Interval、
第86話 花残 act.5 side story「陽はまた昇る」
桜ふる、君も花を見る?
「は…、」
ため息ひとつネクタイ緩める、背中に駅が離れてゆく。
スーツもネクタイも嫌いじゃない、それでも息苦しさに今を哂った。
―蒔田さんは嫌いじゃないけど、今日の話はちょっと疲れたな?
くつろげた衿元に肩肘ゆるめて、もたれる車窓に街うつろう。
コンクリート聳える群れ、アスファルト詰まるテールランプ、灰色だらけの都会風景。
それでも時おり咲く薄紅は春、桜並木とビルの波ながめながら英二は見た。
「桜…か、」
桜、さくら、記憶ゆする花。
遠い昏い、遠くても明るい、近く燈らす夜と朝。
―周太は俺のこと思いだすのかな、桜…去年と、その前と、
君に出逢った春3月、警察学校の門前。
ただ下見に訪れた桜の道、たたずんだ横顔が自分を惹きこんだ。
あの時あの場所で君、何を想っていたのだろう?
『…ここの、教官じゃないかな』
最初に聴いた君の声、そう言って自分を見た。
こんなことまで憶えている、こんな自分を君は知らない。
―きっと俺のこと印象最悪だったろうな、周太?
あの日あの時、いいかげんな姿で自分は立っていた。
あの門を入ること覚悟ではなく逃亡で、ただ自分の現実から離れたかった。
―そんな俺が結局、鷲田を名乗ること選んだんだ。周太を追いかけるうちに、
鷲田、この名前が自分の現実。
この姓を名前に生きること、そこに敷かれる道の涯。
その道程は自由で監獄だ。
『鷲田君が警視庁を受験したとき、宮田次長検事のお孫さんだと話題になったよ。司法試験を首席合格している君が何故だろうとね?』
祖父二人、二人の孫であるということ。
その事実が自由も監獄も与える、それが自分の世界で現実。
そういう自分だから雪山あの瞬間、君を選んで生きたいとあがいた。
“生きろ周太っ、”
雪山の狙撃、誘発された雪崩、あの冷厳の底に命を願った。
それは自分のためじゃない、唯ひとり君を生かしたかった。
そうして生き延びた今を車窓は街に流れる、でも君は遠い。
―俺も生きたいんだ周太と、そして…山の世界に生きて、
山、そこで共にした生死の瞬間。
雪山ふかく抱かれる冷厳、大気の水分きらめき凍る空。
あの場所に君の命ひとつ抱いて、その死は怖くて、けれど生きていると鼓動が響いた。
―あの切り株が芽吹いていたんだ、だから生きられると思えた俺は、
雪崩の巣窟きらめく斜面、あの切株に命たくすしかなかった。
切株に撃ちこんだハーケンの手元、萌黄色ちいさな芽が見えた。
撃ちこむときは気づかなかった、それだけ必死な自分と幼い芽に微笑んだ。
ああ生きているんだ。
微笑んだ頭上、轟音と冷厳の波かぶさり呑みこんだ。
つないだ巨木の切株に命を託す、その瞬間に生きた芽を見た。
そんな自分だから他人事に想えない「事件」あの雪山に「起こされた」こと。
『約束は今この時を逃せば叶わない。だから渡部は今回の事件を起こしました、』
あの「今」に「あの男」の意図がある。
―総務省の官僚じゃなかったら巻きこまれなかった、輪倉さんも渡部さんも…冤罪の人も、
観碕征治 内務省警保局にいた男。
内務省は総務省の前身、戦前まで警察も管轄だった。
そこで過去から紡ぐ権力に事件を惹き起こす、いつも何度も。
―でも輪倉さんがいなければ他の誰かだっただけだ、総務省で「使える」誰かを、
あの男は「使える」なら使う、それだけだ。
その動機すべて過去にある、過去への執着ゆえに「今」を壊す。
そういう男だと今は知っている、だから「聴きたい」のだろう?
『例の嘱託OBが長野の件を聴きたいらしい、』
長野の籠城事件、その後いくど接触はかられている?
もう自分と祖父達の関係は把握しているだろう、その意図を思案かたわら微笑んだ。
「…箱庭の住人が、」
声ひそやかに微笑んで、車窓いつもの風景に流れこむ。
ゆるやかになるスピード列車は停まって、いつもの駅に英二は降りた。
―もう着いてるんだろな、佐伯は?
佐伯啓次郎が来る、自室の隣に。
それは時間どんなふうに変えるだろう?
『あの佐伯か、』
あの佐伯、そんなふう蒔田ですら言った。
どういう男なのだろう?
『アイツ山岳会でも凄腕だがな、まあ頑張れ?』
蒔田の台詞に記憶なぞる、アルコールまだ新しい記憶。
酒と星空と雪の記憶ながめながら、いつものゲートを潜った。
※加筆校正中
第86話 花残act.4← →第86話 花残 act.6
にほんブログ村 純文学ランキング
英二24歳3月末
第86話 花残 act.5 side story「陽はまた昇る」
桜ふる、君も花を見る?
「は…、」
ため息ひとつネクタイ緩める、背中に駅が離れてゆく。
スーツもネクタイも嫌いじゃない、それでも息苦しさに今を哂った。
―蒔田さんは嫌いじゃないけど、今日の話はちょっと疲れたな?
くつろげた衿元に肩肘ゆるめて、もたれる車窓に街うつろう。
コンクリート聳える群れ、アスファルト詰まるテールランプ、灰色だらけの都会風景。
それでも時おり咲く薄紅は春、桜並木とビルの波ながめながら英二は見た。
「桜…か、」
桜、さくら、記憶ゆする花。
遠い昏い、遠くても明るい、近く燈らす夜と朝。
―周太は俺のこと思いだすのかな、桜…去年と、その前と、
君に出逢った春3月、警察学校の門前。
ただ下見に訪れた桜の道、たたずんだ横顔が自分を惹きこんだ。
あの時あの場所で君、何を想っていたのだろう?
『…ここの、教官じゃないかな』
最初に聴いた君の声、そう言って自分を見た。
こんなことまで憶えている、こんな自分を君は知らない。
―きっと俺のこと印象最悪だったろうな、周太?
あの日あの時、いいかげんな姿で自分は立っていた。
あの門を入ること覚悟ではなく逃亡で、ただ自分の現実から離れたかった。
―そんな俺が結局、鷲田を名乗ること選んだんだ。周太を追いかけるうちに、
鷲田、この名前が自分の現実。
この姓を名前に生きること、そこに敷かれる道の涯。
その道程は自由で監獄だ。
『鷲田君が警視庁を受験したとき、宮田次長検事のお孫さんだと話題になったよ。司法試験を首席合格している君が何故だろうとね?』
祖父二人、二人の孫であるということ。
その事実が自由も監獄も与える、それが自分の世界で現実。
そういう自分だから雪山あの瞬間、君を選んで生きたいとあがいた。
“生きろ周太っ、”
雪山の狙撃、誘発された雪崩、あの冷厳の底に命を願った。
それは自分のためじゃない、唯ひとり君を生かしたかった。
そうして生き延びた今を車窓は街に流れる、でも君は遠い。
―俺も生きたいんだ周太と、そして…山の世界に生きて、
山、そこで共にした生死の瞬間。
雪山ふかく抱かれる冷厳、大気の水分きらめき凍る空。
あの場所に君の命ひとつ抱いて、その死は怖くて、けれど生きていると鼓動が響いた。
―あの切り株が芽吹いていたんだ、だから生きられると思えた俺は、
雪崩の巣窟きらめく斜面、あの切株に命たくすしかなかった。
切株に撃ちこんだハーケンの手元、萌黄色ちいさな芽が見えた。
撃ちこむときは気づかなかった、それだけ必死な自分と幼い芽に微笑んだ。
ああ生きているんだ。
微笑んだ頭上、轟音と冷厳の波かぶさり呑みこんだ。
つないだ巨木の切株に命を託す、その瞬間に生きた芽を見た。
そんな自分だから他人事に想えない「事件」あの雪山に「起こされた」こと。
『約束は今この時を逃せば叶わない。だから渡部は今回の事件を起こしました、』
あの「今」に「あの男」の意図がある。
―総務省の官僚じゃなかったら巻きこまれなかった、輪倉さんも渡部さんも…冤罪の人も、
観碕征治 内務省警保局にいた男。
内務省は総務省の前身、戦前まで警察も管轄だった。
そこで過去から紡ぐ権力に事件を惹き起こす、いつも何度も。
―でも輪倉さんがいなければ他の誰かだっただけだ、総務省で「使える」誰かを、
あの男は「使える」なら使う、それだけだ。
その動機すべて過去にある、過去への執着ゆえに「今」を壊す。
そういう男だと今は知っている、だから「聴きたい」のだろう?
『例の嘱託OBが長野の件を聴きたいらしい、』
長野の籠城事件、その後いくど接触はかられている?
もう自分と祖父達の関係は把握しているだろう、その意図を思案かたわら微笑んだ。
「…箱庭の住人が、」
声ひそやかに微笑んで、車窓いつもの風景に流れこむ。
ゆるやかになるスピード列車は停まって、いつもの駅に英二は降りた。
―もう着いてるんだろな、佐伯は?
佐伯啓次郎が来る、自室の隣に。
それは時間どんなふうに変えるだろう?
『あの佐伯か、』
あの佐伯、そんなふう蒔田ですら言った。
どういう男なのだろう?
『アイツ山岳会でも凄腕だがな、まあ頑張れ?』
蒔田の台詞に記憶なぞる、アルコールまだ新しい記憶。
酒と星空と雪の記憶ながめながら、いつものゲートを潜った。
※加筆校正中
第86話 花残act.4← →第86話 花残 act.6
にほんブログ村 純文学ランキング
著作権法より無断利用転載ほか禁じます