声と希望

第84話 静穏 act.9-another,side story「陽はまた昇る」
ナンバー押して、鼓動そっと絞められる。
どうしても最初は緊張してしまう、そんなテラスの窓は紺青ふかい。
藍色はるか薄紅の波うつろう、ガラスごし遠く潮騒かすかな声を響く。
ほんとうに海が近い、そんな窓辺ランプやさしい灯に周太は微笑んだ。
「…僕ってほんとあがり症だね?」
このナンバーは初めて架ける、その緊張どうしてもわだかまる。
それでも残照きらめく海の窓に最後のナンバー押して、コール音すぐ出てくれた。
「湯原君、体は大丈夫ですか?」
ずっと待っていてくれた、そんなトーン呼んでくれる声は穏やかに優しい。
変わらない恩師に周太は微笑んだ。
「はい、だいぶ落ち着きました…すみません青木先生、」
「そんな謝る必要なんてないよ?また元気に大学へ来てください、4月からは正式に研究生だしね、」
明朗おだやかな声が笑ってくれる。
電話から伝わる笑顔へ海の窓辺、そっと頭下げた。
「ありがとうございます、そのことで今度ご相談させて頂けますか?」
きちんと始めたい、今度こそ。
ただ願い見つめる宵に朗らかな声が言った。
「それは湯原君、大学院へ進む相談でしょうか?」
もう解ってくれている。
そして信じてくれる恩師に呼吸ひとつ微笑んだ。
「はい…退職して受験に臨みたいと想います、」
大学院を受験するならば。
その覚悟とこれからに快活な声が笑ってくれた。
「それは朗報です、でもどちらを選んでくれるのかな?」
どちらを選ぶのか?
あらためての選択肢に考えながら答えた。
「そのこともご相談したくて…お時間つくって頂けるでしょうか?」
「いつでも私はいいよ、田嶋先生にも声かけましょう、」
選択肢もう一つも準備してくれる、その厚意また頭を下げた。
「ありがとうございます、ほんとうに…先日はお手伝いの約束をすみませんでした、田嶋先生にも、」
あの教授にも迷惑かけてしまった。
できなかった約束に優しい声は笑ってくれた。
「本当に気にしないでください、それより体ちゃんと治して進学を考えましょう?きっと田嶋先生も同じこと仰いますよ、」
「はい、早く治してご相談に伺います、」
素直にうなずいて肚底ほっと温かい。
こんなふう自分を待ってくれる場所がある、その安堵に落着いた声が言った。
「待っていますよ。あとね湯原君、おせっかいな質問だけど小嶌さんには連絡しましたか?」
そのこと訊いてくれちゃうんだ?
首すじ熱くなるまま電話そっと握りしめた。
「まだです、あの…なにかあったんですか?」
こんな質問するなんて「なにか」あるに決まっている。
面映ゆい不安に電話ごし、明朗な声が笑ってくれた。
「あったと言えばあったかな、ぜひ本人に訊いてみてください、」
本人に。
そう勧めてくれる理由なとなく解かる。
その理解くすぐったくて途惑って、藍色ひろがる窓辺に頭また下げた。
「あの、ほんとうに色々すみません、」
「そんな謝らなくていいんだよ、それより早く大学に戻っておいで?今夜もよく休んでください、」
電話から透る声は温かい。
告げてくれる願いただありがたく微笑んだ。
「ありがとうございます、また連絡させて頂きます、」
「待ってるよ?おやすみ湯原君、」
穏やかな声が笑って通話かちり切れる。
ほっと息ついた海のテラス、部屋着の背にノック響いた。
「周太くん、お電話は終わったかしら?」
かたん、開いた扉ふわり馥郁あまい。
ティーセット載せた銀盆と笑顔に周太は微笑んだ。
「青木先生とは終りました、伊達さんには後で架けます、」
「じゃあ食後のお茶しましょう、」
白皙の皺きれいに微笑んでトレイを置く。
硝子のテラスを紅茶が香る、あまい馥郁の椅子に腰かけ大叔母は言った。
「私のテラスもいいでしょう?海が近くて気に入ってるの、」
皺ひとつも美しい笑顔は誇らしげ明るい。
そんな笑顔に紺青色の窓は深くて、眺める夜の海にうなずいた。
「ほんとに近いですね、船に乗ってるみたい、」
海が青い、暗いのに。
あわい灯のガラスごし藍色ふかい、けれど光きらきら舞っている。
波うつす光は月だろうか?遠くながめる小さなテラスで大叔母が微笑んだ。
「周太くんもそう想うんだ?一緒ね、」
一緒ね、
そう言って笑う瞳がやわらかに涼しい。
この眼ざしも言葉もやっぱり似ていて、懐かしくて泣きたくなる。
―お父さんと似てるって見ちゃうのは僕、気がゆるんでるのかな…まだ終わってないのに、
ひとつ峠を越した、なんて俗には言うのだろう。
そんな気分どこか燻ぶるカフェテーブル、紅茶の湯気やわらかな声が訊いた。
「あのね周太くん、晉さんが馨くんに贈った本ね、どこで見つけたの?」
あ、ちゃんと口火きってくれる。
逃げない誠実にティーカップ戻して、ちん、かすかな音に口開いた。
「東大の図書館にあるのを見つけて、田嶋先生が僕に返してくれました…ぁ、」
答えながら問いに気づかされる。
きっとこういうことだ?父そっくりの瞳に訊き返した。
「あの、おばあさまもしかして…うちの書斎を捜したんですか?」
「ええ、周太くんの看病に行ったとき探させてもらったわ、勝手にごめんなさいね?」
白皙の微笑すなおに頷いてくれる。
切長い瞳は困りながらも逃げていない、受けとめてくれる想いに尋ねた。
「探したのは事実を書いてるって気づいていたからですか?」
あの本、祖父が書いた小説を大叔母は捜した。
そんな行動に解かってしまう理由が口開いてくれた。
「そうよ、あれが事実の全てだとしたら知るのは辛いことでしょう?」
やっぱりそうだ?
確信のまんなかで端正な唇そっと微笑んだ。
「だから周太くんも辛い顔してるわ…美幸さんも気づいてるのかしら?」
低いアルトつぶやく、これは質問だろうか?
すこし迷ったテーブルに大叔母が立ちあがった。
「周太くんに見せたいものがあるの、」
(to be continued)
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周太24歳3月

第84話 静穏 act.9-another,side story「陽はまた昇る」
ナンバー押して、鼓動そっと絞められる。
どうしても最初は緊張してしまう、そんなテラスの窓は紺青ふかい。
藍色はるか薄紅の波うつろう、ガラスごし遠く潮騒かすかな声を響く。
ほんとうに海が近い、そんな窓辺ランプやさしい灯に周太は微笑んだ。
「…僕ってほんとあがり症だね?」
このナンバーは初めて架ける、その緊張どうしてもわだかまる。
それでも残照きらめく海の窓に最後のナンバー押して、コール音すぐ出てくれた。
「湯原君、体は大丈夫ですか?」
ずっと待っていてくれた、そんなトーン呼んでくれる声は穏やかに優しい。
変わらない恩師に周太は微笑んだ。
「はい、だいぶ落ち着きました…すみません青木先生、」
「そんな謝る必要なんてないよ?また元気に大学へ来てください、4月からは正式に研究生だしね、」
明朗おだやかな声が笑ってくれる。
電話から伝わる笑顔へ海の窓辺、そっと頭下げた。
「ありがとうございます、そのことで今度ご相談させて頂けますか?」
きちんと始めたい、今度こそ。
ただ願い見つめる宵に朗らかな声が言った。
「それは湯原君、大学院へ進む相談でしょうか?」
もう解ってくれている。
そして信じてくれる恩師に呼吸ひとつ微笑んだ。
「はい…退職して受験に臨みたいと想います、」
大学院を受験するならば。
その覚悟とこれからに快活な声が笑ってくれた。
「それは朗報です、でもどちらを選んでくれるのかな?」
どちらを選ぶのか?
あらためての選択肢に考えながら答えた。
「そのこともご相談したくて…お時間つくって頂けるでしょうか?」
「いつでも私はいいよ、田嶋先生にも声かけましょう、」
選択肢もう一つも準備してくれる、その厚意また頭を下げた。
「ありがとうございます、ほんとうに…先日はお手伝いの約束をすみませんでした、田嶋先生にも、」
あの教授にも迷惑かけてしまった。
できなかった約束に優しい声は笑ってくれた。
「本当に気にしないでください、それより体ちゃんと治して進学を考えましょう?きっと田嶋先生も同じこと仰いますよ、」
「はい、早く治してご相談に伺います、」
素直にうなずいて肚底ほっと温かい。
こんなふう自分を待ってくれる場所がある、その安堵に落着いた声が言った。
「待っていますよ。あとね湯原君、おせっかいな質問だけど小嶌さんには連絡しましたか?」
そのこと訊いてくれちゃうんだ?
首すじ熱くなるまま電話そっと握りしめた。
「まだです、あの…なにかあったんですか?」
こんな質問するなんて「なにか」あるに決まっている。
面映ゆい不安に電話ごし、明朗な声が笑ってくれた。
「あったと言えばあったかな、ぜひ本人に訊いてみてください、」
本人に。
そう勧めてくれる理由なとなく解かる。
その理解くすぐったくて途惑って、藍色ひろがる窓辺に頭また下げた。
「あの、ほんとうに色々すみません、」
「そんな謝らなくていいんだよ、それより早く大学に戻っておいで?今夜もよく休んでください、」
電話から透る声は温かい。
告げてくれる願いただありがたく微笑んだ。
「ありがとうございます、また連絡させて頂きます、」
「待ってるよ?おやすみ湯原君、」
穏やかな声が笑って通話かちり切れる。
ほっと息ついた海のテラス、部屋着の背にノック響いた。
「周太くん、お電話は終わったかしら?」
かたん、開いた扉ふわり馥郁あまい。
ティーセット載せた銀盆と笑顔に周太は微笑んだ。
「青木先生とは終りました、伊達さんには後で架けます、」
「じゃあ食後のお茶しましょう、」
白皙の皺きれいに微笑んでトレイを置く。
硝子のテラスを紅茶が香る、あまい馥郁の椅子に腰かけ大叔母は言った。
「私のテラスもいいでしょう?海が近くて気に入ってるの、」
皺ひとつも美しい笑顔は誇らしげ明るい。
そんな笑顔に紺青色の窓は深くて、眺める夜の海にうなずいた。
「ほんとに近いですね、船に乗ってるみたい、」
海が青い、暗いのに。
あわい灯のガラスごし藍色ふかい、けれど光きらきら舞っている。
波うつす光は月だろうか?遠くながめる小さなテラスで大叔母が微笑んだ。
「周太くんもそう想うんだ?一緒ね、」
一緒ね、
そう言って笑う瞳がやわらかに涼しい。
この眼ざしも言葉もやっぱり似ていて、懐かしくて泣きたくなる。
―お父さんと似てるって見ちゃうのは僕、気がゆるんでるのかな…まだ終わってないのに、
ひとつ峠を越した、なんて俗には言うのだろう。
そんな気分どこか燻ぶるカフェテーブル、紅茶の湯気やわらかな声が訊いた。
「あのね周太くん、晉さんが馨くんに贈った本ね、どこで見つけたの?」
あ、ちゃんと口火きってくれる。
逃げない誠実にティーカップ戻して、ちん、かすかな音に口開いた。
「東大の図書館にあるのを見つけて、田嶋先生が僕に返してくれました…ぁ、」
答えながら問いに気づかされる。
きっとこういうことだ?父そっくりの瞳に訊き返した。
「あの、おばあさまもしかして…うちの書斎を捜したんですか?」
「ええ、周太くんの看病に行ったとき探させてもらったわ、勝手にごめんなさいね?」
白皙の微笑すなおに頷いてくれる。
切長い瞳は困りながらも逃げていない、受けとめてくれる想いに尋ねた。
「探したのは事実を書いてるって気づいていたからですか?」
あの本、祖父が書いた小説を大叔母は捜した。
そんな行動に解かってしまう理由が口開いてくれた。
「そうよ、あれが事実の全てだとしたら知るのは辛いことでしょう?」
やっぱりそうだ?
確信のまんなかで端正な唇そっと微笑んだ。
「だから周太くんも辛い顔してるわ…美幸さんも気づいてるのかしら?」
低いアルトつぶやく、これは質問だろうか?
すこし迷ったテーブルに大叔母が立ちあがった。
「周太くんに見せたいものがあるの、」
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