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哺乳類進化研究アップデート No.15ー哺乳類のがんリスク比較

2022-01-15 08:01:30 | 哺乳類進化研究アップデート

多細胞生物は腫瘍を生じる可能性があり、下等動物から高等動物に進化するにつれて、そのリスクが高まってくるようです。原始的な海綿では腫瘍の存在は知られていません。それ以外の無脊椎動物では種々の腫瘍が存在しますが、一般に増殖が遅く、自然に転移する例は知られていません。脊椎動物になると悪性腫瘍が見られるようになります(「進化医学 人への進化が生んだ疾患」井村裕夫)。悪性腫瘍のうち上皮組織から発生するのがいわゆる「がん」ですが、哺乳類の種類によって、がん発生リスクに違いはあるのでしょうか?

フランスのモンペリエ大学などのグループによる、最近ネイチャー誌に掲載された論文「(哺乳類全体のがんリスク)Cancer risk across mammals. Vincze, O., Colchero, F., Lemaître, JF. et al. Nature.  Vol 601, 13 January 2022, 263-267」で、そのような疑問点に対して一定の回答が提供されました。動物園で飼育されてきた動物の記録を膨大な量収集して、解析したところがこの論文のポイントです。

大型で長寿の生物は細胞分裂の回数が多いため、体細胞突然変異の可能性が高くなり、がんになりやすさが影響を受けると予測されていました。実際に体格や寿命が大きくなるにつれてがんのリスクが高まることは、種内では証明されていますが、一方で、種間ではそのような関連性がないことが示されていて、ペトのパラドックスとよばれています。しかし、ペトのパラドックスはまだ証拠が不足していて十分には証明されていません。

今回の論文では、動物園の哺乳類の成体(110,148個体、191種)のデータを用いて、がん関連死亡率に関するデータベースを構築・解析し、がん死亡率を哺乳類の系統樹に対応させました。それにより、哺乳類において発がん現象が普遍的であることとを示すとともに、主要な哺乳類目の間でがん死亡率に大きな差があることを明らかにしました(下図。左図は赤い棒の高さ、右図は右に伸びるグラフの形によって、がんによる死亡リスクの動物群ごとの分布を示しています)。イヌ、ネコなど仲間を含む食肉目はがん死亡リスクが高く、ウシ、シカなどを含む偶蹄目はガン死亡リスクが低いことが示されました。

 

そして、ここが重要な発見ですが、がん死亡率の種間分布は食性と関連しており、肉食の哺乳類(特に哺乳類を食べる哺乳類)が最も高いがん関連死亡率に直面していることを明らかにしました。下図において、左から、動物(Animal)、無脊椎動物(Invertebrate)、脊椎動物(Vertebrate)、魚(Fish)、爬虫類(Reptile)、鳥(Bird)、哺乳類(Mammal)を、あまり食べない種たち(灰色で示すグラフ)、よく食べる種たち(橙色で示すグラフ)について、がんによる死亡リスクの分布を示しています。よく食べるとがんによる死亡リスクが上がるのが、脊椎動物、とくに哺乳類であることが示されています。つまり肉食によって、がん死亡リスクが上がっています。その理由としては、肉を介した病原体による発がん、腸内菌叢の多様性の低さ、動物園における運動量の制限などが想定されていますが、明確にはなっていません。

 

さらに、がん死亡リスクは、種を超えて、体重や寿命とはほとんど無関係であることが示され、ペトのパラドックスの明確な証拠を提供しました。これらの結果は、がん抵抗性の確立における進化の重要な役割を明らかにし、がん防御の探求に大きな前進をもたらすものだと結論づけています。

以前から、ヒトにおける大腸がんリスクを高める要因として、赤肉(哺乳類の肉)を食べることが言われています。私自身、2年前に大腸の手術を受けることになり、その後は赤肉を食べる頻度を少なくするようにしています。そして、今回のような哺乳類の多様性レベルでの研究結果を見ると、ますます赤肉食は減らしたほうがいいのだなという思いを持ちました。とは言っても完全に断つのはまだ難しいなというのも本音です。そういえば、元々肉食であるネコも短命ですよね。もしプラントベースのペットフードというものがあれば、それで飼うことで長寿のネコになるのでしょうか?



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