萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第81話 凍結 act.4-side story「陽はまた昇る」

2014-12-24 01:00:14 | 陽はまた昇るside story
reach an agreement 妥協と祈り



第81話 凍結 act.4-side story「陽はまた昇る」

この男は、鏡かもしれない。

「この屋敷の主には決定権があるか、なぜ英二はそう想う?」

涼しい眼が可笑しそうに笑いかける、こんな眼を自分もしているのだろう。
それは今も同じかもしれない、そんな自覚に英二は微笑んだ。

「マンションや山林も俺の財産にしたのではありませんか、その賃貸収入でこの屋敷も納税するんでしょう?経済力は権力も呼びます、特にこの屋敷は、」

いま座るダイニングテーブルは10人座れる、この広さだけ人々も集う。
けれど今は二人きり対峙する、その足もとに黒い犬が戻って座った。

「ヴァイゼ、残さず食べて偉いな?」
「くん、」

笑いかけた真中で茶色い瞳が見あげてくれる。
つぶらな聡い眼差しは変わらない、そんな愛犬に祖父は微笑んだ。

「ヴァイゼは英二がいると楽しそうだな、心から従うことを楽しんでおる。人間も同じなのだろう?」

ほら、こんな問いかけ混ぜてくる。
これは質問というより確認だろう?その設問者に笑いかけた。

「俺の勤務状況はご存知でしょう?あなたの信奉者から聴いて、」
「その該当者は見つけたのか?」

さらり問い返されて確信またさせられる、そのままに微笑んだ。

「正確には、あなたの信奉者と親しい人間が近くにいると思っています。今の部署にも同期にも、」

同期は見当つけることも簡単だ?そんな解かりきった答に低く透る声が笑った。

「英二も麹町に入れても良かったがな、山岳救助隊の方がチャンスも多かろう?」
「俺の希望も考慮してくれたんですね、感謝すべきですか?」

フォークとナイフ動かしながら唇噛みたくなる。
こんなふうに結局「手の内」というやつだ?

―最初からなんだ、俺が進学先を曲げられた時からずっと、

もし希望どおりに大学受験していたのなら?
そんな仮定しても虚しい現実に笑ったテーブル、祖父は言った。

「英二が山岳救助隊に入れたのは努力と適性だ、私は関係ない。そんなに山は愉しいか?」

祖父の権力は関係ない、自分が掴んだ居場所。

それが本当なら嬉しい、けれど今は素直に受けとり難い。
だって自分が山を選んだことも「関係ない」だろうか?それでも居場所に笑った。

「山は厳しい分だけ自由になれます、登れる人間が少ない分だけ自由です、」
「なるほど、英二らしい好みだな、」

微笑んで応えてくれる言葉は「理解」だろう。
それでも反発したい本音は子供じみた意地でしかない、だから微笑んだ。

「俺らしい好みですか、でも俺が山を選ぶなんて意外だと仰っていましたけど?」
「厳しい分だけ自由というのは英二らしいだろう、物堅い反骨は宮田君ゆずりかもしれんな、」

低く透る声の言葉にすこし心解かれる。
もう一人の祖父を言われると嬉しい、けれど今は思惑と微笑んだ。

「宮田の祖父と似ている俺だから屋敷を譲りたいんですか?憧れの男と血縁を結べた記念として、」

こんな言い方は嫌味だろう?けれど武器でもある。

そう解っているから発言した、そんな唇つけたワイングラスごし端正な瞳が微笑む。
この眼差しは少なくとも今偽りない、そう見とりながら自分がすこし嫌になる。
だって君がこんなところ見たら何て言うんだろう?

―周太、こんな俺だって解かっても言ってくれる?帰ってきてって、

英二の家はここって約束したよね、違うの?

そう言ってくれたのは元旦の電話だった。
電話の声だけでも嬉しくて幸せになる、そんな笑顔が今は遠い。
このまま遠くなってしまうのだろうか、その現実に祖父が微笑んだ。

「この屋敷を相続できるのは英二ぐらいだ、それは征彦自身がいちばん解っている。だから官僚を選ばず銀行に入ったのだ、その程度の賢さはある、」

ほら、現実また突きつけられる。
もう続く言葉も解かってしまう、そのままに笑った。

「俺は征彦伯父さんの相談役もするんですか?この屋敷に住んで、」
「英二が相談役なら征彦も安心だろう、」

低く透る声が応えて微笑む、その言葉はある意味残酷だ。
けれど祖父にとっては慈愛なのかもしれない、そう解かるから尋ねた。

「率直に訊きます、征彦伯父さんより俺の方があなたの権力に相応しいと判断した根拠は何ですか?」

この祖父と自分は似ている、それだけが理由かもしれない。

だって見つめてくる眼差しは怜悧で美しいけれど酷薄だ、この眼を自分もしていると知っている。
それでも今は少し違うのだと言いたいテーブル越し、端整な老人は微笑んだ。

「私と宮田君の孫だからだ、」
「やっぱり俺は記念碑ですか、あなたの憧れた男の?」

即答に問いかけてワイングラス口つける。
黄金あわくランプゆれて消えてゆく、その向こう低く透る声は言った。

「記念碑というより作品だ。私の狡賢さと宮田君の潔癖な優しさが合わさったら何が出来るのか、私も見てみたい、」

作品、そんなもんだろう?

こんな言い方しか祖父は出来ない、それくらい昔から解っている。
だから母もあんな家庭しか出来ないのだろう、この冷たい原点に微笑んだ。

「あなたにとって母も父も作品の素材なんですね、今度は俺にどんな女を掛け合わせて作品を生むつもりですか?あなたのゲームは、」

この男にとって、全てはゲームだ。

権力も家庭もすべてが遊戯、だから恬淡といつも笑っている。
それを気づいたから向きあうことを避けていた、そんな本音に祖父が笑った。

「英二が生まれたのは私のゲームの成果か、確かにそうかもしれんが何故そう思う?」
「さっき俺に早く結婚をさせたいと言いましたよね、ゲームの成果を生きているうちに見たいから言ってるんじゃありませんか、」

即答しながらフォーク動かし、皿が空になる。
チャコールグレイの腕そっと伸ばされ皿は引かれて、優しい深い声が訊いた。

「英二さん、ワインの銘柄を替えますか?」

この家宰が話中こんな質問なんて珍しい。
その意図すぐ気がついて、可笑しくて綺麗に笑った。

「中森さんのお奨めがいいな、ありますか?」
「はい、」

頷いてワインバケットから出してくれる。
シンプルで美しいラベルと色彩をランプに透かし家宰は言ってくれた。

「このロゼは香が華やかですが辛口で食事と合います、英理さんがいらしたらお出しする予定です、」

酒と食事が合うことを何て言うのか?
その単語に可笑しくて、この穏やかで愉快な助太刀に笑いかけた。

「姉が喜ぶマリアージュになりそうですか?」

“ mariage ”

このフランス語は酒と食事の合致を言う、その語源が何なのか?
この懸け言葉にテーブルむこうも気づいたろう、そんな視線に愉しくなる傍ら銀髪の笑顔が頷いた。

「きっとお好みです。英二さんにもご自分で選んで、味わって戴きたいですよ?」

ほら、やっぱり解っているんだ?
この「選んで」も「味わって」も酒だけじゃない、そう深い静かな瞳が微笑む。
こうして聡明な優しさで昔から援けてくれる、その信頼するだけ痛みに微笑んだ。

「ありがとう、でも俺の好きなマリアージュは普通じゃないと思うよ?中森さんも嫌がるかもしれない、」

本当に「普通」じゃない、それくらい解かっている。
それを後悔なんてしていない、それでも幼い日から支えてくれる笑顔には痛んで、けれど優しい深い瞳は笑ってくれた。

「英二さんのお好みは知っているつもりです、それが私の予想を超えることも多いと解っていますよ?それも私の楽しみです、」

どんな選択でも支持しましょう?
そう告げてくれる眼差しを見つめる足元、ふさり、温もり寄りそって家宰が微笑んだ。

「ヴァイゼも私と同じですよ、きっと。お注ぎしますね?」
「ありがとう、」

素直に微笑んで足元の温もりへ指伸ばす。
ふさり毛並ふれて温かい、そんなテーブル越し祖父が尋ねた。

「英二、英理は結婚の話で来るのか?」

冷静なトーン、でも底深くが揺れている?
この隙をつくってくれたワイン一杯かかげて、薔薇色を透かし微笑んだ。

「お祖父さん、この屋敷を俺にくださって感謝します。中森さんもヴァイゼも俺と一緒にいてくれるって条件付きですけど、」

もう屋敷は相続した、そこに付随する全てを受けとれば良い。

こんな選択は2年前なら絶対しない、全てを蔑んで拒絶して棄てるだろう。
けれど今は護りたい人がいる、だから受けとる選択に端正な白皙が笑った。

「英理の結婚に口出しするなということか、この家の所有者として私に指図して?」
「それも決めたのはあなたです、違いますか?」

笑いかけワイングラスに口つける。
華やいだ馥郁ゆるやかに喉すべりこんで、吐息さわやかな深い味に微笑んだ。

「美味しいです、中森さんが言うとおり姉も喜びます、」
「よかった、英二さんのお墨付きなら安心です、」

笑いかけてくれる眼差しがどこか悪戯っ子に見える。
こんな眼をしてくれるから幼い日なんども救われた、その信頼に低く透る声が笑った。

「中森もすっかり英二の家宰になったか、もう私は隠居のようだな?」

隠居、だなんて似合わない貌のクセに?
そんなこと想ってつい笑いたくなる、そのまま素直に笑いかけた。

「家庭では隠居で構いません、でも権力ゲームは死ぬまで現役でしょう?あなたはゲームが呼吸なんですから、」

この男が隠居するなど有得ない、だってこれは性分だ?
そう解るから笑ったテーブルに祖父もワイングラス受けとり、愉しげに笑った。

「私を手駒に遣うつもりか、何を今させたい?」
「何もして頂くことはありません、教えてほしいことはありますが、」

素直に笑いかけてグラス口つける。
ふわり馥郁すべりこんで微かに甘い、呑みこんだ胸に金属ひとつ肌温まる。
ちいさな硬い輪郭は鍵を象ってシャツと素肌の狭間をゆらす、この感触もう馴染んでしまった。

―馨さんも今聴いていますか、こんな俺をどう想うんですか?

肌温まる小さな鍵、この持ち主に自分の本性を問いかける。
こんな自分でも本当に赦されるのだろうか?そんな思案に新しい皿が置かれて、深い芳醇の湯気に祖父が笑った。

「英二がリクエストした皿だな、この料理に関することを知りたいのか?英二にしては細かいリクエストをしていたが佳い香だ、」

ほら、解かってくれている。

この怜悧は信頼していい、その愛情は解らなくても頭脳は信じられる。
そう見つめる白皙の笑顔は前より微かに温かで、こんな変化を笑いかけた。

「この料理を俺に初めて食べさせた人に会いたいと思いますか?」

これは賭けだろう?

“ mariage ”

自分が選びたいそれは普通じゃない、拒絶されて当り前だろう。
そのリスクは大きすぎて、それでも多分きっと最大の守護で攻撃になる。



(to be continued)

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