カモノハシとハリモグラは単孔類とよばれる産卵する哺乳類であり、他の哺乳類である獣亜綱(有袋類、真獣類)とはかなり異なる性質を有していますが、その遺伝子的な基盤はどこまでわかっているのでしょうか。中国などの研究者たちによって、カモノハシとハリモグラのゲノム解析の結果がネイチャー誌にオンライン報告されましたので紹介します(「カモノハシとハリモグラのゲノムは哺乳類の生物学と進化を明らかにする」Zhou, Y., Shearwin-Whyatt, L., Li, J. et al. Platypus and echidna genomes reveal mammalian biology and evolution. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-020-03039-0)。
私がローマの動物学博物館で撮影したカモノハシ(上)とハリモグラ(下)のはく製(2017年11月)。
カモノハシ目は、カモノハシ科とハリモグラ科に分かれ、カモノハシ科は半水生でオーストラリア東部に単一種が分布しているのみ、ハリモグラ科は陸生でオーストラリアとニューギニアに4種が存在しています。また、カモノハシ科は肉食性で電気受容性を持つ一方、ハリモグラ科は食虫性で嗅覚性を持つという違いがあります。他の哺乳類と異なる特に興味深い点は性染色体にあり、先祖のXYペアに常染色体を追加した性染色体を持っており、減数分裂中に鎖として組み立てられるという独特なシステムを有しています。これまで、部分的にしか調べられていなかったカモノハシ目のゲノムですが、今回、カモノハシは高精度の、ハリモグラは連続性の低いアセンブリとして作成され、解析の結果、下記のようなことがわかってきました。
・遺伝子数、系統学 カモノハシについては20,742個の、ハリモグラについては22,029個のタンパク質コード遺伝子が同定されました。系統学的な再構成により、約1億8700万年前にカモノハシ目と獣亜綱(有袋類、真獣類)が分岐し、約5500万年前に2つのカモノハシ目が分岐したことが示されました。
・食事 カモノハシは水生無脊椎動物を、ハリモグラは社会性昆虫を食する食性を示します。そのためか、カモノハシ目には歯がありません。歯の発生に関与する8つの遺伝子のうち、4つの遺伝子が両方のカモノハシ目ゲノムで失われ、ハリモグラはさらに2つのエナメル遺伝子を失っています。胃の機能に関与する遺伝子の分析は、消化関連遺伝子のかなりの喪失を明らかにしましたが、胃と膵臓の発達に不可欠なNGN3は両方の種で維持されています。
・感覚器 化学感覚システムに関して、苦味受容体遺伝子は真獣類で25個以上のコピーを有するのに対し、カモノハシは7、ハリモグラは3まで減少しています。このような遺伝子数の減少は、真獣類のセンザンコウでも観察され、ハリモグラとセンザンコウ両者の食虫食から生じた収斂進化を示唆しています。虫を食べるようになって、その苦い味にいちいち反応しないようになったということでしょうか。嗅覚器官には、主要な嗅球とフェロモンなどを検知する副嗅球があります。カモノハシの鼻腔はダイビング中に閉鎖され水中の獲物を検出するために電気受容に依存しており、カモノハシの嗅球のサイズはハリモグラよりもはるかに小さく、これと相関してカモノハシの嗅覚受容体(OR遺伝子)の数も299と、ハリモグラ693より少なくなっています。一方、副嗅球は鋤鼻器(じょびき)からの投射を受け取りますが、鋤鼻1型受容体(V1R遺伝子)の数がハリモグラで28に対して、カモノハシで262と著しく増加しています。鋤鼻受容体は、求愛、親の世話、授乳の誘導、およびカモノハシ目の乳汁排出においておそらく重要な役割を果たします。したがって、カモノハシ目における嗅球と副嗅球システムの多様化は、環境への適応によるトレードオフ(あっちが良くなれば、こっちは悪くなるの関係)の例と言えます。
・卵 卵生のカモノハシ目は、進化の過程で哺乳類が卵生から胎生へ移行した過程を明らかにする鍵となる位置に存在します。カモノハシ目は、鳥や爬虫類のように卵タンパク質の栄養には依存せず、子宮分泌物やその後の授乳によって栄養を獲得しています。爬虫類は主要な卵タンパク質ビテロゲニン(VTG)3つの機能コピーを持っていますが、カモノハシ目では1つの機能コピー(VTG2)とVTG1の部分配列のみが見つかりました。
・乳 有袋類と同様に、カモノハシ目は泌乳期間が長く、発達が進むにつれて乳の組成が変化し、子供のニーズの変化に対応します。獣亜綱の泌乳初期に存在する主要な乳タンパク質SPINT3(クニッツタイプ・プロテイン・インヒビター3)は、有袋類で免疫が未熟な子供の保護の役割を持つと予想されていますが、単孔類には存在しません。染色体分析により、この領域はカモノハシで保存されているが、クニッツドメインを含む新しいタンパク質のコピーが2つ含まれていることが確認されました。クニッツファミリーは急速に進化している遺伝子ファミリーであり、新しいメンバーの1つはカモノハシ目においてSPINT3と同様の免疫保護機能を持つ可能性があります。単孔類のゲノムは、獣亜綱で同定されている乳の遺伝子のほとんどを持っています。ほとんどの哺乳動物は3つのカゼイン遺伝子持っており、授乳中に分泌される最も豊富な乳タンパク質をコードしています。これらの遺伝子に加えて、カモノハシには、獣亜綱の哺乳類には見られない余分なカゼイン((CSN2B、CSN3B)があり、機能は不明です。全てのカゼインは、分泌性カルシウム結合リンタンパク質(SCPP)遺伝子ファミリーのメンバーであり、他のSCPP遺伝子、すなわち歯関連遺伝子ODAMやその誘導体FDCSPとSCPPPQ1から進化したと考えられています。現存するカモノハシ目はODAMとFDCSPの両方を失ったようです。染色体分析は、追加のカモノハシ目カゼイン遺伝子(CSN2BおよびCSN3B)が獣亜綱のODAM、FDCSP、カゼイン遺伝子座と同じ染色体領域に存在することを示しており、このことはカゼインが歯原性遺伝子から進化したというさらなる証拠を提供しています。
私の結論: カモノハシ目のゲノムが解析されて分かったことは、鳥類・爬虫類と獣亜綱(有袋類・真獣類)の間をつなぐような特徴もあれば、鳥類・爬虫類、獣亜綱とも似ないカモノハシ目に独特な特徴もあったり、はたまたカモノハシ目の中でもカモノハシとハリモグラの間でかなり異なる特徴もあるという、なかなか複雑な様相を呈しているということになるのかなと思います。なお、上記以外にも、非常に独特な性状を持つ性染色体についても詳しく調べられています。また、今回得られたゲノム情報を用いて、他の遺伝子についてもさらなる新知見が出てくることが期待されます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます