専門書を図解で読む方法
1 はじめに
専門書の読解にあたっては、最初に注意すべきなのは、初学者を対象にしていないということである。殆どの研究者にとって、当該論文の読者は初学者を想定していない。よって、あらかじめ相当の知識を有しているものを対象としていることを、読ませていただく者としては、ある意味覚悟をしておかなければならない。
しかしながら、専門書読解作業には、必要性が密接に絡んでくる。情報収集作業としての基礎段階から、別の視点で研究対象における必然性を求めて読解作業に関わる場合もある。
上記の視点において、専門書をどう読み解くかということについて、図解活動について以下に延べたい。
2 図解活動について
(1)これまでの読み
専門書の読解について、社会科学系・人文科学系を問わず、これまでの「読み」は困難なものであったと実体験として感じている。
用語の点で最初に躓くこともあった。それは書き手である研究者が、読み手について初学者を想定していないということが理由の最初にあげられる。
次に考えられるのは、解読的な読みや、表面上の読みで終わってしまっているという点である。文章をハイライトする、あるいはマーカーでなぞる、赤鉛筆で線を引く、さらに内容を箇条書きにする、情報カードにメモとして記録を取る、ノートにするというような既存の学習方法だけでは、なかなか徹底した理解までには到達できないことがあった。つまり、文章を段落として大意を把握しているだけでは、全体の構造を把握することは困難であった。論理構造理解をもっとも求められる社会科学系の論文については特に全体構造の理解なしに、その先に進むことは困難である。
(2)図解活動を組み込んだ専門書読解作業
論理構造の理解を主眼とするならば、従来の学習方法で専門書読解作業に困難を覚えている学習者に、図解活動を組み込むことで理解が深化される可能性があるのではないかというのが、工藤嘉名子・山田しげみ両氏のご研究である。(注1)
両氏は、冒頭鈴木明夫(注2)の実証を紹介している。それによると、
①文章中の重要な情報のみに選択的に注意が向けられる
②言語的処理と空間的処理の両方がなされるため、情報が想起されやすい
③関連する情報が空間的に近接、また、同時に提示されるため、読み手の情報処理と保持に関わる認知的負担が軽減される
という3点を紹介している。工藤・山田両氏は、③に注目しているが、他にも、久垣啓一(注3)、門倉正美(注4)両氏の著書も紹介をしている。
(3)工藤・山田両氏の《図解活動》
工藤・山田両氏にとっての《図解活動》とは、【図化】→【ピア学習】→【文章化】の3段階から成る一連の学習活動を指す。
【図化】とは、重要概念の論理的関係性を図解で表す作業のことである。文章の要旨を視覚的に捉える作業である。俯瞰的に、まるで鳥の目でもって全体を眺めることである。
【ピア学習】とは、図解を比較・批評しあう活動を指す。各自が図解の内容を口頭で説明をする。理解も深化する。あるいは理解の修正も可能となる。
【文章化】とは、図解した内容に基づき、文章の要約文を書くことである。図解をもとに、俯瞰的視野に立って、文章の要旨を言語化することである。
しかし、あくまでも文章の要約文を書くことが目的なのではなく、文章の論理構造の理解を深めることが優先されなければならない。大学における論文作成や、プレゼンテーションにも応用できることを両氏は目指している。
事実、同書はこの後の文章において、検証としての実践例をあげている。
(4)久垣啓一氏の図解表現
久垣啓一氏はもっと具体的な手法を述べている。(注3 pp.15-56)
第1講は、「箇条書きを捨てて図解コミュニケーションの世界へ」とある。
①箇条書き信仰をやめよう
②完璧な図解はありません
③議論をすることで図解はさらに成長する
上記の①から③はまさに工藤嘉名子・山田しげみ両氏の方法論と同じである。
さらに久垣啓一は突っ込んでいる。
第2講の「マルと矢印だけで、すべて理解できる」という章である。マルと矢印の具体的な用法が示されている。具体的な手法に富む書籍である。
(5)開米瑞浩氏の図解術 (注5)
開米氏の図解術はさらに具体性に富む。
①最初の一歩はマトリックスから(注5 pp.62-77)
「読み解くことからすべては始まる」とある。当然である。図解ありきではないからである。最初に「読むとく」ことがないと、なんのためにやっているのかわからなくなる。本末転倒であるからである。
ア、解読作業が最初にくる 元の文書に書かれていることを正確に読み解くわけである。
イ、次にアの作業の結果得られた情報にあちこち穴があることがわかる。情報の不足や矛盾である。その結果、得られた情報に質問を試みるのである。わからないことは何かを明らかにするのである。
ウ、最後に他人にわかるように表現してみるのである。
②文章はマトリックスで解読しよう
マトリックスとは日本語でいえば「表」である。学生に指導案を作らせるときも、教科書やテキストからマトリックスを作成させることがあるが、もっとも重要な作業過程である。それだけにこれができるかどうかにストレートな実力が反映されるのである。
マトリックスを詳細化すると、著者の論理の穴がよく見えてくる。エクセルのような表計算ソフトで作成してもいい。あるいは、アクセスでも可能である。
③ロジックはツリーで構造化せよ(注5 pp.100-123)
論理を表す表は一般的にロジックツリーと言われている。主張には根拠があり、理由がある。それをツリー構造にするわけである。枝わかれした木の形にしていくのである。
3 最後に
図解活動を云々する以上、ここまで述べてきたことを別添資料として、図としてまとめてみたい。それでなければ、なにをここに書いているのかまったく意味のない行動になるからである。
参考文献
注1 工藤嘉名子・山田しげみ著 「専門書読解作業における《図解活動》の試み 論理構造を読み解く力を養うために」
2011年 東京外国語大学留学生日本語教育センター論集
注2 鈴木明夫著 「図を用いた教育方法に関する心理学的研究 外国語の文章理解における探索的効率性」 2009年 開拓社
注3 久垣啓一著 「図で考える人の図解表現の技術」 2002年 日本経済新聞社
注4 門倉正美著 「リテラシーズとしての<視読解> 『図解』を手始めとして」 『リテラシリーズ3』 2007年 くろしお出版
注5 開米瑞浩著 「仕事が10倍速くなる 最強の仕事術」 2006年 東洋経済新聞社