過去と真実

第84話 静穏 act.10-another,side story「陽はまた昇る」
白いテラス、紺青色の本ひとつ。
藍色ふかい空の窓辺ティーカップ並んだ真中、カフェテーブルに一冊が置かれる。
紺青色うつくしい布張表紙は見憶え懐かしくて、掴まれる鼓動が零れた。
「見せたいものって…これがお祖父さんから贈られた?」
祖父が妻の従妹へ贈った一冊。その受けとった白い手は紺青の表紙そっと撫でた。
「そうよ、晉さんから頂いた本です、」
肯いてくれる白皙の微笑はやわらかい。
懐かしい眼ざしの先、祖父の著書は横たわる。
Susumu Yuhara『 La chronique de la maison 』
フランス文学者だった祖父、湯原晉博士が遺したミステリー小説は全文がフランス語で描かれる。
もし何も知らなければ面白い小説に過ぎない本、けれど「maison」の実像を知るならば「記録」だと気づく。
そうして今、この一冊をはさんで証人は座っている。
「さっき周太くん教えてくれたわね、馨くんの本には探し物を君に贈るって書いてあるって。その筆跡のインクはモンブランのブルーブラックね?」
ほら、こんなことまで知っている。
近しい者しか解からない台詞に周太は肯いた。
「そうです、この本にも何か書かれてるんですか?」
見せたいものがある、そう大叔母が言ったのは「筆跡」だろうか?
辿りたい想いに皺やさしい口元が微笑んだ。
「やっぱり周太くんは斗貴子さんと似てるわ、先回りで言ってくれちゃう、」
すこし困ったような口調やわらかに切長い瞳は涼しい。
その目元こそよく似ていて、また不思議な想いあふれた。
「おばあさまこそ父と似ています、今も…お父さんと話してるみたいで僕、」
ああ、泣いてしまいそうこんなのは。
―おとうさん、お父さん、僕やっとすこし解かるのかな?
ずっと捜してきた、亡くなった父をずっと。
十四年あの春から探してきた、その願い唇こぼれた。
「僕ずっと探してきたんです、お父さんが死ななくちゃいけなかった理由をずっと…それくらい僕は受けとめられないんです、父を大好きだから、」
受けとめられない、だから記憶すら眠らせた。
そんな卑怯が自分で赦せないまま微笑んだ。
「こんなの24歳の男が言うことじゃないけど、でも僕は父との時間がただ好きで…大好きだから父の死を認められなくて記憶喪失になったんです、」
哀しみに忘れてしまった、それでも諦められなくて同じ道を選んだ。
たったそれだけの理由に父そっくりの瞳は訊いてくれた。
「それは周太くん、馨くんが亡くなったショックで記憶を?」
「はい…子どもの防衛反応で感情ごと記憶を眠らせたとお医者さんに言われました、父との時間が幸せすぎたから、」
答えながら恥ずかしくなる、だって自分はこんなにも弱い。
この心の精神力に恥ずかしくて、けれど涼やかな瞳は笑ってくれた。
「そう、ほんとうに周太くんは強い男ね?立派だわ、」
どうして自分が強いの?
「え…、」
こんな自分に今なんて言ってくれたのだろう?
意外で見つめる真中、皺ひとつ美しい笑顔は言ってくれた。
「忘れるほど辛いことを逃げないのは並大抵の強さじゃないわ、さすが斗貴子さんの孫ね?きっと晉さんも褒めてるわよ、馨くんも、」
受けとめてくれる、そんな心もよく似ている。
ただ懐かしくて、そしてもう一つの俤にすこし笑った。
「ありがとうございます、でもね…結局は英二に助けられてなんとかなったんです、今ここにいるのもそうでしょう?」
あのひとに助けられてしまった、それは幸運だと想う。
ほんとうに幸運で、そして自分の幸せだった。けれど今もう逸らせない現実に尋ねた。
「おばあさまと僕が逢えたのも英二がここに連れて来てくれたからです、だから僕は疑問になりました、英二は何をいつから知ってるんですか?」
なぜ、自分たちは出逢ったのだろう?
ずっと疑問だった、なぜ英二が自分を愛そうとしてくれたのか。
その疑問は英二を知るほど時経るごと大きくなっていく、ずっと目を背けていた「確認」を祖父の本はさんで言った。
「英二がいなければ僕はきっと今、生きていません。だから本当のことを教えてください、湯原の家のことも、英二のことも、」
あのひとがいなければ自分は死んでいた。
たとえば警察学校の山岳訓練、あのとき救けてくれたのは英二だ。
それから初任科総合の雨の夜、あの屋上で倒れた自分を救けたのも英二だった。
それに何よりきっとあの夜、夏の終わりのビジネスホテル一室で自分はたぶん救われた。
「僕は何も知らないではもう済まされないんです、もう全てを向きあうしか僕にはありません、お願いします教えてください、」
願い訴える真中そっくりの瞳が見つめる。
ここまで自分を連れてきた眼ざし二人、その俤がため息そっと微笑んだ。
「英二のことも聴きたいのね?本当のことを、」
とくん、
鼓動そっと引っ叩かれる、向きあう眼ざしに声に予兆が響く。
とくん、とくん、鼓動ゆるやかに波うち脈うつ、それでも周太は肯いた。
「はい、教えてください、」
聴きたいのね?と確かめるのは、それだけ重たい事実がある。
その全てと向きあう窓辺、白い手が紺青色の表紙そっと開いた。
「どうぞ、」
アルト低く透って一冊さしだされる。
受けとって、開かれたページまっすぐ見つめた。
“ Confession ”
唯ひとこと、それでも今はもう解かる。
そっと零れた溜息に大叔母は微笑んだ。
「コンフェッション、告白や告悔という意味ね?なのに私は気づけなかったの、」
にじむような微笑が白皙たゆたう。
ランプやわらかなテラスの窓、皺やさしく微笑んだ。
「これは晉さんの必死の告発よ、なのに私は勝手な勘違いをして喪って…私の恋は愚かね、」
涼やかな瞳かすかに曇らす。
ふかい哀惜を見つめて、そっと口火きった。
「いま話してください、その時の分も、」
(to be continued)
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周太24歳3月

第84話 静穏 act.10-another,side story「陽はまた昇る」
白いテラス、紺青色の本ひとつ。
藍色ふかい空の窓辺ティーカップ並んだ真中、カフェテーブルに一冊が置かれる。
紺青色うつくしい布張表紙は見憶え懐かしくて、掴まれる鼓動が零れた。
「見せたいものって…これがお祖父さんから贈られた?」
祖父が妻の従妹へ贈った一冊。その受けとった白い手は紺青の表紙そっと撫でた。
「そうよ、晉さんから頂いた本です、」
肯いてくれる白皙の微笑はやわらかい。
懐かしい眼ざしの先、祖父の著書は横たわる。
Susumu Yuhara『 La chronique de la maison 』
フランス文学者だった祖父、湯原晉博士が遺したミステリー小説は全文がフランス語で描かれる。
もし何も知らなければ面白い小説に過ぎない本、けれど「maison」の実像を知るならば「記録」だと気づく。
そうして今、この一冊をはさんで証人は座っている。
「さっき周太くん教えてくれたわね、馨くんの本には探し物を君に贈るって書いてあるって。その筆跡のインクはモンブランのブルーブラックね?」
ほら、こんなことまで知っている。
近しい者しか解からない台詞に周太は肯いた。
「そうです、この本にも何か書かれてるんですか?」
見せたいものがある、そう大叔母が言ったのは「筆跡」だろうか?
辿りたい想いに皺やさしい口元が微笑んだ。
「やっぱり周太くんは斗貴子さんと似てるわ、先回りで言ってくれちゃう、」
すこし困ったような口調やわらかに切長い瞳は涼しい。
その目元こそよく似ていて、また不思議な想いあふれた。
「おばあさまこそ父と似ています、今も…お父さんと話してるみたいで僕、」
ああ、泣いてしまいそうこんなのは。
―おとうさん、お父さん、僕やっとすこし解かるのかな?
ずっと捜してきた、亡くなった父をずっと。
十四年あの春から探してきた、その願い唇こぼれた。
「僕ずっと探してきたんです、お父さんが死ななくちゃいけなかった理由をずっと…それくらい僕は受けとめられないんです、父を大好きだから、」
受けとめられない、だから記憶すら眠らせた。
そんな卑怯が自分で赦せないまま微笑んだ。
「こんなの24歳の男が言うことじゃないけど、でも僕は父との時間がただ好きで…大好きだから父の死を認められなくて記憶喪失になったんです、」
哀しみに忘れてしまった、それでも諦められなくて同じ道を選んだ。
たったそれだけの理由に父そっくりの瞳は訊いてくれた。
「それは周太くん、馨くんが亡くなったショックで記憶を?」
「はい…子どもの防衛反応で感情ごと記憶を眠らせたとお医者さんに言われました、父との時間が幸せすぎたから、」
答えながら恥ずかしくなる、だって自分はこんなにも弱い。
この心の精神力に恥ずかしくて、けれど涼やかな瞳は笑ってくれた。
「そう、ほんとうに周太くんは強い男ね?立派だわ、」
どうして自分が強いの?
「え…、」
こんな自分に今なんて言ってくれたのだろう?
意外で見つめる真中、皺ひとつ美しい笑顔は言ってくれた。
「忘れるほど辛いことを逃げないのは並大抵の強さじゃないわ、さすが斗貴子さんの孫ね?きっと晉さんも褒めてるわよ、馨くんも、」
受けとめてくれる、そんな心もよく似ている。
ただ懐かしくて、そしてもう一つの俤にすこし笑った。
「ありがとうございます、でもね…結局は英二に助けられてなんとかなったんです、今ここにいるのもそうでしょう?」
あのひとに助けられてしまった、それは幸運だと想う。
ほんとうに幸運で、そして自分の幸せだった。けれど今もう逸らせない現実に尋ねた。
「おばあさまと僕が逢えたのも英二がここに連れて来てくれたからです、だから僕は疑問になりました、英二は何をいつから知ってるんですか?」
なぜ、自分たちは出逢ったのだろう?
ずっと疑問だった、なぜ英二が自分を愛そうとしてくれたのか。
その疑問は英二を知るほど時経るごと大きくなっていく、ずっと目を背けていた「確認」を祖父の本はさんで言った。
「英二がいなければ僕はきっと今、生きていません。だから本当のことを教えてください、湯原の家のことも、英二のことも、」
あのひとがいなければ自分は死んでいた。
たとえば警察学校の山岳訓練、あのとき救けてくれたのは英二だ。
それから初任科総合の雨の夜、あの屋上で倒れた自分を救けたのも英二だった。
それに何よりきっとあの夜、夏の終わりのビジネスホテル一室で自分はたぶん救われた。
「僕は何も知らないではもう済まされないんです、もう全てを向きあうしか僕にはありません、お願いします教えてください、」
願い訴える真中そっくりの瞳が見つめる。
ここまで自分を連れてきた眼ざし二人、その俤がため息そっと微笑んだ。
「英二のことも聴きたいのね?本当のことを、」
とくん、
鼓動そっと引っ叩かれる、向きあう眼ざしに声に予兆が響く。
とくん、とくん、鼓動ゆるやかに波うち脈うつ、それでも周太は肯いた。
「はい、教えてください、」
聴きたいのね?と確かめるのは、それだけ重たい事実がある。
その全てと向きあう窓辺、白い手が紺青色の表紙そっと開いた。
「どうぞ、」
アルト低く透って一冊さしだされる。
受けとって、開かれたページまっすぐ見つめた。
“ Confession ”
唯ひとこと、それでも今はもう解かる。
そっと零れた溜息に大叔母は微笑んだ。
「コンフェッション、告白や告悔という意味ね?なのに私は気づけなかったの、」
にじむような微笑が白皙たゆたう。
ランプやわらかなテラスの窓、皺やさしく微笑んだ。
「これは晉さんの必死の告発よ、なのに私は勝手な勘違いをして喪って…私の恋は愚かね、」
涼やかな瞳かすかに曇らす。
ふかい哀惜を見つめて、そっと口火きった。
「いま話してください、その時の分も、」
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