萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.10-side story「陽はまた昇る」

2016-09-08 22:10:22 | 陽はまた昇るside story
now thou art summoned, 召喚の時に、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.10-side story「陽はまた昇る」

からり開いた扉、ふっと酒が香る。

「賑やかですね、国村くんらしい、」

ざわめきに医師が微笑む、その肩あわく雪の溶けてゆく。
暖簾くぐった頬ゆるく温まるまま英二は笑った。

「光一は湿っぽいの嫌いですから、」
「そうだね、光一らしい送別会だ?

うなずいてロマンスグレーの髪きらり雪こぼす。
笑った切長い瞳が似ていて、つい尋ねた。

「吉村先生、雅樹さんにはもう報告したんですか?光一が医大を受けること、」

こんなこと自分の立場で訊くべきじゃない?
そう想いながらも出た声に医師は笑ってくれた。

「はい、電話をもらった日にね、」

笑って答えてくれる、この眼やっぱり似ている。

『妻と似てハンサムでした、我が息子ながら、』

そんなふう医師は言っていた、でも瞳そっくりだ。
あらためて見つめて、けれど先輩に呼ばれた。

「どこ行ってた宮田、吉村先生のお迎えか?」
「はい、黒木さんには言って行きましたけど、」

微笑んだ呼吸あまやかなアルコール匂いたつ。
酒の香くつろぐ会話たち、ざわめく座敷からりと明るい。

「黒木さんもいないんだよ、さっきいたと思ったんだけどな?」
「黒木さんならタバコじゃないか?呑むと喫いたい人だし、」
「国村さん、次は何飲みますか?」

聞こえてくる会話どこも明るい、陽気な惜別は主賓の人柄なのだろう。
そんな酒席の片隅ワンシーンに声こぼれた。

「…あんなに笑えるんだ?」

あの男が笑っている、山では無愛想だったのに?

「いいから谷口さん、騙された思って呑んでみよう?」

あの男が笑っている、しかも寡黙な男まで笑わせて?

「だったら啓次郎、おまえから呑んでみろよ、」
「僕さっき呑みましたよ、井川さんと橋本さんも見てましたよね?」

酒のグラスに笑顔あざやかな雪焼たくましい。
あんな貌で笑えるんだ?つい見つめて医師に訊かれた。

「どうかしましたか?上着も脱がないで、」
「いえ、」

微笑んで、けれど酒席の笑顔ひとつ気になる。
そんな視線にロマンスグレーの横顔が言った。

「ああ、佐伯くんですか?宮田くんは初対面だったね、」
「吉村先生ご存知なんですか?」

尋ねながら登山ウェアから腕を抜く。
ずきり、左肩かすかな軋みに眉しかめた。

「つっ…、」

すこし無理しすぎたろうか?
それでも意地を通した原因がいる座敷、医師が訊いた。

「痛むようですね?すこし診ましょう、テーピングも直したほうがいいだろう、」
「ありがとうございます、でも先生まず一杯飲まれてください、」

答えながらも気になってしまう、だって吉村は驚いていない。

―なぜ驚かないんだ、あの佐伯が笑っても?

佐伯啓次郎、あの男が笑っている。
それでも驚かない医師は穏やかに言った。

「そうですね、宮田くんも佐伯くんとは初顔合わせですし、」
「はい、吉村先生は面識あるんですか?」

上着ハンガーに掛けながら訊いてみる。
医師もコート掛けながら微笑んだ。

「救急法のレクチャーでお会いしています、清々しい山ヤですよ?」

どこが清々しいんだ、あの男が?

『ポスターと同じ笑い方だな?』

初対面いきなり言われた台詞、その貌は無愛想だった。
いつもあんな調子だと想って、けれど今そこで笑う貌は確かにそうだ?

「そうですね、清々しい笑顔だなって俺も思います、」

微笑んで肯定して、だけど肚底は納得できない。
初対面あんな態度されたことはある、でも「特定」じゃなかった。

―俺だけにああいう態度だってことか、だったら周太と違うな?

以前の周太も無愛想で、けれど誰に対しても無愛想だった。
あれはあれで平等な態度、でも今回は不平等らしい?

―俺のこと気にくわないってことか、解からなくもないけど?

あんな態度も仕方ないかもしれない。
もし逆の立場なら自分も気に食わないだろう?

―普通なら初心者を青梅署に卒配しない、遠征だってそうだ、

山岳地域の駐在所員は山岳救助隊員を務める。
それは道府県警どこも当り前で警視庁も例外じゃない、だから卒業配置も山岳地域は外される。
もし配置されるなら山の実績がある者だけ、その現場を知った今は「気にくわない」理由よく解かる。

―俺のこと嫌いで当り前だよな?

佐伯啓次郎、あの男の経歴からしたら当然だ?
納得と畳を踏んで、がしり背中から抱きつかれた。

「み・や・た、可愛いパートナー置き去りにドコ行ってたね?」

この感じ、懐かしいな?
ひさしぶりの背中にほっと笑いかけた。

「おふざですか国村さん?吉村先生のお迎えに行くと言いましたよね、」
「だっけね?トリアエズは罰ゲームしよっかね、」

背中おぶさったまま笑ってくれる。
その雪白の頬すこし赤い、かすかな酒の香にテノール笑った。

「吉村先生オツカレサマです、このエロ別嬪と内緒話できたかね?」

その呼ばれ方、ひさしぶりだな?
そんな呼名に医師も笑ってくれた。

「その呼び方なつかしいですね、七機でもそう呼んでたんですか?」
「七機じゃ宮田って呼んでたよ、立場ワキマエないとね?」

明るいテノールが背中で笑う。
こうして負ぶさってくれるのも久しぶりで、戻ったような時間に笑いかけた。

「立場ワキマエテいるんなら国村さん、もうすこし小隊長らしく今もしないと?」

その立場も今日で終わる。

こう言うのも今日で最後、あと何時間だろう?
残された時の瞬間にザイルパートナーは唇の端を上げた。

「だったら小隊長らしく命令するよ?罰ゲーム受けなね・み・や・た?」

また何をやらされるのだろう?
あいかわらずの悪戯っ子なんだか嬉しくて、つい笑って頷いた。

「解かりました、どんな罰ゲームですか?」

この上司の命令なら悪くはされない。
でも困らされはするかな?そんな予想に雪白の顔にやり笑った。

「酒に遅れた罰って言ったらさ、バッパイに決まってるね、」
「ばっぱい?」

なんのことだろう?
首かしげた傍ら、スーツ姿の医師が笑いだした。

「バッパイなんて古式ゆかしいね、相手は国村くんが務めるのかな?」
「ソレもイイけどね、もっと適任がいるんじゃない?」

謳うようなテノールの瞳は底抜けに明るい。
ご機嫌な同齢の上司は座敷ぐるり見渡し、まっすぐ手招いた。

「五日市の橋本さん、ちっと佐伯啓次郎を借りてイイかね?」

あの男が「罰ゲーム」の相手?

「光一、佐伯さんと何やらせる気だ?」

つい名前で訊いてしまう、それくらい素に戻される。
そこにある本音を見透かす眼が笑った。

「オタノシミ罰ゲームだよ?乱れないよう励みなね、」


(to be continued)

【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

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