萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 暮春 act.37-side story「陽はまた昇る」

2017-09-26 15:49:00 | 陽はまた昇るside story
the punishment and sin.
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.37-side story「陽はまた昇る」

泣いている、でも呼ばれる。

「そっか、」

あいづち微笑んだ視界、銀色ゆるく舞う。
また降りだした雪、そんな三月の森に携帯電話ふるえだす。

―来たか、やっぱり、

春の降雪、午後ゆるむ雪面、条件そろいすぎている。
それでも今すこし聴きたい話手は涙ひとつ笑った。

「ごめん宮田くん、途中で泣いたりして。あと名前で呼ぶ話だけさせて?」
「いいよ、聴かせて?」

あいづち重ねて登山ジャケット振動つたう。
ポケットの携帯電話ふるえる、けれど願いに彼女が口ひらいた。

「私、この春から大学に行くの。そうしたら父が周太くんに条件だして」

条件、なぜ君に?

「みやたっ、招集だよ!」

呼ばれた、タイムリミットだ?

「ワルイね美代っ、宮田ちっと返してもらうよ?救助コールきちまったからねえ、」

テノール笑って雪を来る。
さくさく足音わたる雪の道、蒼い登山ジャケット姿が鍵さしだした。

「俺の車よろしくね美代、俺ちっと行ってくるからさ?」

雪白の笑顔からり笑って、ぽん、鍵ひとつ華奢な手に載せる。
受けとった掌を彼女は見て、大きな瞳ちょっと笑った。

「光ちゃん今朝もう退職したんでしょ?なのに救助の連絡が来たの?」
「月末まではイチオウ在職だからね、地元民だしさ?」

答える瞳からり底抜けに明るい。
そんな元上官に英二は微笑んだ。

「辞めて早速ですか、国村さん?」
「マッタクの超過勤務だよねえ、ほら?さっさとドア開けな、」

雪白の笑顔からり、助手席の扉ノックする。
あいかわらずだな?呆れ半分つい笑って、運転扉のロック開いた。

「ほら宮田、おまえの携帯が呼んでるよ?黒木だろうけど出てやんな、」

黒木だろうけど、ってなんだかな言われ方だな?

おかしくてつい笑いたくなる、こんな時なのに?
そんな本音とシートベルト締め、携帯電話にイヤホンマイク付ける。
エンジンキー回しコールつなぎかけて、こんっ、運転扉の窓ひとつ敲かれた。

「周太?」

ガラスごし、ホリゾンブルーの登山ジャケット姿がいる。
黒目がちの瞳が自分を映す、その眼ざしにパワーウィンドウのスイッチ押した。

「宮田?黒木だ、まだ奥多摩にいるな?」

携帯電話の声、でも下がるガラスに君がいる。

「八丁橋で国村さんがいます、救助要請ですね?」
「大雲取谷だ、奥多摩交番と日原駐在も出たが宮田がいちばん近い、行けるか?」

指示むこう無線音が重なる、現場と繋いでいるのだろう。
それだけ状況は厳しい、そんな現実に黒目がちの瞳が訴えた。

「…、」

声はない、でも君の手が紙切れひとつ。
さしだされ掌さしだして、載せられた小さな折紙に微笑んだ。

「行きます、大ダワから落ちましたか?」
「そうだ、後藤さんからも国村さんに連絡いったはずだ、」
「わかりました、」

話しながら折紙ひとつ胸ポケットしまいこむ。
これを渡してくれた手、ほんとうは掴みたいけれど。

「あと宮田、今朝の件また打診あったぞ?」
「はい?」

遮られた思考に訊き返す、打診?
今朝、ああそうだ?

『例の嘱託OBが長野の件を聴きたいらしい、』

あの男また肩透かしだな?
つい可笑しくて笑った。

「あの件は断ってもらえますか?今日中に戻れるかわからないので、」
「もう断った、正当な理由だろう?」

即答してくれる声もすこし笑い噛む。
このひともなかなかだな?感心するまま言われた。

「状況報告また頼む、とにかく無事帰還してくれ、」
「はい、行ってきます、」

電話を切って、でもイヤホンマイクは外さない。
そんな運転席の窓、見つめてくれる黒目がちの瞳に笑った。

「行ってきます、」

笑いかけて純粋が見つめ返す、このまま見ていたい。
それでも左手サイドブレーキ押し、クラッチ軽くアクセル踏んだ。

―周太ごめん、せっかく会えたのに、

別れも何も言えなかった、そのまま自分はまた山へ行く。
こんなふう離れてしまう、君は今、どんな貌しているのだろう?

『英二が生きたいように生きていいんだ、どんな英二でも僕はずっと、』

雪の森むきあった声、瞳、君の言葉。
あのまま永遠に見ていられたらいい、そんな願いごと本当はしていた。
それでも自分は雪山へ行く、ただ惹かれるままタイヤチェーン響き走りだした。

「昨日から二日連続だねえ?マッタク春の雪はクセモンだよ、」

朗らかなテノールが助手席に笑う、でも不機嫌だ?
そんな元上官に言った。

「光一、なぜ小嶌さんの進学に周太が条件だされるんだ?」

なぜ?が多すぎる、こんなこと。
考えハンドル繰る隣から言われた。

「ソレは周太に訊くことだろ?」

ワイパー薙ぐ雪の窓、静かな声が刺す。
稜線そめる銀色の道、タメ息とハンドル握った。

「だよな…光一は大学のこと知ってたんだろ?」

かとん、かたん、ワイパー音に声ながれる。
自分の声なのにどこか違って、そんな空間にテノール笑った。

「ちゃんとは昨日だね、御岳じゃチョットした騒動だよ?テレビ映っちまったなんて美代もドジだね、」

明るい声からり笑っている。
あいかわらずのザイルパートナーに訊いてみた。

「小嶌さんが東大に行くことが、そんな騒動なのか?」
「だよ?都会とは違うからねえ、」

軽やかなトーン答えてくれる。
けれど言葉はそうじゃない、その横顔が言った。

「美代も俺らと同じで二十四だろ?ここいらじゃイイカゲン嫁いけって齢なワケ、ソンナ齢からガッコ入ったらってコト、」

開けた運転席の窓、チェーンの音まじり雪が匂う。
あわく渋いあまい冷気なぶる風、砕かれる氷の響き尋ねた。

「ようするに小嶌さん、家族に反対されながら大学に行くのか?」
「そうなるねえ?」

テノール軽く返してくれる。
今その眼ざし何を見るのだろう?知りたくて訊いた。

「光一も医学部、受験するんだろ?」
「だよ、でも俺と美代じゃマッタク事情が違うんだよね、」

返事してくれる声は明るい。
そこにある現実へ問いかけた。

「もし小嶌さんに結婚相手がいるなら、事情は変わるってことか?」

もしYesなら、だから名前。

『名前で呼ぶ話だけさせて?私、この春から大学に行くの。そうしたら父が周太くんに条件だして』

話しかけて途切れた言葉、それは「事情」なのだろう?
そんな推定たやすいまま24歳の受験生が笑った。

「ソコラヘン本人から聴きなね?ほら、」

銀色おどるフロントガラス、登山グローブの指が示す。
もう着いてしまった現場にタメ息ひとつ、エンジン停めた。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】


にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村 blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 花木点景:月草露草 | トップ | 山岳点景:銀秋の空 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るside story」カテゴリの最新記事