此岸にて
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第83話 辞世 act.13-another,side story「陽はまた昇る」
ぱちり、金いろ爆ぜて火の粉が舞う。
三月なかば過ぎの山の夜、凍れる雪の川に焚火は温かい。
朱色やわらかな炎はなんだ落着かす、雪嶺の火端で先輩が笑った。
「あの小隊長やるな、さすが後藤さんの秘蔵っ子だ、」
ぱちっ、火音に笑った声は低いくせ透る。
マスクの黒に覆われる横顔は表情も見えない、けれど眼ざし明るくて周太も微笑んだ。
「後藤さんの知り合いだって、伊達さんもご存知なんですか?…あ、」
名前つい呼んで周り見まわしてしまう。
こんな時こんな所で本名は迂闊だ、気づいて首すじ逆上せるまま笑われた。
「名前つい呼んでまずいって思ってるだろ?でもここなら安全だ、隠れる場所なんか無いからな、」
言いながら薪くべてくれる手元は慣れている。
その仕草に懐かしい人たち見るから気懸りで尋ねた。
「ありがとうございます、でも七機の人たちもビバークしていませんか?…みなさん慣れてるし、」
「SATは敬遠される、こっちには来ないだろ、」
さらり答えられて鼓動が絞まる。
言われた現実が今は傷んで、そんな想いに伊達は指さした。
「川むこう灯りが見えるだろ?山岳レンジャーは集まってやってるな、県警も一緒か、」
川音に透かした闇の先、赤色ふたつ夜に明るい。
あそこに懐かしい人たちがいる、つい見つめてしまう視線そらし笑いかけた。
「伊達さんは焚火じょうずですね、山は慣れているんですか?」
「親戚の手伝いしてたからな、」
応えてくれる声は穏やかに低い。
からり、薪くべながら教えてくれた。
「後藤さんのことは俺も知ってるよ、同郷の大先輩だからな。あの小隊長に期待してることも有名だぞ、」
そんな話を聴いたことあったな?
思いだしながら可笑しくて、つい笑った。
「さっき伊達さん、さすがだなって言って笑いましたよね…あれ可笑しかったです、」
あの間合いで言われたら笑ってしまう。
また記憶ぶりかえす焚火のほとり先輩も笑いだした。
「つい本音が出ちまった、さすが弁が立つなってさ。理路整然と追い詰めてくれて嬉しくってな?」
「追い詰めてって…班長のこといじめたいみたいですよ?」
言葉つられて笑って、ぱちり炎また爆ぜる。
その光に低い声が言った。
「いじめたいよ、腹立ってるからな?」
こんな言い方、伊達には余程のことだ。
いつも落着いて冷静、公正で理知的、そんな評価される男に「いじめたいよ」は似合わない。
意外で見つめた真ん中、マスクの翳で沈毅な瞳は微笑んだ。
「上官として信じたかったから腹立つ、」
ああ、その気持ち自分は良く解かる。
信じたかった、だからこその溜息ひとつ笑いかけた。
「信じたいからってわかります…僕も、」
自分だってそうだった、あのひとに。
―だから英二に腹が立つんだ、いつも話してくれない…お父さんのことも、
父のことを追いかけて今、ここに自分はいる。
その想い全て裏切られる気がして、そのくせ再会はうれしかった。
うれしい分だけ悔しくて哀しくなる、そっと溜息こぼれて言われた。
「湯原、彼女の連絡先と伝言をくれ、」
からん、
燃え崩れる木音に言葉が傷む。
ゆらめく火影ごと熱なびく、温かな火端で伊達は続けた。
「新宿でも言った通りだ、引受人が一人だと辛い、引受人自身のためにも助け合える人間がいるほうがいい、」
落着いた声、でも本当は何を想うのか今は解かる。
それくらい時間を共有してくれた人に微笑んだ。
「はい…預かってもらえますか?」
ポケットからチェーン引っ張りだし外す。
そのまま差しだした掌に沈毅な瞳が訊いた。
「携帯を俺に預けるって言うのか?」
「はい、」
うなずいて見つめた真中、黒いマスクが火影に赤い。
むきあった瞳も朱いろ一点ゆらす、あかるい光のほとり口を開いた。
「もし美代さんからメールが来たら返信してもらえますか?僕が無事って想えるように…受験生なんです彼女、今は集中しないといけない大事な時で、」
きっと伊達なら代り務めてくれる。
信頼と見つめながら想い言葉にした。
「今日は前期試験の発表だったんです、でも落ちて…後期日程で受けなおすんです、その試験日まで心配かけたくありません、お願いします、」
これだけで伊達には解るだろう、そして考えてくれる。
ただ信じて開いた掌に震動が起きた。
「あ、」
火影ゆれる手の上、ちいさなランプ点滅する。
ふるえる音かすかな前、低い声かすかに笑った。
「メールか?遠慮するな、」
「…はい、」
素直に開いた画面、発光が闇にまぶしい。
あわいブルー見つめながら受信ボックス開封した。
From :関根尚光
Subject:瀬尾その他
本 文 :おつかれ、ひさしぶりだけど元気か?
来月どっかで時間つくれるか?瀬尾の祝いのこと打合せしよう、俺も報告っていうか相談あるんだ。
英理さんからもメールか電話いくとおもうけどよろしくな。
久しぶりの名前、これからの約束、報告と相談。
どれも嬉しくて温かい、だから余計に締めつけられて泣きたくなる。
「…っ、」
マスクの翳そっと呑みこんで喉つまる。
だって今こんなとき思いだしてしまった、自分には大事な人たちがいて、そして明日を疑っていない。
―もし僕が死んだら最期にメールしたって想わせるんだ、関根に…英理さんにも瀬尾にも辛い想いさせて、
電子文字のむこう友達は今きっと笑っている。
笑っているだろうから繋げていいか解らない、だって今この現実を知られたら苦しめる。
きっと怒るだろう、泣くだろう、そんな真直ぐな相手だから哀しくて辛くて、どうしていいか解らない。
「どうした湯原?」
呼びかけて肩そっと温もりふれる。
大きな掌に呼吸ひとつ、黙って携帯電話さしだした。
「読んでいいのか?」
「…はい、」
うなずいた前、マスクの瞳が画面におちる。
まなざし微かに動いて低い声がすこし笑った。
「楽しそうなメールだな、だから返信に困ってるのか?」
ほら解ってくれる。
こんな理解が今は安らげて小さく笑った。
「はい、困っています…約束していいのかなって、」
約束したい、でも明日が解からない。
こんな現実と焚火ながめながら先輩は言った。
「俺が約束する、来月も無事だ、」
ほら、約束をくれる。
こういう人だから結局は疑えない、それだけ素顔も見てしまった。
この6ヶ月の時間どうしても信じたくて、ただ信頼に微笑んだ。
「はい…返信させてもらいますね、」
掌のなか電子文字は明るい、その画面ひとひら小雪が舞った。
(to be continued)
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周太24歳3月
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第83話 辞世 act.13-another,side story「陽はまた昇る」
ぱちり、金いろ爆ぜて火の粉が舞う。
三月なかば過ぎの山の夜、凍れる雪の川に焚火は温かい。
朱色やわらかな炎はなんだ落着かす、雪嶺の火端で先輩が笑った。
「あの小隊長やるな、さすが後藤さんの秘蔵っ子だ、」
ぱちっ、火音に笑った声は低いくせ透る。
マスクの黒に覆われる横顔は表情も見えない、けれど眼ざし明るくて周太も微笑んだ。
「後藤さんの知り合いだって、伊達さんもご存知なんですか?…あ、」
名前つい呼んで周り見まわしてしまう。
こんな時こんな所で本名は迂闊だ、気づいて首すじ逆上せるまま笑われた。
「名前つい呼んでまずいって思ってるだろ?でもここなら安全だ、隠れる場所なんか無いからな、」
言いながら薪くべてくれる手元は慣れている。
その仕草に懐かしい人たち見るから気懸りで尋ねた。
「ありがとうございます、でも七機の人たちもビバークしていませんか?…みなさん慣れてるし、」
「SATは敬遠される、こっちには来ないだろ、」
さらり答えられて鼓動が絞まる。
言われた現実が今は傷んで、そんな想いに伊達は指さした。
「川むこう灯りが見えるだろ?山岳レンジャーは集まってやってるな、県警も一緒か、」
川音に透かした闇の先、赤色ふたつ夜に明るい。
あそこに懐かしい人たちがいる、つい見つめてしまう視線そらし笑いかけた。
「伊達さんは焚火じょうずですね、山は慣れているんですか?」
「親戚の手伝いしてたからな、」
応えてくれる声は穏やかに低い。
からり、薪くべながら教えてくれた。
「後藤さんのことは俺も知ってるよ、同郷の大先輩だからな。あの小隊長に期待してることも有名だぞ、」
そんな話を聴いたことあったな?
思いだしながら可笑しくて、つい笑った。
「さっき伊達さん、さすがだなって言って笑いましたよね…あれ可笑しかったです、」
あの間合いで言われたら笑ってしまう。
また記憶ぶりかえす焚火のほとり先輩も笑いだした。
「つい本音が出ちまった、さすが弁が立つなってさ。理路整然と追い詰めてくれて嬉しくってな?」
「追い詰めてって…班長のこといじめたいみたいですよ?」
言葉つられて笑って、ぱちり炎また爆ぜる。
その光に低い声が言った。
「いじめたいよ、腹立ってるからな?」
こんな言い方、伊達には余程のことだ。
いつも落着いて冷静、公正で理知的、そんな評価される男に「いじめたいよ」は似合わない。
意外で見つめた真ん中、マスクの翳で沈毅な瞳は微笑んだ。
「上官として信じたかったから腹立つ、」
ああ、その気持ち自分は良く解かる。
信じたかった、だからこその溜息ひとつ笑いかけた。
「信じたいからってわかります…僕も、」
自分だってそうだった、あのひとに。
―だから英二に腹が立つんだ、いつも話してくれない…お父さんのことも、
父のことを追いかけて今、ここに自分はいる。
その想い全て裏切られる気がして、そのくせ再会はうれしかった。
うれしい分だけ悔しくて哀しくなる、そっと溜息こぼれて言われた。
「湯原、彼女の連絡先と伝言をくれ、」
からん、
燃え崩れる木音に言葉が傷む。
ゆらめく火影ごと熱なびく、温かな火端で伊達は続けた。
「新宿でも言った通りだ、引受人が一人だと辛い、引受人自身のためにも助け合える人間がいるほうがいい、」
落着いた声、でも本当は何を想うのか今は解かる。
それくらい時間を共有してくれた人に微笑んだ。
「はい…預かってもらえますか?」
ポケットからチェーン引っ張りだし外す。
そのまま差しだした掌に沈毅な瞳が訊いた。
「携帯を俺に預けるって言うのか?」
「はい、」
うなずいて見つめた真中、黒いマスクが火影に赤い。
むきあった瞳も朱いろ一点ゆらす、あかるい光のほとり口を開いた。
「もし美代さんからメールが来たら返信してもらえますか?僕が無事って想えるように…受験生なんです彼女、今は集中しないといけない大事な時で、」
きっと伊達なら代り務めてくれる。
信頼と見つめながら想い言葉にした。
「今日は前期試験の発表だったんです、でも落ちて…後期日程で受けなおすんです、その試験日まで心配かけたくありません、お願いします、」
これだけで伊達には解るだろう、そして考えてくれる。
ただ信じて開いた掌に震動が起きた。
「あ、」
火影ゆれる手の上、ちいさなランプ点滅する。
ふるえる音かすかな前、低い声かすかに笑った。
「メールか?遠慮するな、」
「…はい、」
素直に開いた画面、発光が闇にまぶしい。
あわいブルー見つめながら受信ボックス開封した。
From :関根尚光
Subject:瀬尾その他
本 文 :おつかれ、ひさしぶりだけど元気か?
来月どっかで時間つくれるか?瀬尾の祝いのこと打合せしよう、俺も報告っていうか相談あるんだ。
英理さんからもメールか電話いくとおもうけどよろしくな。
久しぶりの名前、これからの約束、報告と相談。
どれも嬉しくて温かい、だから余計に締めつけられて泣きたくなる。
「…っ、」
マスクの翳そっと呑みこんで喉つまる。
だって今こんなとき思いだしてしまった、自分には大事な人たちがいて、そして明日を疑っていない。
―もし僕が死んだら最期にメールしたって想わせるんだ、関根に…英理さんにも瀬尾にも辛い想いさせて、
電子文字のむこう友達は今きっと笑っている。
笑っているだろうから繋げていいか解らない、だって今この現実を知られたら苦しめる。
きっと怒るだろう、泣くだろう、そんな真直ぐな相手だから哀しくて辛くて、どうしていいか解らない。
「どうした湯原?」
呼びかけて肩そっと温もりふれる。
大きな掌に呼吸ひとつ、黙って携帯電話さしだした。
「読んでいいのか?」
「…はい、」
うなずいた前、マスクの瞳が画面におちる。
まなざし微かに動いて低い声がすこし笑った。
「楽しそうなメールだな、だから返信に困ってるのか?」
ほら解ってくれる。
こんな理解が今は安らげて小さく笑った。
「はい、困っています…約束していいのかなって、」
約束したい、でも明日が解からない。
こんな現実と焚火ながめながら先輩は言った。
「俺が約束する、来月も無事だ、」
ほら、約束をくれる。
こういう人だから結局は疑えない、それだけ素顔も見てしまった。
この6ヶ月の時間どうしても信じたくて、ただ信頼に微笑んだ。
「はい…返信させてもらいますね、」
掌のなか電子文字は明るい、その画面ひとひら小雪が舞った。
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