萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy Valentine's Day 街角から君に―another,side story

2018-02-14 23:10:06 | soliloquy 陽はまた昇る
想いを今、届けたい。
周太24歳2月another,ss


soliloquy Valentine's Day 街角から君に―another,side story

雪が降る、君のもとに。

「天気予報です、奥多摩地方は昨夜零時から降り続く雪が今日も…」

ほらテレビも言っている、きっと銀色まばゆい君の町。
正確に言えば「君が今いる町」だろう、でも、きっと。

「ずっといたいよね…英二?」

呼びかけた名前ひとつ、唇に甘い。
ただ名前を呼んだだけ、でも甘い。
こんなふうなってしまった、君に。

―今ごろ奥多摩だよね…去年の今日は、僕も、

去年の今日、君に逢いに行った場所。
そこに今年も君はいるのだろう、去年のよう雪山に笑っている。
あの銀色まばゆい記憶ごと名前が甘くて、甘く痛んで周太は立ちあがった。

「…、」

言葉ひとつ呑みこんでダッフルコート羽織る。
マフラー巻きつけて鍵つかんで財布に携帯電話、ポケットに詰めて玄関扉を開いた。

かたん、

施錠して頬そっと冷気ふれる。
部屋の空気と違う温度たどって、階段くだるごと呼吸が凍る。

―奥多摩はもっと冷たいね…今年も、

都心の冬、それより冷たい奥多摩の今。
凍える大気に水はすべて凍る、雪の銀色に氷の蒼白。
もう滝すら凍っているだろう、そんな冷厳の稜線に君は今、きっと笑う。

「は…、」

呼吸ひとつ、凍える白に街路樹くゆる。
葉を落としたアスファルトの木々は寒々しい、でも根は春を蓄え待っている。
こんな都会でもたくましい、だから尚更どうしても記憶が森をたどりだす。

―あの森は雪の底だね、今…あのブナも、

ブナの大樹たたずむ森、あれは君の場所。

―落葉松の森をくぐって、大きな水楢、桂の木…それから苔のひろば、

記憶たどる森の道、錦秋いろどる黄金とモスグリーン。
蔦あざやかな深紅に蘇芳、朱色きらめく漆にナナカマド、青紫の星は竜胆たち。
色彩まばゆい深い秋の森、あの懐ふかく雪こめられて今、君は銀色の時間すごすだろうか?

「…は、」

白い息、都会の梢ゆれて消える。
あの森でも白かった息、冷たい風、でも温かに甘かった君の一杯。

「ココア…ごちそうさま」

そっと声にして秋が蘇る。
もう一年以上すぎてしまった記憶、古びた時間。
もう遠くなった秋の幸福、けれど香も温度も甘く瞬いて、去年の今日に重なってゆく。

『周太は俺にチョコレート、くれないの?』

低い綺麗な声が呼ぶ、ほら甘い。
こんなこと想いだす今日の名残に都会の道、銀色ちいさく舞う。

未来点景 soliloquy 秋を、君―another,side story
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