現代は飽食の時代などとよばれ、食糧は苦労せずに好きなだけ得ることができる状況になりました。それによって、食べすぎによる肥満や様々な生活習慣病といった弊害が問題化しています。しかし、類人猿からヒト、そして現代人への進化の長い過程においては、食糧の獲得はそんなに簡単なものではありませんでした。そして、食糧獲得方法の変化がヒトの進化を推し進める原動力になったとも考えられています。
食糧獲得にかかる時間とエネルギー効率がヒトへの進化の過程でどのように変化してきたのかを推定するために、現存する狩猟採集民や自給自足農耕民を、採餌を行う大型類人猿と比較するという論文がサイエンス誌に掲載されたので紹介したいと思います。米国カリフォルニア大学などのグループによる研究です(「ヒトの生存戦略の独特なエネルギー学」The energetics of uniquely human subsistence strategies. Kraft TS, et al. Science. 2021 Dec 24; 374 (6575))。
他の類人猿と比べて、ヒトは脳が大きく、寿命が長く、多産で新生児が大きく、幼少期の保護者依存と発達の時期が長く続きます。こうした特徴によって、ヒトという種の生態学的成功が導かれましたが、同時に、ヒトの成体は非常に多くのエネルギーを必要とするようになりました。どうやってこのような高いエネルギー需要を満たしてきたかを明らかにすることは、ヒトへの進化を理解する上で重要です。類人猿の採餌生活から、ヒトとなって250万年前に狩猟採集が発達し、1万2000年前に農業が勃興しました。それぞれの段階に近いと考えられる現存する民族である、タンザニアの狩猟採集民(ハザ族)とボリビアの自給自足農耕民(ツィマネ族)からデータを収集し、野生の類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジーとの間で、食糧の獲得にかかるエネルギーと時間、およびエネルギー獲得量が比較されました。
調査の結果、狩猟採集民と自給自足農耕民は、他の類人猿に比べて、食糧獲得に費やすエネルギーは多いが時間は短く、時間当たりのエネルギー獲得量はかなり多く、エネルギー効率(得られたエネルギー/使ったエネルギー)は同程度であることがわかりました。これまで、ヒトにおける二足歩行の発達や道具の使用などによって、エネルギー効率が高まったと考えられていましたが、今回の知見はそれを否定するものです。一方で、ヒトにおいて食糧獲得に費やす時間は短くなり、それによって社会的交流や社会的学習のための余暇時間が提供され、文化的な進化にとって重要であっただろうと考察されています。
上の図は、本研究の結果を模式的に示したものです。(A)類人猿のような採食から、狩猟・採集への移行①、新石器革命による自給自足農業の採用②が行われ、食糧資源の獲得方法の変化がありました。(B)これらの変遷を経て、ヒトはより短時間でより多くのエネルギーを獲得するために、費やす時間は減少させながら、還元率(時間当たりのエネルギ―獲得量)は向上しました。このとき、高いエネルギーを費やし、エネルギー効率は他の類人猿と同様となっています。
こういう研究でもサイエンス誌に掲載されるのかという、ちょっとした驚きも感じました。エネルギー効率は変わらず、時間は短縮されたという結論は、ちょっとわかりにくいところはありますが、時間利用という面では効率が上がったということなのかもしれません。それが、ヒトへの進化の一つの原動力になったのだとすれば重要な知見です。仕事でも一生懸命集中して働いて短時間で終わらせることができれば、それ以外に利用できる時間を生み出すことになり、人生を豊かにするのに役立ちそうですよね。
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