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書評「新世代の認知行動療法(熊野宏昭)」

2016-06-25 08:00:07 | 書評(脳科学・心理学)


自分の精神の矯正のために認知療法をまずは学んでみた。次にいよいよマインドフルネスに取り組もうと考えていたが、その前にいろいろと調べてみると、現代の認知行動療法という心理療法の体系は、様々な理論や治療法を取り込んで大きくなってきているようだ。その全体像を知りたいと思って読んでみたのが本書である。

これは研究者や治療家向けの本のようである。だから様々な治療法について理論的な説明をすることとそれぞれの治療法の間の共通点・相違点を考察することが中心となっている。実践法の解説ではない。それぞれの理論は哲学的でもある。だから、基礎知識のないわたしのような素人にとっては難易度が高い本であった。それぞれの治療法の共通点として素人なりにおおざっぱに感じたところとしては、どの治療法も今考えていること感じていること苦しんでいることから離れて、それらをそのまま受け入れる一段上の視点、クールで客観的な第三者的な見方を身につけることにあるように思えた。
難しいことはよくわからないが、私なりにポイントになると思われることを下記に箇条書きであげてみたい。

・認知行動療法は、1950年代に学習理論に基づく行動療法としてスタート(第一世代)し、レスポンド条件づけやオペラント条件づけといった原理が治療に適用された。1960年代に認知(思考)を行動の原因と考える認知モデルに基づいた認知療法が登場し、第一世代と合流することで認知面も行動面も統合的に扱おうとする認知行動療法の時代になった(第二世代)。しかし、行動療法と認知療法はまったく異質な理論的立場をもつ治療体系であったため、さまざまな限界や混乱が明らかになってきた。それを乗り越える1つの解決策として、1990年前後から第三世代と呼ばれるようになる認知行動療法の新たな流れが生まれてきた。そこでは認知の内容ではなく機能の重視、マインドフルネスとアクセプタンスという介入要素の存在という共通の特徴があり、両陣営が本質的な共通点を持ち始めてきたという。
・各療法は英語の略号でよばれることが多い。たとえばACTとか。この本では、新世代の認知行動療法として、認知療法側から、マインドフルネスストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction: MBSR)とマインドフルネス認知療法(Mindfulness-Based Cognitive Therapy: MBCT)、メタ認知療法(Metacognitive Therapy: MCT)が、行動療法側から、行動活性化療法(Behavioral Activation: BA)、弁証法的行動療法(Dialectical Behavior Therapy: DBT)、アクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance & Commitment Therapy: ACT)について解説されている。
・マインドフルネスストレス低減法は、分子生物学者だったJ・カバットジンがテーラワーダ仏教の瞑想法を取り入れて、1979年にマサチューセッツ大学医学部でグループ治療プログラムを開始したのが始まりである。当初は慢性疼痛に対して効果をあげたが、適用範囲を広げ、乾癬、高血圧、がんなど心身症としての側面をもつ身体疾患や、過食などの食行動異常、パニック障害、うつ病などに効果があることが報告された。その治療効果は臨床試験のメタ解析によって実証された。
・マインドフルネス認知療法は、認知療法の専門家であったZ・V・シーガル、J・M・G・ウィリアムズ、J・D・ティーズデールが、マインドフルネスストレス低減法に依拠して、うつ病の再発を減らすために開発したものである。認知療法はネガティブな思考の内容を変えるということを重視するが、マインドフルネス認知療法のスキルはあらゆる体験がどのように処理されるかに注意を向けることを意味しており、認知の内容から機能へ注目点が大きく変化していると説明されている。
・日常生活の中でつねに生じては消えていく「通常の認知」とは異なり、それらをモニタリングしたりコントロールしたりする認知的要因がメタ認知と呼ばれている。不安障害やうつ病などの感情障害は、瞬間的に現れては消えていく個々の認知ではなく、繰り返し現れる思考スタイル(心配や反芻など)によって引き起こされる、それがメタ認知であり、その内容に働きかけていくのがメタ認知療法である。この療法で、大脳全体の司令塔である前頭前野背外側部の活動を強め、下位レベルの情報処理と関連付けられている偏桃体の活動を抑える効果も示されている。つまり、脳機能に直接影響を与えるようだ。
・一方の行動療法側には、臨床行動分析という基礎理論があり、それに基づく治療体系として、行動活性化療法、弁証法的行動療法、ACTがある。行動活性化療法は抑うつに、弁証法的行動療法は自殺企図のある境界性パーソナリティ障害に、ACTは障害の種類を問わず広く適用されるという。
・行動活性化療法では、生活内で正の強化を増やすために活動性を高めることを目的として、正の強化が随伴する行動を増やし、妨害的に働く回避行動を減らすように介入する。薬物療法や認知的介入が内側から外側へ働きかけることを目指すのと逆に、外側から内側へ働きかける、すなわち毎日の生活の中での行動を変えること自体が目的になる。
・行動療法を患者に使うとき、患者は自分のことを認めてもらえないと感じ、怒りで治療者を攻撃するか、ひきこもって治療を中断してしまう可能性があり、受容の技法が必要と考えられた。そこで、弁証法的行動療法は、変化の原理である徹底的行動主義と、根本的受容の原理である禅の原理を並置する。禅の原理とは言っても坐禅をするわけではない。概念として取り入れているのだ。患者とセラピスト両方を受容するのだ。行動主義と禅の原理の2つは両立しない対極の原理なので、さらに一段上の枠組みとして弁証法が取り入れられた。つまり考え方が矛盾しているということ自体が治療の原動力になるというのである。
・おもしろいことに、弁証法的行動療法ではセラピストを治療するためにケース・コンサルテーション・ミーティングというのが行われる。境界性パーソナリティ障害患者を相手に治療をするセラピストは、患者の激しい情動変化や不安定な対人関係の影響を受けて、ある患者との治療を続けられないと思ったり、自分には治療者としての力がないと考えたりしやすいので、毎週1回ミーティングに出て、メンバーが互いに合意事項を確認しあうのだという。
・ACTにおいて、人間の苦悩の原因として最も害が大きい行動とみなすのが「体験の回避」であり、それを減じる行動=アクセプタンスが必要と考える。また、ACTはコミットメント=行動活性化も重要視する。アクセプタンスとコミットメントを共存させているのがACTであり、それらを緊張関係に置くのが弁証法的行動療法である。


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