萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.29 another,side story「陽はまた昇る」

2017-04-20 23:30:17 | 陽はまた昇るanother,side story
Rough winds do shake the darling buds of May,
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.29 another,side story「陽はまた昇る」

賑やかな廊下の片隅、呼んでくれる。

「周太?飲み会中にごめんね、」

今朝も聞いた声、でも懐かしくなる。
こんなふう電話では久しぶりな声に微笑んだ。

「ううん…お母さんこそ仕事おつかれさま、いま帰り?」
「まだ会社よ、ちょっと休憩がてらね?」

優しいアルトどこか弾んでいる。
残業中のはず、それでも朗らかな声が言った。

「美代ちゃん合格したのね、ほんと良かったわ、」

祝いの言葉やわらかに明るい。
心から喜んでくれる声に笑いかけた。

「ん、よかったけど…連絡しそびれてごめんね?」
「ふふっ、今回はニュースが連絡くれたわね?合格も恋もよかったわ、」

笑っている声に首すじ熱くなる。
本当は大笑いしたそう?そんなトーンに口開いた。

「あ…のねおかあさんあれはテレビがいったことでぼくたちそんなじゃなから、ね?」

ああどうして撮られちゃったんだろう?
ほらもう頬まで熱い、困らせられる廊下すみっこ言われた。

「そんなかと想ったわ、だって今夜は泊まりに来るんでしょう?」

ああ、そのこと聴いて電話くれたんだ?
納得しながら障子戸の明かり肯いた。

「ね…おばあさまに聴いてくれた?美代さんのお家のこと、」
「今メール見たとこよ、」

アルトやわらかに微笑んでくれる。
いつもどおり穏やかな声、そのまま言ってくれた。

「美代ちゃんの進学ね、こうなる予想お母さんは少ししてたの。旧家の末娘さんなら親御さんとして仕方ないのだと思うわ、」

明かり淡い廊下、母の声やわらかに届く。
誰のことも責めていない、そんな言葉に問いかけた。

「あの…お母さんは解ってたのに引き受けてくれたんだ?」
「考えてたわ、それでも応援したかったの、」

アルト穏やかに優しくて、でも揺るがない。
こんなふう母は強い、あらためての声に頭そっと下げた。

「ありがとうお母さん、…ごめんなさい、」
「お母さんこそごめんなさいよ?美代ちゃんに前もってアドバイスしておくべきだったわ、美代ちゃん今はお酒楽しんでるかしら?」

優しい声にこちら側、アルコールかすかに香る。
廊下あちこち扉ざわめく、にぎやかな酒の香に微笑んだ。

「ん、すごく楽しそうだよ…青木先生も田嶋先生も明るいお酒なんだ、」
「ならよかったわ、いっぱい合格を喜んで笑うときだもの、」

朗らかなアルト温かい。
この声も美代を励ましてくれる、やわらかな信頼に母が言った。

「それでね周?できれば周は今夜、お友達の家に泊めてもらったらどうかしら?」

言われた言葉ゆっくり頭めぐる。
どうしてこんな提案するのだろう?かしげた耳もと言ってくれた。

「年頃のお嬢さんをお泊めするでしょう?そこに若い男がいるってどうかと思ったの、美代ちゃんのご両親を想うと、ね?」

どうして今更そんなこと言うのだろう?
去年と違う母の言葉に尋ねた。

「でもお母さん、去年は普通に泊めてくれたよね?…雪で美代さん帰られなくなったとき、」
「そうね、でも周?あのときとは違うのよ、」

穏やかな声が応えてくれる。
いつもどおり優しいアルト、けれど困ったよう微笑んだ。

「あのときは美代ちゃんのご両親に了解いただいて、だったわね?しかも電車が動かなかったでしょう、ご両親にしたら知りあいの家に泊めてもらうことが一番安心な解決法だったの。お家に招いてくださるほど気に入ってらっしゃる友達で、その実家で母親もいるから賛成されたのよ?でも今回は違うわ、」

あのときとは違う、

言われて納得しずかに沁みてくる。
本当にそうだ、自分の浅慮そっと見つめるまま言われた。

「美代ちゃんはご両親の反対を押し切って、家出してきたのよ?お仕事を休んでも夜通し看病するような相手のとこに、よ?」

どういうことか、わかるでしょう?

そんな問いかけ滲みだす、沁みてくる。
言われるまで考えてもいなかった自分、蝕まれるもどかしさに母が言った。

「看病に来てくれるとき、ご両親は喜んで送りだしたそうよ?もうご両親は美代ちゃんの気持ちにお気づきよ、」

あまからい惣菜の香、盆はこぶ声、笑い声。
かすかなアルコール甘やかなかたすみ、優しいアルトが続く。

「きっと美代ちゃんはそこまで考えてないわ、でも、ご両親からしたらね、ここまでするからには結婚前提のおつきあいって考えるわよ?」

こんなことになるなんて、嘘みたいだ。

「今夜も周太といるって思われてるでしょうね、テレビにも映ったんだもの?ご覧になっていたら当然そう思うわ、」

やわらかな声、けれど明確に言ってくれる。
言われて鼓動そっと叩く、ただ途惑って声もでない。
だって考えたこともなかった、でも、それでも現実だ。

「それにね周、叔母さまも美代ちゃんのこと大歓迎なの。このまま美代ちゃんと周が結婚したら幸せになれるって、よく仰るの、」

ほら、現実また言葉にしてくれる。

こんなふうになること一年前は考えもしなかった。
あの春の雪、あれから一年でこんなに遠くきて想い、そっと声にした。

「そうだね…僕もそう想う、」

想っている、自分こそ。
声にした唇アルコール甘い、そんな電話ごし訊かれた。

「そうね、それでも周太?いますぐ英二くんを忘れるなんて、できないでしょう?」

とくん、

君の名前に鼓動が打つ、響く。
ほら?こんなに自分は卑怯でずるくて、もう瞳の底が熱い。

「…おかあさん、僕は…」

好きだ、大好きだ。

でも今はもう唯ひとりじゃない、だって今日も本当に嬉しかった。
あの女の子に頼られて嬉しくて、自分の前で泣いてくれた瞬間どんなに誇らしかったろう?

「周?聴こえるかしら、」

優しい声が訊いてくれる、きっと気づいているのだろう?
あいかわらず泣き虫な息子を知ってくれる声、そっと微笑んだ。

「急がないでほしいわ、お母さんは…のんきさんな周でしょう?恋愛もゆっくりだっていいの、焦らないでいいのよ?」

ほら、解ってくれる。

言わないでも、電話ごしでも、いつも受けとめてくれるひと。
こんなふう何度もなんども支えてくれた、その声が温かい。

「今夜もし周がお友達の家に泊まるなら、叔母さまも美代ちゃんのご両親もまだ恋人未満だなって納得しやすいと思うの、周はどう思う?」

そのとおりだろう、言われて当然だ?
納得すなおに肯いた。

「その通りだと思う…ごめんなさい、僕、よく考えてなかった、」

もっと考えなくちゃいけなかった、自分は。
噛みしめた自戒に母が微笑んだ。

「考えてないというより忘れがちかな?周太は大人の男性なのよ、」

自分は男、もう成人。
その現実あらたまる言葉に応えた。

「そうだね…もっと慎重に考えないと、だね?」
「そうね?同じように美代ちゃんは結婚も適齢期のお嬢さんなの、本人も周りもいろいろ考えるのがあたりまえ、ね?」

諭してくれる声やわらかに温かい。
こんなこと言わせる申し訳なさに頭そっと下げた。

「ごめんなさいお母さん…あの、僕、賢弥に泊めてもらえるか訊いてみる、」
「訊いてみて?でも…、」

応えて、けれど少し曇る。
その想いに考えていたこと微笑んだ。

「ん…長野みたいなことは大丈夫だと思う、」

母の不安、それは疑心ではなく現実のこと。
雪ふる駐車場で泣かせてしまった、あの時間から考えてきたまま微笑んだ。

「だってお母さん、僕が免職じゃなくて退職なのはね、今むこうも騒ぎにしたくないからだよ?…だから大丈夫、」

だから大丈夫、今は。
思考ひそやかに微笑んだ先、電話の声そっと笑った。

「そうね…大丈夫ね?叔母さまもさりげなく見守ってくださってるし、」
「そうだよ?大丈夫じゃなかったら僕のこと、おばあさまは家から出さないもの…おばあさまに外泊のこと連絡するね、」

自分から言ったほうがいい、そのほうが大叔母は納得するだろう?
考えに母の声すこし明るんだ。

「そうね、ちゃんとお電話してね?でも朝食には帰ってきてあげて、朝食でお祝いするって楽しみにされてるから、」
「ん、朝一の電車で帰るようにするね…でも美代さん、一人では葉山に行きにくいよね?」

いちど送っていくほうがいいだろうか?
考えかけてすぐ言ってくれた。

「お母さんが美代ちゃんと待ち合わせて帰るわ、このあとお電話するね?」
「うん…ありがとう、お母さん、」

じゃあまたね、そんな言葉かわして通話きれる。
ほっと息ひとつ吐いて、電話番号もうひとつ繋いだ。

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】

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山岳点景:Early Summer 卯月夏森

2017-04-20 11:46:35 | 写真:山岳点景
初夏4月、花の森で



山岳点景:Early Summer 卯月夏森

四月の森、木洩陽あざやかな新緑まぶしくなると初夏。


シャツ一枚、風ひらく山芍薬ヤマシャクヤク。


木洩陽ゆらいで透ける純白、雄蕊の金色×雌蕊の濃紅。
儚げなでソノクセ艶やかで、3日ほどで散る一瞬の花です。


まだ咲きのこる春蘭シュンラン、日本自生種の野性蘭です。


陽に透ける若草色、橄欖石カンラン石の緑色と似ています。
色、形、質感、古代の勾玉と似ているようで不思議なカンジです。


仰いだ梢、まだ散り残る山桜。


緑やわらかになる林床、海老根蘭エビネランが咲くと夏近し。


海老根蘭も園芸用の乱獲など人為的原因から環境省レッドリスト準絶滅危惧種、減少率60%と危機に瀕しています。
それでも再会できた花は初夏の木洩陽きらめいて、まぶしいです。



晩春から初夏、森ゆれる黄金は山吹草ヤマブキソウ。



花が似ていますが山吹ヤマブキはバラ科の落葉低木、山吹草はケシ科の多年草です。
枝垂れる枝×草なので実際に見ると一目瞭然、自分の足で歩けば机上より学べます、笑



梢ひらけた林床の草地、青い星みたいな筆竜胆フデリンドウ。



紫ほころぶ優雅、藤の花。



藤は古来、卯月4月の色として親しまれていました。
千年よりはるか初夏を告げる花です。


あちこち散策36ブログトーナメント休憩合間、森の花で一息一服、笑
撮影地:森@神奈川県

○自然写真は撮るではなく「撮らせてもらっている」です、動物+植物への無礼厳禁で。
○足もと不注意→芽吹きを踏み潰して歩く・立ち止まる人が多くいます、その一歩が植物を絶滅させます。
○春の山や森は冬眠明け、空腹×身軽な動物たちに追われたら命に関わります。熊鈴+周囲への注意を怠らず遭遇を避けてください。
○山野草の盗掘は窃盗罪+条例違反の罰則にふれます、研究目的であっても関係各所に無許可の採取は犯罪です。無許可採取を見たら遠慮なく通報を。
○食用の山野草も無断採取は犯罪です、地元の方も入会権なくしては採取していません。
○自生地は三脚禁止がアタリマエ、落葉や地中の芽をつぶす危険があるため三脚使用禁止が常識です。
○山や森は足もと不安定←木の根・浮石・斜面などが多いため不注意ちょっとが転滑落事故に。
※山や森での三脚使用は危険
足場が悪いため重心バランス崩して転倒、木や岩に三脚ぶつけて転倒などよくあります。
フィールドで怪我しても救急車は呼べません、ご自身の安全のためにも三脚に頼らない写真技術を磨いて無難です。

三脚使用・スマホ撮影にNG違反者が多いです、
植生・動物の基礎知識なく撮っても良い写真にならず・自身を危険にさらすことにも。
自然で遊ぶなら自然界のルール×技術知識なしでは自由も安全もありません、自己責任きちんと楽しんでくださいね、笑

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