萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第76話 霜雪act.5-side story「陽はまた昇る」

2014-05-17 19:00:08 | 陽はまた昇るside story
legacy 継承の痕跡



第76話 霜雪act.5-side story「陽はまた昇る」

座った席の机上、パソコンは画面ひとつ表示する。

この画面は二年目の自分が見るべき場所じゃない、そう思っていた。
けれど本来なら去年から使っていたかもしれない、そんな立場を認めるまま英二は微笑んだ。

「蒔田さんは今、何をしているんですか?」

今、この部屋で誰が何を行うのか?
そんな事実を隠す「設定」の問いかけに協力者は笑った。

「電話が終わって部屋を出ようってところだな、2分後には廊下で部下と立ち話だよ、いま電話をもらった相手だ、」
「ありがとうございます、」

笑いかけてパソコン画面を改めて見る。
真中はパスワード請求がカーソル瞬かす、その10桁に上司は尋ねた。

「宮田くん、本当に俺のIDとパスを使わないでも良いのか?」
「はい、」

頷き微笑んだ向こう視線ひとつ見つめてくれる。
この「はい」は意外だろうか、それとも蒔田の想定内だろうか?
そんな空気を計りながら感染防止グローブ嵌めた指でキーボード叩いた。

“ 2151194540 ”

この番号は自分ともう一人しか知らない。
そんな10桁に画面は開かれた傍ら、日焼あわい貌がため息ごと問いかけた。

「…このIDは何なんだ、この画面は俺も知らないぞ?」

知らなくて当然だろう、知らなくて良い。
もし知っていたら「異様」だ、そんな現実に英二は微笑んだ。

「蒔田さんが知らなくて良かったです、」

知らないで居てほしい、出来ることなら?
この願う真中で実直な眼差し真直ぐ尋ねた。

「知らない方が良い画面だと言うのなら宮田くん、君は知っていて大丈夫なのか?なぜ君はこんなIDを入れられるんだ、」

訊いてくれる声は心配が温かい、そう解っている。
それでも今は何も言う事など出来ない、そのままに時計と笑いかけた。

「もう1分経ちましたよ?蒔田さん、廊下に出ていて下さい、」
「一つだけ教えてくれ、」

遮るよう問われて、ただ微笑んでみせる。
そんな無言へストレートに訊かれた。

「宮田くんは、君は湯原の味方なのか?どんな関係があってこんなことまで、」

馨の味方なのか?どんな関係があるのか?

この質問ありのまま答えることは今は出来ない。
そこにある秘匿へ正直に笑いかけた。

「俺は周太の味方です、周太の大切な人も護りますよ?」

これは正直な答え、そして本質の回答だろう。
だから真直ぐ見返しても澱み一つ無い、そんな自信にシャープな眼差し見つめ返した。

「大切なのは本当だろうな、だが君と湯原が無関係だとは思えない、似ているからな?」

似ている、

そうストレートな言葉に見つめられて肚底が笑ってしまう。
やはり似ていると思われる?その事実関係に微笑んだ沈黙へ言葉は続いた。

「宮田くんは吉村先生の息子さんと似ているって、よく言われているな?確かに俺も似ているって最初は思ったよ、俺も彼とは面識があるからな、
でも似ているのは宮田くんが彼に憧れてる所為だろう?本当は湯原こそ似ているよ、素になった時の目が似ているんだ、考えこんでいる貌とかがな、」

素になった時が似ているのは「血」無くして語れない?

そんな回答を聴かされながら見つめる画面は暗号のようファイルが並ぶ。
このファイルたち開封するのも結局は自分の「血」でしかない、その現実と笑いかけた。

「蒔田さんは、このIDの規則性をご存知ですか?」

この番号が何を示すのか?
その謎解きは隠匿を解く鍵でもある、それを気づいているのか知りたい。

「規則性をご存知なら俺が誰なのか解かります、でも俺のバックボーンは知らない方が良いと言いましたよね?だから知らないままでいて下さい、」

俺のバックボーンは知らない方が良いです。
俺を信じてくれるなら俺のことは知らないままでいて下さい。

そう先月に蒔田へ告げた、そのままに今も笑いかけて何も知らせたくない、馨と自分の関係は。

―もしIDを分析されても馨さんと俺の関係は解らない、だったら、

自分がこのIDを知っている、そこから馨との関係など探せない。
それにIDの「出処」など蒔田なら調査済の可能性もある、そんな推測にシャープな瞳ふっと笑った。

「知らないままで信じろって言われたな、先月も。俺も君を信じたいよ、だが14年は長すぎる、」

14年、その年数に言いたいことはもう解かる。
けれど刻限もう迫るまま穏やかに笑いかけた。

「時間です。廊下で部下の方と話していて下さい、お願いします、」

すべき役割に就いてほしい、そんな申し出と笑いかけた先シャープな瞳ゆっくり閉じられる。
その仕草にも14年の長さは見えて切ない、けれど無情の仮面に笑った向こう官僚は微笑んだ。

「また酒を呑もう、山で君と呑んでみたいよ?」

ほら、自分と似たものを持っている。
これとよく似た言葉を自分も今日告げた、その想いと同じまま英二は綺麗に笑った。

「はい、ご希望の山を考えておいてくださいね?」
「候補は沢山あるがな、奥多摩でも、俺の故郷でもいいぞ?」

笑って答えてくれる場所に想いひとつ示される。
この言葉そのまま信じていたい、そう祈るよう笑いかけた。

「北海道は行ったことが無いんです、楽しみにしていますね?」

大学1年の冬だ、アイスクライミングの自主トレに北大の仲間と層雲峡に行ったら偶然、湯原と先輩が登っていてな、綺麗な登り方だった。

そう蒔田は先月に教えてくれた、あの言葉が真実なら北海道を望むだろう?
きっと自分に俤ごと重ねて望むはず、そんな推測に山ヤの瞳は笑ってくれた。

「層雲峡のアイスクライミングなら1月か2月だ、他にも良い山もあるから楽しみにしてくれ、」

他にも良い山がある、そう言いたかった相手は誰なのか?
山で呑んでみたかった相手は誰なのか、その願いはいつから抱いているのか?

そんな問いかけごと唯笑いかけた先、背中ひろやかなスーツ姿は扉を開き出て行ってくれる。
ぱたり軽やかに扉の閉じて空間は独りになる、その閉じられた扉向うから知らない声が聴こえた。

「蒔田部長、お出かけですか?」
「打合せに戻るところです、さっきの電話で言っていた資料ですか?」

蒔田の声が応える、その口調は公人になっている。
5秒前に自分と話したトーンと違う、そんな空気測りながらキーボード叩きだすまま声は聞えてくる。

「はい、先月の統計です。部長がチェックをと仰られたので持ってきました、」
「ありがとう、今ここで見ましょう、」

穏やかな声は応えて紙開く気配が起つ。
このままチェックするなら立ち話も不自然じゃない、その怜悧に微笑んだ。

―計画的で簡単で巧い、出世するだけあるな?

閲覧権限を内密に遣うならチャンスがある、そう先月の食事に蒔田は言った。
あの時から今この立ち話も用意したのだろう、その周到性に実力と経歴が納得できる。
こういう男だからノンキャリア出身でも警視長となり地域部長に就き官僚に化けた、そんな姿に祖父の声が響く。

『ノンキャリアから警視総監になった前例は無いが、英二なら可能性ゼロとも言えんだろうよ?地方警察から警察庁への登用システムは今もある、
志願者が減って形骸化しかかっておるが廃止されたわけでもない、警視庁から選抜されるくらい英二には容易いだろう、英二が望むというのならな、』

銀杏の黄金ゆれるテラス、あわい金色の酒、そして祖父の眼差し。

久しぶりの再会は2時間も無い、けれど自分の現実を全て突きつけられた。
あの祖父の孫として生まれて、あの祖父から性格と才能を継いで、そして与えられる席ごと全てずっと嫌いだった。
ずっと逃げていた自分の現実、その全て祖父の酒ごと飲み下したから今ここに座りファイルひとつ、開かれて英二は見た。

“ Fantome 1943 ”



(to be continued)

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