった苦痛と哀悼、この苦悶ごと自分たちは任務に立っている。
こんな矛盾を弱いという人もいるかもしれない、けれど矛盾を抱けなかったら人では無くなるのだろう。
だから謝ってほしい、父を殺した「あの男」も人のはずだから。
「今いる地点はここです、現場の小屋はこちらで間違いありませんね?」
浦部の声が問いかけながらデスクの上、地図にマーカーのペン先を記す。
赤い丸された現在地はLED灯にほの明るい、この場所を「あの男」も今見ているのだろうか?
―班長は報告するのかな、僕のこと…観碕さんに、
観碕征治
その名前もう知ってしまった。
いま隣にたつ沈毅な横顔、この聡明な男が与えてくれた情報で裏付けもある。
―でもどうして…田嶋教授ならご存知かもしれない、ね、
どうして観碕はここまでする?
その理由まだ本当には解らない、でも手がかりは皆無じゃない。
その辿れる糸はもう見えていて、でも今既にない時間の真中で伊達が訊いた。
「ここです、小屋の窓を狙えるポイントを教えてください、」
「はい、窓は2方向でどちらも小さいです、」
説明しながら赤で「×」を描く手が白い。
その手元ながめる隣、そっと空気がゆれた。
―伊達さん?今なにか、
なんだろう、今なにか動いた気がする。
けれど解からなくて、そのまま浦部の声は穏やかに続けた。
「雪への耐性を重視した山小屋です、そのため窓は小さく2ヶ所だけ、入口も1つで壁も頑丈な造りになっています。北側に面した窓は山頂方面、もう一方は麓への尾根の眺望がいいです。周りの樹林帯も小屋より低いので隠れるポイントはありません、荷揚げや救助ヘリのホイストするポイントなため上空の動きも小屋から見えます、」
説明の言葉に現状対応の難易度あきらかになる。
これを「あの男」は知っていて、そして「場」を作ったのだろうか?
―この事件も観碕さんがつくったのかもしれない、それならお父さんはやっぱり、
雪山の籠城事件。
こんな場を「つくる」なんて普通は難しい、でも不可能じゃない。
そして、こんな場まで「あの男」が作ったのだとしたら14年前の事件など容易く作れたろう?
―佐山さん達に銀行強盗をさせるなんて簡単だったよね、その事務所に命令させればいいだけで…逃走ルートもかんたんに、
春の夜、14年前の新宿で起きた強盗殺人事件とある警察官の殉職。
その全て「つくった」男なら今この現場もそうかもしれない、だとしたら自分にできる「抵抗」は唯ひとつだ。
「銃座になり得るのは北側の窓サイドでしょう。小屋から見つからず回りこむルートは2つです、どちらも雪のコンディション次第でリスクが高くなります、」
想い見つめる真中で浦部の声とペン先が地図をマークする。
きゅきゅっ、ペン先の鳴らせて赤く示されてゆく道は可能性を示して、そして若い山ヤは言った。
「宮田さん、どちらのルートも経験ありましたよね?意見お願いします、」
とくん、
ほら名前ひとつに鼓動ゆれる。
この名前ずっと逢いたくて、だけど今ここで逢いたかったわけじゃない。
もっと違う場所で逢いたかった、それでも呼ばれた名前は穏やかな声で応えた。
「はい、」
ほら返事した、やっぱりあなたの声だ。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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周太24歳3月
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第83話 辞世 act.11-another,side story「陽はまた昇る」
どうして、あなたが来てしまったんだろう?
幕営ほの暗いランプの下、男が三人テントを入ってくる。
ヘルメットから登山ウェアすべて青い、この冬隊服も去年ずっと見慣れている。
三人とも肩ひろやかで背が高い、体格から自分とは違う男たちに秋は懐かしくて、そして遠い。
―2ヶ月もなかったけど僕も七機で…顔は知ってる人だよ、ね、
もう夜になる山懐はランプに暗い。
まだ顔は見えなくて、けれど知人である可能性もう知っている。
『現場は標高2,500メートル地点の雪山だ、七機の山岳レンジャーがサポートに入る、』
新宿の道、迎えにきた伊達からもう聴いている。
だから青い隊服姿の所属は第七機動隊だ、それなら知人だろう。
三人とも青いヘルメットの蔭に顔は隠れて見えにくい、けれど向きあった声は徹った。
「第七機動隊山岳レンジャー、第2小隊長の国村です。これが長野県警からガイドに指名された浦部、むこうが選抜した宮田になります、」
今、誰だと言った?
―この声は光一だ、名前も、
知っている声、知っている名前たち。
そして告げられた意味に解からなくなる、どうして?
『選抜した宮田になります、』
どうして、なぜ、あなたが選ばれてしまった?
―他にも山岳レンジャーの人いるのに、なんで英二が…まだ二年目なのにどうして、
どうして二年目のあなたが選ばれる、もっと他にいるだろう?
特殊な任務で山のガイドするならベテランがいるはず、そんな疑問に記憶かすめた。
『山岳レンジャーのエースが補佐してくれる。若いが射撃も上級の男だから心配ない、』
さっき上官が言ったこと、その意味に忘れかけていた事実が裏付ける。
―そうだった、英二も射撃の上級に受かってる…初任総合のとき、
積雪期の登山技術と射撃上級。
これが選抜の条件なのだろう、それなら当然の結論かもしれない。
―光一も上級だけど今は指揮官なんだ、だから英二が、
他にも同じ条件の人間はいたかもしれない。
けれど立場と役割の事情で選ばれてしまった、こんな現実に上官が言った。
「宮田君はこちらの隊員を連れて1時間後、日没直後に現場へ向かってもらう、」
ほら、あなたの名前だ。
―英二を巻きこんじゃうなんて嫌、誰か止めてお願い、
どうか誰か止めて、こんなこと。
どうか止めてほしい、この人だけは巻きこみたくなかった。
そう願っている、心から願っている、それなのに深く鼓動が弾んでしまう。
“このひとが一緒なら”
そう喜んでいる、この鼓動ずっと深くが。
「出発のタイミングは私に任せてもらいます、山は山岳レンジャーの領分です、」
ほら知っている声が反論してくれた。
こんな反論あたりまえに嬉しい、でも弾むのは「期待」のせいだ?
「いま山頂から雲が降りてきています、これは吹雪です。あと1時間でここも雪に巻かれるでしょう、そんな天候に出たら死にます、」
澄んだテノール朗々と告げる。
この言葉どおり自分は死地へ向かうのだろう、その道連れ視界の端に映りこむ。
―やっぱり英二だ、いちばん背が高い人、
三人ならんだ青い隊服、うち二人は身長も似ている。
ほんの少し高いほう、その青いヘルメットから視線が熱い。
―こんな見方してくるの英二だ…暗くて顔は見えないけど、でも肩の感じも空気も、
あのひとがいる、目の前に今。
うす暗い幕営は吐息も白い、こんな再会にテノールが続ける。
「現場は沢上部の小屋ですね?この幕営からいちばん近い、でも厳しい現状を浦部から説明します、」
懐かしい名前に鼓動また疼く。
―浦部さんのこと英二と似てるって見てた、ね、
逢いたくて、だから俤つい重ねてしまった。
そんな2ヶ月に毎日のよう聴いた声が応えた。
「ガイドとして申し上げます、あの小屋あたりは雪崩の巣窟です。今の時季とくに寒暖差で雪がゆるみます、そこでの発砲は危険です、」
懐かしい声、でも言葉は甘くない。
―やっぱり危険なんだね、僕が行く場所は…そこに英二も、
発砲は危険、
その危険を冒すことが自分の任務だ。
それでも自分は構わない、それだけ覚悟とっくにできている。
それでも一緒に行く相手いることが苦しい、哀しい、ただ煩悶の隣から言われた。
「班長、私も同じ意見です。出発は明朝にするべきです、」
恬淡、そんな声が朗々と告げる。
マスクで顔隠しても徹ってゆく、沈毅なくせ大らかなトーンは言った。
「吹雪と雪崩のリスクを冒したところで途中ビバークするしかありません、どうせ現場に着けないなら明日朝に出ても同じです、私は行かせません、」
いつもどおり落着いた低い深い声、けれど本当は怒っている。
―伊達さんって貌に出さない時ほどだもの、今も、
感情をおしこめている、そんなときほど本当は心あふれて廻らせる。
それは哀しい告白された夜にもう知った。
『人を殺した手で人を養う飯作るなんて変だろ?だから家族にばれたくない、食ったモノ吐かれたら辛いからな…そういう秘密が自分で赦せない、』
そう言って伊達はすこし笑った。
でも本当は怒りに泣いている、だって傷だらけだった。
『この傷、一本に見えるが何度も切ってある。殺した現場を思い出して今ここが現実か解らなくなる、だから痛みで現実だって確めてほっとするんだ、』
今も冷静な隣の横顔、でもその手首は自傷の痕が悼む。
命ひとつ消してしまった苦痛と哀悼、この苦悶ごと自分たちは任務に立っている。
こんな矛盾を弱いという人もいるかもしれない、けれど矛盾を抱けなかったら人では無くなるのだろう。
だから謝ってほしい、父を殺した「あの男」も人のはずだから。
「今いる地点はここです、現場の小屋はこちらで間違いありませんね?」
浦部の声が問いかけながらデスクの上、地図にマーカーのペン先を記す。
赤い丸された現在地はLED灯にほの明るい、この場所を「あの男」も今見ているのだろうか?
―班長は報告するのかな、僕のこと…観碕さんに、
観碕征治
その名前もう知ってしまった。
いま隣にたつ沈毅な横顔、この聡明な男が与えてくれた情報で裏付けもある。
―でもどうして…田嶋教授ならご存知かもしれない、ね、
どうして観碕はここまでする?
その理由まだ本当には解らない、でも手がかりは皆無じゃない。
その辿れる糸はもう見えていて、でも今既にない時間の真中で伊達が訊いた。
「ここです、小屋の窓を狙えるポイントを教えてください、」
「はい、窓は2方向でどちらも小さいです、」
説明しながら赤で「×」を描く手が白い。
その手元ながめる隣、そっと空気がゆれた。
―伊達さん?今なにか、
なんだろう、今なにか動いた気がする。
けれど解からなくて、そのまま浦部の声は穏やかに続けた。
「雪への耐性を重視した山小屋です、そのため窓は小さく2ヶ所だけ、入口も1つで壁も頑丈な造りになっています。北側に面した窓は山頂方面、もう一方は麓への尾根の眺望がいいです。周りの樹林帯も小屋より低いので隠れるポイントはありません、荷揚げや救助ヘリのホイストするポイントなため上空の動きも小屋から見えます、」
説明の言葉に現状対応の難易度あきらかになる。
これを「あの男」は知っていて、そして「場」を作ったのだろうか?
―この事件も観碕さんがつくったのかもしれない、それならお父さんはやっぱり、
雪山の籠城事件。
こんな場を「つくる」なんて普通は難しい、でも不可能じゃない。
そして、こんな場まで「あの男」が作ったのだとしたら14年前の事件など容易く作れたろう?
―佐山さん達に銀行強盗をさせるなんて簡単だったよね、その事務所に命令させればいいだけで…逃走ルートもかんたんに、
春の夜、14年前の新宿で起きた強盗殺人事件とある警察官の殉職。
その全て「つくった」男なら今この現場もそうかもしれない、だとしたら自分にできる「抵抗」は唯ひとつだ。
「銃座になり得るのは北側の窓サイドでしょう。小屋から見つからず回りこむルートは2つです、どちらも雪のコンディション次第でリスクが高くなります、」
想い見つめる真中で浦部の声とペン先が地図をマークする。
きゅきゅっ、ペン先の鳴らせて赤く示されてゆく道は可能性を示して、そして若い山ヤは言った。
「宮田さん、どちらのルートも経験ありましたよね?意見お願いします、」
とくん、
ほら名前ひとつに鼓動ゆれる。
この名前ずっと逢いたくて、だけど今ここで逢いたかったわけじゃない。
もっと違う場所で逢いたかった、それでも呼ばれた名前は穏やかな声で応えた。
「はい、」
ほら返事した、やっぱりあなたの声だ。
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」】
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