萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.8-another,side story「陽はまた昇る」

2016-01-16 22:48:07 | 陽はまた昇るanother,side story
団欒の灯に
周太24歳3月



第84話 静穏 act.8-another,side story「陽はまた昇る」

やわらかな湯気、芳ばしい香、やさしい味。

温かな食卓の席、風呂あがりの肌あたらしい部屋着は温かい。
スリッパの足元やわらかなキャメルブラウンの毛並ふれる、寝そべった犬はつぶらな瞳ときおり見あげ寄りそわす。
クッション温かな椅子で箸とる膳どれもきれいで、ひさしぶりの空気に大叔母が笑った。

「四人で囲む食卓っていいわね、周太くんも美幸さんもおかわりして?たくさんあるのよ、菫さんも私もはりきりすぎちゃって、」

ランプやさしい笑顔は白皙なめらかに明るい。
笑い皺ひとつも華やかな老婦人に母も瞳うれしそうに細めた。

「はりきってくださったの解かります、どれもすごく美味しいもの?」
「あらっ、そんなこと言うと明日はもっとがんばらないとね?デザートもあるのよ、ねえ菫さん?」
「柚子のムースがあるんですよ、顕子さんのオリジナルレシピ、」
「柚子ってめずらしいですね、楽しみ、」

女性たち愉しげに会話する、その華やぎへ気後れちょっとくすぐったい。
こんな家庭的な空気もひさしぶりで、ひさしぶりな分だけ三日前までの日常が懐かしい。

―伊達さんどうしてるのかな…なんかすごく遠い、ね、

書類とパソコン、硝煙の香、銃声、走る鼓動、それが三日前までの日常。
男だけしか選ばれない能力とプライドの緊張になる世界、そこに女性はいなかった。
けれど今この食卓は自分以外みんな女性で、ずっと離れていた華やぎ優しくて息吐いた。

―こんな楽しそうなのに壊すような話をするんだ、僕は、

やわらかな空気は優しくて壊したくなくなる、それでも逃げることはできない。
もし曖昧なまま放りだせば誰もが後悔する、そんな現実に笑顔また懐かしい。

―光一はどうしてるんだろう、英二がしたことで上司の光一もきっと、

遠い幸せな冬の日、あのとき隣にいた笑顔は今どうしているだろう?
たぶん咎めなしとはいかない、それだけの立場にある幼馴染が思いやられて、そして苦しい。

―僕が英二を巻きこんだせいだ、すべて、

あのひとを自分が巻きこんだ、それが今いろんな波紋になっている。
その状況たち知りたくて心配で、覚悟ひとつ食べ終えて口開いた。

「あの…おばあさま、僕の携帯を返していただけますか?」

さっきも願い出て、けれど風呂を勧められそのままでいる。
湯あがりの前髪そっとかきあげて、まっすぐ大叔母を見つめて言った。

「ご迷惑をかけている伊達さんと青木先生には連絡したいんです、返してもらえませんか?」
「もちろんよ、どうぞ?」

端正な笑顔すぐカシミアニットの腕さしだしてくれる。
白い掌から受けとって、カーディガンのポケットにしまうと尋ねた。

「おばあさま、小説のこと教えてくださいませんか?」

小説のこと。

それだけ言えば解かるだろう?
このキーワードに父そっくりの瞳ゆっくり瞬いた。

「周太くん、それは晉さんの…あなたのお祖父さまの小説であってるかしら?」

読んだわ、だけど気づけなかったの、だから後悔して今も泣いているのよ?馨くんを助けたかったから。

そう大叔母が言ったのは秋の初め、看病してくれた時だ。
あのときも熱が出て、けれど忘れてなんかいない記憶と頷いた。

「はい、あの小説は事実を描いてるんですか?」

問いかけ見つめる先、涼やかな瞳が受けとめる。
父そっくりの眼ざしは静かに笑った。

「はぐらかしたいけど、家族に秘密はいらないって言った私が逃げたらダメね?」

端麗な貌は静かに笑ってくれる。
その深い時間を見つめて問いかけた。

「逃げないで教えてください、おばあさまも長野まで来てくれたんでしょう?あの小説が事件の、僕の曾お祖父さんが殺された真相だって気づいて、」

自分の曾祖父も殺されてしまった、もし小説が事実なら。

『 La chronique de la maison 』

邦訳するなら『ある館の年代記』この題名なぜ祖父はつけたのか?
告げられる過去と言葉まっすぐ声にした。

「探し物を君に贈るって書いてあったんです、父が贈られた本には。罪と罰、贖罪のためにって詞書とあわせたら意味が繋がります、」

“Je te donne la recherche.”

祖父の肉筆はブルーブラックのインクあざやかに告げている。
それは印刷された詞書と呼応して伝言をよこす。

“Pour une infraction et punition, expiation”  

あの言葉ふたつ祖父は何を願い、何を記したのか?
その想い大叔母へ問いかけた。

「贖罪のために探し物を贈るって父宛にお祖父さんは書いたんです、償うのは、もし小説の通りなら」
「待って周太くん、」

言いかけて白い掌こちら向けられる。
止められた言葉のむこう切長い瞳ゆっくり瞬いた。

「周太くん、この話はまず二人でしましょう?いいわね、」

異論は認めませんよ?
そんな眼ざしに隣そっと溜息が微笑んだ。

「周、おばさまの言う通りにして?お母さん焦らないから、」

焦らない、そう言ってくれる声は穏やかに優しい。
見つめてくれる黒目がちの瞳やわらかに笑って、そして言ってくれた。

「おばさま、私も後で聴かせてもらえますね?私にも馨さんの妻としてプライドがあるんです、」
「ええ、もちろんよ?美幸さんとも二人で話したいこと沢山あるの、」

低く透るアルトも微笑んで、かたん、席立ちあがってくれる。
カシミアなめらかな背きれいに佇んで父そっくりの瞳が言った。

「食後のお茶、私と周太くんはテラスで頂きましょう、私の居間のね?」


(to be continued)

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山岳点景:Cataract-366

2016-01-16 21:20:14 | 写真:山岳点景
氷瀑、止まる瞬き



山岳点景:Cataract-366

三十槌の滝@埼玉県秩父にて、去年の明日に撮ったものです。
先週に行ったときは未だ凍ってないとの事でしたが、明日は去年と同じ降雪の予報。



下↓は奥秩父湖、去年の明日はコンナカンジに全面凍結していました。
今年の明日はどんな感じでしょうね?



明日からセンター試験、雪の足もと気を付けてリラックス×全力だせたらイイですね、笑

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